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9/12

第9話。サーカス・オペラを観終わったら興奮冷めやらなかった。

 俺と母は観劇からの帰路、【乗り物(ビークル)】の車中で、ずっと話している。

 未だ興奮冷めやらぬ……という感じだ。

 話題は、もちろん【ラ・ストラーダ】の公演の事。


 俺はオペラやミュージカルという奴が苦手だから、観る前は正直期待していなかった。


 だが、前言を撤回させてもらおう。

 控えめに言って【ラ・ストラーダ】は最高だった。


 母の話では、どうやら【ラ・ストラーダ】は、現在4号テントまであるらしい。

 何号テントという呼び方は、オリジナルの【ラ・ストラーダ】(1号テント)が【ロムルス】という都市の大道芸人達によって結成されたサーカス団の形式を取っているからだ。


 1号テントと呼ばれるオリジナル・メンバー達は、世界中をツアー巡業している。

【ドラゴニーア】を中心に世界各国の大都市で連日満員札止めを続けながら、旅から旅へと渡り歩いていた。

 もはや、数年先まで前売チケットは完売しているらしい。


 1号テントの特徴は、何と言っても沢山のトレーラー・ハウスを連ねて移動・巡業している事だろう。

 彼らは、都市の公園や広場などにテントを張って興業する形態だ。

 もちろん、【ラ・ストラーダ】は各地の自治体に許可を受けた上でやっているので大丈夫だが、通常は公共の公園や広場に無許可でテントなんか張れない。

 例えば【ドラゴニーア】なら【竜都】中心にある【セントラル・サークル】という巨大な国立公園に、【ラ・ストラーダ】の公演期間中テント村が出来上がるのだ。

 如何(いか)にもサーカス団という(きょう)がある。


 1号テントは大劇場並のキャパシティを誇る巨大テント2張りで各昼夜2公演、つまり毎日4公演しているらしい。

 以前の1号テントは巨大テント1つで公演していたが、余りの人気ぶりとキャストが増えた事でメイン・テントが増設され、今はツイン・テント体制になっている。


 ツイン・テントの2つの演目は、さっき俺と母が観た……豊かな者は金貨で暮らし、まつろわぬ民は歌で暮らす……と……ロミオ&ジュリエット。

 そう、劇作家ウィリアム・シェイクスピアの有名な戯曲を、サーカス・オペラ風にアレンジしたモノだ。


 ツイン・テントを中心に、トレーラー・ハウスや中小のテントを並べて屋台や売店、お化け屋敷や見世物小屋など、様々なお店やアトラクションが設営され、さながら小さな集落の様相を呈する。

 だから、テント村と呼ばれるているのだ。


 テント村では、ケバブやホット・ドッグやフライド・チキンや綿飴(コットン・キャンディ)やアイス・クリームやポップ・コーンなど様々な屋台フード、ジュースやアルコールなどの飲料などが販売され、【ラ・ストラーダ】のロゴ入りTシャツやキャップやマグ・カップやキー・ホルダーなどを扱う物販コーナーや、仮設トイレ、迷子センター、警備事務所、医務室まである。

 その他にもテント村では、大道芸人達が歌い踊り、軽技や奇術を観せ、道化達がジャグリングやパントマイムやバルーン・アートやドタバタ(スラップ・スティック)喜劇(・コメディ)で買い物や飲食をするお客達を愉しませる趣向になっているらしい。

 会場には、組み立て式の観覧車やメリーゴーランドやゴーカートなんかもあるのだとか。

【ラ・ストラーダ】の公演期間中、テント村が開設された公園や広場は、差し詰めアミューズメント・パークに様変わりする。


 ツイン・テントのメイン公演のチケットを持っていないお客も、こちらのテント村だけを訪れる為に入場料を払って来訪するらしい。

 お祭や移動遊園地みたいな感覚だろう。


 そして【ラ・ストラーダ】1号テントは、キャストやスタッフなど団員に加え、彼らの家族も含めて旅巡業をしているので、総勢500人以上の大所帯なのだ。

 テント村には、お客用の施設以外にも、団員と家族の為のトレーラー・ハウスやテント小屋もある。

 住居、運営事務所、食堂、売店、大浴場、病院、保育所、学校、理髪店……更には1号テントの団員と家族専用の【神竜神殿】公認のミニ礼拝堂や、【銀行ギルド】の出張所まであるらしい。

【ラ・ストラーダ】のテント村は、文字通り移動する1つの村なのだ。


 それから、さっき俺と母が観て来た2号テント。

 2号テントは、基本的に1号テントのオリジナル演目をセカンド・アクトでリバイバル公演する。

 彼らは【ラ・ストラーダ】の演目の作・演出を手掛ける稀代の劇作家で演出家のコッペリア・フェリが総合芸術監督を務める【ドラゴニーア】国立【ラウレンティア劇場】を本拠地(ホーム)にしていた。

