第五十二章
フィリッポは高い酒で気持ちよく酔い、上機嫌で馬車に揺られていた。
貴族や大商人を集めた今回の酒宴も、大盛況であり、彼のラパロ商会はますます隆盛を極めるだろう。
ラパロ商会はフィリッポが一代で育てた、大きな商店だ。
フィリッポは元々、オルタルナ国の田舎の果ての、小さな蝋燭店を営む家に生まれた。
歴史が奔流に入ったかのように早まる。
成年し店を継いだフィリッポは、蝋燭の大量生産時代を見越し、そこらで貧困により倒れている少女たちに声をかけた。
「うちで働かないか?」
結果、彼の読みは当たり、一部の貴族の館や宗教施設などでしか扱われなかった蝋燭が、瞬く間もなく一般家庭まで広がり、フィリッポの蝋燭工場は繁盛した。
そこで彼はエリディス王国へと進出した。
だが蝋燭だけを取り扱うのではない。
フィリッポは知恵を絞り、その周辺へと手を伸ばした。
火を灯すマッチだ。
彼は蝋燭の需要が高まったことで、マッチへのそれも高まると確信したのだ。
だからエンディミオン市の外れにマッチ工場を建てた。
労働力は簡単に手に入る。
そこらにふらついてる、貧困層の子ども達だ。
彼は子ども達に仕事を与える篤志家を演じ、少女にはマッチ工場、少年は煙突掃除夫、年端もいかないガキどもは、道端で糞拾いをさせて、彼らの信用を担保する商売を始めた。
結果、大もうけをした。
エンディミオン市の誰もが、家の中のものをくすめない煙突掃除夫を望んでいたし、マッチも皆が欲し、革をなめす際に糞は必要だ。
どちらも健康被害が出る類の仕事だが、そこは貧困層の他人の子どもなど、どうなろうともフィリッポの懐も心も痛まない。
数年経ち、彼のラパロ商会はエンディミオン市、否、エリディス王国では知らぬもののない大店となった。
フィリッポは止まらない。
次に彼が手を出したのは、子どもではない、貧しい大人たちだ。
彼は仕事のない大人の男に、鉱山での職を与え、女は……これはかなりの賭けだったが、メイドや商店の店員にさせた。
フィリッポはその賭けに勝った。
もはやラパロ商会のフィリッポはただの蝋燭店の店主ではない。金に困った貴族たちが借金を頼みに来るほどの存在になっていた。
当然、貴族と誼を結ぶために、気前よく金を貸す。
だから彼の催す酒宴には、貴族が喜んで顔を出す。
その見返りは、修道院やら宮殿やらの至る施設で、蝋燭、マッチなどを全てラパロ商会のものに代えることだ。
断れるものはいないし、既得権益の蜜にたかるように大商人たちも集まった。
彼らはそれぞれの商いを貴族たちと行い、やはりその代わりに彼らの照明器具を、光を、独占する。
その構造は完成し、フィリッポは成功者として、月に数度酒宴を開くだけで、店の損得を考える必要もなくなって来た。
──ここまで来るのに苦労した。
馬車の心地よい振動に、フィリッポは微睡む。
貴族たちの歓心を買うために、彼は英雄裁判とそれに伴う処刑も利用した。
処刑人のコリーなどという下郎と知り合い、英雄に歯ぎしりしていた貴族たちの溜飲を下げさせる、ショーも行った。
くすり、と彼は思い出して小さく嗤う。
アレクシスの余興は大喝采を受けた。
あの生意気な異国の若者を、徹底的に苦しめ殺すのは、何よりも楽しかった。
だがすぐに真顔になる。
コリーだ。
最近、コリーが偉く馴れ馴れしいと、フィリッポは考えるようになった。
たかが処刑人の癖に、まるでフィリッポの尻尾のように付いて回る。
彼はコリーを心の底から軽蔑している。だからその子ども、ダンをいつ過酷な煙突掃除夫にして、こき使ってやろうかと、企んでいる。
実際、簡単にそうなるだろう。
コリーは名誉のない処刑人なのだ。
その子どもがろくな仕事に就ける筈がない。
あるいは、コリーに幾ばくかの金を見せるのも、手かも知れない。
どうせ、この国の人間は皆、金、金、金なのだ。
だとしたら、既にフィリッポの人生は幸福が約束されている。
──あるいは……。
彼は常に傍らにいる、グロッソにコリーを始末させ、ダンの道を断たせるのも手だ。
グロッソはむさ苦しい傭兵上がりの護衛だが、らしくもなく今は物憂げな表情で、外を眺めている。
「どうしました、大将?」
ふと、彼がフィリッポの視線に気づく。
「何でもない。で、例のガキ共はどうした?」
「始末したぜ。言われたとおり」
「そうか」
満足して、フィリッポは目をつむった。
もうすぐ彼の屋敷に到着する。
暗い夜道だが、フィリッポの歩く道には希望の光しかなかった。




