第三十章
『英雄裁判』により、王子アレクシスは斬首の刑を言い渡されていた。
婦女暴行と、女性を殺害した罪だ。
彼の斬首はエリディス王国の首都、エルク市のクレーテウス広場により執り行われる。
墜ちた『英雄』の最期を見届けようと、そこには沢山の人々が押し寄せていた。
その背を見ながら、少女は石造りの建物の影で震えていた。恐かったのではない、怒りに身体の震えが止まらなかったのだ。
そこに手を縛られているアレクシスが現れる。
「ははは、英雄様がざまあないぜ!」
「殺せ! エリディスの正義と法を思い知らせてやれっ!」
「早く罰して、そいつは女を襲って殺したのよ!」
愚かな群衆が、口々に罵倒する。
だがアレクシスは何も語らず、胸を張ったまま木の台に上がった。
この場にあってまだ誇り高いアレクシス、だがその妹である少女には分かった。
彼は無理をしている。
アレクシスの頬はこけ、顔は憔悴している……ちゃんと食事はもらえたのだろうか。
怯えは見えず、視線をまっすぐ前に向けてはいる。
ただ彼は、やはり疲労感があり、恐らく絶望に瞳は翳っていた。
少女は一人涙を流した。
彼女は彼の無罪を知っていた。本当はそれを叫びたかった。
だがそれが無駄だ分かっている。
アレクシスを陥れた『英雄裁判』は卑劣な謀略で形作られた、茶番劇だ。
嘘つきたちが、正しさを曲げた。
だからこそ、巻き込まれてはならない、何かを語ってはならない、と誰でもなく、アレクシス自身に言い含められていた。
木の台の上で跪かされるアレクシス、その下には彼の落ちた首が入る、木のバスケットが置かれている。
そこに、その、男、は現れた。
まるで役者のように民衆に手を振りながら、斧を振り回す、処刑人コリー。
「へへへ、今からオレが、生意気な偽英雄さまを成敗してやるぜ!」
群衆は熱狂する。
彼らはその場で足踏みをして、石畳からの大きな靴音が響き渡った。
コリーは押さえつけられたアレクシスの横に立ち、斧を持ち上げる。
少女は思わず目をつぶった。
次の瞬間上がる苦痛の声。
瞼を開けた少女は見た。
アレクシスが顔が苦悶に歪んでいる。
一撃で首を落とすはずの処刑人の斧が、彼の背に食い込んでいた。
「おおおおっ!」
人々はまるで歓声のような叫びを上げ、得意そうな様子のコリーは、苦しむアレクシスを指さし、げらげらと笑った。
「せっかくのショーだ。一度で終わったら勿体ないだろ? なあみんな!」
コリーは煽り、群衆は拍手で彼をたたえた。
それを目にしていた少女の魂が、じりじりと凍っていく。
怒り、憎しみは炎だ。彼女はそれに燃え上がっている……なのに、心は冷えて凍った。
処刑人が一度で致命傷を与えず、嬲るために背に斧を振り下ろす。
ここまで残酷なことが出来る人間がいる。ここまで下劣な人々がいる。
「……殺してやる」
その時、少女は『殺意』を初めて手にしていた。
そんなことなどに関係なく、続く一撃でアレクシスの首はバスケットに落ちた。
集まっていた観衆が、まだ興奮を内に抱えたまま解散して行く。
だが少女……ルナは、一人ずっとその場に立ちつくしていた。
処刑人コリー。
その男は必ず殺すのだ。




