第九章 6:未知でないなら道とする
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「これが迷宮かー」
この島に到着してから十六日目で、ようやくぼくたちは迷宮に潜ることができた。
妙な形をした石や岩が広がるだけの、生物の気配がほとんどしない広い広い部屋だ。ざっと街の四区画以上はある。
つまんない所だ。こんな所に来るまでに送ってきた今までの日々の方が、苦労が多いんじゃないのか。
まず、ドロテアの治療方針で揉めた。すぐに身体を切り拓いて脊髄に直接手術をしたがるトンビを何度止めたことか。脊髄や脳の損傷はぼくの医療魔法でも簡単に治せるものではないので「物は試し」感覚でやられたらたまったもんじゃない。
結局、ぼくが医療魔法で抗体反応を抑えながら輸血することでドロテアの魔力補充を試みた。これはある程度効き目があったけれど、まだ【矢】の呪術が身体に残っているからか、魔力と霊脈の回復が起こる端から減衰反応があり、ドロテアはそのたび苦痛を覚えているようで、これだけでは解決できないということになった。
そういうわけで、弱まった魔力抗体を体内ではなく、身体の外に魔力防殻を張る装着式魔法具をトンビが造ることで、ドロテアの身体が衰弱するのを止める方針で固まった。
【矢】の呪術がいつ身体から抜けるのか。抜く手段があるのか。それはまだ研究段階だけれど、この魔力防殻と輸血と療法食で、ドロテアの命はかなり長く繋ぎ止められるはずだ。
そしてついさっき、この迷宮の門を潜る前に一悶着があった。
アトラとそれに付いてきた四人は元々冒険者登録しているので問題ない。
けれど、ぼくが正々堂々この島を征服する権限を得るためには、冒険者登録をして公的にぼくの存在がこのツェズリ島で認められなければいけないというのだ。
理屈は納得できるけれど、面倒くさかった。何せぼくらはポール都で破壊と死を撒き散らかした魔人と魔女の二人組だ。公の場に現れて、普通に登録申請しようとしても本来なら通るはずがない。
でもそこはもう無理矢理通した。ぼくたち二人が攻撃魔法で脅し、アトラが睨み、ズゥクジャーンという鱗人がエントランスに拳を叩きつけ、ギルド職員たちを脅迫して書類を受理させた。
「まずはこの一階の地図だけど――」
「ソーニャ。ここの石電磁誘導できる。弾として使えそう」
「わかった」
ハウドが地図を取り出してぼくたちに何か言いかけたけど、ぼくは手近にあった石を肉体強化と構造変化を併用して造った髪の毛の刃で賽の目切りにし、一欠片をソーニャに投げ渡した。
ソーニャは既に筒状の魔法式を出力して魔法杖で照準しており、石の欠片が筒の中に入り込んだ途端に、魔力点火が行われる。
電磁誘導で弾丸を射出する攻撃魔法【砲雷】が発動。射線上にあった石と岩を全て貫通して破壊し、二階までの階段を直通する通路を作った。
「よし、じゃ行こっか」
ぼくは電磁移動魔法【路雷】を起動し、仲間たち全員を宙に浮かせて二階への階段まで障害物無く空中を滑るように移動した。
階段の中ではどうやら空間が歪んでいるらしく、観測魔法が上手く機能しない。階段は普通に自分の足で降りた方が安全なように思えるので、ぼくは魔法を切って、後ろにいる面々を振り返った。
「ここ、降りたらいいんだよね?」
「え? あ、はい」
「何十階くらいまでこれで階段まで直通できるかなぁ。ソーニャ。一階は拓けていたから確認しやすかったけど、入り組んだところだと射線上に人間がいないかぼくじゃなきゃちゃんと確認できないから、そういう所はぼくが【砲雷】で障害物吹っ飛ばすよ」
「照準してくれたら私がやるけど?」
「うーん、じゃ、お言葉に甘えようかな。ぼくが電気操作使うよりソーニャの方が魔力燃費いいからね」
「ちょっと待てぃ」
クリスが魔法杖と荷物を背負った姿で、ぼくたち二人を呆れ返ったような目で見ている。
「あ、そうか。せっかく移動や観測警戒は三人が補助してくれるって言ってたのに、無駄に魔力使っちゃったよ。ごめん」
「いやもうこれ警戒とかいらねーし。……移動もアレだけ速かったら、あたしがやるより効率いいし。お二人様、迷宮って言葉の意味、理解してんの?」
