第5話 製麺と出汁の部屋
(私は…ここは…良い匂い…お魚の香りだ…)
起き上がったアイカは辺りを見渡した。
(あれ?立てなかったはずなのに身体も…痛くない…」
どうやら自分は家の中にいて、ここは台所らしい。
大きな鍋がグツグツと魚の香りをあげながら煮えていた。
「家の中?ここは墓場岩じゃない…私はどうして…」
「目が覚めたなら手を洗ってきな。」と無愛想な男の声が聞こえてきた。
先ほどまではいなかったはずの男が鍋の前に立っていた。
「あなたはニンゲン?ここは?私は死んだの?」
「まずそこの流しで手を洗いな。手を洗っている間に説明するから。あと、手前の瓶に入っているのが石鹸だから。」
私の質問に被せるようにニンゲンの男は、なぜか手を洗うよう指示をしてきた。
アイカは今の状況も手を洗う理由も理解することが出来なかったが、とりあえず手を洗うことにした。
手を洗っているアイカを見て男は口を開いた。
「ここは飲食界、お嬢ちゃんのいた世界とは別世界だ。」
「いんしょくかい?あの世ってこと?」
アイカの手が止まる。
「土日に休めない…ある意味あの世だ。いや、死後の世界という意味ではない。ここは料理人の世界、お嬢ちゃんは、俺の店でアシスタントの修行をしてもらう。」
「どういうこと!?料理人の世界?アシスタント?私は家に帰れるの?あっ…帰る場所…」
アイカは急に黙り込んで涙を流した。
(私に帰る場所なんてなかったんだ…)
ガチャンッ!!!
勝手口だろうか台所の横の扉乱暴に開かれ、右手にネギを持つ小さな老婆が入ってきたと同時に怒鳴り声を上げた。
「ヒロシッ!!!!お前また見習いさん泣かしたね!!!!だから前いたトカゲの坊やも尻尾を巻いて逃げちゃったんじゃない!!!!何回言わせるのッ!!!!可哀想に…この子は捨て子だよ!!!!アイカちゃん!!!!おばちゃんがお風呂準備してくるからちょっと待っててね♪ヒロシッ!!!身体が汚いのに手だけ洗わしたってしょうがないじゃない!!!!お風呂沸かしてきなッ!!!お母さん、そこのA◯ailでアイカちゃんの服買ってくるから!!!!」
乱雑に持っていたネギを床に叩きつけ、老婆は先ほど入ってきた扉から外に駆け出して行った。
ヒロシと呼ばれた男は床に叩きつけられたネギを拾い上げた。
(お袋だってその…捨てられたとかはっきり言わなくてもいいじゃんか…それにサムレイは、トカゲじゃなくてリザードマンだし…)
立ち尽くしたアイカ見て、ヒロシは
「そこの椅子で座ってな。ババアが悪かった。」
男は母親のデリカシーの無さに嘆きつつ風呂場へ向かって行った。




