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魔宵子たちの北極星  作者: 水越みづき
第九章 Starless And Bible Black
58/93

第九章 7:Lizard

 7


「装備確認をしようか」

「投擲用槍の残りは五本。これを撃ち尽くした時ゃあおいらぁもうただの役立たずだからよう。盾にでもなんにでも使ってくれぃ」

「全員で生きて帰らなきゃ完全勝利にならないじゃないか。とっとと階段登って逃げてくれないと逆に迷惑だよアトラ」

「いやーもうおいらの先達冒険者としてのプライドは粉々だぜぃ」


 五十八階から五十九階を結ぶ階段の前で、ぼくたちは決戦前の最終確認をしていた。

 生物の胎内みたいな気持ちの悪い床と壁、血と鉄と死の臭いに満ちた五十八階は大変居心地が悪いけれど、闊歩する魔物はぼくとソーニャにとっては余裕で瞬殺できる相手だった。

 でも他のメンバーはそうもいかないので未知の五十一階から五十八階も、結局は【砲雷(ハウ・ラウル)】を連射し続けて強行突破するのが一番安全だった。


「【砲雷(ハウ・ラウル)】専用に製造された弾丸は残り十五発。一発はぼくが切り札として貰いたい。もう一発は、クリスに預ける。残りの十三発は全部ソーニャが持って」

「え? あたし居残り組なのに持ってていーの?」


 リィズズグという名の鱗人(リト)の傍で荷物を入れた鞄に腰掛けたクリスは、杖に体重を預けた砕けた姿勢で目を丸くしていた。

 ぼくはリィズズグに視線をやる。


「君たち後方支援組を守ってくれる鱗人(リト)は結局のところ近接格闘戦が本領だ。一発くらいは一撃必殺の自衛用遠距離魔法が無いと危険だと思う。本当はもうちょっと渡してあげたいけど、悪いけど十発以上は最低限無いと不安だから、ごめん」

「いやどうせあたしもう残りの魔力的に三発撃つのが限界だから一発あったら十分。ってかあんまあたしら荷物持ち舐めんな」

「それは悪かった。侮辱したことは地上に帰ってから謝罪するって約束するよ」


 ハウドとグラームにクリスは微笑みを浮かべた。謝ってもらいたかったら死ぬな、というぼくの意図は伝わったようで安心した。

 ぼくに視線を合わせず、周囲への警戒を怠らない巨体の戦士であるリィズズグは鱗人(リト)特有のくぐもって聞き取りにくい声色で、軽く語りかけてきた。


「ハゲタカにハ、このリィズズグも世話にナッタ。アイツがいなクナッてカラというモノ、酒樽運ぶ気の利イタ奴が()らンデ『番人』とシテウンザリしてイタものヨ。アノ小僧が目を掛ケタ此奴ラのコトハ、リィズズグが命を賭シテ守ル」

「だから命賭けはやめてって」

「リィズズグは途中参加だ。『未帰還』デモ問題あるマイ」

「……任せたよ。ちゃちゃっと済ませて帰ろうか、みんな」


 あまり話し合いに時間をかけてもいられない。ぼくらは下り階段へと向かう。


「行こうか、ソーニャ、アトラ、カラス。一応これがこの島での最終決戦ってヤツだ。各自装備と状態の確認」

「私は残り魔力七割くらい、体力的には結構疲れている。でも魔法具の補助があるから、多少は無茶が利く」

「怪しい装備だから、あんまり過信しないでね。ソーニャが死んだらぼくにとっては元も子も無いんだから」


 ソーニャの右腕にはアトラの拳くらい大きな法珠が手首あたりに取り付けられた装具が嵌められていて、十三発の弾丸がソーニャの身体を中心にゆっくりと旋回している。

 今回の決戦用にトンビが造った魔法具らしい。肉体強化魔法の補助をしつつ、砲撃用に調整された逸品だそうだ。身体と霊脈への負担を考えるとあまり使ってほしくないのだけれど、ソーニャ自身が使うと決意したのなら、ぼくも強く反対はできなかった。


(おれ)、万全」

「そりゃ良かった。ぼくが防御役の前衛、カラスが攻撃役の前衛。だからもうカラスは好き勝手に暴れてくれたらそれでいい」

「最高」


 正直なところ、カラスは動きが人間のそれではないので上手く連携のしようがなく、これが最善策としか言いようがない。誤射しちゃうかもしれないけど本人が絶対にありえないと豪語したので、もう信じる。

 アトラは背負った五本の槍から一本を左手で抜き、先端に窪みがついた棒にしか見えない投射器(アトラトアー)を持って最後尾を歩いている。


「おいらァさっき言った通り。あとおいらバカだからよう。他人が死にそうってーのは分かるんだけどよう、自分が死にそうかどうかってわかんねーから。まぁこの死臭の薄さからして、負ける気はしねーな」

「お兄ちゃんの親友で先達の保証付きなら安心できるよ。――ああ、ぼくは魔力六割くらいで体力は有り余っているかな? トンビの話を聞く限り、ぼくは攻撃役としてはあまり役に立てなさそうだ。その分補助に徹するから」

