37-19.タカアシガニ旅行(15) 毛が生えている
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「ジン君?」
「…………」
洋子が話しかけるが、栫井の返事は無い。
「寝ちゃったみたい」
洋子は、そう言いながら唯を見る。
唯は、もうお開きにして寝る意思を伝える。
「もう遅いから。私も明日に備えて寝ようかな」
唯は、母(洋子)も、”寝ましょう”と言うと思ったのだが、ちょっと違った。
「そうだ。ジン君、ちょっと尻尾のとこ見せてもらうからね」
洋子はそう言うと、ごそごそと栫井の旅館浴衣(寝巻浴衣)をめくり上げると、パンツをぐいっと下げる(尾骶骨のあたり)。
「お母さん、ちょっと」
躊躇なくいきなり行くので、見ていた唯の方が驚く。
「固いものがあるみたい。骨が出てきてるのかな? 確かに生えかけみたいね」
「え?」
「もうすぐ突き出てくるんじゃないかしら」
「尻尾?」
異世界の栫井には尻尾が生えている場面があるが、石の記憶でこっちの世界で尻尾が生えているシーンは無かった。
唯は、栫井はこの世界に居る限り尻尾は生えないと考えていた。
「あれ?」
「え? なに?」
母(洋子)の影になっていて見えないが、何か気になることがあるようだ。
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洋子は気付く。毛並みがある。
「ここ?……あ、これって……?」
目には見えないが、尾骶骨の周辺に毛が生えているような感触がある。
「え、なに?」
洋子は、唯に”静かに”のポーズを見せてから、尻尾が生えそうなあたりを触らせると、唯も気付く。
栫井がもぞもぞ動いた。
「なんか、くすぐったいぞ」
そう言ったかと思うと、布団を被って丸まってしまう。
栫井が起きるかと思ったが、布団を被ってしまった。
「ちょっと、こっち来て」
「なに?」
洋子と唯は部屋の入口の方に移動して、小声で話す。
「手触り違うのわかった?」
「うん、サラサラしてた。動物の、なんか毛並みの良い猫?みたいな」
「ええ。毛が生えてる」
「毛? そんなの見えなかったけど、生えてたのかな?」
「よく見ると少し見える……」
「見えたの?」
「ええ。じっと見つめると毛があることが見えてくる」
「見えるの? 気付かなかった」
唯は栫井の手に触れて、見えている姿と感触に差があることを知っている。
差があることを知っても、本当の姿は見えないのではないかと思っていた。
「……ごめんね、やっぱり、本当の姿を見ようとするのは禁止にしましょう。
本当の姿を見てしまうと、あの人は悲しむかもしれない」
唯にはなんとなくわかった。
神様の本当の姿を見ようとしてはいけない。
「うん。私も、見ちゃいけない気がしてる」
唯も、栫井の実際の姿は、目に見えているのと違っているかもしれないと思っている。
そして、そこは追及してはいけないところではないかとも思っている。
真実を知ることが幸せなことだとは限らない。
栫井は自分が人間だと思っていて、唯にも人間だと思っていてほしいと願っているはずなのだ。
それよりも、あの僅かな時間で見た目と触感の差に気付いたあたり、母には想定内の出来事だったように思えた。
「お母さんはなんで気付いたの? 知ってたの?」
「気付かないと思った?」
時間があれば気付いてもおかしくはないが、偶然気付いたというよりは、有るか無いかを確かめたくらいの時間に感じた。
「でも、あんなにすぐに気づくのも変かなと思った」
唯の指摘通りだった。
洋子は、見えないけれど触るとわかる毛が栫井の体にあるかもしれないと思っていた。
心当たりがあったから。
「あなた、そういうとこ勘が良いのね。私にもあるのよ」
「なにが? あ、あの毛のこと?」
「ええ、目には見えないのに、触ると毛がある」
「え?? どういうこと?」
「触ればわかるわ」
唯はてっきり尾骶骨のあたりの話と思ったが、全く違っていた。
背中だった。
「ここ。手触り似てない?」
洋子の背骨と肩甲骨の間に、確かに人間の肌とは違う触感がある。
上から下へは滑らかだが逆撫ですると引っかかる。
「うん、似てる」
「毛も見えないでしょ?」
「見えないけど、手触りは違う」
「やっぱり毛は見えないわよね?」
「うん、これは明るくても見えないんじゃないかな」
あまり明るい場所ではないが、それでも全く見えないのはおかしい。
明るい場所でもやはり見えないのではないかと思う。
「良かった。鏡で見たりスマホで撮ってみたけど、
見えないとは思っていたけど、本当に見えないのね」
唯の知らないところで、そんなことをしていたのだ。
「こんなところ、良く気付いたね。
確かに手触り似てるけど、どうして?」
「触った感じが一緒だから、すぐに気づいた」
「違う、そうじゃなくて……
私は栫井さんに見えない毛が生えてても驚かない。
でも、どうしてお母さんに?」
