ep.35
「あーあ、結局那月逃がしちゃった。でもあの子、変わってなかったな。また好きって言えなかったや、ふふ…」
ボソッと呟いた言葉は風と共に消え去った。
「…せくん。…なせくん!おーい、伊奈瀬くん!」
「あ、は、はい!?」
「ボーッとしてなにか考え事かい?」
「あ、いえ…、えっと…」
「……伊吹白乃に何かされた?」
「あ、いえ!普通に?お喋りしてました」
「………そう」
「あの…」
「ん?」
「…あ、いえ」
僕が分からないことを風紀委員長に聞いても多分何も分からない、よな。
「あの、僕ってどのくらいあの部屋に居たんですか?」
「んー、居なくなったの分かってから3時間ちょいかな。浅見くんたちは寮に帰ってもらっているよ」
「あ、そうだ…。僕浅見くん待ってたのに先輩について行っちゃったから…」
「気を付けるように言ったのに君は本当にもう…、何も無かったからよかったけど簡単について行かないこと」
「すみませんでした…」
「分かればよろしい」
「あの、あき…、白乃、は…」
「逃げられたからね、探しはするけど多分捕まえられないだろうな」
「そう、ですか…」
「なに?伊奈瀬くんは伊吹白乃に絆されちゃった?」
「へ!?いや、そういうわけでは…」
「……伊奈瀬くんはさ」
「はい?」
「いや、なんでもない。気にしないで」
「え?ええ?気になります」
「ほら、保健室ついたよ。手当てしよう」
(やばいやばい、僕は何を言おうとしているんだ。伝えたって…)
風紀委員長としての仕事をしなければ、そう切り替えて那月の手当てをしてあげた。
「今日はこのまま僕が寮まで送って行くから」
「はい、ありがとうございます」
「……大丈夫かい?」
「え…?」
「いや、今回のことでまた伊奈瀬くんが傷付いたんじゃないかと、ね」
「大丈夫、って言ったら嘘になりますけど…、僕は白乃と話せてよかった、です」
「…それは、どうして?」
「白乃は、最初はすっごく怖かったんですけど実はとても優しくて…、あ、あと!僕の昔のこと知ってるみたいで!」
「昔のこと?」
「僕、昔のこと覚えてなくて…。なんでなのかも分からなくて…、親も知らなくていいって教えてくれなかったし…」
「そうなんだね」
(伊吹白乃は伊奈瀬くんの過去と関係のある人間、ってところか…。ますますどんな関係なのか気になるけど今の伊奈瀬くんに聞いても分からないだろうな)
「それで、あの…」
「ん?」
「あ、いえ!か、帰りましょう」
「…そうだね、遅くなる前に帰ろうか」
「あの、風紀委員長…」
「どうしたの?何かあった?」
「……い、嫌だったら大丈夫なんですけど、て、手を繋いでくれませんか…?」
「へ!?」
「あ、す、すみません!こんなこと…」
「ああ、大丈夫だよ。ん、繋ごうか」
「…ありがとうございます」
学校から寮への帰り道、二人で手を繋ぎながらなにを話すでもなく帰宅した。
寮に着くと三人と生徒会のみんなが待ってて、浅見くんには泣かれてしまった。
「なっちゃんー!ごめ…ごめんね…」
「浅見くん、こちらこそごめんね。僕ちゃんと待ってなくて…」
「いいんだ、俺のせいだから」
「そうだよ、那月くん浅見のこと怒っていいから!守るって言ったの誰だよ!」
「まあまあ、南落ち着けって。二人とも悪気があった訳じゃないんだしさ」
「でも、でも…!」
「はーい、お前らそこまで」
「会長様…」
「伊奈瀬くんが無事に見つかってよかったです、怪我などは…」
「あ、あのすみませんでした…。怪我は無いです、白乃とはお喋りしてただけなので」
「「「「白乃!?」」」」
「へ?あ、えっと…」
「伊奈瀬くん、怪我はしてるでしょ。擦り傷程度だけど」
「これは別に…」
「怪我、したのですか…?やはりあいつは…」
「ふくかいちょー怖いよー?落ち着きなって、那月くん怖がっちゃうからー」
「……な、つき」
「あ、真緒先輩…」
「よ、かた。でも、め…」
「はい…、ごめんなさい…」
ガヤガヤとしているところに聞き慣れない声が響く。
「やあ、みんな。こんばんは、というかお久しぶり。」
「理事長…」
「鳳くんから事の経緯は全部聞いたよ、那月くん今回も前回も君のためにこんなにもの人達巻き込んだこと、分かってるよね?」
「…はい」
「うん、分かってるならいいんだ。」
「すみ…」
「ああ、大丈夫。謝るべき人達には謝ってるんだろう?僕には大丈夫だから」
「で、でも…」
「申し訳ないと思うなら、これからみんなときちんと向き合ってあげてほしいな。みんな君のことが大切みたいだからね」
「……はい」
「うん、いい子だね。あと、君たちに一つ報告がある。伊吹白乃が退学届けを出したよ」
「へ?」
「退学届けって…」
「あ、あの!白乃辞めちゃったんですか!?」
「そう、僕は理事長だけど辞める人を止める権限は無いからね。ごめんね」
「そんな…、白乃ともう、会えない…うっ…うああ…」
「那月くん泣かないで」
「なっちゃん…」
なにも、なにも分からなかった。
白乃とのこと、なにも…。
どうして僕は、泣いているんだろう?
どうして僕は、寂しいんだろう?
どうして僕は――
夢を見た、僕は誰かの恋人で。
その人は泣きながらこう言った。
「那月、ありがとう。ごめんね」
その人は綺麗な顔で笑っているはずなのに泣いていて、その言葉が意味することが僕には分からなくて。
どうにか泣き止んで欲しくて手を差し伸べるが届かなくて。
大丈夫、僕が居るから、大丈夫だから。
そう言いたいのに言葉は空を切る。
――バッと目が覚めた。
僕の頬には涙の跡があって、気付いた時には涙が溢れて止まらなくて。
ああ、苦しいな、苦しいよ。
「大丈夫、大丈夫だから… もう何も怖くないよ」
ギュッと心臓の辺りを握りしめ、ポツリと呟いた。
その言葉は誰にも届くことは無かったが、きっと、きっと夢の中の彼には届いている。
何故かそんな気がした。
『那月、泣かないで。ありがとう』
どこからかそんな声が聞こえた様な気がした。
バッと顔を上げ部屋を見渡すが、そこは真っ暗でカーテンの隙間から射し込む月明かりだけが僕を照らしていた。
ツーッと一筋の涙がまた溢れ落ちる。
また、また夢で逢えたら。
今度は笑ってくれるかな、なんて。
夢で逢えたら、約束を




