第7章「終焉災」2
雪が降り続ける夜中の《神輿町》。その中心部に位置している駅前広場。
いつもであれば多くの通行人で賑わっているその場所は、街頭や信号機がなぎ倒され、自動車が横転し、一部の建築物が倒壊して道路が陥没するといった凄惨な光景が広がっている。
勿論人影は見当たらないが、ヒト以外の影はいくつも存在する。
「ぼちぼち数は減ったけど、そんでもぎょうさん残っとるなぁ《灰鬼》。えらいしんどいわ……」
「……一時的に数は減っても新たな《灰鬼》が次々と出現している。《終焉災》という原因そのものを取り除かない限り湧いて出てくるだろう」
《不知火》のメンバー、風・伏垓と楊・玉鈴は多数の《灰鬼》と応戦していた。彼らを取り囲む《灰鬼》の数は二〇ほどであり、刀や槍といった近接武器を持った者、大砲や弩といった飛び道具を持った者、鎧と盾で身を固めた防御役といった役割で別れており、それぞれ連携しながらふたりに襲いかかる。
しかし伏垓は目の前の《灰鬼》を己の《葬装機》である《太極両儀四象八卦》で斬り伏せ、背後から襲いかかってきた別の《灰鬼》の攻撃を剣先から生み出した膨大な水流の塊で防御し、遠くから砲撃を仕掛ける《灰鬼》を風の刃で真っ二つにした。
玉鈴も同様に朴刀の《瑶池分景》で次々に《灰鬼》を両断する。すると横合いから大柄で筋骨隆々の《灰鬼》が目にも留まらぬ速さで分厚いガントレットに覆われた拳を打ち出してきたが、玉鈴は軽々とその攻撃を回避すると逆に《灰鬼》に朴刀の切っ先を向けた。するとその先端部からは炎の塊が生じ、《灰鬼》の顔面に着弾すると盛大な爆発を起こした。顔面に強烈な爆風を浴びた《灰鬼》は上体のバランスを大きく崩し、玉鈴はその隙を突いてその太い首を刎ねる。
こうして一気に大量の《灰鬼》が消滅し、浄化を示す青い炎があちこちで燃え上がるが、倒したそばから別の《灰鬼》が現れる。
ふたりはこれをずっと繰り返していた。
「……八叉竜はんからここの防衛を頼まれたけどあとなんぼしばけばええんや? まだ住人の脱出は完了してないんやろ?」
「混雑を防ぐために道路は封鎖。電車も全ての避難民を乗せるには数が不足していて空路も風が荒れている為救助が滞っている。シェルターは《神律頂》の警備隊が守っているがそれもいつまで保つか……」
「……《灰鬼》の襲撃なんて無くても避難民がパニックになってシェルター内部から自然崩壊……ってことにならないとええんやけどなぁ」
「……常に最悪の想定をするのは当たり前だがそれで勝手に弱気になってしまえば元も子もない。とにかく俺たちに出来ることは少しでも《灰鬼》を倒すことだ」
「わかっとるで。しっかし一番の気がかりは神宮祀や。タイミング的にそろそろ《灰鬼》化しとる筈……」
「……それに加え間もなく起こるであろう《終焉災》。神宮祀に関しては《不知火》の総力を以てすれば撃破できる見込はあるが、こちらが《核心》を確保していない以上あの災厄は食い止められん。最悪一〇年前以上の被害がもたらされる可能性だってある」
「いっそあの子が《核心》を見つけてくれれば全部解決するんやけどなぁ」
「そんな奇跡が都合よく起きるとは思えんが……む、新たな《灰鬼》か」
「アカンアカン……ホンマ堪忍やで……」
休むことなく《葬装機》を振るう伏垓と玉鈴だが、戦闘が長引いていることもあって若干疲労が見える。しかし二人の苦境に構わず《灰鬼》は地面から次々と這い出て闇の中を蠢く。一体一体の戦闘力は特筆するものではないが、こうして多数に常に囲まれていては消耗する一方だ。
ふたりは懐から取り出した《霊薬》で減少した《霊子》を回復させつつ《灰鬼》の掃討を続ける。
しかし膠着した戦場に変化が訪れた。
「……何だ?」
「いきなり《灰鬼》どもが後退し始めた……? どういうつもりや?」
