10.終話
その坑道の入口はいかにも古びて暗く、立ち入り禁止を示す綱が申し訳程度に張ってあった。支保材の丸太は湿気て朽ちかけ、たわんでいる。
「あれは?」
山道の途中で翡翠王は足を止め、横道の先の古い坑道を指して、鉱山の支配人に訊ねた。一行を先導していた支配人はにこやかな笑顔で答えた。
「これまで使っていた坑道でございます。もうあらかた石を採りつくしてしまいましたので、先ほどご覧いただいた新しい坑道の開発に伴い、こちらは閉鎖いたしました」
支配人の説明を聞きながら、王は辺りを見回した。旧坑道の周囲の木は切り開かれていていたが、お世辞にも開放的といえる場所ではなかった。斜面に廃土や廃石が堆積し、今にも崩れそうだ。王はわずかに眉を動かした。
「安全性に懸念があるように見えるが」
「採鉱作業は新坑道へ完全に移行しております。ご安心を」
支配人が頭を垂れるのを、王は冷めた目で見ていた。随伴する少納言が送ってくる視線に気付いた王は、小さく頷いてみせた。すると大納言が支配人に近寄り、はっきりとした口調で告げた。
「廃土の山を放置すれば事故につながりかねん。後日、文書を出すが、早急に対策に取り組むように」
「……かしこまりました」
支配人は身体を縮こませて承諾の意を表した。
鉱山視察からの帰り道、翡翠王は大納言に訊ねた。
「文書には、廃土で穴を埋め戻せと書くつもりか?」
大納言は、王より二回りも年上だ。紅玉一門が権勢を振るっていたあいだは陰に隠れて目立たなかったが、由緒正しい家格の出で、翡翠王による政治改革後、めきめきと頭角を伸ばしている。大蔵省の官吏だった頃から、財務と法の知識に長け、流麗な文を書く実力派だ。彼はぷっくりとしたまぶたの下の小さな目をしばたたかせた。
「ええ、そのつもりですが……」
後方を歩く少納言がもの言いたそうに顔を上げる。王は彼に水を向けてみた。
「そなたなら何と書く?」
少納言は大納言の様子をちらりとうかがってから、かしこまった様子で前置きした。
「わたしには、大納言様のように立派な御文は作れません。とりとめのない所感にとどまりますが……」
「よい。申してみよ」
王がうながすと、少納言はゆっくりと話し始めた。
「廃坑には、正式な鉱夫として働けない者たちが集まります。坑道を埋めて彼らの貴重な収入源をただちに断ってしまえば、民が不満に思うでしょう。埋め戻すにしても、岩盤が不安定な場所に限るべきではないかと」
少納言の言葉に、王は満足げに頷いた。少納言の父は職人で、採鉱用のつるはしやらかき板やらを作っている。長男である彼は後継の座を弟に譲り、課試を通って官人となった身だが、家業の関係から鉱山の事情に詳しい。
「左様。特に貧しい子どもたちが潜りこむであろうな。支保を補強し、危険箇所のみ充填したら、あとの廃土は運び出してしまおう。ため池の盛土にでも転用すればよい」
「お言葉ですが、王。低年齢層の就業の禁止に向けて立法準備に取りかかっているところでございます。子どもが入るすきを残すのはいかがなものかと……」
王に反論する大納言の姿を、少納言は不安そうにちらちらと眺めていた。
「そうだな。確かに矛盾する。大納言、そなたの言うとおりだ」
王は立ち止まって二人に笑顔を向けた。
「意見はどんどん出してほしい。実務にあたるそなたらの考えを、寡人は尊重しよう。ただ、新たな仕組みが民のあいだに浸透するには時間がかかる。当座の危険を放っておくわけにはいかないからね、現実的な対応をしたいのだよ」
大納言は深く頭を下げた。少納言も感じ入ったように頷いている。王が再び歩きはじめようとしたところで、大納言が口を開いた。