 劇場での公演がメインなので、こちらはサーカス・テントやテント村などはない。


 2号テントは、【ラウレンティア劇場】で年に数か月間本公演を行い、それ以外の期間は今日俺と母が観たように世界中の劇場を回って公演を行う。

 彼らの本拠地(ホーム)である【ラウレンティア劇場】は総合劇場なので、オペラやバレエ、お芝居やミュージカル、オーケストラのコンサートなどの様々な公演が行われるので、【ラ・ストラーダ】の2号テントだけが劇場を占有して単独ロング・ラン公演をする事は出来ないのだ。


 しかし、近頃【ラウレンティア】には【ラ・ストラーダ】専用の常設劇場も完成したらしい。

 常設劇場では【ラ・ストラーダ】だけが毎日公演を行う。

 それが3号テントだ。


 3号テントの呼び物は、自前の専用劇場らしく巨大で大掛かりな舞台装置などを建て込める事。

【ラ・ストラーダ】常設劇場の中には、何と巨大な水槽が建造され、その中で【人魚】族が泳ぎながら、歌い踊り演じるのだとか。

 テレビの特集番組での取材映像を観たが、とんでもないスケールの舞台装置でド迫力の演出だった。


 3号テントの音楽は、全てオーケストラ・ピットの中で演奏される生のフル・オーケストラなのが凄い。


 1号テントは、キャスト達自身が様々な楽器を演奏する他、舞台裏でバンドが生演奏をする形で音楽が付けられているそうだ

 2号テントは、本拠地(ホーム)の【ラウレンティア劇場】は劇場付きの自前のオーケストラが演奏をするので問題ないが、各地の劇場を回る際には現地のオーケストラが演奏を行うのだとか。

 1号テントのバンド演奏と、2号テントの巡業先での現地オーケストラでは、少し音が物足りない場合もあり、その際には致し方なく録音の音源を使用する事もあるらしい。

 しかし、3号テントはフル・オーケストラの完全なライブ演奏だ。


 3号テントが常演するのは……人魚族は、お日様の下を歩いてみたい……という演目。

 ストーリーは、さっき俺と母が観た……豊かな者は金貨で暮らし、まつろわぬ民は歌で暮らす……と基本的には同じような筋立てだ。


 ただし……豊かな……の方は【山羊足人(サテュロス)】や【ケンタウロス】など、まつろわぬ民がフューチャーされていたが……人魚族は……の方は【セイレーン】や【マーメイド】など水生人種がフューチャーされている。

 まつろわぬ民のコミュニティは、定住生活者のコミュニティから差別や偏見を受ける事もあり、それが……豊かな……の裏テーマとして描かれていた。

 人魚族は……の方も、水生種族が陸生種族から差別や偏見を持たれる場合があるので……差別反対と他種族共存……というテーマが共通する。


【ラ・ストラーダ】の作品は、純粋なエンターテインメントとして素朴に楽しめる内容なのだが、その背景(バック・グラウンド)に社会問題への問い掛けという重厚なテーマを忍ばせたコッペリア・フェリの筆力は凄い。


 そして、3号テントの演目……人魚族は、お日様の下を歩いてみたい……の主演は、当代一のディーバであるオデッタ・スカラだ。

 オデッタ・スカラは、【ラウレンティア劇場】の看板スターで、歌手や女優としてはもちろん、演奏家やダンサーやモデルとしても世界的評価を受ける、ショー・ビジネス界の至宝と呼ばれている。


 彼女の演じる役は、オリジナルの……豊かな者は金貨で暮らし、まつろわぬ民は歌で暮らす……なら、ジーナの役柄に相当した。

 ただし……豊かな……の方は、副題(サブ・タイトル)が……ジーナ物語……とキャプションされる程、実在のミューズであるジーナ・アットリーチェのイメージが強い。

 また、ジーナ・アットリーチェと、オデッタ・スカラは、年代もキャラクターも違う。

 なので作・演出のコッペリア・フェリは、オデッタ・スカラ版では……人魚族は……という新しい切り口に設定を変更した訳だ。


 それは、良い考えだと思う。


 そして、4号テント。

 この4号テントの興業形態は、1号テントと同じトレーラー・ハウスでの巡業だ。

 しかし、1号テントの代名詞である巨大なツイン・テントではなく、複数の中小のテントで別々の演目を掛ける。

 それぞれの演目は、コッペリア・フェリの弟子の作家達が書いた小劇団風のオペレッタを観せたり、特別公演(ガラ)という形式で【ラ・ストラーダ】の各メイン公演の名シーンや代表曲・独唱(ソロ)などを切り取って観せるプログラム構成だ。


【ラ・ストラーダ】のメイン公演はチケットが高額だが、4号テントは比較的安い。

 コッペリア・フェリの弟子達と将来的に【ラ・ストラーダ】のメイン公演を演じる次世代の若手達を育成する目的や、4号テントを観たお客が次は【ラ・ストラーダ】のメイン公演を観に行きたくなるという導入にもなっている。


