30-38.帰還。7つの首の骨、揃う
ルルは写真のことを、何か勘違いしてそうだ。
写真というのは、カメラという装置を使ってフィルムに露光させる。
露光と言うのは、光に晒すこと。カメラはフィルムに当てる光を調整する装置だ。
そのフィルムを現像して、拡大してプリントしたものだ。
今はカメラもフィルムも持っていないので、ルルの写真を残すことはできない。
次に来るとき持ってくることもできない。
俺はたぶん、持ってくる約束はしていないと思う。
そもそも俺は、異世界間で物を運ぶことはできないし、おそらく帰ったら約束も覚えていない。
俺が何を話したのか疑問はあるが、写真の話はスルーする。もうすぐ転移が始まる。
もう、そんなに時間が無い。
そんなことより、残った仕事をやっておく。
ここから近い水場の形が、俺の知っているものと違っているのだが、
気になったのは、水場のところにあったはずの大岩が上にある。
あれはいつか、下に落ちると思う。そう遠くないうちに。
あれが落ちたら非常に危ない。あの岩をなんとかしておきたい。
「ルル、水場の岩落としていくから、ガスパールと、家の中に居てくれ」
「なに?」
「水浴びで使う沢、あそこにあるはずの大岩が、上にある。
いつか落ちる。危ないから落としていく。しばらく近寄らないように」
「うん」
ルルは返事はしたものの、どの岩のことか、わかっていなかった。
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改めて見ると、岩は大きかった。
水場から20mくらいだろうか、高低差は3mくらいか。
こんな斜面で、何トンあるかわからないような大岩。
通常だったら俺の力でどうなるものではないのだが、今の俺は、この世界の物理法則から外れ始めているので、普段より重いものでも持てる。
この岩を持つのは無理だが、倒木を使って崖側に押し出して落とすことはできそうだ。
まだ、大雨の影響で、どろどろなのに、泥汚れが体に付きにくい。
便利ではあるが、転移が始まっている証拠。
俺はこうしている間にも少しずつ、この世界から離れている。
急がないと。
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家に入るとルルシアは言う。
「水場の上の大岩がいつか落ちるから、先に落としておくって」
「そうか。戻って来るかな?」
「たぶん」
二人は、しばらく沈黙して過ごすが、ゴンゴンやらバキバキやら音が聞こえる。
しばらくすると、地面が揺れる。
「きゃ!」「おおっと」
ドンと、大きな音がした後、もう少し小さめのドドドが続く。
今のが岩が落ちた振動だろう。
通常無いような振動だが、地面の揺れは、あの神様が訪れてから何度か経験した。
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一方の、岩を落としたおっさんは、いざ落としてみると、知ってる地形と違うような気がして、これでよかったのかと心配していた。
岩を落として、俺が知ってる地形に近付けたけど、あれで泉になるのだろうか?
まあ、これで後は帰るだけ。
泥汚れが、あまり付かない。
転移は進んでいる。石……俺の首の骨だけど、あれを触ったとき転移は始まった。
一度始まったら止めることはできない。
どこかに行かなければならない。
ただし、本格的にこの世界を離れるまで、少し時間がある。
最後に挨拶をしていく。
ルルとガスパールは家に居てくれた。
岩の説明をしておく。
「水場の上にあった大岩落としたから。しばらくは近寄らないでくれ」
「はい」
「これでやること全部終わった」
「終わりましたか」
「帰るの?」 ルルが訊く。
「ああ」
「また来る?」
俺的に良いことかどうかは別として、恐らくまた来る。
「ああ。たぶん」
そう答え、ガスパールに視線を移す。
「ガスパール。帰るよ。見納めだ」
「はい。お互いに」
ルルとは、また会う。ガスパールは、これで最後。
だが、もう多くは必要無いだろう。そう思い、こう返す。
「そうだな」
「はい。お会いできて良かった。
次に来るときは、私はもうこの世に居ないでしょう。
でも、約束は守ってください。
娘達が幸せであってほしいのです」
ガスパールの言っている意味はわかるが、できる範囲でしか守れないことを伝える。
「思い出すことができれば、なるべく努力する。そこまでしか約束できない」
ガスパールも、事情はある程度わかっているので、こう答える。
「はい。いろいろ事情がおありでしょうから」
お互い超常現象に導かれて生きてきたような特別感を持つ者同志だった。
僅かな説明で、気持ちが通じる相手というのはお互い、他にはなかなか居ない。
そんな間柄だった。
なんだか、わずか数日なのに、ずっと前から知り合いだったかのような錯覚に陥る。
でも、石を通して、バトンを受け渡すような感覚もあるし、ある意味古くからの知り合いと考えても良いのかもしれない。
「短い間だったけれど、他人って気はしなかったな」
「妻の父親ですからな」
そうじゃねーよ!!
そういう意味じゃ無かったんだけどな。まあいいか。
ルルがじーっと見ている。
「ルルとは、また会うみたいだから。またいつか」
「うん。待ってる」
そう言うと、ルルは寄ってきてピタッとくっついた。
”ぐふっ(エア吐血)”
なぜだぁ!! ち○こ見る子の癖に、なんかかわいいんだよ!!
ああ!
フラグ立った!