「このところの翡翠王様のお姿を見ておりますと、亡き黒曜王様が思い出されます。ご立派になられて……黒曜王様がご覧になったら、さぞお喜びになるでしょう」
その言葉を聞いた翡翠王の表情がぴりりと痺れたかのように、少納言の目には映った。少納言は、大納言の何気ないひとことが王の機嫌を損ねたのではないかと恐れたが、その違和感は一瞬で流れ去り、翡翠王は穏やかな笑みを浮かべて大納言に答えていた。
「そうだったとしたら、寡人も嬉しいよ」
そして翡翠王と大納言は、ひとしきり黒曜王の思い出話に花を咲かせたが、翡翠王の立位後に官吏となった少納言はいまひとつ話題についていけなかった。二人の話をぼんやりと聞きながら、少納言は考えていた。翡翠王は家柄を問わず優秀な者を取り立てる。そのため、家格に頼って官吏となった一部の貴族連中は内裏から追い出されたが、きちんと実績を積んでいる官吏は重用された。希翠王の政治改革は、局所的な恨みを買ったようだが、その公平性は評価に値するというのが大勢の意見だろう。今でこそこうして少納言は大納言と肩を並べているが、任用を受けたときには、職人の家の出身である彼は肩身の狭い思いをしていた。
あれから十年ほどが過ぎた。時代は変わったものだと、少納言はしみじみ思う。先ほど大納言は児童保護法に触れたが、彼の仕事の本丸は選挙制度の創設だ。少納言も手伝っていて、当初は雲をつかむような絵空事のように思われた。今では翡翠王の掲げるデモクラシイについて、巷のあちこちで活発な議論が見られる。あと十年、二十年経ってから今の世を振り返ってみるとき、やはり時代の変化に感銘を受けることとなるのかもしれない。
翡翠王が行幸から戻ると、頭弁が待ち構えていた。
「王さまの客人と申す二人組がやって来たのですが、正体不明との判断から、引き取ってもらいました……念のため、ご報告したく」
「客?」
そろそろ暮れなずむ刻限、普段使いの直衣に着替えて御座所におさまった王は首をかしげた。あやしい客人に心当たりはない。頭弁は説明を続けた。
「みすぼらしい商人で、父親のほうが礼節に欠けておりまして……高値をふっかける輩ではなかろうかと」
「なに、商談か」
「古い友人とのことでしたが、宝石売りのようでございます」
「宝石売り……」
翡翠王は前栽の奥、遠くの御山へと向けた目を細めてから、思い出したようにぱちりと見開いた。
「名はなんと申した?」
頭弁の返答に、王はぐらりと身体が傾ぐようなめまいを感じた。王は脇息にもたれて深くため息をついた。目の前に降って湧いた再会は、長年待ち望んできたものだが、あまりに突然のことで、全ての感情に戸惑いが先行する。脇息から肘を浮かせて体勢を立てなおし、王は客人を通すよう頭弁に言いつけた。
頭弁が行ってしまうと、女官が熱い麦茶を差し出してきた。茶碗を啜ると香ばしさが口いっぱいに広がる。王は麦茶を愛飲している。子どものころ口にしたはったいの味を思い出すのだ。はったいを食べたのは一度きりだった。昔、はったいを食べたいと側仕えの女官にそれとなく伝えたことがあったが、うまく話が通じなかった。恐らく彼女ははったいを知らなかったのだろう。身分の垣根が低くなり、平民の宮仕えが多くなった今なら、はったいを知る者がいるかもしれない。王は一方で、単にあの素朴な練り菓子の味のみを懐古しているわけではないことを、もちろん自覚していた。きっとあのとき女官がはったいを持ってきたとしても、ひとりきりで食べるなら、王の心は満たされなかっただろう。
もしかしたら、かねてからのささやかな望みが叶うかもしれない。しかし、落ち着かない気分で麦茶を舐める王のもとに現れたのは、期待していた人物ではなかった。
