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ゲスなダンジョン  作者: 九重七六八
第3章 混沌と現実と<DMサイド>
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言いがかり

 次の朝、俺は新聞の社会面を丹念に探した。テレビのニュースも見た。いつもそんなことはしないので、母親に訝しげに聞かれたが無視した。そりゃそうだろう。俺が確かめたかったのは、昨晩、首を切られて死んだ男がいなかったかどうか。


『炭酸』は冒険者に首を打ち落とされて死んだ。あんな死に方をすれば、絶対にニュースになるはずだと思ったが、新聞にもテレビニュースにもそんな男の変死体が発見されたというものはなかった。


(夜の9時を過ぎてからの出来事だ。まだ、発見されていないだけかもしれない)


 俺はそう思った。炭酸のおっさんは独身のようだったし、交友関係も狭そうだったから、アパートで殺されてもすぐに発見されることはないだろうと考えることにした。昨日の胸糞悪い光景を思い出すと気分が悪くなるし、気も沈んで学校へ行きたくないという気持ちもあったが、休むというと母親がうるさいので行くことにする。学校でいつものように空気を演じた方が楽でいい。


 だが、そんな俺の予定を狂わす出来事が学校で待っていた。いつものように、誰からも話しかけられず、孤独な空気を楽しんでいた俺だが、朝のホームルームで入ってきた担任の中村先生の表情がいつもと違ったのに気づいた。元気さをアピールするポニーテールの髪型がうなだれているように見える。


「今日はみんなに話があるの」

「どうしたんだよ、玉ちゃん先生」


 担任教師をちゃん付けで呼ぶ男子。10以上も年上の女性にちゃんはないだろうと日頃から俺は思っていたが、本人はその呼び方が気に入っているらしく、いつの間にか『玉ちゃん先生』と呼ぶ奴が増えた。もちろん、俺は『中村先生』と折り目正しく言うまだ多数派に属しているが。


「昨晩、鬼頭くんのお母さんから学校に訴えがありました」

「えーっ。鬼頭?」

「そういえば、鬼頭の奴、今日も休んでるよな」


 みんなの目が教室の空いた席に注がれる。ちなみに麻生さんも今日は欠席。いつものお美しい姿は席にはない。鬼頭というのは、鬼頭康治きとうやすはるという男子生徒。背は小さく色白でひ弱な感じの男子だ。いつも甲高い声で人の話を聞かないで、一方的に話す奴で、ちょっとクラスの中では煙たがられていた。


 無論、空気の俺は彼との接点はないし、話したこともない。名前も実はよく知らなかった。みんなの話から、そういう奴がいたなあくらいの認識である。


「で、その鬼頭の母ちゃんがどうしたんですか?」

「まさか、うちの息子がいじめられたとか?」


 中村先生の沈黙。肯定の印である。


「先生、鬼頭くんのお母さん、中学校の時にも息子がいじめられているって大騒ぎした人ですよ。文部科学省や国会議員さんにも訴えたらしいって……」


 中学時代、鬼頭と同じ中学校だった女子がそう口を開く。事情を聞いたことがある生徒が口々にしゃべりだす。俺は聞き耳を立てて聞く。鬼頭のことは知らないが、彼がちょっと浮いていて、みんなから好かれていないなとは思っていたが、いじめられていたという認識は俺にはない。


「中学の時だって、誰もいじめてないのに決めつけられ、いじめをしたって名指しされて傷ついた生徒もいたって聞いています」


「みんな静かに!」


 沈黙していた中村先生が口を開いた。もしかしたら、みんなの反応を見るために今まで黙っていたのかもしれない。いつもと違う先生の口調に思わず黙るクラスメイトたち。


「いじめは受けた方が、いじめと感じればいじめなの」


 文部科学省のいじめの定義である。全国各地で起こったいじめ自殺事件で、そんな風になった。よく考えるととんでもない定義だ。それなら被害者妄想する人間がいたら、周りはみんな犯罪者になってしまう。


 さらに、今はいじめ防止法なんていう欠陥法があって、いじめの訴えがあったら、調査委員会を作って教育委員会や市長が先頭に立って解決するなんて馬鹿なことをするらしい。考えてみればすぐわかることだが、些細な喧嘩や悪口、嫌がらせの類までそんな調査委員会を立ち上げるなんて不可能だ。


 あくまでも重大ないじめというか、もはや犯罪に近いケースの究明をするというにならともかく、一歩間違えれば、被害者意識に囚われた声のでかい保護者が暴れるだけの仕組みになっているとしか思えない。そして、今回のケースもまさにそうであった。


「鬼頭くんのお母さんは、このクラスでいじめがあると訴えられました。初めに言っておきますが、私はみんなの担任としてずっと見守ってきました。いじめなんかないと私は信じています。でも、訴えがあった以上、事実の確認をしなくてはいけません。今から緊急アンケートをします」


 そう言うと中村先生はプリントを配布した。中身はいじめを見たことがあるかとか、最近のクラスの様子はどうだとかの質問が続く。みんな、仕方がないので鉛筆を出してカリカリと書いている。


 俺も仕方なしに書き始めたが、正直、鬼頭がいじめられたような光景は見たことがない。奴は勝手にしゃべりかけ、勝手に話題を打ち切り、好きなようにクラスの中で振舞ってきた。確かに親身になって話を聞いてやる雰囲気はなかったが、適当にあしらう程度で無視もしていない。ましてや、恐喝したり、暴力をふるったりというようなことも見たことも聞いたこともない。

 

 俺は空気だから、情報が少ないからだと思われるが、いじめというのは同じ空間にいれば微妙に感じるもの。だから、こういう無記名アンケートは効果がある。


(きっと、その鬼頭の母親のいつもの暴走だろう……)


 俺はそう軽く考えていた。やがて、アンケートが回収され、1時間目の授業が始まる。アンケートの結果が分析され、学校側の行動が動き始めたのは授業が全て終わった夕方。5時を回り、下校時間だという時にクラスの数人が生徒指導室に呼び出された。驚いたことにその中に『俺』がいたのだ。


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