 なかなか上手い商売だ。


 このサーカス・オペラ団【ラ・ストラーダ】グループの共同出資者(オーナー)で、運営会社の代表取締役が、キトリーという女性である。

【ラ・ストラーダ】のコンセプトや営業方針を一手に差配する彼女は、何と15歳。

 俺と同い年だ。


 俺は、コッペリア・フェリが【ラ・ストラーダ】グループの総帥なのかと思ったが、コッペリア・フェリは演目の内容だけに権限を持つプロデューサーという立場で、【ラ・ストラーダ】の経営や様々な営業戦略や運営方針は、全てキトリーと彼女の事務所(オフィス)が取り仕切っているらしい。


 15歳は今世的には成人と見做されるが、前世の日本の感覚なら、中学3年生か高校1年生だ。

 中3や高1で、1千人以上のキャスト、スタッフ、その家族達を率いて、巨額バジェットの世界的な興業ビジネスを仕切っていると考えたら、とんでもない。

 世の中には物凄い天才がいるモノだ。


 更に、キトリーが開発したキトリー・プログラムなるモノが、セントラル大陸各国政府の政策として施行されている。

 この政策は、特定の国家に帰属せず世界を旅しながら日銭稼ぎの大道芸人などを生業(なりわい)とする、まつろわぬ民の保護政策だ。


 セントラル大陸中の大都市や観光地の街角で芸を観せて暮らす、まつろわぬ民は国家に帰属しないので、多くの行政サービスや公的社会保障や生活保護や義務教育などが受けられず、概して生活水準が低い。

 貧困を生き抜く為に、売春など望まない職業に就かざるを得なかったり、物乞いをしたり、場合によっては止むを得ず犯罪に手を染めてしまう、まつろわぬ民もいるそうだ。

 こうした事もあり、まつろわぬ民は、定住する各国の市民から(いわ)れない差別や偏見などで迫害される例もある。

 しかし、このキトリー・プログラムによって、まつろわぬ民の生活環境が大きく改善されたらしい。

 この政策で救われる、まつろわぬ民は実に数万人以上にも上るのだとか……。


 僅か15歳にして、1千人以上のまつろわぬ民を雇い食い扶持を与え、数万人以上のまつろわぬ民の暮らしを扶助するなんて、キトリーなる女性は社会企業家や慈善活動家として、本当に立派と言う他はない。


 俺は……現代日本チートで楽々異世界生活……なんて野望を持っていたが、今世にもキトリーのような人物が居ると知って、かなり自信がなくなった。


 ・・・


 カンパネルラ伯爵邸に付いた俺は、真っ先に厨房に行って冷蔵庫からジュースを取り出して飲む。


 喉が渇いていた。

 帰りの【乗り物(ビークル)】の中で俺と母は、ずっと話し混んでいたからである。

 そのくらい【ラ・ストラーダ】は素晴らしかった。


 来年から【竜都】の国立学校に通うようになったら、もしかしたら【ラ・ストラーダ】の1号、2号、4号の公演が観られる機会があるかもしれない。

 いや、絶対観に行こう。


【ラ・ストラーダ】版ロミオ&ジュリエットの方も観てみたいからな。


 それにしても、ロミオ&ジュリエットか……。


 もう慣れた所為(せい)か感覚が麻痺して疑問にも思わなくなったが、今世の世界は前世の地球の情報が流入していた。

 900年前に英雄と呼ばれた人達がいて、彼らの住む神界という世界から多くの知識や技術や文化が取り入れられたと云う。


 神界とは間違いなく地球で、英雄達とは地球人だ。

 そして神界から持ち込まれた知識の偏り方から判断すると、英雄の大半は日本人だろう。


 英雄は、900年前に……大消失……という現象を契機に全く現れなくなってしまったのだとか。


 前世の日本人の記憶を持つ俺も英雄なのかもしれない……と一瞬思ったが、どうやら違うようだ。

 英雄は、ある日突然大人として、こちらの世界にやって来たらしい。

 対して、俺は赤ん坊として、この世界に生まれて来た。


 つまり、英雄は異世界転移で、俺は異世界転生という事になる。


 俺の身に起きた事の原因は全くわからない。

 もしかしたら、俺のように異世界転生した地球人が他にも大勢居るかもしれないが、日本人の記憶を持つ俺が注意深く観察すれば、異世界転生したお仲間を見付ける事が出来るだろうか?


 う〜ん。


 俺は前世の日本人だった記憶が残っているとはいえ、俺自身の事や前世の家族とかの事は覚えていないから、別に異世界転生したお仲間に会いたいとは思わない。

 そもそも、転生人は、俺の仲間ではなく敵に回る可能性もある。


 ま、前世は前世。

 今の俺はジョヴァンニ・カンパネルラだ。

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・・・


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[一言] 頑張って儲けないと破産しちゃうという切実な理由がったりするキトリーさんぇ……投資したメンバーが強すぎる
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