第五百三十三話~威光差す竜の天輪~
大剣を構えたバーンズの一撃、竜の懐に振るわれたそれはこれまでとは違う音を奏でる。重い金属音ではなく、初めて肉が裂かれるような鈍く柔らかい音が……
「っしゃあッ!これなら――」
が、バーンズは瞬間的に違和感に気付く。切り裂いた手応えを、確かにバーンズは得ていた。だが、決して仕留める程の致命傷を与えれていないということを、理屈ではなく直感で感じる。何かが来る、このままではマズイ。その判断から、少しばかり身を引き…………
そして、それが項をなした。
「グアァァアアァァァァァッ!!!!」
耳を貫き、体を強ばらせ、心臓を止めんと言わんばかりの、これまでの常識を覆す竜の咆哮。これまでのものとは質の違うそれに、セヴランも、リーナも、バーンズでさえ耳を塞ぎ体を硬直させてしまった。
そして、それだけではない。竜は自身に攻撃を入れてきたバーンズを尻尾を振り付け、真下の地面へと叩きつける。完全に硬直してたが故、受け身どころか防御もままならず、体が潰れたようになりつつ盛大に血を吐き出す。
「バーンズッ!!!!」
たった一撃、それだけでバーンズがやられた。それも、簡単には復帰出来ないであろう、致命傷足り得る一撃。正直、バーンズがやられる姿は、これまで想像してこなかった。竜というものの強さの次元が、自分の想像の遥か上をゆき――――
「セヴラン前ッ!!!!」
そんな叫びが聞こえた気がした瞬間、セヴランの天と地面は入れ替わっていた。
……何が起きた?俺は、今バーンズの方に目を向けて……やられた?……
セヴランは自身に起きた状況が理解出来ない、何一つ分からない。けれども、リーナの悲鳴のような叫びから察するに、竜から一撃を受けたのだろう。ならばどうするか、立ち上がるしかない。
正直なところ、上下が入れ替わったようで感覚がない。だが、上下が逆さというのは何も垂直に逆になっている訳ではないことは分かる。ならと、上体を起こす感覚を、記憶から呼び起こしその動きをなぞる。そしてその思考が的中し、上下探さとなった視界が戻り
「――――リーナッ!!!!!」
丁度体を引き起こした時、セヴランの視界に見えたのは、セヴランの心配をして少しだけ視線がこちらを向いているリーナの姿と、そのリーナの頭上で牙を剥き出しに口を開いている竜の姿。
今さら、それをどうこう出来る筈がない。だが、そのまま放置するとすれば、リーナの命も危ない。それだけは、認められない……セヴラン自身が守りたかった命を、みすみす見捨てることなど出来る筈がない。
……動けッ!動いてくれッ!!!……
セヴランは気がつかないが、セヴラン自身もバーンズ同様、血を吐き出しているし、なんなら体の形がおかしくなっている。骨が粉砕しただけでなく、肉まで潰されているのだろうか。けれども、今はそんなことは気にしない。ただ、前へ飛ぶことだけを考えて
……前へ、前へッ!前へッ!!!……
セヴランの思考は、ただ一点へと集中させられる。体に残る魔力、生命維持に必要な最低限のみを残し、他を全て足へと集中させる。全体重を描けるように前傾姿勢で一歩を踏み込み――――リーナのもとへと飛び込んだ。
竜の牙は、リーナのすぐ目の前へと迫っていた。竜からすれば、確実に仕留められる距離であった。そこに何の疑いもない…………だが
……これは、何だ……
竜は自身の瞳に映る光景に疑問を抱く。確かに捉えた筈の女が、目の前から消えていた。だが、原因は分かる。故に、自身の前を一瞬で横切った男へと視線を向け…………
体が熱い、前身が焼けるように感じる。だが、確かに右手に感覚がある。
「セヴ……ラン?」
「あぁ……大丈夫だ……」
セヴランは右腕で抱えたリーナを地面へと下ろし、氷で剣を生成し構える。竜と視線が合う。もう、逃げることも許されないだろう。そう思考し、セヴランが一歩を踏み込んだのと、竜がセヴランに一撃を入れるのは同時であった。
セヴランの速度は、既にこれまでの限界を超えていた。生身の人間が至れる限界を突破し、身体強化を用いた上で魔力によって更なる限界を越える速度。それを、自身よりも体のデカイ竜が、その速度を超えてくるというのは最早悪夢だ。セヴランは地面に吹き飛ばされ転がり、即座に飛び上がり体勢を建て直すも
「――ッ!?」
次の瞬間には、セヴランの目の前に次の竜の爪が迫っていた。そこからは、まさに蹂躙だった…………。セヴランは反応すら出来ない、竜は一瞬で移動し、一撃を加えて吹き飛ばし、セヴランが吹き飛ばされた先で次の一撃を加える。その連鎖を受け耐えられるのは、セヴランが魔力を自身の治癒に全力を注いだ結果だ。しかし、決してそれも余裕がある訳ではなく、命を繋がなければ確実に死ぬという本能が、無意識にそうさせただけだ。
リーナはセヴランと竜を追おうと全速力で駆けるも
「追い付けないッ……なんなのよッ!」
竜の移動速度が早すぎる。リーナの使う身体強化で出せる速度では、追い付けない。そんな事態はこれまでになく、初めての事態にリーナは焦燥に駈られる。そしてリーナの心配はそれだけでなく
……意識を失ってる、早く追い付かないとッ……
リーナから見て、少ししか目にとらえられないセヴランだが、意識を失っているだろうということを確信する。もう、何も動きがない。やられるがままになり、反応が見えないのだ。だから、急ぐべきだと判断し――
焦るリーナが次に見たのは、セヴランが地面へと叩きつけられ、竜がその真上へと飛翔する姿だった。当然、リーナはセヴランのもとへと飛び込み、何があっても守れるようと竜へと視線を向け
「…………何よ、これ…………」
何かもかも、理解が追い付かず困惑するリーナに竜が見せた光景は、翼を大きく開き、太陽を背に巨大な魔法陣を展開した神々しいまでの竜の威光であった…………
どうも、作者の蒼月です。
相変わらずの遅い投稿、申し訳ありませんm(__)m
さて、やっと竜との戦いが始まったというところですが、なんともキツいですね。正直言って、現時点でもセヴランの強さは相当なものなのですが、それが一切通じてないですからね。なんだったらバーンズがやられてますし(まあ、バーンズが強いシーンがそんなに書かれてないとは思いますけど)
しかも、竜はなんか変なこと始めましたし、セヴラン達は生き残れるのでしょうか……
では、次も読んで頂けると幸いです。
 




