第11話。目が覚めたら知らない天井だった……って、え?
人生は恐れさえしなければ、とても素晴らしいものだ。
その為に必要なものは勇気と想像力、そして少しのお金だ。
サー・チャールズ・スペンサー・チャップリン。
目が覚めたら知らない天井だった。
何処?
そもそも僕は何をしていたんだっけ?
ああ、公城の謁見の間で、あの謎の球体に入ったら、情報が脳内に流れ込んで来て……。
だとするなら此処は?
僕は、いつの間にかベッドに寝かされている。
病院みたいだ。
あの球体は?
「ジョヴァンニ。目が覚めたのね?」
母が呼ぶ。
母は泣いていた。
そして何か違和感が……。
母が少し太った?
あ、いや、ふくよかになった?
フォローになってないか……。
女性に体型の話題は地雷だ。
でも、外見で直ぐわかる程、急に太るか?
何かおかしい。
ベッド・サイドには母と祖母とメイド長と、他に見慣れた何人かの顔と……数人の見慣れない顔も居た。
見慣れない顔の人達は、白衣を着ているので医師と看護師だとわかる。
「あ、うん……ゴホッ」
僕は、声を出そうとして咽せた。
喉に少し違和感がある。
まるで、風邪の引き始めのような感覚だ。
「ああ、良かった。ジョヴァンニ……」
母が泣きながら抱き締めて来る。
「ちょっと、お母様……」
「公城に連絡が行ったから、すぐ旦那様と伯爵様も此方に来るわ」
「え〜と、状況がわからないんだけれど、あれから如何なったの?」
僕は、母に訊ねた。
とはいえ、何となく予想は付く。
病院で目覚めて、直前の記憶との連続性がない。
という事は、僕は意識を失っていたのだろう。
あの球体に入って、何かしらの事故が起きたのかもしれない。
「何も覚えていないの?」
母が訊ねた。
「あの球体の中に入って、コンソールにカードをタッチしたら、情報が頭の中に流れ込んで来た所までは覚えているけれど、何で病院のベッドに寝かされているのかはわからない」
「ジョヴァンニ。あの後、あなたは意識を失って、あの球体に閉じ込められて……そのまま、ずっと眠っていたのよ」
「ん?閉じ込められた?なら此処は?」
「病院よ」
「病院はわかるよ。球体に閉じ込められたなら、何故病院に居るの?」
「球体のハッチが開いたから、あなたを球体から救出して病院に搬送したのよ」
「救出?ずっと眠っていたって、何日くらい?」
「3年よ」
「さ、3年!?僕には、ついさっきのような気がするんだけれど?」
母の体型が変わっていたのは、3年も月日が経っていたからか?
「3年前の1月15日の朝、公城の謁見の間で、あの球体の中にあなたが入った後、しばらくして様子がおかしい事に気が付いたの。あなたは目を閉じて動かず、呼び掛けても反応を示さない。死んでしまったのかと思ったけれど、窓から覗いて良く観察すると、あなたの眼球が瞼の下で動いているのと、胸が呼吸で小さく上下しているのがわかった。それで生きている事はわかったのだけれど、球体のハッチが固く閉じてしまい開かなくなった。工具や重機、それからバーナーや魔法でもハッチは開かず、このままではジョヴァンニが窒息したり餓死してしまうんじゃないかと思って、緊急で【ドラゴニーア】から【研聖】スワニルダ・ヴォッツァッキ様を御招きして調べてもらったのよ。すると、ジョヴァンニには、あの球体から必要な酸素や栄養素や魔力が供給されている事がわかったわ。でも、【研聖】スワニルダ様でも球体からあなたを救出する方法はわからなかった。わかった事は、あの球体は【超位魔法】でも破壊出来ないという事。それから3年、正確には2年と10か月が経過して、1か月前。あの球体の外部モニターに突然30という数字が表示されたの。その数字は毎日1つずつカウント・ダウンされて行った。数字はハッチが開く日を示しているのではないかという意見と、もしかしたら何らかの警告ではないかという意見があって、念の為に安全を確保して推移を見守っていたら、カウント・ダウンが0になって球体のハッチが開き、今朝あなたが救出されたのよ」
「なるほど。それにしても3年も、あの球体に入りっ放しで何で生きているのかな?食べ物とかは……あ、栄養が、あの球体から供給されていたんだっけ……」
「そうよ。で、体に不調はない?」
「喉に少し違和感があるな……エヘンッ、エヘンッ」
僕は意識的に咳払いをしてみる。
「先生……」
母が医師に声を掛けた。
「拝見します……舌を出して下さい……あーっと声を出してみて下さい」
医師が僕の口の中を喉頭鏡で覗きながら言う。
「あ〜……」
「診た限り異常は見受けられません。詳しく検査をしてみないとわかりませんが、おそらく長期間声を発していなかったので、その所為ではないかと……」
医師は説明した。
「ジョヴァンニ。何か食べたいとか、飲みたいとか、欲しいモノはある?」
母が訊ねる。
「う〜ん、別にないな。お腹も空いてないし……。うわ、何か手や腕が動かし難いような……」
僕は指を握ったり開いたりしようとして不具合に気付いた。
拳が握れず、折り曲げた指と手の平の間に卵1つ分の空間が出来てしまう。
「全く動かしていなかったので関節が固まってしまっているのでしょう。リハビリをすれば良くなりますよ」
医師が言った。
「関節のストレッチですか?それって痛いヤツですよね?」
僕は、固まった関節の可動域を保つストレッチを受けた経験がある。
前世で日本人だった時にね。
あれは痛いんだよ。
「多少は痛みますが、必要なリハビリですので……」
医師は言う。
医師の説明では、今日は精密検査をして、リハビリなどは明日から始める予定なのだそうだ。
それにしても、3年眠ったままだったとはね……。
日本には、三年寝太郎って民話があったよね?
