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第12話。前世の記憶を話したら驚かれた。

 病室に父と祖父がやって来た。

 2人は僕の無事を喜ぶ。


 皆で一頻(ひとしき)り僕が救出された事と、僕の意識が戻った事と、どうやら僕の健康状態に問題がなさそうな事を確認して安堵した後、父が切り出した。


「……それで、ジョヴァンニ。()()()()()なるモノは思い出したのかい?大公陛下も……ジョヴァンニが救出された……という一報を喜んで下さった後は、その事を気になさっていた」

 父が訊ねる。


 先程の母の話によれば、父と祖父は直前まで公城にいたらしい。

 おそらく大公と一緒だったのだろう。

 その席で、大公から……ジョヴァンニの本来の記憶なるモノは何だ?……と、父に確認して報告するように命じられたのかもしれない。


 そもそも大公は、3年前に僕の……本来の記憶を取り戻す……という不思議な話に強い興味を持っていた。

 僕が【L-9】に入ったのは、大公御前の謁見の間だった訳だしね。


 さっき、母が説明してくれた……僕が【L-9】に閉じ込められた後の話……は、僕の身に起きた外部的な話で、父が訊ねた……僕の本来の記憶……というのは僕の身に起きた内部的な話という事になる。

 そもそも、僕が【L-9】なるポッドに3年近くも閉じ込めらる事になった原因は、個人か組織かわからない【ロボテックス】なる主体が【リーシア大公国】に送り込んだのが僕で、僕の……本来の記憶を取り戻す為……の睡眠学習装置が【L-9】だったからだ。


 でも、僕の……本来の記憶を取り戻す為……というのが謎なんだよね。

 確かに、僕は前世の日本人だった頃の記憶らしきモノを(全てではなく)ある程度思い出したけれど、【ロボテックス】によって【リーシア大公国】に送り込まれた僕は生後間もない赤ん坊だった。

 シンプルな疑問として……生後間もない赤ん坊の本来の記憶とは何?……という話になる。


 僕という個体の()()()()()というなら、それは……前世の記憶でもなく、他人の記憶でもない……という逐語的解釈になる筈だ。


 思い出した記憶が僕の本来の記憶だというなら、赤ん坊としての僕は何者なのか?……という疑問が提起される。

 赤ん坊として異世界転生した僕は、【ハーフリング】という種族なのだから、当然遺伝学上の両親に相当する【ハーフリング】の男女が居る筈だ。


 しかし、僕が思い出した、あるいは取り戻した()()()()()なるモノには、【ハーフリング】である僕の遺伝的両親の情報は全くない。

 この奇妙な状況は、如何(どう)いう事なんだろう?


 ま、単なる言葉尻の問題でしかなくて……本来の記憶を取り戻す云々……という話それ自体には、大した意味がないのかもしれない。


「旦那様。ジョヴァンニが目を覚ましたばかりだというのに性急過ぎます。この子は3年も意識がない状態だったのですよ。その話は、ジョヴァンニの体調と気持ちが落ち着いてからでも良いのではありませんか?」

 母が父に抗議した。


「わかっている。しかし、これは勅命なのだ。ジョヴァンニの本来の記憶なるモノを確認して報告するように……と。もちろん、私は……ジョヴァンニの体調が優先だ……と陛下に申し上げたのだぞ」

