寿老人
「…ここは…?」
クセロは気がつくと生い茂る森の中にいた。遠くから叫び声。
「嫌だ!死にたくない!!」
こちらに近づく程に声は近く、少なくなっていく。ガサガサとクセロの目の前に現れたのは1人。有り得ないものを見たような、恐怖に歪んだ表情をしている青年だ。制服を見るに、二十四言狼の一人。見たことがない顔であったため、クセロはこれが夢だと分かった。何から逃げているのかと観察をしてみると、彼を追っているのはなんと木の根だった。
そして追いつくとなんの躊躇もなく、彼の首を撥ねた。不思議なことに血は溢れない。
動かなくなった遺体を木の根は持ち上げた。そしてものすごいスピードで彼が走ってきた方向に運んでいく。クセロも走ったが追いつけない。
彼らが入ってきた森の入口辺りから聞き覚えのある声が聞こえた。まさに絶叫。悲しい声だ。
森の入口に着いたクセロが目にしたものは、大量のバラバラの遺体の前で大声で泣くイオタの姿だった。
果たしてこれはいつの話だろうか。
「おはようサンピ…じゃなくてクセロ!なんかうなされてたけど大丈夫か?」
カレットとアイが先に起きていた。洗濯を終えたところらしい。
「うん…。いや、…大丈夫ではないかもしれない。」
カレットは首を傾げて説明を求めた。
「イオタさんが…?」
「うん。」
「それ、俺知ってるよ。しばらくイオタとあと3人しかいなかった時期があったんだ。」
「それってどのくらい前のこと!?」
「100年くらい前かなぁ。当時の二十四言狼は集団ヒステリーを起こしたみたいで、ここから逃げ出すためにほとんどのメンバーが森に入って殺されたんだ。」
「集団ヒステリー…」
「閏に食われるか殺されるかしかないだろ。そんなの怖いに決まってるだろ。」
「…慰霊碑も建てようかな。」
「それには俺は賛成だよ。あんなに沢山死んだのに、遺体は肉片1片も残らなかったらしいし。」
「いや、遺体はあったよ。イオタさんが埋めたのかも。」
「ていうか、なんでお前はこの話を知ってんだ。夢でも見たのか?」
しばらく考えた結果、クセロの力の一端として夢を見たのではないかという仮説に至った。
「知り得ないことを知るという力だとしたら、未来どころか過去まで見れるのか。」
「なんかすごい話だな。」
「でも弱いからね!」
「敵の動きを予知できるように特訓してくれよ。」
「それいい!頑張ってみろよクセロ!」
「待って待って、頑張るけどすぐにはできないよ!」
「期待してるぜ。」
「うん。」
アイが話題を戻した。
「遺体かぁ…。そう言えば閏に食われたって言ってたな。」
「全部!?」
「うん。もしかしたら閏の中でも1番強いって噂の寿老人かも。」
「寿老人…?」
「うん。誰も姿は見たことないけどとても強いらしいって噂だけある。イオタでもギリギリ勝てるか負けるか…。」
「そんなやつもいるなんて…。」
「いや、勝とう!大丈夫だよ!」
「帝釈天様、こちらが閏たちの食人数のグラフになります。」
「あぁ、ありがとう。福禄寿。お前は仕事が早いから助かるよ。」
「お褒めいただき光栄です。」
「弁財天が殺されてから久しいが、調子はどうだ?」
「私はこれと言って何も。」
「そうか…。俺は寂しいけどな。」
帝釈天はグラフをタンタンと指で触りながらしっかりと確認していく。
しかし1や2などは見えはしない。
「やはり寿老人か…。」
「寿老人の累計は…1000近くですね。」
「なんなんだこの化け物は。二十四言狼も全滅してしまうぞ。どうにか止めれはしないのか?」
「私には致しかねます。殺されたくないですし。」
「…だよなぁ。俺だって不用意にみんなを殺されたくないよ。」
帝釈天のため息が響いた。