第10話。成人式の朝に登城したら前世の事を少し思い出した。
カンパネルラ伯爵邸。
「若様。観劇は面白かったですか?」
メイド長が訪ねた。
彼女は、【ヘルベチア】から母に付いて来た側仕えで、俺にとっては乳母みたいな女性である。
「とても面白かったよ。あれは1度観ておくべきだね」
「あら、行く前は散々ごねていらっしゃったのに?」
メイド長は笑った。
「オペラとかミュージカルっていうのが苦手だったんだけれど、オペラやミュージカルの既成概念を塗り替えられた。コッペリア・フェリは凄いね」
「うふふ、それは良かったですね」
「あ、そうだ。お土産として、【ラ・ストラーダ】の1号テントのオリジナル・キャスト版の映像記録【魔法石】を買って来たんだ。メイド長も、あれを後で、お祖父様や、お父様達と一緒に観たら良いよ」
「まあ、高価な【魔法石】を買われたのですか?荷電魔法触媒のウエハーなら安いのに?」
「どうせなら画質と音が良い方が良いでしょう?ウエハーは画質と音が劣化するからね。【魔法石】なら何回繰り返し観ても永久に画質と音が変質しない」
「【魔法石】を買われる程、気に入ったのですか?」
「うん。でも、高い【魔法石】にしようと言い出したのは、お母様だけれどね。お母様は感動して号泣だったんだから、メイド長も観たら気に入ると思うよ」
「あら、まあ、では後程楽しみに拝見させて頂きますわ」
「あ、でも、映像版はスタジオ撮影されたヤツで、サーカス・テントや舞台のライブじゃないから、迫力とか臨場感なんかはないかもしれないけれどね」
「確かに、舞台はライブに勝るモノはないでしょうね」
「うん」
「さあ、お召し物をお着替えになって下さい。伯爵様と男爵様がお帰りになったら、間もなくお夕食ですよ」
「わかった」
俺は、自分の部屋に向かって着替える。
・・・
祖父と父が帰って来たとの連絡があり、俺は母と祖母とエントランスに迎えに出た。
「「「お帰りなさい」ませ」」
「うむ。ただいま戻った」
祖父が、迎えの執事に鞄を手渡しながら頷く。
「ただいま。エイプリル、あの件をジョヴァンニに話したかい?」
父が母に鞄を預けながら訊ねた。
「あ、いけない。観劇で興奮して、すっかり忘れていました。申し訳ありません」
母が口を押さえて言う。
「構わないよ。夕食の時に私から話そう。詳しい話は、最初から夕食の席で話すつもりだったのだからね」
「何か話があるの?」
俺は父に訊ねた。
「ああ、明日の事でジョヴァンニに伝えておく事があるんだ」
父は、俺の頭をワッシと掴むとクシャクシャと頭を撫でる。
・・・
ダイニング・ルーム。
夕食後。
「ジョヴァンニ。明日、成人の儀を迎えるお前に話さなければならない事がある」
父が言った。
父は、いつになく真剣な表情をしている。
「改まって何でしょうか?」
「ジョヴァンニが【モンティチェーロ】の【神竜神殿】(の孤児院)から当家に養子に来た事は周知の通りだが、実はジョヴァンニが保護された時の詳しい経緯は話していなかった。今から、それを話す。何故、今かというと、ジョヴァンニの実の保護者と思われる何者かから……成人までは情報を秘匿するように……とのメモが残されていたからだ」
「はい?俺の実の親?」
「親か如何かは定かではない。ともかく、ジョヴァンニを遺棄……というか、【モンティチェーロ】に運んだ誰かだ」
「はぁ……」