 父が弁解する。


「うむ。間違いなく言っていたな」

 祖父が父を擁護した。


 カンパネルラ伯爵家(うち)では、母の立場や発言権は結構大きい。

 母は平民の出身だが、実家は【権聖】ユリウス・ターペンタインの一族だ。

 ターペンタイン家は、下手をすると家格において【リーシア大公国】の大公家に匹敵するか、もしかしたら上回るかもしれないのだとか。


 もちろん、それはユリウス・ターペンタインの直系嫡流宗家の話で、母の家系は世代も親等も【権聖】本人からは離れた傍流なので、そこまで大した家格ではない。

 ただし、大した家格ではないというのは……大公家との比較……という意味で、カンパネルラ家(うち)と、母の実家の家格を比べれば、母の実家の方が格上なのだそうだ。

 なので、母は父や祖父に対しても言いたい事はハッキリと主張する。


 それはともかく、やはり父には大公からの命令があったらしい。


「なら、しばらくはジョヴァンニには静養させて、そういう話はジョヴァンニの体調が完全に戻ってからにして下さいませ」

 母はピシャリと言った。


「あ、ああ、そのように陛下に言上しよう」

 父は頷く。


「いや。直ぐに公城に行くよ。大公陛下の予定次第だけれど」


「そ、そうか?」

 父が申し訳なさそうに言った。


「ジョヴァンニ。病み上がりなのだから、無理しなくて良いのよ。登城しなくても、大公陛下の勅使の方に病院に来てもらうか、こちらからの報告は録画や録音や上申書だって良いのだから」

 母が言う。


「大丈夫さ。寝たきりだったから多少関節とかが固まってしまってリハビリは必要だけれど、別に僕は病気だった訳ではないんだから、病み上がりというのは大袈裟だよ」


「そう?」

 母は心配そうに言った。


「うん。どっちにしろ大公陛下に報告をしなければならないなら、人伝(ひとづて)で内容が曲解されないように、僕の口から説明した方が良いだろうしね」


「そうだな」

「うむ。(もっ)ともな意見であるな」

 父と祖父は頷く。


「ジョヴァンニが、そう言うなら構わないけれど……」

 母が父と祖父をジト目で見ながら言った。


「僕が、取り戻したというか、思い出したというか、【L-9】から()()()()()記憶の内容を大公陛下に話すなら、【アンサリング・ストーン】があった方が良いと思う。公城なら【アンサリング・ストーン】は置いてあるでしょう?」


【L-9】から与えられた記憶。

 たぶん、僕が思い出した記憶を科学的に説明するなら、そう表現されるべきモノだろう。


 少なくとも、この記憶は僕という【ハーフリング】の()()()()()でない事は明らかなのだから。

 ()()には、神様や魔法などの地球の常識では有り得ないオカルトも実在するが、さすがに輪廻転生やら生まれ変わりやらは科学的に有り得ないとされている。


 だとするなら、僕が【L-9】から与えられた()()()記憶は、()()()【ハーフリング】である僕の記憶ではない。

 少なくとも……地球と異世界の科学的には……だ。


「【L-9】とは、あの謎の球体の事だな?だが、【アンサリング・ストーン】が何故必要なんだい?」

 父は少し驚いたように訊ねる。


【アンサリング・ストーン】とは、近くに居る者が嘘を吐くと光る石で、裁判所や警察署などで証言や供述や自白が虚偽ではない事を調べたり証明する為のアイテムだ。

 父は、その言わば嘘発見機である【アンサリング・ストーン】の使用を、調べられる側の僕から言い出した事を奇異に思ったのだろう。


「僕が話す事は、かなり突拍子もない事だから、きっと信じられないと思う。【アンサリング・ストーン】があれば、僕が話す内容が事実か如何(どう)かは別問題として、少なくとも僕が故意に嘘を吐いている訳ではない事の証明にはなるでしょう?」


