37-08.タカアシガニ旅行(4) ついにタカアシガニ食べます!
東伊豆から西伊豆へと抜ける。一気に景色が変わり山の中。
あまり時間が無いので、山はスルーして、目的地へと向かう。
※アイスクリーム買ったり、トイレ休憩はしているのですが、カットされました。
夕食は宿で食べるので、タカアシガニは今日の昼食に食べる予定になっている。
少し遅めの昼食になるが、俺は、車で長時間移動すると、あまり腹が減らない。
洋子さんと唯ちゃんは、タカアシガニの話をしているが、俺的には話を聞いているだけで腹が減ってくる……という感覚は無い。
店の予約時間より十分早目に着くようにしていたが、思ったほど余裕が無かった。
とはいえ、どこかに行くには時間が足りず、時間までここで待つには長すぎるという微妙な時間だった。
現地付近の景色を見ていて、どうも見覚えがあるように感じる。
「中途半端な時間ね、どうする?」
「ここって、来たことあるか?」
「覚えてない?」
やはり、過去に洋子さんときたことがあるようだ。
「見覚えあるな、この景色……」
見覚えがあるというほどはっきり覚えているわけでもなく、妙な感覚だ。
「私はこの景色に見覚えあんまり無いのだけれど、ツアーで来たことあるのよ」
「ああ……アレか、何度か行ったな。あのとき来てたのか」
アレというのは格安バスツアーのことだ。
当時人気のバスツアー。その後もあったのかわからないが、とにかく一時期流行った。
流行ったのが一時期なのかはわからない。
俺が興味を持ったのが一時期だけだったというだけかもしれない。
それ以前と比べて、恐ろしく安いツアーが増えたのだ。
ちょうどターゲット層が増えたので、実現できたのだと思う。
その当時は、団塊世代がまだ元気で、暇を持て余していたので、暇潰しに旅行しまくっている。
そろそろ体力が落ちてきて、勝手にあちこち連れまわしてくれる手軽なバスツアーが流行ったのだろう。
団塊世代というのは終戦後間もなく生まれた世代のことだ。
通常であれば、その年だけ大量に子供が生まれるようなことはあまり無い。
だが、このときは違った。
終戦のタイミングで一気に子供が大量に生まれた。
戦争に行っていた兵士が戻ってきたのと、平和が戻ってきたことが重なって起きた現象だ。
その年代の人だけ大量に存在する。
年取ると、そこまで労力をかけて旅行しなくなる。
団塊の世代がその年頃になった。
だから、質より、安くて暇潰しになるツアーに人気があったのだと思う。
なので、団塊世代が旅行しなくなると廃れたのではないかと思う。
俺の場合は、暇だからが理由では無かった。
俺は病気から回復しきっていなくて体力的に厳しかったので、ジジババでも行けるバスツアーならと何度か行った。
老人でも参加できるお手軽ツアーだと思っていたが、実際は思っていたのと違っていた。
俺よりジジババの方が遥かに元気だった。
おかげで、凄く疲れた。
俺的には、目的が良くわからないツアーだった。
だいたい○○が満開というような文字が入っていた。
俺は、花の良さが良くわからないので、そのせいかもしれない。
……よく考えたら、俺が花に興味無いから、花を見て満足感が得られないだけだったのかもしれない。
まだ体力が戻っていないのに、わざわざそんなものに参加する時点で、その先の俺の運命に薄々気付いていたのかもしれない。
俺が病気する前は、あまり旅行にもいかなかったのに、一回目の発病以降、旅行をするようになった。
俺も洋子さんも、今のうちに行っておかないと、行けなくなると思ったのだろう。
俺はひとまずは治ったと思っていたが、まあ、あのタイミングで大病を患うとは思っていなかったから、その後の行動が変わった。
治りはしたが、大病の経験というのは、価値観が変わるような大事件だったのだ。
まあ、実際は治ったとは言い難く、俺は早死にするのだが。
たぶん、俺も洋子さんも、その可能性に気付いていたのだと思う。