クリスの言葉に、ぼくはソーニャと顔を見合わせた。
「わざわざ道に付き合う必要性が感じられない」
「真っ直ぐ行った方が楽で速い」
ぼくは腕組みして、ソーニャは三角帽子のズレを直して答えた。
カラスだけが納得したらしく、頷いてアトラに問いかけた。
「道理。アトラ、【砲雷】、何十階まで通じる?」
「え……おいらに聞かれても。弾の大きさにもよるけどよう。……白大蛇に当たったりしない限り、五十階までこれで行ける……かもなぁ」
「楽。良し」
「じゃ、降りようか」
一応アトラを先頭にしているので背中を小突いて促し、ぼくたちは階段を降り始めた。
「いやぁ、慣れたアトラの保証付きなら安心できるよ。思ったより迷宮って楽そうだね。持ってきた食糧を無駄に使わないように、今の内に休憩地点とその付近で狩れる食べられる魔物の予定を立てておこうか?」
「私たちは素人だから、お願い」
先人のアトラに対して最大限信用を寄せた発言をしたつもりだったのに、なぜかお兄ちゃんの親友である大男の肩はがっくりとうなだれ、周りにいる他の面々もカラス以外同じような様子だった。
「おいらたちの苦労ってなんだったんだろうな……」
「何言ってるんだ。君たちが命を懸けて得た情報と支援あってこそだよ。ぼくたち二人だけなら先をよく知らないんだから、消耗と回復の予定が立てられなくて馬鹿みたいに【砲雷】を連発できるもんか」
「あ、うん。そうだよな。いくらなんでも魔力限界が……」
「いや実体弾撃つ魔法だから弾切れが問題なだけ。ソーニャなら今の【砲雷】くらいなら……休憩無しでどれくらい撃てる?」
「…………さぁ? 万は余裕」
「さすが純粋属性だなー。ぼくは万以上はたぶんキツいや。それ以外に魔力使いたいからやりたくないし」
ソーニャは純粋な電気操作属性に適正を持つので、魔力燃費効率が極めて良い。ただ、お兄ちゃんに教えてもらった魔法式を応用してソーニャ自身が研鑽を積んだからであって、同じ魔力量を持つ帝国の上級男爵や下級子爵でも無理な話だろう。
ぼくは電気操作はやっぱり攻撃魔法より補助系等で使う方が慣れている。ただ、ソーニャと違って視線に魔法式を乗せられるので、肉眼で捕捉した相手なら【閃雷】で攻撃することができるから、そういう意味ではぼくは電気操作一本に絞ってもソーニャより強いと言える。
「お、二階にも弾に使えそうな石がたくさんあるね。助かる」
二階に到着したぼくは髪の毛の中に埋めさせていた賽の目切りにした石を全部捨てて、グラームに聞いてみた。
「この石があるのって何階くらいまで?」
「八階までです……」
「じゃあそこで雑に撃てる弾を五十発くらいは補充しておこうか。この調子だと弾向きの石は後々にも転がってそうだし、無理にたくさん持つ必要はないよね。使う端から補充していく感じで行こう。というわけで、ソーニャよろしく」
「わかった」
ぼくが投げた石を再び石壁めがけて照準したソーニャの魔法式の筒が捉え、電磁誘導弾として発射される。
うん、先人は偉大だ。実に楽ができる。
そして何より、ぼくと息をぴったり合わせて魔法を使いこなせるようになるまで成長したソーニャの頼もしさときたら、師として主人として実に嬉しく誇らしい。
「じゃ、せっかくソーニャが開いてくれた道だからさっさと先に行こうか」
これは地上に帰って、無事この島を征服して大手を振って歩けるようになったら、ぼくがちゃんと選んだ素材でソーニャの好物をたくさん作ってご褒美をあげなくっちゃいけない。
ソーニャときたら謙虚で愛らしいものだから、ぼくが何か欲しい物が無いかと聞いても二言目には「マリーさえいればいい」というので、それはそれで嬉しいのだけれど、やっぱり何かお返しをしないとぼくの気が済まないのだ。
最近はもう色々めっちゃくちゃにされて叶わなくなったけれど、ぼくの望みはやっぱりソーニャと楽しく笑って遊んで美味しいものを食べる毎日が一番だ。
それを取り戻すためなら多少の苦労や我慢もできる。実現するためにはやらなくちゃいけないことは山積みだけれど、ぼくはソーニャのためなら、ソーニャとの幸せのためならなんだってやってみせる。
さぁ張り切って行こう。