「わかった。公城に行けば【アンサリング・ストーン】はある。大公陛下も話を聞きたいだろうから、ジョヴァンニの体調を見て近い内に登城しよう」

 父は……大公からの勅命に良い返答が出来る……とホッとした様子で言った。


 宮仕(みやづか)えの貴族の立場は辛いよね。


「そう言えば、ジョヴァンニ。あなた、一人称が変わっているわね?3年前は、自分の事を……俺……と言っていたのに……」

 母が言う。


「ああ、これが()の地みたいだね。元に戻した方が良い?」


「いいえ。そのままで良いわよ」

 母は、僕の頭を撫でて少し寂しそうに微笑んだ。


 母は、僕の一人称が変わって、人格も変わってしまったのではないかと心配しているのかもしれない。

 でも、以前も今も、僕は僕のままだ。


 そういう自己認識ごと人格が変わっている可能性は、否定出来ないけれどね。

 その場合、記憶が書き換えられてしまった僕には、もはや以前の自己認識と、現在の自己認識の区別が出来ない。


 ま、実害はないから如何(どう)でも良いけれど。


 ・・・


 それから、大公への報告は別問題として、家族には僕が【L-9】から与えられた記憶の説明をする事になった。

 今は【アンサリング・ストーン】はないけれど、身内の話なら問題はない。


 きっと(にわか)には信じられない話だと思うけれどね。

 この場では信じられなくても別に構わない。

 改めて大公に報告する際には、【アンサリング・ストーン】で……僕は嘘を吐いていない……という事が証明されるのだから。


 もちろん、それが事実か如何(どう)かは別問題だ。

【アンサリング・ストーン】は、当人が事実だと信じて疑っていない場合には、実際には虚偽であっても反応しない。


 つまり、【L-9】が僕に与えた記憶が実際には虚偽であっても、僕の脳に事実として記憶された内容は、僕には事実か虚偽かは見分けられないんだからね。

 人間の記憶って、存外いい加減なモノだ。


 心的外傷後(PT)ストレス障害(SD)の症例として解離性健忘というモノがある。

 解離性健忘とは、一般常識などの記憶は保たれているのに、特定の記憶だけがスッポリ抜け落ちてしまう症状だ。

 人間は、事故や事件などに遭遇して脳に外傷を負ったり、強いストレスを受けた場合に、それに関連する記憶だけが選択的に思い出せない(思い出さない)事がある。


 思い出すと強いストレスを受けるので、脳が勝手に記憶を遮断するのだ。

 こういう時に他人から事故や事件などの嘘の情報を与えられると、当人は嘘を事実として記憶し直してしまう事がある。


 実際に、強盗に遭って頭を殴られ脳に障害を負い解離性健忘になってしまった被害女性が、母親から……犯人は(被害女性の)夫なのではないか?……と何の根拠もなく言われた事で、それを事実として記憶し直してしまい、警察や裁判でも……私は襲われた時の事を思い出した。犯人は夫だ……と証言してしまった例があるのだとか。


 この夫は、被害女性の証言によって当然捜査されたが、事件発生時に確実なアリバイがあり、調べれば調べる程、被害女性を心から愛している善良で誠実で優しい男性であった事がわかった。

 その後、この事件の真犯人が見付かり、夫の無実が完全に証明される。


 しかし、被害女性は……強盗は夫だ……という嘘を事実として記憶し直してしまった事で、実際には虚偽である……自分が夫に襲われている様子……を事実と認識して思い出してしまい、恐怖によって夫との生活が出来なくなり結婚が破綻してしまった。


【L-9】が同じように僕の記憶を事実とは異なる内容に書き換えて、僕がそれを間違いない事実だと信じてしまう事は有り得る。

 その場合、【アンサリング・ストーン】は、僕の記憶が嘘だとは判定しない。


「【L-9】が僕に与えた記憶によると、僕は地球(神界)の日本という国に生まれた男性らしい。名前とかは思い出せない。前世の僕は不治の病に蝕まれていた。病床に伏せり徐々に死期が迫る中、僕は……もっと生きたい……と、毎日神様に祈った。そして、僕は死んだ。でも、僕は、この世界に生まれ変わった。僕を、この世界に転生させてくれたのは女神様だ。日本人として死んだ直後に、僕は真っ白な空間で女神様に会った。そして僕は、女神様から使命を託された。この世界の何処(どこ)かにある9つの鍵を探して持ち帰るようにってね。僕が【L-9】から与えられた膨大な記憶は、その鍵を見付ける為に必要な知識なんだ。僕は転生させて貰ったお礼、というか対価として、女神様が僕に託した使命を果たすと約束した。記憶の重要な部分は、大体そんな感じかな。僕が【L-9】から与えられた記憶は、とにかく膨大だから、全てを話していたらキリがないよ」


