2つの神の家
イータとシータは今日も恋の話に花を咲かせる。同居人のローはそれを鬱陶しそうに眺めていた。
「やっぱりイータさん、カレットくんのこと大好きじゃないですかー!メール送ったらどうです!?」
「無理よ!パソコンの使い方わからないし、直接会って話す方が好きだもの…。」
「んもー!ねぇローさん!イータさんにパソコンの使い方教えてあげてくださいよー!」
シータが突然ローに話題を振った。ローはもちろん驚いたが、すぐに平気なフリに戻る。
「やだね。俺がシータ以外の女の子に優しくするわけないだろ。」
溜め息をつくと、ゆっくりコーヒーのカップに口をつけた。
「あらシータ、あんたになら優しくするって。」
「わぁい!ホントですか?!」
「バーカバーカ、前のシータだよ。お前みたいなガキンチョじゃねぇ。」
「でも前のシータも15歳だったし、あんまり変わらないじゃないの。」
「ふーいーんーき!コイツはガキ臭いだろどう見ても!」
「雰囲気よ。ホントにバカね。」
思い立ったようにシータがローに近づいた。
「あの、ローさん。本当に教えてほしいんです。…ダメですかね?」
ちょこんと首を傾げて尋ねる。不覚にもローは可愛いと思ってしまった。
「…恋のひとつも叶えられなかった男にお前らの恋路を応援しろって残酷な話だよな。」
そう言いながらもパソコンの電源スイッチを押した。
「オヤ?」
オメガがパソコンの通知に気づいた。もしかしたらイオタが1年経ってようやく動いてくれたのかも。そう期待を込めてメールのアイコンをクリックする。確かにイオタからのメールが届いていた。しかし、もう一通。イータからのメールだ。宛名はカレット。もしかしてと思うとオメガはついニヤニヤとしてしまう。
「どうした、気持ち悪いぞ。」
「ネェ見て、イータからカレット宛のメールだヨ。恋カナァ?気になっちゃうヨネェ。」
「カレットに読ませて反応を見ればいいだろ。呼んでくる。」
「ジャ、その間にイオタからのメールを…」
部屋を出ていこうとしたウプシロンがすごい勢いで画面に齧り付いた。
「早く開け。」
「もー、呼んデきなヨー。デモ気になるカァ。」
良い報告を願いながら開いた。
『ミューとプシーの穴埋めが入った。今ラムダとカイの元に待機させている。カレットたち3人をそこにまず向かわせてくれ。そしてミューとプシーと合流して俺の家に戻ってこいと伝えてくれ。ゆっくり安全に戻ってこいと釘を刺しておいてくれ。』
「情報が多いな。」
「ン?つまり今ラムダとカイは新人研修を頑張ってルってことカナ?」
「ほぉー。ちゃんとできてるか心配だな。」
「2人の家マデついて行こうカ。」
「そうしよう。」
「ソレジャ、カレットを呼んでこヨウ。」
カレットを呼ぶために外に出た。すると3人だけで閏と戦っている姿を見つけた。
「お、頑張ってるな。」
「3人とも強くなったネェ。」
相手は人型を留めない異形。人を食ったことがありそうだ。
「カレット!右に避けて!その次に1歩前に出てガラス弾!」
「分かった!」
「アイちゃん、ナイフを持ってカレットに合わせて!」
カレットはクセロに言われた手順で動く。カレットが右に動いた瞬間、閏の尻尾がカレットの左を通り抜けた。
そして1歩前に出て、
「扉透天 台風の陣!!」
術を展開した瞬間、大量のガラス屑が閏の周囲を駆け回る。ぐるぐると閏も逃げ道を探すが、そんなもの用意されていない。
「アイちゃん、今だよ!!」
「おう!」
アイが軽い体重と身体能力を活かして台風の目の真上を目掛けてジャンプする。
回り続けていた閏が目を回して動きが止まった。ちょうどその瞬間アイが閏の頭の上に着地する。
「よし、勝った!!」
そう叫んだ瞬間、アイは閏の頬にナイフを突き立てた。
台風は消滅し、閏がズンと倒れた。
「ふぃー、すげぇ緊張したなぁ…。」
「よくやったよアイちゃん。嵐の後の閏はやっぱり怖いな。サンキュー、クセロ。助かった!」
「敵の動きを読めるようになって良かったよぉ。お疲れ様!」
3人でハイタッチをする。
そこに様子を見ていたウプシロンたちが話しかけた。
「お前ら強くなったなぁ。これなら新人研修も大丈夫そうだな。」
「あんな閏ヲ倒せるようになるナンテ。初めて見た時は想像モつかなかったヨ。」
「ウプシロンさん、新人研修ってなんですか?」
「新しいミューとプシーが来たらしい。イオタが2人と合流してからイオタの家に戻ってくるようにと連絡を寄越してきた。その期間はお前たちによる新人研修という形になるな。よろしく頼んだぞ。」
「うへぇ…なんかめっちゃ緊張しますよそれ。」
「そうかそうか。でも頑張れ。」
「僕たちも新人みたいなもんなのにねぇ…。」
「1年モ頑張ったんだカラ大丈夫ダヨ。」
