第十章
「何ですあなた? 今はアイリス様は勉強中よ。無礼だから邪魔をしないで頂戴」
ブッフバルト夫人は不機嫌そうに鞭をしならせる。
ルナは怯えなかった。
「アイリス姫をむち打つつもりでしたら、私をお打ち下さい」
「ルナ……」アイリス姫が涙に溢れた目を向けてきた。
「……確か王族の倣いにあったはずです」
ブッフバルト夫人の目が黄ばむ。
「そうね……確かにフリジアやプロシアの王族では、代わりにむち打たれるものがいるわね」
と、ブッフバルト夫人はルナのつま先から頭のてっぺんまで見回し、
「でもあなたにその『資格』があるかしら? 王族の代わりにむち打たれるのは名誉なこと、だから選ばれるのは貴族の子女よ。まさに尊い血の方々の友になれるような、爵位を持つ家のもの」
ブッフバルト夫人の視線がじろっと動き、壁際で存在感を消している、アレッタとベラに向いた。
二人ともばっと顔を逸らす。
「……下がっていなさい、あなたのような身分のものが出張るなんて無礼だわ」
そう言ったブッフバルト夫人は腕を振るい、枝むちでルナの頬をばちんと叩いた。
ルナの眼鏡が吹き飛ぶ。
鋭い痛みを感じた彼女だが、何のこともない。
何故なら彼女は本来、人の命をやり取りしている刺客だ。
だが、その他のものにとってその場面は衝撃だったようで、マリアが浅く息を吸い口元を手で押さえる。
「……さあ、あなたは引っ込んで」
「よくもやったわねっ! わああぁぁ!」
一拍の間を置いて、激昂したアイリス姫がブッフバルト夫人に飛びかかった。
「なっ」驚きつつも払うブッフバルト夫人に、アイリス姫は木の椅子を手に取り投げつけ、机もひっくり返す。
「何て事を! アイリス様がご乱心なさいました!」
ブッフバルト夫人は喚き出し、衛兵やら使用人やらが駆けつけ大変な騒ぎになった。
暴れている所を抑えられるアイリス姫が、自分のために怒ったのだ、とルナはその時気づいた。
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