廂の外の簀子縁で額づいていたのは、九十九髪の老女だった。薄汚れ色あせた小袖は、もとは何色だったのかもよく分からない薄鼠で、腰に巻いた褶は砂色の千鳥文様の布切れだ。小さな体は、風が吹けば飛んでしまいそうに見える。
「面をお上げなさい」
翡翠王が声をかけると、老女は存外に優美な所作で上体を起こし、うつむき加減のまま口上を奏した。
「お久しぶりにございます。翡翠王さまにおかれましてはご健勝にてお過ごしあそばすご様子。御宇平らかに弥栄を言祝ぎ申し上げます」
その声が風体に見合わず耳に快かったので、王はいささか驚いた。清水のようにするすると流れ出た挨拶も、市井の者の発言とは思えない。老女の顔は、額にかかる白髪の陰になっていた。
「はて……どこぞで会ったかな」
王が首を傾げると、彼女はゆっくりと顔を上げた。
皺ひとつなく、つるりと艶やかな肌は、明らかに老女のものではない。唇は露を含んだ花のつぼみのように膨らみ、引き結ばれている。伏せた睫毛は透明で、頬に落ちる影は萼のようだ。
白髪の老婆に見えた人物が妙齢の婦人と分かり、王は狼狽えた。王の動揺に追い打ちをかけるかのように、彼女は伏せていた目を開いた。まぶたの下からぱちりと現れた瞳は、燃え立つ炎のようなルビーの煌めきを宿して、王のジェダイトの瞳を水面のように反映していた。
彼女の面立ちは、鏡像のようだった。
翠と紅。男と女。偽りの王子たち。よく似た二人の妾妃から生まれた二人の子は、顔立ちこそ似ていたが、正反対の道を歩んだ。大人となった今、瓜二つとは言い難かったが、王は目の前の人物の内に、何よりも強く惹きあう無二の魂の存在を直感していた。
王の目に老婆のものと映っていた髪が、たちまち透きとおって輝きだした。さながら、針状結晶を抱いた水晶のようだ。王は御座畳から腰を浮かせ、震える声で訊ねた。
「その髪……どうしたんだよ?」
王の態度の変化に、蔵人や側仕えの女官がぴくりと眉を上げる。気を利かせた頭弁が彼らを連れて御前を下がった。
璃紅は無人となった殿上の間に上がろうともせず、簀子に控えたまま、褶の腰紐に下げていた巾着から朱漆の小箱を取り出して上段の廂に置いた。この場に蔵人がいたら、すかさず小箱を拾い上げて御座所の王へと届けただろう。誰もいない今、小箱は廂の床にしんとその身を横たえている。頑なに殿上の間へ足を踏み入れようとしない彼女の様子に、王はふと不安を覚えた。彼女にとってここは嫌な思い出だらけの場所だ。王となった自分に対しても、昔のままの振る舞いとはならないだろう。一線を画すのも当然だ。
王はやおら立ち上がり、御座所から廂へ近づいていった。一歩踏み出すごとに鳴る床板が、張りつめた空気を震わせる。璃紅の透きとおった髪も揺れる。王は廂に出ると、さらにその下の簀子に下り、彼女の隣に並んでしゃがみ込んだ。同じ場所まで自ら下がってきた王の行動に璃紅は驚いた様子だったが、王が小箱を手に取ると、小声で弁明した。
「西の地獄谷にしばらくいたんだ。奈落の煙を浴びて、こんな髪になってしまった」
花鳥彫りの蓋を開くと、懐かしいジェダイトの勾玉が収められていた。つまみ上げて手のひらに転がすと、馴染んだまろやかな感触がひんやりとよみがえる。色といい形といい、あの日手放した、母宮の磨き上げた勾玉そのものだった。
王が隣を見やると、璃紅は苦笑いを浮かべていた。
「翡翠太后様の御手の石は曲線がなめらかだから分かりやすいと、礫が言っていた。確かに、思っていたよりも早くに見つかったのだが、そのころには値が吊り上がっていてな。資金を集めるのに時間がかかったんだ」
「地獄谷……まさか、石を掘ってたのか」
「全然うまくいかなかった」