「説明が難しいのだが、ジョヴァンニは不思議な状況で保護された。ジョヴァンニ、というか、ジョヴァンニが収容されていた何かを最初に発見したのは【モンティチェーロ】の住人だ。街中を何やら奇妙な物体がフワフワ浮遊しているとの通報があり、衛士隊が駆け付けると、とある路地裏に2m程ある金属の球体が発見された。地面から30cm程浮かんでいたそうだ。近付いてみると、窓のような部分から中が見えた。そこに赤ん坊のお前が寝かされていたんだ。衛士隊の隊員が窓に触れたら、窓かハッチかが開いた。衛士隊がお前を抱き上げると金属の球体は動き出し、突如上空に猛スピードで飛んで行き、そのまま消えてしまったそうだ。現場に居合わせた衛士隊員達の報告によると……明らかに我が国の科学力を凌駕するような先進的な技術が使われていた……との事。中には……宇宙船ではないか……と言う者もいる。私は、その金属の球体は何かしらの【生命維持ポッド】のようなモノではないかと思う」
「はあ……で?」
「うん。お前は取り敢えず、軍病院に運ばれて健康診断を受けたが健康状態に異常はなかった。おそらく【生命維持ポッド】に、お前の栄養状態や健康状態を保つギミックがあったのだろう。そして、その時お前の衣類のポケットに1枚のメモと微弱な魔力を帯びたカードのようなモノが入っているのが見付かった。メモには、こう書いてあった。カードは、この子が本来の記憶を取り戻す為の鍵となっている。カードは、この子の魔力反応が登録されていて、この子が魔力を流せば起動するが、この子の幼い脳では記憶の過負荷に耐えられず死ぬ。なので、この子が成人してから記憶を取り戻させるようにカードは厳重な管理を願う……と。その後、その赤ん坊は当家に引き取られ、ジョヴァンニと名付けられた。カードは当家で保管すると、万が一何も知らないお前が手を触れて魔力を流してしまうと事故が起きるかもしれないと考え、【モンティチェーロ】の公城で厳重に管理してもらっている。明日の朝、お前を連れて公城に向かい、件のカードを受け取る事になっている。この事は、もちろん大公陛下はご存知だ。というか、子供がいない当家に、その赤ん坊を引き取って育ててみないか、とご提案になったのが大公陛下ご自身だ」
「はあ……」
「突然の事で混乱しているだろうが、この話は……この子が成人までは秘匿するべし……とのメモがあったので今日までは話す事は出来なかった。まさかとは思うが、お前を【モンティチェーロ】に遣わした相手は、恐るべき科学力を持った者達だ。指示の通りにしないと、何が起きるかわからないからな」
父は申し訳なさそうに言った。
俺は、別に混乱はしていない。
むしろ納得している。
俺は日本人の前世の記憶を持っていた。
何らかの理由と方法で、赤ん坊の俺が日本から異世界に送り込まれたのだろう。
900年前には、英雄と呼ばれる地球人が、こちらの世界に大勢来ていたらしい。
しかし、20年余りの期間の後、突然地球人は、こちらに来なくなった。
もしかしたら、その20年の間に判明した研究成果によって……異世界を超える時に大人のまま転移すると深刻な健康上の懸念などが起こる……と医学的に発見されたのかもしれない。
あるいは、地球がある宇宙と、こちら側の宇宙を繋ぐワームホール的な何かがあって、それを通って地球人は往来していたが、ワームホールが不安定になったとかで大人はワームホールを通れなくなったとか、不安定なワームホールを通ると記憶が維持出来ないとか。
だから、赤ん坊の俺と記憶を別々に送り込んだ、とか?
俺の種族が【ハーフリング】なのは?
地球には【ハーフリング】なんて種族はいない。
900年前に、こちらの世界に来ていた地球人が【ハーフリング】の遺伝子を採取していて、俺は、その遺伝子から作られたクローン人間という可能性もある。
だとするなら、赤ん坊の俺を1人で、こちらの世界に送ったのも理解が可能だ。
人間の赤ん坊を1人で異世界に送るなんて、地球の倫理的に許されないだろう。
異世界人である俺を異世界に返す……という名目なら、ギリギリ世論が抑えられる……か?
いや、それでもアウトだと思う。
自分の意思で異世界転移を望んだ訳ではない赤ん坊を勝手に異世界に送るのは、例えクローン人間でも地球の先進国のコンプライアンスでは認められないんじゃないかな?