「喜べ二人とも。マリーに支えてもらえるなんて栄誉、家族(ペット)の私以外が受けるなんて滅多にありえない」


 やきもちを焼くソーニャの姿も珍しくて愛らしいものだ。これを見るためだけにこんな所まで潜ってきた価値はあるかもしれない。


「さーて、じゃあ伝説や神話におとぎ話でしか聞いたことのないドラゴン退治の始まりだ。神サマの祝福を受けた聖なる騎士も、勇猛英知を誇る戦士もいない、狩ったところで誰が喜ぶわけでもない、魔人と魔女とはぐれ者のぼくらがぼくら自身のためだけに()る無意味な戦いだ」


 階段を降りきった途端に、視界が晴れた。

 草木一本もない荒れ果てた大地。

 雲一つない、絵の具を塗っただけのような青空。

 地平線までそんな有り様の世界に、くすんだ黄金色の鱗を輝かせる、身体そのものが城塞並みに巨大な、どうやって自重を支えているのかも不明な、一頭の生物がいた。

 そいつはトサカの生えた頭をもたげ、黄金色の瞳を見開いてぼくらを見据えた。


「だから、お前はぼくらの個人的なワガママで死ね!」


 宣言と同時にぼくは魔法式を物理世界に出力。カラスが走り出し、アトラが槍を投射器に番え、ソーニャが右腕を伸ばした。


 竜は四本足で身体を起こし、およそ街五、六区画ほどもある距離から既に鎌首をもたげ顎から魔法式が漏れるのが見えた。

 身体構造変化でぼくは下半身を馬の形に変え、肉体強化魔法と生体電流操作魔法【自電(ジゴワット)】を併用起動。馬が平原を走ることに最も適した動作を【自電(ジゴワット)】が自動で行い、制限解除された筋肉と骨が断裂する端から治癒魔法で治し、先行したカラスを追い越してぼくが一番前に出る。

 それを視たカラスが立ち止まり、荒野にトンファーを突き刺して疾走の勢いを殺した。なんだ、ちゃんと連携ができるじゃないか。


 竜の喉が盛り上がり、体内に収まっていたらしい脂が霧のように吐瀉された。同時に顎から出力されていた熱量操作魔法で空気が高熱に引き上げられ、脂に引火。正に伝説の如き口からの火焔放射が行われた。

 魔物が歪な身体構造を維持するために肉体強化魔法の一種を利用していることは、今まで障害物として排除してきた死体を見てきたことから推測できた。でも、竜はぼくらと同じく本当に魔法を使う。

 一度戦って敗退したものの生還したトンビからの情報が無ければ、ぼくも反応が遅れていただろう。あの女はいけすかないが、つくづく先人に感謝しなければいけない。


 最前衛に出たぼくは火焔放射から後衛のみんなを守るべく、下半身の身体構造変化を解いて両腕を前に突き出し、傘のような形状の肉と骨で構成された壁へと変化させる。

 引火した脂を受けた傘の肉壁はあっという間に炭化したが、その端から肉体治癒魔法で治し、ぼくは防御に徹した。カラスが後ろを振り返り、()()()、と腕を前に振る。


「おお――ラぁっ!」


 びりびりと肌の表皮を震わせるほどのアトラの雄叫びが聞こえたかと思うと、音速を越えた物体が大気の壁を無理矢理突き破り、衝撃波を周囲に撒き散らしながら突き進む様が、一瞬だけ観測できた。

 次の瞬間には、竜の喉元が爆ぜた。鱗を破砕し、筋肉の壁を貫徹し、石突部分まで深く深く槍が突き刺さり、間欠泉の如き血飛沫が竜の首から噴き上がる。

 火焔放射が止まり、竜は槍の投擲を受けた反動で何もない青空へと顎を向けざるを得なかった。


 これがツェズリ島でもっとも優秀な狩人と呼ばれる、アトラの本気の槍投擲だ。

 肉眼で見れば、ただ窪みのついた棒に槍の石突を番え、棒を振って槍を投げただけにしか視えない。

 だが霊脈を活性化できるものが、魔法式を理解できるものが、魔法使いがその投擲を見れば、その原始的な槍投擲は凡そこの世のモノとは思えない光景へと一変する。


 アトラが槍を投げる動作に入った瞬間、彼の身体は確実に肉体強化魔法が発動されている。

 だがそれ以外に、ぼくら魔人もまだ適正属性者が誕生していないため魔法式の研究だけに留まっている重力操作、槍の――己の肉体以外の物体の質量増強、空間構造すら捻じ曲げる魔法式が展開されている現実が観測できる。

