7:否定される想い
途中で視点が変わります。
あの夜会から数日、予約分のドレス販売を終えて購入してくれた方々が新作を着て外出しているらしくあの夜会にいなかった他の貴族たちからも予約が殺到しアトリエは修羅場と化していた。
生産ラインを増やして対応しても、作ったそばから売れていき間に合わなくなる。
そもそも今の服と違った形をしていて服の職人たちがまだ作業に慣れていないこともあり、一着作るのにまだまだ時間がかかっている。
イーリス様は予約やお店の対応をし、私は夜会で王姉殿下とお約束したご年配向けのデザイン作業に追われていた。
母の目を盗んで毎日アトリエに通って作業をし、イーリス様とファッションについて議論したり職人さんやパタンナーさんたちと服について勉強したり……今まで一人で部屋にこもってファッションを楽しんでいた生活とは全く違う日々を過ごしていた。
こんなに誰かとオシャレについて語り合ったり、ブランドの成功の喜びを分かち合うことが楽しいだなんて思っていなかった。
それに、私の理想とするファッションを受け入れて服を購入してくれる人がいることもとても嬉しいことだった。
オシャレを楽しむこの気持ちをどんどん広げていって、イーリス様の夢である新しい流行を作ることも出来る気がしてきた。
私は一日散々ファッションのデザインを考えているのに自宅でもドレスを作っている。帰宅したあと、誰にも見られないように隠し部屋に向かった。
隠し部屋にはまだイーリス様に渡す予定のドレスがたくさんあるが、新作用にアトリエに運び込んだおかげで作業スペースが広くなった。
さっそく作り途中のドレス制作を再開した。
私がこんなにファッションを楽しめるきっかけを作ってくれたのはイーリス様だ。私のファッションを初めて認めてくれたのもイーリス様。
幸せな気持ちになると同時に、自然とイーリス様のためにドレスを作りたいとそう思った。
イーリス様の肩まで伸ばした綺麗な銀髪や、サファイアの様な青い瞳、優雅な佇まいを想像してドレスを作っていく。
冷静に考えれば男性にドレスを作るなんておかしなことだが、イーリス様ならきっと喜んでくれると確信があった。
今日はあと少しの完成のところまできていたから、勢いに乗って夜通し作業をしてしまった。
おかげでドレスは完成し、固まってしまった背中を伸ばしながら一息つく。
このドレスをイーリス様に贈ったらどんな顔をするかな?考えただけでワクワクしてしまう。
朝で人が少ない時間だろうと思いあまり確認もせず、ドレスを持って自室に戻る。
イーリス様をイメージしたドレスが完成した幸福感と、徹夜明けの体でフラフラと隠し部屋から出ていたから誰かが私のことを見ていたなんて、あのときは気が付かなかった。
※
最近お姉様がおかしい。
私と違って、パッとしない容姿に中身もつまらない。一人部屋にこもって男ウケの悪そうな品のない服を作ってお母様からも期待されていない。それが私のお姉様。
なのにこの前はあのドルニア公爵家のイーリス様とお知り合いになって、しかも私達がなかなか行けない王宮の夜会でエスコートされていたと噂になってるじゃない。
そんなの絶対におかしいわよ!
男性貴族に人気のこの私を覚えてもくれなかったあのイーリス様が!
イーリス様のブランドのドレスを着て別人のように綺麗になっていた、なんて噂も聞いたけどどうせ話を面白おかしくするための嘘よね。
あの特徴のない地味な顔立ちなんだから、イーリス様のブランドのドレスに負けてしまうわよ。
美人だし、胸だってお姉様よりある私のほうがそのドレスを着こなせる自信がある。
それに、あの社交嫌いのお姉様が毎日どこかへ行っているようだった。お友達とマナーレッスンなんてしてるみたいだけど、イーリス様に少しつまみ食いされたぐらいで公爵家の妻になれるとでも思っているのかしら?
