ー第2節 港での別れと、一人になった賢者の新たな旅立ち
第2節 港での別れと、一人になった賢者の新たな旅立ち
宿を出て、港へと向かう。
定期船の汽笛がボーッと響く。リナはアカデミーのある北の大陸へ、カイルはガレリア帝国のある東の大陸へ。そしてオズワルドは……。
「師匠は、どうするんですか?」
乗船タラップの前で、リナが尋ねた。
「私か? 私はまあ、風の吹くまま気の向くままだ」
オズワルドは肩をすくめた。
「まだ行っていない国もあるし、飲んだことのない酒もある。この身体の寿命が尽きるまで、もう少し世界を冷やかして回るとするよ」
「……また、会えますか?」
カイルが不安そうに言う。
「縁があればな。世界は狭いようで広いが、広いようで狭い。私がどこかの路地裏で行き倒れているのを、お前が見つけるかもしれん」
「縁起でもないこと言わないでくださいよ!」
乗船のアナウンスが流れる。
別れの時だ。
「行きなさい。お前たちの物語は、ここからが本番だ」
オズワルドが背中を押す。
リナがいきなり抱きついてきた。
「師匠! 大好きです! 長生きしてくださいね!」
「……善処する」
カイルも無言で手を差し出してきた。オズワルドはその手をがっちりと握り返す。
「ありがとな。……じじい」
「口の減らんガキだ。達者でな」
二人は何度も振り返りながら、それぞれの船へと乗り込んでいった。
やがて船が岸を離れ、二つの人影が小さくなっていく。
オズワルドは彼らが見えなくなるまで、手を振り続けた。
「……さて」
二隻の船が水平線の彼方へ消えた頃、オズワルドはぽつりと呟いた。
周囲の喧騒が戻ってくる。市場の呼び込み、カモメの声、波の音。
彼は一人になった。
だが、寂しさはなかった。胸の中には、彼らが残していった熱のようなものが確かに灯っていたからだ。
「行くか、おつまみ」
『おう。次はどこだ? 西の大陸か? あそこは香辛料が効いた料理が多いらしいぞ』
「ほう、それはそそられるな。辛いものを食ってヒーヒー言うのも、生きている実感というやつだ」
オズワルドは杖を突き、港を背にして歩き出した。
外見は二十代の美青年。中身は八十代の老練な賢者。そしてその杖には、謎の超生物。
どこからどう見ても怪しい組み合わせだが、今の彼には怖いものなどなかった。
「なあ、おつまみ」
『なんだ』
「お前、本当は何者なんだ? 魔王ですら恐れる『観測者』とか言っていたが」
『んー? 忘れた。まあ、ただの食いしん坊な毛玉でいいじゃねえか』
おつまみはとぼけるように身をよじった。
「そうだな。肩書きなんてものは、後から勝手についてくるもんだ」
オズワルドは笑った。
かつて「深淵の賢者」と呼ばれた男は、今はただの「旅人オズワルド」だ。それで十分だった。