まあ結局のところ、その予感は当たったのだけれど。
ツアーはやたら安いし、物は試しと行ってみたが、全く性に合わなかった。
ツアー自体は安くても、延々とお土産屋を梯子するのが目的みたいなものが多く、お土産屋巡りを趣味としていない俺にはあまり楽しめなかった。
おそらくツアー単体では利益は出ず、行く先々で使う金を目当てに動いているビジネスモデルだったのだろう。
あちこち寄るので、思い出の写真は増えるかもしれない。
老後動けなくなる前に、思い出を作っておこうと思う老人には最適かもしれない。
でも、俺はあまり楽しいとは思わなかった。
なので、そんなに何度も行かなかった。
だが、あの僅か数回しか行っていないツアーでここに来たのだ。
たぶん、お土産屋に寄っただけだったと思う。
タカアシガニが名物だったという記憶は無い。
この川には見覚えがあるから、このあたりの土産屋に寄ったのだろう。
俺的には、戸田は、この湾が魅力に感じる。
「時間があるなら、あの岬の方に行ってみよう」
岬の方へ行く。
地図上では天然の防波堤という感じで岬が突き出ている。
低い堤防の上に上がると見晴らしが良い。
自由に行動できるときにここに来たら、俺は絶対にこの岬に来る。
……まあ、海が荒れてて危ないとかそういった事情が無い限り来るはずだ。
なのに、ここに来た記憶は無い。
やはり、バスツアーで、土産屋に寄っただけだったのだと思う。
「今日風強いから、ちょっと寒い」
「ああ、寒かったら、車で待っててくれるか。
まだ時間あるから、先がどうなってるか見てくるよ」
俺的にはようやく夏が終わって過ごしやすくなってきたくらいの感覚で、このくらいの温度の方が好きなのだが、洋子さんとはちょっと適温が合わない。
それは最初の人生のときからだ。
俺が暑く感じるときでも、エアコン付けると洋子さんは寒がるのだ。
そして、寒い季節もやたら暖房入れるので、俺は涼しい部屋に逃げたくなる。
「私も行きます」
「じゃあ、私も行く」
なんだかんだ言って2人もついてきた。
鳥は、鵜とカモメがいる。ここに住んでいる人から見ると、俺にとってのスズメと鳩くらいの珍しくもなんともない鳥だと思うが。
カモメは今朝見たのと同じ種類なのか、あんまり見分けがつかない。
とりあえず、ユリカモメではない、もっと大きなやつだ。
海は広い。
なので、比較的近いところに居る鵜もカモメも遠すぎて小さく写るだけだった。
鵜は面白い鳥で、ドラクエのモンスターみたいな恰好で翼を乾かしていることが多い。
潜水するのに都合が良いように、空気を貯めこまない構造になっているようで、長時間潜水したまま泳ぐことができるかわりに、潜ると羽が濡れてしまう。
濡れると重くなるので、ドラクエポーズで乾燥させているようだ。
鳥はあんまり撮れなかったが、移動中にガガガと撮った写真の中に偶然良いものがあった。
「この写真良くないか?」
「あ、お母さん、なんかモデルさんみたいに写ってる」
単に風に髪が靡いているだけなのだが、海面が光って逆光気味なのと合わせて狙って撮ったような写真になっている。
髪をなびかせて、背景に光を配置するとモデルさん風な感じがするようだ。
「唯ちゃんも、同じ角度で撮ってみるか」
「この辺ですか?」
少し粘って撮るが、同じようには写らない。
「風向きかな?」
「でも、背景が光ってて、十分きれいですよ」
ぬう。俺には狙って撮ることはできないようだ。
少し遊んでいたら良い時間になっていた。
車に戻る。
岬から店までは、車だとあっという間だ。
タカアシガニが名物っぽい感じで書かれている割には、他のメニューの方が充実している気がする。
まあ、価格的に、タカアシガニ食べる人はそんなに多くないと思う。
滅多に捕れないから高いわけではないと聞いていたが、実際は不漁続きで数も捕れないようだ。
どーんと刺身の船盛が運ばれてくる。
これ3人前か?