「樹海の神殿かな?」
唯は、なんでそこにそんなもの(見えない毛)があるのか聞いたつもりだったのだが、母の答えは”樹海の神殿かな”だった。
「樹海の神殿?」
「私が死んだとき、変な骨が残るかもしれない。
そのときは、なるべく騒ぎにならないようにして」
いきなり妙なことを言い出した。
「え、お母さん? どういうこと?」
「…………」
母は話してくれなかったが、唯にはわかった。
神様とかかわりを持った結果、母の体にも変化が起きたのだ。
唯も樹海の神殿には行ったことがあるので、ちょっと心配になる。
尾骶骨のあたりを確認するが、あんな毛並みは無いし、尾骨も出っ張っていない。
でも、母(洋子)にも使えない魔法を唯は使うことができる。
唯は母(洋子)より人間離れしているのだ。
「私、本当にただの人間なのかな?」
「あなたは気にしなくても大丈夫」
「どうして? お母さんだけなの?」
「……今日はもう寝ましょう」
これはそれ以上聞くなという意味に聞こえた。
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翌朝朝食を食べて部屋に戻る。
すると、栫井が妙なことを言い出す。
「なんか、尻を見られた時のことを思い出したよ」
「え?」
はっきりとは認識していないのかもしれないが、唯たちが尻を見たことに気付いているのだ。
……と思ったが違った。
「風呂の時じゃなくて、尻尾が生えるとき見られたことがあって。
俺は見られたくなかったけど、見られた。
誰に見られたのかわからないから、あの子たちなんだろうな」
唯は凄く焦ったが、異世界の話をしているようだ。
洋子と唯は昨日、栫井の尻を見た。尾骨のあたりだが。
そのことには栫井は気付いていないようだ。
見た目ではわからないが、触ると毛並みを感じた。
見た目は普通の肌なのに、触ると毛があるように感じるのだ。
そして、同じものが母(洋子)にもある。
そこで洋子が話題を変える。
「それより、鎧のことで気になることがあって」
「鎧って、青い服の子が乗ってた?」
「ええ。たぶん、あの鎧のことだと思うのだけれど、
あの鎧のことを”金髪の子”から聞いたのかもしれないと思って」
唯は、母が話を逸らすために別の話をしたのかと思ったが、どうやらそうでもないようだ。
「いつの話をしている?」
「…………」
栫井は気付いた。
洋子が、知らないはずの鎧の話をしたとき。
つまり、栫井の死後、樹海の神殿で神が生まれるまでの間だ。
「俺が死んでから神殿にくるまでの間か」
「そうよ。あのとき」
「そんなに前から干渉してきていたのか」
「はっきりと覚えていないのだけれど、
ジン君が亡くなった後、私が鎧の話をしたのは、
あの”金髪の子”に教えてもらったからかもしれない」
「かもしれない?」
「ごめんなさい。よくわからないの。
でも、”金髪の子”が言ってたような記憶があって」
洋子は、鎧の話を【金髪の子】から聞いた可能性が高そうだと思っていた。
というのも、鎧が現れるのは神様が生まれた後のことなので、あの時点で
洋子が話すためには、誰かから、その話を聞いている必要がある。
そして、昨日【金髪の子】を見て、話をしたような記憶があると感じた。
よく思い出してみると、洋子は【金髪の子】が鎧の話をしていたような気がしてきたのだ。
「ひとまずは”金髪の子”のことを調べてみたい」
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俺もそう思っているのだが、絞り込む方法がわからないのだ。
検索するのに、最適なキーワードが見つからないという状態だ。
石の記憶は、適切なキーワードなり、何らかの切っ掛けがないと、狙った記憶を読むのは難しい。
「そうだ、ジン君、死後の記憶、私が鎧の話したところ思い出せる?」
あれは、石の記憶ではあるのだが、妙なパターンなのだ。
誰の記憶なのかがわからない。
「話してるのはわかるんだけど、あんまり細かくはわからない」
そんなことがあったということは思い出せるが、誰視点なのかさえもよくわからない。
そんな記憶だった。
「その部分、温泉で思い出してくれない?」
温泉に浸かりながら読めば、内容を共有することができる。
「また入るのか?」
「私、鎧の話、”金髪の子”に聞いたのかもしれない」
「そこまで言うなら……」
普通に考えたらあり得ない。あれは、俺が死んだあと神様になる前だ。
……だが、首の骨は存在するのか。
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……………………
部屋の家族風呂に入る。湯の温度は自動で上がっていた。
「水で温度下げるか?」
「いいわよ、そんなに長風呂する時間も無いでしょ」
朝食後、チェックアウトまでそんなに時間は無い。
昨晩ほどは長くは入っていられないのは確かだ。
「首の骨を(樹海の神殿に)持ってくる前の話だよな?