あれって、どんなストーリーだっけ?
「で、その子供は?」
僕は、さっきから気になっていた事を訊ねた。
メイド長が、赤ん坊というには少しだけ大きくなった幼児を抱いている。
見慣れない子供だ。
メイド長の子供かな?
だとしても何で連れて来たの?
カンパネルラ家の侍女やメイドの中には既婚者や子供がいる人達もいた。
でも、子供が幼い内は育児休暇を取るか、少し大きくなって仕事復帰する場合は自宅で世話をしてくれる家族か、然もなければ託児所に預けている。
基本的に職場に子供を連れて来る侍女やメイドはいない。
「ジョヴァンニ。この子は、あなたの弟のバスティアーニよ」
母が言った。
弟?
あ〜、なるほどね。
僕は、瞬時に状況を察した。
この子は、僕の代わりというか、後釜だろう。
僕が、件の球体に3年近くも閉じ込められる事態になって、父の次世代のカンパネルラ家の後継候補が居なくなったので、新しい子供を神殿から貰って来たのだ。
別に嫌な気分はしない。
止むを得ない事だからね。
貴族家が命脈を保つ為に、後継者問題に対処するのは当然だ。
もしも、カンパネルラ家が絶えてしまえば、カンパネルラ家の家臣は全員解雇されてしまう。
カンパネルラ伯爵領の【ベッラ・フォンターナ】には、新しい貴族が封領されるかもしれないが、カンパネルラ家の家臣がそのまま継続雇用される保証はない。
領民にとっても新しい領主に変われば、色々と不安もあるだろう。
祖父が定めた【ベッラ・フォンターナ】の税率は【リーシア大公国】の全領地の中で一番低い。
なのに、【ベッラ・フォンターナ】は保育園、学校、診療所などなどの行政サービスは、無償か安価で受けられる。
端的に言うなら、祖父は領民にとって良い領主だ。
父が祖父の家督を継げば、父も祖父の政策を継続するだろう。
でもカンパネルラ家が絶えてしまえば、新しい領主が、祖父や父と同じ低い税率で手厚い行政サービスをしてくれるとは限らない。
というか、ほぼないだろう。
【ベッラ・フォンターナ】の税金は上がるか、行政サービスの質が低下するか、その両方か……。
おそらく、領民の負担が増える方向で政策が変わるに違いない。
そうならないようにと領民達は、僕が球体に閉じ込められて救出不能になった事が判明した段階で、祖父や父に陳情した筈だ。
ジョヴァンニの代わりの後継者を立てて、カンパネルラ家の命脈が途絶えないようにして欲しい……と。
祖父や父は、領主家の責任として領民の不安を取り除く為に、僕の代わりを見付けて来ざるを得なかった。
何か月とかなら……いずれジョヴァンニは救出される筈だ……などと説明出来ても、3年も救出されない事態となると、さすがに領民からの突き上げは激しくなるだろう。
もしかしたら、君主である大公から……ジョヴァンニ以外の後継者を立てろ……と命令された可能もあるよね。
貴族ってのは、民から税金を納めて貰っているのだから、民の暮らしに責任があるし、民に何か不安があれば出来る限り不安を取り除く努力もしなければならない。
そのくらいの事は、貴族家で15年育った僕にはわかる。
だから、両親や祖父母が、僕以外の養子を取っても当然の事で致し方ない。
ジョヴァンニ……あのバスティアーニは、あなたの養父母の実子よ。
誰かが言う。
その声は、僕の脳内に直接響いた。
え?……実子?……お母様は子供が出来ないのでは?……てか、君は誰?
ティントレットよ……忘れたの?
ティントレットと名乗った声が言う。
はい?……ティントレットだって?
いやいやいや、ティントレットは、もっと馬鹿……ってか、もっと取り留めもない言葉を延々とペチャクチャ話すようなヤツで、君のようなキチンとした口調で的確な意思疎通が出来るようなヤツではなかったけれど?