伏垓と玉鈴は眉をひそめる。
ふたりを包囲していた多数の《灰鬼》は突然、彼らに背を向け中心街とは反対の方角へ移動を開始したのだ。それはこの一帯の《灰鬼》だけではなく、他の《不知火》のメンバーたちが戦う別の戦場でも同様で、周囲を見回すとふたりの背後から疾走してきた《灰鬼》の大群は伏垓たちには目もくれずにその横を通り過ぎていく。空を見上げても有翼の《灰鬼》たちが大量に飛翔し、まっすぐ同じ方向へ向かっている。
基本《灰鬼》は群れで行動することなどなく、こんな現象は初めてのことだった。
「……どこを目指しているんだ奴らは」
「けったいやな……とにかく追ってみるしかないんちゃう?」
脇目もふらずに地面の雪を盛大に撒き散らしながら疾走する《灰鬼》たちをふたりは追う。
しかし伏垓たちが駅前広場を出て川沿いの遊歩道に到着したのと同じタイミングで新たな変化が生じた。
「……地震か!?」
突如巨大な地震が《神輿町》に襲いかかる。
震度は七くらいだろうか、足場が上下に大きく揺さぶられ、周囲の建物が軋み、道路に亀裂が走り、看板や窓ガラスが落下する。目の前を流れる川も荒れ、大きくうねって津波のごとく巨大な波が生じた。
「風もごっつ強くなってるでー!」
異変はそれだけに留まらず、まるで台風のような強い風が吹き荒れて荒廃した地上を一掃する。その強さはというと伏垓のそばで横転していた自動車が転がっていくほどであり、隣の玉鈴の小さな身体も風に捕まり、あっさり地面から足が離れてしまう。
「ちょっ嘘やろホンマアカンてこれ!! 飛ばされる~!?」
「……玉鈴!」
空中でじたばたと藻掻く玉鈴の身体を咄嗟に伏垓は捕まえ、彼女の身体に覆いかぶさるように地面に倒れ込む。相変わらず風は強いままだが身体を屈めることで投影面積を減らした結果なんとか地面にしがみついたままでいることは可能だ。しかし何やら玉鈴は頬を赤くして気まずそうにもじもじしている。
「……伏垓? そろそろ離れてくれんと……ウチ恥ずいわ」
「……不気味だから猫撫で声で喋るな。それに一体何と勘違いしている」
「冗談やってー。相変わらずユーモア欠乏症でかなわんわ……まっ、おおきにな」
ムスッとした顔で伏垓は横に退き、玉鈴も今度は吹き飛ばされないように《瑶池分景》を地面に突き刺して立ち上がる。
しかし街は酷い有様だった。
《灰鬼》の襲撃によって大きな被害を被った上、先程の地震とこの暴風で至るところに瓦礫が散乱し、火災の規模が広がっている。復興には時間が掛かりそうだ。
もっとも、事態が収まるまでに住民が無事であったならの話だが。
「……しっかしえらいおった《灰鬼》はどこ行ったんやろな。あっちゅう間にレーダーからは反応が消えたで」
「おそらくあそこだろう。見てみろ」
「めっちゃわかりやすい目印あるやん……何なんアレ?」
伏垓が指差す方を見るとそこには天に向って伸びる一条の赤い光があった。
《神輿町》の郊外の更に向こう、川を越えた山間部の中から光は発生している。
更に光が伸びた先には分厚い雲が幾つも渦を巻いており、絶え間なく赤い稲妻が一帯に降り注いで物々しい雰囲気を醸し出している。
まるでベタなRPGに登場する魔王城のようだった。
「確かあそこには幽鬼守燐の言ってた《境界神社》があるんやったっけ?」
「……神宮祀は《境界神社》の裏手にあるクレーターに強い関心を示していた……」
「つまりそこには何かが……例えば《核心》がある、と」
「……大慈たちに連絡しろ。これから全員であの場所に向かう」
「りょーかい。活路が見えてきたようでワクワクするで」
伏垓の指示のもと、特務機関《不知火》のメンバーは一斉にその場所を目指す。
かつて《終焉災》が生じた因縁の土地。
《此岸》と《彼岸》が交わる境界領域。
その中心点で「ソレ」は静かに佇んでいる。