つまり、これは何処かの政府とかが秘密裏に実行したミッションなのだろう。
その政府は日本政府だろうか?
俺が日本人の記憶を持っているのだから。
いや……異世界の言語が日本語だったから、外国が日本語を話せるようにした……という可能性もあるか?
日本人や日本政府っていうのは、良く言えば穏当で良心的、悪く言うとで事勿れ主義で責任を取りたがらない傾向があるから、こういうチャレンジングなミッションはやりたがらないと思う。
こういう倫理的にヤバそうな秘密ミッションは、あの国とか、あの国とか、あの国なら、やりかねない。
良くわからないけれど、俺が地球から異世界に送り込まれたのだとするなら、色々と辻褄が合う。
俺の前世の記憶は不完全だった。
こちらの世界で最初から日本人の一般常識的な知識はあったが、日本人時代の俺自身の記憶や家族の事なんかがスッポリ抜け落ちている。
おそらく、そのカードに記録されている、俺の本来の記憶なるモノに、そういう記憶があるのかもしれない。
その晩、俺は色々な考えが頭の中をグルグル回って、ベッドに入っても良く眠れなかった。
・・・
翌朝早く、祖父母と両親と俺は、公城に登る。
謁見の間で、大公を始め、大公家のメンバーと、重臣達が待っていた。
カンパネルラ家の一同が揃って大公に拝礼する。
「ジョヴァンニ。15年待ったが、お前の本来の記憶とやらに興味がある。見届けさせてもらうぞ」
大公は言った。
「ははっ」
俺は答える。
「例のモノを此れへ……」
宰相が促した。
すると、高級官僚の1人が件のカードらしきモノを捧げ持って来る。
俺はカードを受け取った。
【ギルド・カード】みたいだが、材質が全く違う。
【ギルド・カード】は金属製だが、このカードは何だかわからない透明感がある鉱物らしきモノだった。
「では、魔力を流してみます」
俺は言う。
「うむ」
大公が頷いた。
俺がカードに魔力を流すと、カードが光を放ち始める。
カードは光っている……が、俺には特段の変化はない。
「ん?」
俺は、何度か魔力を流してみた。
「ジョヴァンニ。本来の記憶を取り戻したか?」
大公が訊ねる。
「それが、何も変化がありません。これ、壊れているとか?」
俺は首を捻って苦笑いした。
「しかし、光っておるという事は、何らかのギミックは発動しておるのだろう?我らの研究では、魔力を流しても全く変化は起きなかったのだから」
「そう言われましても……」
「あ、あれはっ!?」
突然、近衛の1人が声を上げる。
近衛は窓の外を指差していた。
皆が窓の外を見る。
すると、窓の外に謎の金属の球体が浮かんでいた。
「あれは、ジョヴァンニ殿が収容されていた球体に相違ありません」
誰かが言う。
きっと、俺を発見した際に金属の球体を目撃した衛士隊に居た人物だろうね。
今この場に居るという事は、かなり出世して偉くなったのだろう。
「あれが、件の球体か?」
大公が呟いた。
「陛下。危険ではありませんか?万が一に備えて御避難を……」
大臣の1人が言う。
たぶん大丈夫だ。
俺の【妖精】であるティントレットが警戒していない。
「陛下。敵性反応は示しておりません」
公城の首席国家魔導師が言った。
「うむ。窓を開けよ」
大公が命じる。
数人がバルコニーの掃き出し窓を開けると、謎の金属の球体はゆっくりと謁見の間に入って来た。
謎の金属球は、ゆっくり移動して俺の前に停止し、そしてハッチが開く。
これ、たぶん……中に入れ……って事だよね?
「大公陛下。中に入ってみます」
「うむ。そうしてみよ」
大公は許可した。
俺は数人に近衛の手を借りて謎の金属球に入る。
中は柔らかなベッド・シートのようになっていた。
俺がベッド・シートに腰を落ち着けると、金属球のハッチが閉る。
別に何も起きないが……。
ん?
