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魔宵子たちの北極星  作者: 水越みづき
第九章 Starless And Bible Black
59/93

第九章 8:Fracture

 8


 竜は炎を吐いた。

 ぼくから見て右側、左へと薙ぎ払うように炎の壁が迫ってくる。

 地面を両足で踏みしめ、肉体強化魔法で全身の質量を増加。両手と両腕を組んで合わせて捻って身体構造変化で一本の芯棒にし、両手は広げ直し巨大に巨大に、ビルディング並の大きさに薄く広く拡張する。

 骨格と皮膜だけで蝙蝠の翼のようになった手を、ぼくも横薙ぎに振るい、炎の壁に叩きつけた。


「あっついなぁもう!」


 吹き付けられる火炎放射は、霧状になった脂が引火したものだ。見た目は巨大な蝙蝠の翼のように薄い皮膜で構成された今のぼくの手だが、肉体強化魔法の質量増加によって実体は非常に重く、噴霧となった脂を堰き止め受け流すことには成功している。

 けれど、寄生干渉属性がいくら一番得意なぼくでも、防御で手いっぱいだ。これ以上他の決め手となる魔法を起動できない。いくつかの観測魔法も切らなければいけないほど、無茶な質量増加、身体構造変化、焼かれる端から再生する治癒魔法の併用は辛い。魔力が滝のように消耗していくのを感じる。

 どうしよう。このままじゃどうにもならない。

 お兄ちゃんならこういう時どうするのだろう。


「嬢ちゃん、よくやった」


 お兄ちゃんの相棒にして親友だと言った男の、アトラの声が、背中から聞こえた。


「もっぺん飛べぇ! カラス!」


 背中側の髪の毛に生やした眼球で見れば、アトラは再び投射器(アトラトアー)にカラスを乗せ、アトラの投擲とカラスの跳躍を合わせて高速の人体射出を敢行した。

 無茶だ。カラスは既に先ほど同じことをやって、投げられるだけで肉体への負荷が大きいのに重力の壁で弾き飛ばされたせいで、絶対にあちこちの骨が折れて内臓にだって損傷はあるはずだ。いくら肉体強化魔法の、拳法の達人だとはいえ、カラスの魔力量ではあれだけの傷をこの短時間で治癒しきれるはずがない。

 何より、アトラが投擲した先は、()()()()()()()だった。

 焼け死んじゃう。


 その瞬間、筒状の魔法式が竜の口を穿った。

 【砲雷(ハウ・ラウル)】で発射された超音速の弾丸が、カラスより後に発射され先に着弾し、竜の牙と喉を貫通させる。

 炎が止まった。


「あなたが火の中を往く時、焼かれることもなく、あなたも炎に燃え尽くことはない」

「ソーニャ!」

「マリーには私がいる」


 でも、それでもソーニャはぼくではなくカラスの援護をした。

 あの人間が大嫌いで全て塵に還るべきと口癖のように言うソーニャがだ。

 ぼくがなんとか一人でしなければいけないと考えていた時、後ろにいた三人はそれぞれがそれぞれに自分の役割を決めて、勝ち進むために動き、ソーニャはその補助に回ったのだ。


 ソーニャはもう、呪いの魔女なんかじゃない。

 誰がなんと言おうとぼくがそう呼ばせない。

 ソーニャはきっと、ぼく以外の人間も大切にできる魔女だ。


()!」


 竜の口に飛び込んだカラスは、トンファーを牙に引っ掛けて余勢を殺し、踵回し蹴りを舌に叩き込み、口内部に着地した。

 深く息を吸い、親指を一本だけ突き立てて、カラスは少しだけ屈む。

 その構えを取った瞬間、カラスの霊脈が最大励起反応の輝きを見せ、一瞬にしてその光は親指の一点に集中した。

 純粋に魔力だけを自分の肉体内で練り、制御しているのか。


羅阿(ラア)ッ!!」


 頭蓋めがけて、親指一本貫手が竜の口内部で炸裂した。

 竜の黄金の瞳が白目を剥いた。

 純粋な魔力を伴った攻撃で脳を貫かれたのなら、いくら頑丈で莫大な魔力を持つ生物でも、昏倒くらいはする。


「畳みかけっぞ!」


 そう言った瞬間には、アトラの投げた槍が竜の両前足を貫通して体勢を崩させていた。


「ソーニャ! 任せたよ!」

「うん」


 ぼくは身体構造変化魔法を全て解き、ソーニャの手を握った。

 そして熱量操作魔法で上昇気流を生み出し、ソーニャを上空へと投げ飛ばす。


 空中を移動するソーニャの動きを気流制御魔法で補助しつつ、ぼくも竜の真正面へと移動を開始。

 アトラは槍の全力投擲を再び竜の頸めがけて撃ち込み、カラスは口内で穿った傷跡にトンファーを引っ掛けて穴を拡げ、()()()()()()()()()()