だとしたら、そんな時期から接触できるとは思えないんだけどな」
「わからない。でも、”金髪の子”から聞いたイメージがあって」
※”33-12.絶叫作戦(42) 謎の画像の女(9) 知らないはずの情報”
の時点で、誰かが故意に鎧の話をリークした可能性があると洋子は考えていました。
唯ちゃんも服を脱ぎ始めるが、必ずしも3人で入らなければならないというわけではない。
唯ちゃんが存在していない歴史での話だ。
「唯ちゃんは(一緒に入らなくても)大丈夫。俺が神様になる前の話だから」
だが、唯はこう答える。
「私も知りたいんです」
金髪の子……異世界の女の子の記憶であれば、洋子さんと同レベルで見えるのかもしれないと思う。
ただ、見えるものを俺が完全にコントロールできるわけではないので、変なものが見えてしまったら気まずい。
「そうか、ああ、わかったよ。じゃあ、一緒に見てみよう。
見たくない場面が見えたら、すぐに上がってくれ」
「はい」
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あっさり見える気がしたのだが、見たい場面が見えない。
一度思い出した記憶なら見えると思ったのだがうまくいかない。
何かヒントでもあれば見えるかもしれない。
「うまく見えないな、俺はあのとき死んでたからな。
洋子さん、もうちょっとヒントになりそうなことない?」
ヒントになりそうなことが無いか聞いてみるが、あまり良いヒントでは無かった。
「うちに杉と玲子が来てくれたとき」
これでは、絞り切れない。
何回か来たことがあるが、俺が死んだ後のシーンは思い出せない。
俺はそのシーンを思い出したことがあるのだから思い出すことができるはずなのだ。
何かが足りない。
「よくわからないな」
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洋子には何かが見えてきた。
栫井は、あの場面を見る方法がわからないと言っているようだが、何かが見える。
「あ、あれ? 何か見える?」
「何が見える?」
唯が答える。
「杉さんと、玲子さん」
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唯ちゃんにも見えている。唯ちゃんはあの時点で存在していない。
俺も生きていないのだが、これは石の記憶なのだろうか?
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洋子には、これがいつのことかはわかる。
元の人生の景色だ。まだ栫井がただの人間であり、2人が夫婦だった人生の景色。
この部屋は洋子と仁(栫井)の2人で住んでいた部屋だ。
夫、つまり栫井が亡くなった後の記憶だ。
「たぶん、ジン君が亡くなった後だと思う……2人が心配して良く来てくれていたから」
今見えた記憶の中で、部屋には杉と玲子と洋子が居た。
洋子は鎧の神様の話をしていたようだった。
「確かに、鎧の話してるよな?
これは誰の記憶なんだ?
それに石の記憶は樹海の神殿に行く前から使えてたのか?」
「使えてたって、」
「このとき、まだ洋子さんが首の骨を持って樹海の神殿に来る前だから、
たぶんその骨、【ただの遺骨】なんだよ」
唯は思う、確かに考察は必要だと思うが、死んだのにここに居る栫井はもちろん、
本来存在しない唯がここに居るのも十分異常なのだ。
存在自体がオカルトの塊みたいな存在が、今更、【ただの遺骨】とか言うのもどうかなと思った。
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洋子はよく覚えている……栫井と一緒に暮らしていた部屋だ。
洋子は知らないはずの鎧の話をしていた。
玲子に聞くまで、洋子自身もそんな話は忘れていたのだが。
わからないのは、鎧の話の出どころだ。
栫井は、自分が鎧の話をしたとは思っていなかった。
おそらく、栫井自身が、鎧のことを知らなかった可能性が高いと考えていた。
「俺は鎧の話はしなかったはずだ。
鎧が生まれたのはもっと後。俺自身が存在を知らない」
洋子も、鎧について考えていたところだった。
実際に洋子が話をしているシーンが見えるのに、洋子にはなぜその話をしたのかが思い出せなかった。
まるで自分ではない誰かが話しているかのように感じた。
「ジン君は、たぶんしなかった。だから、私は鎧のことは知らなかったと思う」
「知らなかったのに話すのか? 知っていたから話したわけでは無いのか?」
栫井がそう訊くと、洋子は黙って考え込んでいた。
「…………」
この間に違和感を持つ。
「何か、思い当たることが?」
「ええ」
洋子は、その話を聞いたことはあった。
洋子自身は覚えていなかったが、玲子はその話をしていたのだ。
石にその時の記憶が存在していれば、なぜ洋子がその話をしたのかがわかると思っていた。
ところが、そのシーンを読んでも、さっぱりわからなかった。