「つまり、ジョヴァンニの前世は英雄という事か?」

 父が訊ねた。


「ちょっと違う。英雄も前世の僕も、神界に生まれた点では同じだけれど、英雄というのは大人として此方(こちら)に渡って来る。僕は女神様に赤ん坊として転生させて貰ったからね」


「女神様?それは【創造主】様の母神様として神話に出て来る【慈愛の女神】様の事か?」


「名前は名乗らず、単に女神と言っていたよ。見た目は、【(ヒューマン)】の小さな女の子の姿だった。でも、オーラって云うのかな……女の子が(まと)う魔力が目で見える程に濃密だったよ。あの魔力なら、女神様だとしても不思議ではないと思う」


「本当にジョヴァンニが御神託を受けているなら、余り滅多な事は言えぬが、その女児の姿をした御方が神を(かた)っているという可能性はないのか?」

 父は、言葉を選びながら言う。


 父が畏怖するのも無理はない。

 地球と違って、この世界には神が実在する。


「真偽の程は、僕には判断出来ない。もしかしたら【L-9】が僕に与えた記憶は、単に脳にインストールされた改竄(かいざん)された虚偽情報かもしれない。ただし、僕の記憶としては……あの女の子は紛れもなく女神様で、僕の祈りを聞き届けて転生させてくれた……という自己認識がある。だから僕は……女神様との約束を果たさなくちゃならない……という義務感を持っている。これ自体が、改竄(かいざん)された虚偽の自己認識かもしれないけれどね。もしも、あの女の子が本当に僕を転生させてくれた女神様なら、僕が約束を破ったら神罰を受ける。僕は、もう1回死んだ身だから致し方ないと諦められるけれど、万が一僕に神罰が落ちたら、僕だけでは済まずに【リーシア大公国】にも相当な被害が出るんじゃないかな?」


「あり得る話だ。神話によると、【神竜】様を始めとする守護竜様は人の姿も取れるらしい。また、1200年前、実際に御復活なさった【神竜】様は1国を容易く焼き尽くす程の神力を()って【テュポーン】を滅ぼしたと神話に記されておる。もしも、ジョヴァンニに神罰が落ちれば【リーシア大公国】も(ただ)では済むまい。それに、その【L-9】か?あの謎の球体は、【ドラゴニーア】の首席国家魔導師たる【研聖】スワニルダ・ヴォッツァッキ様を()ってしても、どんな技術で造られているのか想像を絶するモノであったらしい。そして、あの謎の球体は、【超位魔法】でも傷1つ付かなかったのだ。【超位魔法】を超える位階は、もはや神々の御力しか考えられん。【L-9】なる球体が神の御力で造られているとすれば辻褄は合う」

 祖父が難しい顔をして言った。


「だから、僕は家督をバスティアーニに譲って、女神様との約束を果たす為に家を出たいんだけれど?そもそも、僕は血が繋がらない養子なんだしさ」


「いや、待て。そう慌てて結論を出す必要はない」

 父が言う。


「そうよ。血が繋がっているとか、繋がっていないとかは問題ではないわ。私は、ジョヴァンニの事を実子だと思っているのよ」

 母が言った。


「ありがとう。でも、これは決めた事なんだ。僕は女神様には本当に感謝している。これが、【L-9】 に与えられた改竄(かいざん)された記憶でも関係ない。僕の記憶では、間違いなく女神様との約束なんだ」


 皆、黙ってしまう。

 取り敢えず、今日のところは結論を保留する事になった。

お読み頂き、ありがとうございます。

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本作は「ゲームマスター・なかのひと」のスピンオフ作品です。

本編「ゲームマスター・なかのひと」も、ご一読下さると幸いでございます。


・・・


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