 無謀でえげつないことをする。脳は脊髄ほどではないが高濃度の魔力が溜まる箇所であり、肉体強化魔法の使い手でも侯爵級の魔力汚染を受ければ無事では済まないかもしれない。それでも、脳を物理的に滅茶苦茶に内部から破壊するのは当たり前だが、普通の生物なら即死する攻撃であり、やる価値は十分以上にある。


 それでも死なず、霊脈反応が消えないのだからつくづくこの竜とやらのしぶとさはとんでもない。


 アトラの二本目の槍が、竜の頸に突き刺さる。

 カラスの雄叫びと脳をぐちゃぐちゃに破壊される竜の咆哮が混ざり合う。

 ぼくはアトラが最初に投擲して地面に落ちていた槍を拾い上げ、一発だけ貰った【砲雷(ハウ・ラウル)】専用の弾丸を重ね合わせ、肉体構造変化魔法によって広げたぼくの皮膜でその二つを包み、一発の巨大弾丸にした。


 血には鉄分が含まれている。

 魔力も含まれている。

 質量はこの弾丸と槍で十分。

 筒状の魔法式を展開し、ぼくの血で真っ赤に染まった巨大弾丸が宙に浮く。

 照準と(タイミング)を合わせる。


「これで最後ォッ!」


 アトラの投擲した槍が、先ほど二度に渡って撃ち込んだ槍の間を精確に穿ち、鱗を貫き、筋肉繊維をぶち抜き、骨を断った。

 竜の首が刎ね飛んだ。


「ソーニャ」


 この瞬間は、言わなくてもわかる。

 でもぼくはそれでも呼びかけた。


 十本の筒状魔法式が竜の胴体、脊髄のある箇所を正確になぞるように照準される。

 ぼくは人差し指と親指を立て、竜の首が刎ね飛んだ断面に照準を合わせる。

 空中からソーニャの十重起動された【砲雷(ハウ・ラウル)】と、槍と専用弾丸を皮膜で合体させ、ぼく自身の血をたっぷり含ませる流血魔術で強化した【砲雷(ハウ・ラウル)】が竜の胴体を垂直と縦から同時に貫通した。


 最早それは、実際にやってみると貫通というより爆散に近かった。

 城塞のように大きな竜の胴体は背骨が一本残らず吹き飛び、機関車だって余裕で通れそうな大穴が空いていた。

 それでも信じられないことに、まだ竜は四肢に力を込め、倒れ伏すのを拒んでいる。

 