「タカアシガニがどんと出てくるものだと思ってたら、凄いのが出てきたな」
「凄い豪華。こんな豪華なの食べたことが無いです」
母子家庭で育った唯ちゃんは、あまり贅沢はしたことがないようだ。
まあ、望めばこれからいくらでも好きなところに行くことができると思う。
「まあ、唯ちゃんは、これから好きなだけ行けば良い。
ただ、若いうちは貧乏旅行も楽しめるからやっておくと良いかもしれない」
「貧乏旅行……ですか?」
「なるべく金を使わないようにやる旅行。
貧乏である必要は無いんだけど、金だけ払って人任せの旅行ではなく、
なんでも自分でやる旅行なのかもしれない」
ただ、そういうのは、俺の場合、大学時代にだけしかやっていないのだが。
既に社会人の唯ちゃんには実現は難しいかもしれない。
俺は大学生のとき、人生のうちで自由に遊べるのは、この期間だけ……的な感覚があった。
ただ、その感覚は間違いではなかった。
就職すると、あまり長い休みがとれなくなってしまう。
俺の場合は、その人生で唯一の遊べる期間を、過去に我慢してきたゲームを消化するために使ってしまう。
それがメインで、長期の貧乏旅行とかはしていない。
俺にはすぐに現地の人と仲良くなったりするような能力は無いので、あまりそういうのは楽しめなかった。だから、過去にできなかったゲームをやるという野望が無くても、どっちにしろ長期貧乏旅行をすることは無かったと思う。
俺は、短期の貧乏旅行でも予想外のアクシデントで苦しむことが多かったのだが、今はスマホがあるから困らないかもしれない。
よく考えたら、以前樹海に行ったときも、急遽、巨大温泉施設に駆け込んだりしてるし、唯ちゃんとは割と無茶な貧乏旅行的なことはやってる気がしてきた。
「よく考えたら、前の樹海行きは、貧乏旅行テイストがあったな」
「貧乏ですか?」
「まともに宿とらずに、いきなり24時間営業の温泉行っただろ。
あんな感じで、あんまり金かけずに済ませる。
昔は青春18切符ってのがあって、1日2000円くらいで電車乗り放題……
ただし、急行とか、特急には乗れないんだけど。
年齢制限は無いんだけど、今も売ってるのかな?」
※今でもあるようです。
<<https://railway.jr-central.co.jp/tickets/youth18-ticket/>>
まあ、アレの凄さは貧乏なときに体感できる。適度に過酷で、適度に遠くまで行けるのだ。
ある程度金を持ってからは、”どこまで行けるかチャレンジ”……のチャレンジ系になってしまうことが多い。
「じゃあ、はじめちゃいましょ」
洋子さんは飲む気満々だ。
「こんな昼間っからビール飲んで、ほんとごめんね、唯ちゃん運転で飲めないのに」
「いいんですよ。主役は栫井さんですし」
「まあ、最後だし、お言葉に甘えさせてもらうよ。
それにしても洋子さんは酒好きだな。
最初の人生では特に酒好きってことなかったんだけど」
「え? 私、そんなに飲まないわよ」
飲兵衛の言う”飲まない”は、信用ならない。
でも、最終ループでアクージョ様と何度も飲むことができたのは俺にとって良い思い出だ。
俺が人間だった頃、洋子さんはアクージョ様では無かった。
アクージョ様にならない洋子さんは俺にとって死ぬまで素敵な人だった。
過酷な生活がアクージョ様化の原因かもしれないし、唯ちゃんが居ることで幸福度が上がって出たものかもしれない。
どちらにしろ、俺は楽しい時を過ごせた。
俺はアクージョ様も嫌いでは無かった。
なんだか、最後って感じがしてきて涙が出る。
「そこ、泣くこところ? なんとか言いなさいよ」
「ああ、いや、今の方が生き生きしていて、これが本当の洋子さんなんだと思う」
「なにそれ、どういうこと?」
「お母さん、褒めてくれてるの」
唯ちゃんが居てくれて心強い。
俺は人間だった時の最初に人生で、洋子さんを一人残して死んでしまうことが心残りだった。
俺は、いよいよこの世界を卒業する実感が湧いてきた。
卒業……高校と大学は人生やり直して何度も卒業したが、あまり実感がないまま過ごして、卒業証書を貰って、実感が無いまま卒業した。
特に大学は卒業しても何も感じなかった。学生生活が終わり、収入が得られるようになることが嬉しかったが、学校に関しては特に何も思うことは無かった。
だが、今は違う。俺はもうすぐこの世界を去る。その実感が持てる。
学校の卒業は、特に問題無い限り時間の経過で自動でできるが、この世界を去るためには俺が自発的に動かなければならないからだと思う。
……………………
……………………
メインのタカアシガニが来た。
「大きい」
大きい……か?