そう言って璃紅は右の手のひらを王に見せた。岩のようにごつごつとして硬い、肉刺だらけの手だった。王は少しのあいだ迷ってからその手を取り、持っていた勾玉ごと握った。
「良い手だな」
璃紅は心底驚いた様子で目を丸くしたが、その手を引っ込めようとはしなかった。首を傾げた拍子に、短めの鬢が揺れた。参内のためにわざわざ切りそろえたのかもしれない。そろそろ色を変えようとしている西日が、璃紅の身体の左半分にあたっていた。光は細かな粒になって、その髪に、肌に、粗末な衣に吸いこまれ、璃紅を内側から照らしている。
翡翠王は、璃紅こそが璧玉なのだと思い至った。
「髪が、水晶みたいだ」
手を放した王がうっとりと声を漏らすと、燦然と輝く紅玉の瞳から一粒の石英がぽろりとこぼれ出た。刻一刻と黄色く、または赤く色を変えていく夕映えの中で、彼女は何色にも染まらずにいる。簀子に並んだ二人は、日が落ち頭弁が様子を見に来るまで、じっと動かずにいた。触れもせず、拳ひとつ、ふたつ分の距離をあけて、会話もなくただ座り込む二人の関係を、頭弁は不思議がった。山の離宮から王に付き従っている古参の女官だけがぼんやりと察していたが、その考えを口に出す気はないらしかった。狂気に病んだ璃紅王子は亡くなったのだ。ここにいる女性は、第一王子ではない。
璃紅の去り際に、王は訊ねた。
「礫はどうしている? 一緒だったのではないのか?」
彼女は振り向きざまに答えた。
「あぁ、彼なら今ごろ……」
そよと風が流れ、葉擦れの音がさざめくと、葉陰からちろちろと月が覗いた。満月まであと五日ほどだろうか。葉音と重なるせせらぎと、等間隔で聞こえてくる水車の音が耳に快い。開け放した遣戸から夜の庭を眺めている礫の影が、秉燭の灯りに従って揺れるのを、翡翠の宮は見守っていた。礫の真っ白な髪は、よく灯火を反射する。つぶてに混じる石英のようだ。
不意に翡翠の宮は会話を再開した。
「ずぅっと、あてもなく勾玉を探してたの?」
「そう。あちこち旅して、五年目くらいで見つかったんだけど、資金不足になっちまってな」
「それで地獄谷へ?」
「手堅く稼げたよ。橄欖石がよく採れた」
礫は遣戸から離れ、書院の前の翡翠の宮と向かい合って座った。商売を始めてからあっという間にごま塩になった礫の頭は、今は完全な白髪で覆われていた。彼は胸元から小包を取り出してポンと翡翠の宮に手渡す。包みを広げてみると、大小さまざまのペリドットの原石が現れ、いくつか翡翠の宮の手からこぼれ落ちた。
「すごい……こんなにたくさん」
散らばった石を集めながら翡翠の宮は、感じ入ったように溜め息をついた。胡坐をかいた礫は膝に頬杖をついてニヤリと笑った。
「こんなもんじゃなかったさ。良いやつは売っぱらったからね」
「充分きれいじゃない」
「余りもので悪いけど、気が向いたら磨いてくれよ」
翡翠の宮は頷くと、先ほど礫が眺めていた庭の方へと目を向けた。溝渠は闇に沈んで見えないが、すぐ近くで水車が回り続けている。絶えず聞こえてくる水音は、毎朝毎晩、翡翠の宮を慰めてくれる。こまやかなしぶきを散らす気配をすぐそこに感じるだけで、ずいぶんと気持ちが落ち着くのだ。水車は隣の作業部屋に据えた研磨機と直結していて、砥石の回転盤の動力となっている。
「あの研磨機を寄越したの、礫なんでしょ」
翡翠の宮が口を開くと、礫はぎょっとした表情でのけぞった。
「なんだよ、藪から棒に。おやっさんがくれたんだろ」
「おっ父は、お妃になった私が石を磨くのに、良い顔はしなかったもの。最初から分かってたよ」