 刎ね飛んだ首から地面に転がった竜の頭蓋に目をやると、カラスが飛び出した。

 その瞬間、ソーニャが持っていた最後の一発の弾丸が【砲雷(ハウ・ラウル)】で発射され、頭の原型も残らず破壊する。


 同時に、竜の四肢から力が抜け、地響きを鳴らしながらようやく伏せた。

 霊脈を観測しても、生体電流を確認しても、心臓が動いていないか五感強化魔法で耳を澄ませても、全く反応が無い。

 死んでいる。


 ぼくは、地面に尻餅をついた。


「……強かったぁ……」


 嘘っぱちみたいなただただ青い空を見上げると、ソーニャが電気操作魔法によって磁力を調整し、ぼくの前に着地してきた。

 そして、ソーニャは自分が羽織っていた肩外套(ケープ)を脱いで、ぼくの腰に置いた。


「マリー、知ってる? 下半身を身体構造変化させる魔法を使うとズボン破けちゃうって」

「……知ってる。メルセリーナはだからドレスのスカートを大きく拡げたのしか着ないし、下着の替えもいつも持っている」


 こういう事態を想定してもちろんぼくも着替えを持ってきているが、それは荷物を守っているハウドたちの所に置きっぱなしだ。


「んじゃー一番体力余っているおいらぁ上にいるみんな呼んでくるぜぃ」


 アトラが気を利かせてくれたのか、階段まで駆け足で向かっていった。

 ぼくは深呼吸した。


「こんなに強い生物と戦ったのは初めてだ。ぼく一人じゃ勝てなかった」

「……私とマリーだけじゃ、負けていた」


 ぼくたちはカラスの方を見た。この戦いでもっとも消耗したのは間違いなくカラスであり、おそらく負傷も大きい。

 手招きして、治療魔法で診てあげようかと思ったのだが、竜の体液で赤くまだらに頭から全身を染め上げたカラスは、ぼくと同じように地面に座り込んで、首を振った。


「服、着ろ」

「いやぁ、無いからぼくも困っているんだよね……」


 おそらくこの迷宮で最強の魔物を討伐して、真っ先に困るのが服のことになろうとは。

 ……さすがにこれより下に、さっきの竜より強いヤツが待ち構えているなんて信じたくないが。

 そこでぼくは気が付いた。


「っていうか、そもそもこの五十九階って、階段が上の方しか見当たらないじゃないか。下行きの階段どこにあるの?」

「ここで最後なんじゃない?」

「えー。この殺風景でなんにもない所が? 結局遺跡ってそれじゃあなんだったのかな……ん?」


 竜の死骸が、溶け崩れ始めた。

 魔法式も何も確認できない。まったく未知の現象だ。ただ、そもそもあの肉体を構成維持するためにはどう考えても肉体強化魔法が無ければいけないので、完全に死んでしまえば構造崩壊するのかもしれない。

 そう呑気に考えていると、ぼくの――いや、トンビが三十余年間もの間、彼女の今までの人生を費やして待ち望んでいたであろうモノが、目の前に広がっていくのが見えた。


「穴が空いちゃったよ」

「うん」


 何か茫洋とした青いのか暗いのか光なのか液体なのか、よくわからない――あらゆる観測魔法を受けつけない境界面を見せる、大穴が竜の死骸の跡に出来ていた。


「これ、放っておいて閉じたら大間抜けだよねぇ」

「大丈夫。みんな来た」


 階段から荷物を抱えたみんなが降りてきた中で、クリスがぼくの着替えの旅装用ズボンを放り投げてきた。


「はーい男どもー。後ろ向くー。乙女の着替えを見たら死刑確定」

「オレたち吠人(バイト)だから魔人の裸とか見てもそんなに……」

「はーくん乙女心わかってなさすぎ」


 中々みんなには気を遣わせてしまったみたいだ。

 何より、全員無事で良かった。ぼくらが戦っている間に守ってくれたであろうリィズズグには感謝しなけばいけないが、彼――もしかしたら彼女かもしれない――は肩を震わせて笑っていた。


「これガ、コレが今まデ誰モ行き着けナンだ最深部ヲ踏破した連中カ。全く、コレだかラ鱗人(リト)以外の人間ハ面白イ」


 何か言い返したいけど全くその通りだともぼくも思う。


「確かに下半身丸出しで最深部踏破って考えてみたらものすごいアレだよね」

「善悪を知っているからマリーはそう思うだけ」

「羞恥心の問題じゃない?」

「そういうこと。人間は善悪を知って羞恥心を知った生き物」

「なんでそうなるのかなぁ」


 とにかくズボンを穿き終えたぼくは、大穴を指差してみんなを見渡した。


「じゃ、いつコレ閉じるかもわからないし飛び込んだら何が起きるかもやっぱりわからないけど、みんな行く?」

「もち」

「そのために来たんじゃねぇかよう」

「ボクらも躊躇いはないですけど、リィズズグさんは遠慮するそうです」


 振り返ったグラームがそう言うと、リィズズグは肩をすくめた。


「リィズズグは途中参加しタダけで、踏破しタトハ言えヌ。所詮『番人』ヨ。さァとっトト行け、若人ドモ」


 ぼくにはわからないが、本人なりに譲れない矜持とか誇りとかがあるのだろう。


「じゃ、行こっか。ソーニャ。みんな」

「うん」


 ソーニャが伸ばしてきた手をぼくは繋ぎ、カラスは他の仲間たちに肩を貸され、アトラは口笛を吹きながら気楽に、それぞれ躊躇わず、大穴に向かって足を踏み出した。

 今回のサブタイトルは「King Crimson」の「Fracture」から借用させていただきました。

 https://www.youtube.com/watch?v=7gyBq8QJMjA&list=PLXhfRoiJBIiutFt5GN8_tsxHJVKRdE2qm&index=8

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