 ぼくも合衆国で、アトラの血族と思しき狩人たちが自然に()()をやっているのを見た時は自分の脳みその方がおかしいのかと疑った。

 何をどうやっているのか、魔人のぼくにもわからない。アトラたち狩人の血族本人たちも理解していない。

 ただただ、槍を長く精確に重い威力で投擲する動作を子々孫々に伝え続けていたら、いつの間にか本気で投擲すると地平線の向こうにある山に陥没痕(クレーター)を穿つほどの一撃に昇華していたらしい。限度というものを知らず、己の限界を越えることのみに執着しすぎた一族の到達点だ。


「ソーニャ!」


 ぼくの声に応えて、ソーニャは右腕を突き出し、法珠の前に弾丸を置いた。

 【砲雷(ハウ・ラウル)】の魔法式が投射され、槍の石突部分を照準。発射される。

 こちらも音速を越えた一撃により、竜の頸の肉が半分以上抉り取られ、吹き飛んだ。

 硬すぎる。どんな筋肉構造をしていたら超音速の質量投射攻撃を二度も同じ箇所に喰らって首がちぎれ飛ばないのだ。

 だが首を飛ばしてもトドメを刺せるという保証が無い以上、最初の一撃でソーニャに本気の攻撃をさせるわけにはいかなかった。

 どれだけ攻撃を加えて身体を損傷させれば竜は殺せるのか、ぼくたちは知らない。

 相手に何もさせず瞬殺するのが戦いにおいてもっとも理想ではあるけれど、ぼくが極論脊髄と脳みそさえ無事なら死なないのと同じように、相手の耐久力を知らずに最初から限りある全力を出しきることはできない。


「カラス! ()()()()()!」

「応」


 連携が取れないと思ったカラスだが、それは肉弾戦に以降してからの話だった。この遠距離ではカラスも自分が役立たずだと理解しているからか、ぼくの最低限の言葉で理解したらしい。

 カラスは直ぐにアトラの元へと合流し、既に投擲姿勢に入った彼の投射器に飛び乗った。


「らあ!」


 槍の投擲に比べるとかなり加減された力だが、明らかに人体が耐えられる速度ではない勢いでカラスは竜に向かって投擲された。

 信じられないことに、このわずかな時間で明らかに頚椎にも脊髄にも損傷を与えたはずの竜の首が繋がり直り始めており、こちらに無機質な黄金色の瞳を向けた。


 魔法式が、竜の瞳から放射された。

 ――こんなの聞いてない!


 カラスに向かって出力された魔法式はほとんど読み取れなかったが、空中で彼は透明な壁にぶつかったように弾き飛ばされ、荒野に向かって投げ出される。

 ぼくも魔法式を視線に乗せ、地面に叩きつけられる直前のカラスを熱量操作魔法による上昇気流で受け止め、姿勢を正させてなんとか足から着地させるように補助する。


 カラスを助ける合間に、せっかく首を刎ね飛ばす直前まで負わせた傷――というより断裂はみるみるうちに修復され、黄金の鱗が張り巡らされた最後には、まるで唾でも吐くかのようにアトラが投げた槍が竜の首から吹き飛んで地面に転がった。


 ぼくはどうやら相手の本質を見誤っていたらしい。

 あれは確かに、城塞のように巨大な神話で語られるような姿の竜だ。

 でもそれだけじゃない。視線に魔法式を乗せ、見た相手に適切な魔法を叩きつけられる知恵と魔力と技術は、完全に魔人のそれだ。霊脈を見た限り、保有魔力はおそらく侯爵級。

 侯爵であるルックンマルク家と決闘した経験から省みるに、ぼくとソーニャはともかくとして、アトラとカラスの魔力量では直視されて直死魔法を喰らえば即死する。さきほどカラスを迎撃したのはおそらく重力操作によるもので、身体を修復するまでの時間稼ぎを優先したのだろう。


「アトラ! カラス! 動き続けろ! 立ち止まって睨まれたら殺される!」


 まずいまずいどうしようこんなの想定外だ。視線に魔法を乗せられる相手とは戦ったことはあるけれど、距離がありすぎる。相手の視界が広すぎる。逃げ場が無い。そのうえ竜は巨大でどこまで叩けば殺せるか検討もつかない。

 迷いながら、ぼくも下半身を鹿のように構造変化して走るのと跳ぶのを繰り返し、竜に睨まれないよう移動し近寄ろうとはしている。観測魔法を全方向に展開し続けて、仲間一人一人の動向は把握している。

 もちろん、竜も。


「それはやめてー!」


 竜の喉元が再び膨らみ始める。オマケに散開して移動するぼくらに合わせて、首を大きく横に振り上げ、おそらく炎で薙ぎ払うようにぼくらを焼き尽くすつもりだ。

 仕方ない。あの火焔放射を真正面から防御できるのは四人の中ではぼくだけだ。足を止めて後ろにいる三人を守ることにする。守った後どうやって殺すかは、全く何も考えていない。

 これが自分よりはるかに強い相手と戦う焦燥感か。

 お兄ちゃんやドロテアは、毎回戦うたびにこんな感情を抱いているのか。

 今回のサブタイトルは「King Crimson」の「Lizard」から借用させていただきました。

 https://www.youtube.com/watch?v=SUc8luH-I6c

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