正面のコンソールっぽい場所が光っていた。
コンソールに触れてみたが、変化はない。
う〜む。
あ、もしかしたら……。
俺は、カードをコンソールに触れさせてみた。
ピッ。
コンソールから音が鳴る。
ほらね、電子マネーの決済機的な事だった。
で?この後は?
すると、突然俺は衝撃を感じた。
衝撃と言っても外因性の衝撃ではない。
衝撃は、俺の体内で発生したのだ。
物凄い情報が俺の脳に直接流れ込んで来るのを感じる。
・・・
もう一度冒険がしたい。
毎朝、目が覚めると、まず神様に感謝する。
そして、同時にあなたに対して心の中で在らん限りの悪態を吐く。
ふざけんな!フェアじゃないよ。
こんなのって、如何考えてもイカれている。
神様、僕は聖人君子じゃないけれど、この物理学が支配する世界で、僕くらい敬虔に、そして切実にあなたに祈りを捧げている奴っていないと思う。
それなのに、こんなのって酷いじゃないか?
神様、僕の状態は相変わらずですよ?
いや、むしろ状態は日を追う毎に徐々に、でも確実に悪くなっている。
毎日毎日あなたに、こんなに祈りを捧げているのに……。
神様、きちんと僕の祈りが届いていますか?
いや、届いている筈だよ。
だって、神様って、全知全能なんだからさ。
もう一度冒険がしたい。
あの、ワクワクする気持ちを感じたい。
毎朝のルーティンをする。
眼球から始まって、自分の意思で自由になる器官を1つ1つ確認する作業だ。
まったく、狂気の沙汰だね。
何しろ……今日は何処其処の器官が昨日より何%動かなくなっている……なんて確認しているんだから……。
でも、仕方ない。
今の僕に出来る、およそ意味がある行為なんて、こんな馬鹿みたいな事くらいなんだから。
もう僕は、自分の意思で声を上げて泣く事も、自殺する事すら出来ないんだ。
可能なら、出来るなら、許されるなら、もう一度冒険がしたい。
二度と自分の足で歩けなくたって、自発呼吸が出来なくたって、そんな事は全然構いやしないよ。
1か月、1週間、いや1日だけだって構わない。
心の底から愛して止まない、あの最高の世界で思い切り駆け回りたいんだ。
旅の準備は、いつでも万端整っているんだよ。
僕の師匠は、最高で最強の魔女なんだからね。
準備を疎かにしたら、師匠から怒られるんだから。
旅に出て、【遺跡】に潜って、強大な魔物をやっつけて、お宝の山を前にして子供みたいに、はしゃいでさ。
……仲間達と一緒に。
最期に、もう一度だけ冒険がしたいよ。
1日の最後に、あの丘の上に立って夕陽を眺めるんだ。
日没の瞬間に全ての終わりが来ても、僕は満足さ。
思い残す事はない。
そして僕は眠るだろう。
笑いながら、永遠にね。
あの世で魂の救済なんか、してもらわなくたって良い。
永遠に地獄の業火に焼かれ続けたって構わないんだ。
だから、だから、もう一度だけ冒険がしたい。
神様、お願いだよ、神様。
もう一度僕を、世界で一番大好きな、あの世界で冒険をさせて下さい。
鼓動が弱まっている。
バイタルの危険を報せるアラームが鳴った。
お医者さんと看護師さん達がやって来る。
AED、心臓マッサージ。
苦しい……。
ダメだ……もう、抗えない。
何かが僕を深淵に引き摺り込もうとしている。
いよいよ、僕の人生は終わるみたいだ。
これで、ようやく長い長い苦しみから解放される。
悲しくはない。
むしろ、ほっとしている。
でも、心残りはあるよ。
もう一度冒険がしたかった……。
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本作は「ゲームマスター・なかのひと」のスピンオフ作品です。
本編「ゲームマスター・なかのひと」も、ご一読下さると幸いでございます。
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