「あと、カレット宛にイータからメールが来ている。出かける用意を俺がやっておくから、その間に見ておけ。」
「はい。…なんでしょうかね?」
「さぁな。でもお前が開くべきだろうな。」
ウプシロンがカレットの背を押すと、カレットは歩き始めた。
「カレット、メールはなんて書いてアッタ?」
「…えへへぇ。」
「ウワッ」
カレットがパソコンから目を逸らすと、オメガはとても驚いた。理由はわからないがカレットはとても嬉しそうにニヤニヤと笑っているのだ。
「ど、どうしたノ…?」
「イータが俺に会いたいって言ってくれたんですよぉ。前はあんなに冷たくて怖かったのになぁ。仲良くなれて嬉しいんです!」
「へ、ヘェ〜。良かったネェ。」
「ずーっと迂回してイオタさんの家に戻ったら会えますね。早く行かないと!」
「ソッカソッカ。頑張ってネ。」
「オメガさん、長い間お世話になりました!」
「いいんダヨ。また何度でも遊びにおいでネェ。僕もウプも待ってるカラ。」
「じゃあ、このヒビに沿って歩いていけ。ラムダとカイの家は10キロ先だ。お前たちならすぐに着ける。」
「わかりました!」
「3人ともスゴク強いから自信を持って頑張ってネ!」
「はい!じゃあ行ってきます!!」
「ラムダとカイによろしくな。」
カレットたちがどんどん歩いていく。オメガとウプシロンは遠ざかる背中を見えなくなるまで見つめていた。
「ヤァット2人だネ、煙斬。ホントに楽しかったヨ、この1年。」
「俺はこっから疲れんだよ。お前と2人なんざ肝が冷える。」
「エェー。ソンナァ。」
「信用できるか。」
「神島様に誓って食べやしないノニ。大丈夫ダヨォ?」
「ハァ…。それより、お前も気づいてるだろう?」
「エーなんのことカナァ?名前呼んでくれなキャ分かり得ないナァー。」
「…バーカ。やるぞ、魅空。」
「ウン、わかったヨ。」
カレットたちが向かった方向とは反対側。振り返ると、閏がいた。嵐明けの閏。間違いなく強い個体だろう。大きな目をギョロリと動かしてこちらを見据える。
「油断してた訳ではないが剣が無い。」
「僕のを使えヨ。僕は援護に回るカラ。」
「助かる。」
煙斬が魅空の剣を地面に突き立てた。
「煙幻術 白煙の型、一式迷霧。」
術を唱えた瞬間、周囲は濃い霧に包まれた。閏からはもちろん、煙斬たちからもお互いの姿は見えない。
「ウンウン、良い感じダネ。ジャ、いつも通りに。」
魅空が氷の粒を掌の上に出現させた。コロリと転がすと、地面に落とした。
すると落ちた場所を中心に氷の地面が広がった。
「寒っ…。」
「師走の力なんだカラ仕方ないデショ。我慢しなサイ。」
霧は晴れない。魅空は煙斬の靴底を凍らせた。
「コレで足音だけで煙斬ノ場所がわかル。便利な手段だヨネ。」
「雹はまだか?」
「もう少しダヨ。」
パラパラと音が響き始めた。煙斬の霧から作った雹の落ちる音の中、一部だけ不安定な音が混ざる。それが閏の居場所だ。
「やるぞ。」
「いってラッしゃイ!」
カッカッカッと音を立てながら煙斬が走る。しかし、閏の居る場所に真っ直ぐ向かう訳では無い。
バァンッ!!!
手か何かを叩きつけたか、閏の居る場所で大きな音が響いた。身の危険を覚えると、闇雲に暴れようとするものだ。だから煙斬はタイミングをずらして攻撃を加える作戦を取った。
2人はこの作戦を「氷鬼」と呼ぶ。
閏は足元から凍っていく。暴れる体力も減っていく。
その音が止んだ一瞬を煙斬は逃さなかった。
閏からしてみればあまりにも恐ろしいことである。
疲れきった瞬間、煙を斬って敵が現れるのだから。
煙斬は胴体を狙った。凍りかけた腰に剣を叩きつける。細い接地面に力を込め、食い込ませて一気にスライドする。
戦争の形は変わった。1度でも切りつければこちらの勝ちである。
切り傷から凄まじい勢いで宝石のように煌めく蔓が伸び、閏に巻き付く。危うくそばにいた煙斬も巻き込まれるところであった。
咄嗟に魅空がその腕を引いて引き下がった。
「ヨシ、勝ったネ!!」
「あぁ。いつも通りだ。」
煙斬が術を解いた。それを見て魅空も術を解く。
閏がいた場所には、ただの人骨とクレマチスに似た実が落ちていた。
「…殺せるようになるまで、500年以上かかったんだな。」
「長い歴史ダネ。」
煙斬が閏の遺体に近づく。後ろから魅空も続く。
しゃがみ込んで手を合わせると、煙斬は5本5色の紐で残った骨を束ねた。
「仏様にお任せするんダッケ?」
「そうだ。お前も早く祈ってやれよ。」
「わかってるヨ。」
2人で手を合わせ、黙祷を捧げる。カランコロンという音を合図に目を開くと、骨は消えていた。これも煙斬の力、神島家に伝わる祈りの秘術なのだという。
神島家と神祠家は2つで1つ。
2人の物語はもう少し先まで続くのだ。