必死になってマナーのレッスンなんてしても、どうせすぐ飽きられるのだから無駄なのに。
そう思っても、たまに見かけるお姉様は以前よりニコニコと笑顔が耐えない。楽しくてしょうがないという様子ね。
あぁ、イライラする。おとなしく私より下の存在でいればいいのに、なに楽しい顔してるのかしら。
心なしか肌や髪も綺麗になっているし、無駄な努力をしているようね。そんなところも私をイライラさせた。
だからあの朝、使用人ですら出入りしない物置きからお姉様が楽しそうに出てくるのを見て気になった。
物置き部屋を見たら、あの品のないドレスがたくさんおいてあった。お母様からやめろと注意されていたのに、こんなところに隠していたのね。
毎日楽しそうにしているお姉様が憎らしくて、なにか鬱憤を晴らしたいと思っていたの。
この部屋をお母様に教えたらどうなるかしら。
口角が上がってしまうのを感じながら、お母様の部屋に向う。
※
徹夜明けで流石に疲れてしまい、少し仮眠を取った私は使用人のノックで目が覚めた。
時間はお昼前。早くアトリエに行かないと遅刻だなと思っていると使用人から声がかかった。
「お嬢様、奥様がお呼びです」
毎日アトリエへ行っているのがバレてしまっただろうか?嫌な予感がしてすぐに部屋を出た。
お母様の部屋に通され、向かい合う形でソファに座る。お母様はため息をついてこう言った。
「あなたはまたあんな恥知らずな……お針子の真似をしていたのですね? 私に隠れて」
やっぱりアトリエに通っているのがバレてしまったのか。こうなってはきちんと説得するしかない……いつかイーリス様のブランドのデザイナーになったことは誰かの口から伝わってしまうのだから。
「あの……申し訳ありません。でも私の作ったドレスを認めてもらって、ようやく私のやりたいことが見つかったのです。どうか、どうか服を作ることをお許しいただけませんか」
イーリス様の夢を叶えたい、自分の気持ちを他人と共有したい。お母様は私のことを理解出来ないだろうけど、親として私の好きなことを認めて欲しかった。
「なにを言っているのです。とうとう頭までおかしくなってしまったのかしら。あなたのドレスはもう永遠に人の目に入らないからこれ以上恥を晒すことにはならないわ。感謝なさい」
「……? どういうことですか?」
「あなたが隠れて作っていたあの下品なドレスは一つ残らず燃やさせました。これからはあんなドレス作りはやめて、きちんとした格好をしていなさい。淑女らしく」
燃やさせた?
今、お母様はなんと言った?
「も……燃やさせた? ドレスを?本当に……?」
「えぇ、あんなドレスを見られたらあなたを娶ってくれる殿方がいなくなってしまいますからね」
お母様は当然のように言った。長い月日をかけて作ってきたあのドレスが、燃やされた?
私は立ち上がって急いで隠し部屋に向う。
「エリザベート! まだ話は終わっていませんよ!」
後ろに聞こえるお母様の声を無視して部屋出る。
嘘だ、きっと私を懲らしめようと嘘をついているんどと言い聞かせて廊下を駆ける。
バンと隠し部屋の扉を開けると、朝まであったドレスたちも作業机も全部なくなっていた。
頭が真っ白になる。
「そんな……嘘! 嘘だよね!」
ガクガクと震える足で外のゴミ置き場に向う。まだ、燃やされていないかもしれない。急げば間に合うかも……!
ゴミ置き場を必死に探したが、ドレスはなかった。その代わりに焼却炉のそばにドレスに使った布の燃えカスがあったのを見つけた。
「い……いやあああああ!!」
燃えカスを手に握りしめて、私は泣き叫んだ。
どうして、どうして!私の大事なものを貶すだけじゃなくて奪っていくのか!
もう限界だ。私の大事なものを奪っていくだけの家族なんていらない。
そう思ったら、こんなところにはいられなかった。
自分の部屋に戻ると、昨日作ったイーリス様に渡す予定のドレスは無傷であった。そのことにホッとし、同時に他のドレスを燃やされたことに胸がズキズキと傷んだ。
涙が勝手に溢れてくる。ボロボロと泣きながらトランクにイーリス様のドレスと、少しの私物を詰め込んでお邸を出る。
外の門を出る際にはいつも馬車に乗っていくが、もうこの家を出ていく私には乗る権利がない。
様子がおかしいと思ったのだろうか、御者や使用人たちが気づいて追いかけてくる。
「お嬢様! お待ちください! お一人でどちらへ!」
私は泣いてびっしょりになった顔で振り返る。
「もう二度とここへは帰ってこない。お母様にもそう伝えて」
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