出てきたタカアシガニは、俺が思っていたのとサイズが違っていた。
でかいから高価なだけで重量当たりの価格は高くないという話ではなかったか?
高いのは一杯が巨大だからで、食べきれないようなでかいやつが来るのかと思っていた。
足ばかりやたら長いカニのイメージだったが、この状態で出てくると、胴体が大きい。
足は長いかもしれないが、それ以上に細い。
写真も撮ったので、さっそく食べ始める。
「まずは、足から行くか」
「一番大きいの取れば良いじゃない」
「大小はともかく、小さい脚の方が手間の割に可食部少ないから」
「一番大きいのにしなさいよ」
なんだかんだで、一番大きな脚を押し付けられた。
俺は一応主賓であることもあって、一番大きいのを食べることになる気はしていた。
だが、俺は、3人では食べきれなくて、余ったのを無理やり食べる役を想像していたのに、思ってたのと大きさが違ったのだ。
そうなると、大きいのを率先して食べる気になれなかった。
殻ははじめから切れ込みを入れてあるので、引っ張れば身が取れる……おお?
するっと抜けた!
「あれ? するっと抜けた」
ほじくらなくても身がすぐに抜けると書いてあったのは見たが、本当にするっと抜けた。
「あ、本当だ」
「じゃあ、ジン君からどうぞ」
「気にせず食べれば良いじゃないか」
「栫井さんから」
俺が主役なのはわかるが、なんか雰囲気的に毒見役という感じだ。
たぶん、洋子さんも唯ちゃんも、タカアシガニを食べたいと思っていないのだ……きっと。
「人生で初タカアシガニでしょ」
「まあ、そうなんだけど……」
「もっと喜びなさいよ」
唯ちゃんはもちろん、洋子さんだってはじめてのはずなのだ。
俺の心の中は嬉しくない気持ちで満たされた。
だが、なんか義務的なものを感じたので食べる。
ニョキって感じの歯ごたえ。なんだ、これ。
カニの食感ではない。
「どう、おいしい?」
歯ごたえは、けっこう気持ち悪い……臭みとかは……無い。
「癖は無い……味もあんまり無い」
それを聞いてから、洋子さんと唯ちゃんが食べ始める。
やっぱり俺は毒見役だったのだ。
「え? なに? 何かに似てる……?」
混乱する。見た目はカニなのだ。
食べると、別の物のような感じだ。
味は淡白……なのはともかくとして、火を通したカニの食感は全く無い。
見た目と食感に差がありすぎるのだ。
「癖は無い。カニが苦手な人でも食べられそう」
ああ、確かに、そうかもしれない。
癖も無いし、生臭くもない。ただ、味が薄いのと、今まで食べたことの無いような妙な食感が……
店員さんは、カニみそ付けて食べると良いと言っていたので、それを試してみる。
「じゃあ、カニみそ……あ、あれ?」
「なに?」
被せてあった甲羅を剝がすときに気付いたのだが、ハサミの付いた脚がもう1対ある。
俺は一番大きな脚を食べてるはずだが……ハサミが無い。
「ハサミの付いた足がここにある」
「これ?」
「あ、ハサミは小さいのね」
※雌個体だったのですね
「大変なことに気付いた」
「なに?」
「足が4対と、この小さなハサミ……コイツ、カニなのか?」
「だからカニだって言ったでしょ」
洋子さんの言うカニにはタラバガニが含まれる。
俺的にはアレはカニではないのだ。だが、コイツはカニだ。
だが、俺のカニに関する幻想が壊れてしまった。
カニだからと言って、ヤドカリより美味しいとは限らない。
そりゃ当然だが、俺的にはカニとヤドカリの間には超えられない高い壁があったのだ。
タカアシガニは不味くは無い。
それにしても食べに来て初めて気づく。こんなこともあるんだな。
俺は本物のタカアシガニを見て足の本数を知っていたからヤドカリだと思った。
たぶん、体に隠れて見えなかったからだ。
胴体もとんがっていて、ヤドカリ系に見える。
そもそも、前進可能な構造に見える。
調べれば、十脚目に入っているのに、俺が見たときタカアシガニの脚は4対に見えた。
今日だって4対に見えていた。
こんな小さなハサミがあることに気付かなかったからだ。