接地感が無くなった
転移が進む。
「ルル、危ないから、離れて」
「待ってるから」
手を振りつつ、少し離れる。
一瞬のことだった。
景色が曖昧になり、ルルとガスパールが見えなくなった。
転移は進んでいる……
いい加減転移のコツはわかっていた。
転移という言葉から転移というのはアクティブな意味に思えるが、転移の仕組みがわかると、常識は反転する。
紅葉と同じだ。紅葉は、葉っぱを赤くしているわけではない。
葉の地の色が赤で、葉緑素を回収して緑が消えた状態だ。
俺も同じ。何も無ければ転移するのが普通。転移しないための重石を抱えているだけだ。
重石となる物を手放す。
後は、重石を捨てた気球のように……
上がらない!!
このパターンは……
記憶を手放すことができないのか?
どうせまた会えるとわかっているのに!
いや、記憶は手放した。
もう誰だかわからないのに、誰か大事な人が居たという感覚がある。
これを手放したい。
”ガン”
世界がズレる。
俺は既に、この世界に乗っているのがおかしいところまで転移が進んでいるのに、やはり、離脱できない。
俺は、一時帰るのはまったく問題無いと思っている。
なのに、なぜ発てぬ。
何かきっかけが必要なのか?
無駄だと思うが、悪あがきはする。
助走して、飛びそうなポーズをとる。”シュワッチ”とか言いながら。
”シュワッチ”は、ウルトラマンが飛んで帰るときのポーズだ。
だが、飛び立てないシュワッチは、別のポーズになってしまう。
これじゃクックロビン音頭だ!!
だ~れっが殺したックックロビン! 違う!
そうじゃない! 飛べ、飛べ!!!
記憶は置いてきたのに、まだ飛び立てない。
しかも、世界は広いのに、転移に使える世界の交差点は、そんなに広くない。
そして、実はすでに、世界の交差点の狭間に追いやられてしまった。
俺の世界に移れず、世界の接点がどんどん狭くなる。
そして、すでに世界の接点が俺の体という状態に。
体がミシミシ鳴ってる状態だ。
この体が少々丈夫でも、世界を繋ぐほどの強度は無い。
絶体絶命感が凄い。
体が引きちぎられるやつだ。結局こうなる。
うわぁぁぁぁぁぁぁ
”バッチーーーン”
バチンと音がして、異世界が遠ざかる。
あ? あれ? これだけ?
こんなもんか?
これになると四散するイメージがあったが、なんとかなった。
何かがちぎれて落ちたけど、五体満足だ。
首に違和感が。五体満足?
首が詰まってる。首の骨が全部そろってる。
いや! 俺は既に首の骨を7つ持っている。
7つの首の骨が揃った!!
次に異世界に行ったら、二度と横浜に戻れない。
異世界側で起きたことは、記憶を置いてきたからわからない。
また戻ることになりそうだけど、とにかく俺は横浜に戻る。
まだやることが残っているから。
俺の妻との約束……時間を選べても、記憶を持って行けない。前回の仕掛けに頼るしかない。
時間を戻せるだけで、俺の記憶も戻ってしまう。
この記憶喪失システムがクソなんだよ!!
こんなんじゃ、毎回イベント発生しちゃうだろ!!
※罠が設置されている目的がそれですから、当然そうなります。
そもそも、その罠があるから、時間を戻せるわけで……自分で自分の首を絞めていきます
もちろん、本人も承知の上ですが。
これが最後か……
”もう一度あの時へ”
※毎度入試の2日前に到着します
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異世界側では……
ガスパールとルルシアは、少し離れたところから水場を見ていた。
さっきの凄い音……あの岩が落ちたのか?
「こんなに大きなものを落としたのか」
「ここには水に浸かれる深さの泉が有ったって。
作っていったのかも」
泉は無い。いずれ勝手にできるのか、少し掘って泉の形にした方が良いのか。
「お母さんたちが帰ってきたら、しばらく使わないように伝えないと」
そう言って、家に戻ろうとすると、井戸の近くに何かがあるのが見えた。
「何か落ちてる」
「ああ、いいんだ、それはお父さんの」
ガスパールは、そう言って拾う。思い当たるものがあった。
軽い金属。
これは”大鎧”ではないだろうか?
「何?」
「これは何でも無い」
そう言って、ガスパールは裏の山に埋めた。
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ルルの金属板は、このときの未練が形になったものです。
実際にルルが手にしたのは、家出のサークルに滞在していた時だったようですが、それまで地面に埋まったままだったのかもしれません。
ルルは特殊で、
13-12.余り者クラブ(前編)イベントで、妻の座に後から割り込んでいるため、他の女たちと一時違う時間軸を歩んでいます。
特にテーラとは矛盾した記憶を持っているかもしれません。
テーラはテーラがヒロインでルルが除け者の記憶。ルルは、この記憶を持って生きてきましたが、あとから
ルルには、テーラの代わりに妻の座を奪ってしまった記憶が発生します。
ガスパールの人生はルルが選ばれた側のルートで進みました。見届けろと言う遺言はルル宛で間違いありません。
シートの記憶はテーラ側の歴史のものです。
首の骨が7つ揃ってますので、
26-24.樹海から異世界へで行った先が、過去のルルシアです。
戻り先は、21章へと繋がる過去なのですが、ルルシアが元の往復回数に含まれていないため……