「これ、私の言葉、うわ言みたいに聞こえない?」
「まあ、そう聞こえるな」
「でも、そのわりには内容的にはある程度まともだと思わない?」
「ああ。それが妙に感じる」
洋子は、杉と玲子が居るこの風景は自身の記憶として石から読みだすことができる。
不思議なことに、洋子は自分が話したという記憶を持っていない。
そして、金髪の少女と話すシーンも見ていない。
「”金髪の子”と話をしているところが見えると思ったけど見つからなかった」
「まあ、知らないはずのことを話してるんだから、どこかで聞いてるんだよ。
その聞いた時のことが石から読みだせないだけで」
石の記憶は完全ではない。すべての場面を再生できるわけではない。
だが、重要なもののヒントは今までもあちこちにばら撒かれていた。
そもそも、そんなに重要な人物だとしたら、写真に写っていないのも変だ。
「それにしても、そんな重要な存在だとしたら、
なんで”金髪の子”だけ写真に写らないんだろうな、他の写真の女の子たちは……」
そこまで言いかけて気付いた。
違う、【金髪の子】が話に上がってきてから写真を撮っていないからだ。
今なら【金髪の子】が写るかもしれない。
「何か思い出した?」
「思い出してはいないんだが、妙に思える」
洋子と唯は気付く。記憶が見えたわけではないが、栫井は何かに気付いた。
「妙って、なにが?」
「”金髪の女の子”の姿は何度か見えたんだよな?」
「ええ。ジン君の記憶の中に、けっこう頻繁に出てくるから」
栫井は、いきなり風呂から上がり、部屋の片隅の写真を撮る。
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何故か、栫井が何も無さそうなところを撮影し始めた。
おそらく、異世界の女の子と関係があるのだとは思うものの、正直謎行動に見える。
「何してるんですか? 部屋の写真?」
まあ、風呂に入っているところを撮られるのは嫌だが、それにしても、被写体らしき被写体が無いところを撮影するのは妙に見えた。
「ちょっと気になることが、、、」
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被写体は何でも良い……むしろ、あからさまにテスト撮影だとわかるくらいのものが良いのかもしれない。
部屋の写真を撮って再生すると……やはり思った通りだ。
金髪か? だいぶ色の薄い茶髪の子が写った。
部屋ではなく女の子が写った。
急いで眼鏡をかける。
間違い無い。確かに写っている。
金髪と言うほどでもないが、かなり薄い茶色で、長髪ではない女の子が写った。
洋子さんが言っていたのは、この子ではないだろうか?
そう思い、金髪の子のことを聞く。
「”金髪の子”って、風呂で俺の尻を見た女と同じか?」
「別人だと思う」
やはり、この子ではないだろうか?
そう思い、写真を見せる。
「この子か?」
「そう、この子」
「え? どうやったんですか?」
当然疑問に思うだろう。俺にもよくわからない。
「仕組みはわからないけど、時々撮れる」
「でも、今、写るのわかってたみたいに」
そう見えたかもしれない。俺も写るかもしれないとは思った。
偶然写るわけではなく、何かの法則が存在する。
少なくとも俺はそう思っている。
「うん、写りそうな時があるんだよ。
俺に見えない限り写らないと思ったけど、そうでも無いんだな……」
そこまで言って、少し視線をずらした先には……
まずいことが起きた。
「洋子さん、ちょっと、このカメラ持って……」
「何?」
……事故は起きる、あの青い変な顔の付いた機関車もそう言っていた。
なんとか浴衣を羽織るところまでは耐えたが、数歩で力尽きた。
俺は裸眼だとほとんど見えないので油断していたが見えてしまったのだ、唯ちゃんの裸が!!
やはり、適齢期の女の子の裸は美しい。
ぐぬぬ、俺は娘の裸に反応するのは良くないことだと思っているが、リミッターが!!!
「どうしたんですか?」
そう言いつつ唯は思い出した。
栫井は異世界の記憶の中で些細なことで倒れまくっていた。
一緒に風呂に入っても平気だったのは、視力が低すぎてほとんど見えていなかったから。
「あ、メガネかけてたから?」
「え? 見えたとしても、一瞬じゃないですか?」
メガネをかけていたから見えてしまったのだ。
そんなに反応しなくても、スルーしてくれれば良いのにと思う。
今までも、むしろ唯の裸を恐れているくらいに感じていたが、今の反応を見ると、やはり”女の裸が怖い”に近いように思える。
「チェックアウトまで時間無いのに」
栫井が倒れたのに、母(洋子)は、たいして気にする様子が無い。
唯は、異世界で倒れまくる記憶を見ているので見慣れているが、母(洋子)は、そんなに見慣れていないと思うのに、心配する様子が無いことに違和感を持つ。
異世界の女たちも、栫井が倒れても、あまり気にしていなかった。
なぜなのだろうか?