礫はのけぞった姿勢から手を尻の後ろにつき、格子天井を仰いでふぅと息を吐いた。翡翠の宮が庭から違い棚へと視線をうつすと、つられるようにして礫も違い棚へと目を向けた。二人の目線の先には、翡翠のかけらがあった。もとはまっぷたつの腕輪の片割れだったそれは、幼い希翠王子のための勾玉の資材となり、今はなんの形も残さない一塊が残るのみだ。その勾玉も、いつの間にか息子の胸から消えていた。
翡翠の宮は手のひらから溢れそうな原石へと視線を落とす。研磨士としての自分のありようを見失わずに済んだのは、希翠の誕生後まもなく贈られた研磨機のおかげだ。ある日突然水車の工事が始まり、実家の工房にあるのと似たような研磨機が据えつけられていくのを、赤子を抱いたまま口をあんぐり開けて眺めていた日々を思い、翡翠の宮は思わず笑みを漏らした。ずいぶん大がかりな改修だった。離宮に手が入れられるのを不安に感じた彼女は、黒曜王のお許しを取り付けているのかと、侍従に何度も訊ねたものだ。
礫はぽりぽりと白い頭を掻いた。翡翠の宮は目を細めたまま礫の髪を眺めた。彼女の髪にも白いものは混じっている。若葉のような艶は失われた。笑っている今も、目尻は皺くちゃだろう。礫のほうにしても、日に焼けた頬の肉が落ちている。
決まり悪そうな礫の様子がおかしくて、翡翠の宮はくすくすと笑った。まるで子どもの頃に戻ったかのようだった。離れていた時間の長さが嘘のようだ。
上弦の月がゆっくりと上昇し、やがて見えなくなる。灯火の消えた部屋を満たしたのは、鋭利なオブシディアンではなく、ごつごつとしたラピリストーンの粒立ちだ。まばゆい煌めきも鮮やかな色もないただの石ころだが、そっと握ってみると、地下深い岩漿の名残のぬくもりが感じられる。かつて渇望した懐かしいあたたかさは、今は身を焦がすほどの熱度とはならなかったが、確かにそこに存在した。その安らぎは、希翠という石を磨き続けた翡翠の宮の緊張を軽やかに解きほぐした。
畳に散らばった橄欖石は、磨かれて輝く未来を夢見てまどろんでいた。
黒曜王の御代に築かれ、その崩御とともに役目を終えた後宮に、輝く白髪の姫君が入内してきたのは間もなくのことだった。姫の素性は謎に満ちていた。宝石売りの娘らしかったが、一介の商人の子の立ち居振る舞いとは到底思われない、気品に溢れた姫だった。ひと昔前に評判だった金剛后の面影を宿す美姫だが、本懐は美貌よりもその英明さにあった。彼女の賢慮に何度も助けられたと、翡翠王は側近たちに語っている。
巌之国の栄華はいよいよ輝きを増した。
やがて内裏の人々は姫を玻璃の方と呼ぶようになった。隠居の博士が「金剛に劣る呼び方は失礼ではないか」と苦言を呈したが、当の姫君はまんざらでもない様子で、玻璃の色合いそのままに、淡い色彩の衣を好んで身に纏っていた。
深紅の瞳を持つ彼女は実際のところ、金剛后よりも、今は亡き悲劇の春宮に似ていたが、そのことを口にする者はいなかった。後ろ盾のない彼女を翡翠王は慎重に扱ったので、入念な根回しの末に王后として迎えるのは、しばらく先の話となる。
なお、王母と幼なじみである姫の父親は、職人街の小さな家から山の離宮へ足繁く通い、孤独な太后を励ましたそうだが、まばゆいばかりの内裏の華やかさの影となり、巷談に上ることはほとんどなかった。
【了】
画・汐の音慶様
本作は長岡更紗様主催の「イセコイ冒頭ミュージアム」企画で、冒頭一話のみ発表したものの連載版です。
素晴らしい機会を賜りましたこと、長岡更紗様に御礼申し上げます。
併せまして、本企画でこのお話を応援してくださった方々にも感謝申し上げます。
また、奥深く印象的な表紙絵を描いてくださった汐の音慶様には、感謝を言葉に尽くせません。
翡翠の方、礫、希翠の姿を見せて頂き、本作の世界がぐっと立ち上がってまいりました。
末筆となりますが、本作を読んで下さった皆様方、本当にありがとうございました。





