祖父の印象
2話
現在の時刻は昼の12時。
快晴という事もあってか、窓から差し込む日の光が一段と眩しく感じる。
そんな晴れやかな陽気の中に居る今の僕はというと——-
「どうしたものか・・・。」
ベッドの上で見慣れた天井を見つめながら、小さな声で独り言を呟いていた。
あれから2日程が経過したが、未だ祖父の所へ行くか踏ん切りがつかないでいた。
母はあの後すぐ祖父へ電話をし、従業員として雇えないか相談していたらしく、
快くOKしてくれたと翌日の朝に聞かされた。
母の行動力に驚きを通り越して若干引いている。
・・・息子を職に就かせる為に強引にお願いしたとは思いたくない。
この2日間改めて祖父について色々と思い出していた。
祖父は元々寡黙な人で、話しているところを全く見た事がない。
自分で出来る事は黙ってやってしまうし、
助けて欲しい時は祖母がさりげなくサポートに入るというのが自然な流れだった。
ある意味では夫婦の理想形だったのかもしれない。
だからこそ疑問に思ってしまった。
何故祖母を亡くしてから図書館をやり始めたのか。
何か別の理由があるのではないかと考えてしまう。
僕の中にある疑問を解決したいというのもあるが、
それ以上に今回の件はチャンスだと感じていた。
癖を直して克服するチャンスなんて後何回あるか分からない。
もし見送りでもしたら次はいつ頃になるかなんて余計に分からない。
仕事に対する漠然とした恐怖と、
今後チャンスが来ないかもしれない恐怖を天秤にかけた時、
自然と僕の中で答えが出た。
心の整理をするまで大分時間がかかってしまったがちゃんと覚悟を決めよう。
「・・・やれるだけ、やってみよう。」
小さな声ではあるが、久しぶりに決意を口にした気がする。
いつぶりだろう、こんな事言うのは。
両親に祖父の所へ行く事を告げてから数日、
荷造りを終えた僕は祖父の図書館がある最寄り駅のホームに来ていた。
少し大きめのリュック一つに着替え等の荷物が全部収まってしまったという事実に
僅かながらショックを受けながら改札を出た。
この後は車で迎えに来てくれる予定ではあるが、
もう着いて待っているかもしれないと思いつつ、
出入り口を出た所で祖父を発見した。
「・・・。」
発見したのはいいが、あまりにも厳ついオーラを出しながら待っていた。
軽トラで迎えに来てくれたのも予想外ではあったが、
問題は祖父の出で立ちにあった。
元々祖父は強面ではあったがそんな人が
”眉間にしわ寄せ腕組み仁王立ち”で駅出入口のド正面に立っていたら
誰がどう見たって怖がる。かけてる普通のメガネも3割り増しで威圧感が出てる。
先ほどから駅に向かう人達が、
チラッと見ては少し距離を開けて歩き去って行くのも無理ない。
久しぶりに会う祖父のインパクトが強すぎて若干腰は引けているが、
働いた事の無い自分にチャンスをくれた人だ、ちゃんと挨拶をしなくては。
「あっ、えっと、その」
「・・・。」
「こ、これからっ!よ、よろしく・・お願い・・します・・」
「・・・。」
静寂
時間にして数秒のお辞儀は無限の時間に思えた。
そろそろ手汗が凄いことになってきている。
お辞儀はどのタイミングで頭を上げればいいのか悩んでいると
祖父が何も言わず車の助手席のドアを開けた。
乗れということだろうか。
それにしても何か一言欲しかった所ではあるが、一先ず安心出来た。
綺麗に手入れされた軽トラに乗り込み、僕と祖父は駅を後にした。
車を走らせて10分もしない内に周りの景色が変わってきた。
事前に母から聞いていた通り田畑が多くなってきた気がする。
こんな場所で働けるのは意外と悪くないかもと思っているが
依然として車内は無言である。ただただ無言。
ラジオもつけていないのでエンジン音が余計大きく聞こえてくる。
大通りから一本脇道に入ってもなお一言も会話は成立していない。
話しかけた方がいいのかなどと考えてはみたが、
普段家族以外の人間と話をしていないので
そう簡単に人に振れる話題など持ち合わせていない。
詰んだかもしれないと項垂れていると、軽トラが止まった。
軽いブレーキの反動で顔を上げた僕の目に飛び込んできたのは、
祖父の自宅の敷地内に置かれた”巨大なトレーラーハウス”であった。
直ぐに軽トラから降りて近くで見上げて見たが、
突如として目の前に現れたこの異質な存在を未だ受け止めきれていなかった。
何故こんな所に存在しているのか、祖父の趣味であろうかと
色々考えていた僕に祖父は低い声で
「・・・ここが私の図書館だ。そしてお前の働く場所だ。」
驚愕の二文字が波の様に押し寄せて来る。
改めて目を戻すと確かにこのトレーラーハウス入り口の看板には
こう掲げられていた。
【当館は事前予約された方のみが入館可能な完全予約制の図書館となります】