失礼ね!……でも、確かに以前の私は【低位】の【子供妖精】だったから、知性が低かったのは事実だけれど、今の私は【上位妖精】に位階が上がっているから、はっきり言って一般的な人種より知性が高いわよ。
【上位妖精】?……何だって急に位階が上がったのさ?
あの【L-9】の学習効果で、ジョヴァンニの位階が上がって【聖格】を獲得したから、私の位階も上がったのよ。
【L-9】って、あの謎の球体の事かい?
そう……【ロボ・テックス】の【学習機能付き医療ポッド9型】で、型式【L-9】よ。
そんな事を何で知っているのさ?
あなたが睡眠学習をしている間、暇だったから【L-9】と対話して色々と教えて貰ったのよ。
対話って【L-9】ってのは自我があるのかい?
自我はないわ……対話可能なプログラムが内蔵されていたのよ。
ふ〜ん……ちょっと待った……【聖格】だって?
そうよ……ジョヴァンニは今【聖格者】になっているわ……というか、本来あなたは生まれ付き【聖格】持ちだったのだけれど、あなたの【器】に外部から干渉して潜在能力が制限されていたのよ……成人を機に、それを【L-9】が解除した。
え?……マジか……。
でも、【認識阻害】が掛かっているから、【パス】が構築されている私以外の者には気付かれていない……【L-9】が言っていたけれど、【聖格】に昇華した事は口外しない方が良いみたいね。
何で?
ジョヴァンニが【聖格者】になった事が知られると、色々と面倒だからよ……【聖格者】は高貴で有能な人材だから、【リーシア大公国】は【聖格者】のジョヴァンニに相応の爵位や地位や職責や報酬を与えて囲い込もうとする筈よ……【聖格者】は国家の宝だからね。
別に僕は【リーシア大公国】の国民なんだから、悪い事ではないんじゃないの?
【L-9】が言っていたけれど、あなたには任務があるのよ……その任務に必要で【L-9】はあなたに記憶を与えたのだから……あなたは、【リーシア大公国】の貴族として行動を縛られるのではなく、冒険者として世界を旅して任務を果たさなければならないと【L-9】は言っていたわ……丁度良く、カンパネルラ家には実子の後継も生まれたし、今あなたの養母は2人目を妊娠中よ……だから、養子のジョヴァンニが旅立っても問題はないでしょう。
あ、それそれ……お母様は、子供が出来ない体質だった筈だけれど?
あなたが【L-9】に入った後、【ドラゴニーア】から【研聖】スワニルダ・ヴォッツァッキが招聘されて、【L-9】を調査したの……その時に【研聖】は、あなたの養母の先天的な病気に気が付いて、魔法で治療したのよ……それで、バスティアーニが妊娠して産まれ、いま2人目も授かっているわ。
へえ、それは良かった。
あら、カンパネルラ家の家督を弟に奪われても平気みたいね?
うん……僕は養子で、弟は両親の実子なんだろ?……実子が後を継ぐのが順当さ……それに、正直言って貴族って性に合わないから、以前から誰かと替われるモノなら替わりたいと思っていたんだよ。
でも、あなたの養父母はバスティアーニを後継にするべきか如何か悩んでいるみたいよ。
何でさ?……実子が生まれたら、実子に家督を継がせれば良いじゃん?
カンパネルラ伯爵と、【ベッラ・フォンターナ】の家臣・領民の大半は、そう考えているわね……でも、あなたの養父母は、あなたにも思い入れがあるみたい……血が繋がらないジョヴァンニを、実子と比べて後継を迷うなんて、あなたの養父母は変わっているわね?
まあね……両親は善良な人達さ……でも、祖父だって悪い人ではないよ。
そうでしょうね……カンパネルラ伯爵は、家臣・領民の意見を聞いて、【ベッラ・フォンターナ】の事を第一に考えて、バスティアーニを後継にするべきだと言っているわ……ただし、カンパネルラ伯爵はジョヴァンニの事も買っていて、将来バスティアーニがカンパネルラ伯爵家を継いだ時には、大公に頼んでジョヴァンニにはカンパネルラ伯爵家が持つ男爵位を叙爵させて、バスティアーニの家宰にしたい意向だわ……【L-9】は任務があるから、それを認めないでしょうけれどね。
ふ〜む……家族と話してみるよ……弟に家督を譲るって。
その方が良いと思うわ……【L-9】の他に、【ロボ・テックス】には戦闘ロボットもあるらしい……ジョヴァンニが任務を果たさないと、【ロボ・テックス】が【リーシア大公国】に攻め込んで来るかもしれない……【L-9】に使われている科学力を考えると、【ロボ・テックス】の戦闘ロボットが、どのくらい強力なのか想像出来るでしょう?
その【ロボ・テックス】って何だい?
【L-9】を造った人物か組織か企業か、良く知らないわ……私は、その情報を知るセキュリティ・クリアランスを持っていないから、教えられないんだって。
へえ〜。
しばらくして、父と祖父が病院に到着した。
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本作は「ゲームマスター・なかのひと」のスピンオフ作品です。
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