30-32.ルルシアを助けに来た老人、その後(25) カメラを誤解
寝つきが悪い。
ずいぶん飲んで酔っ払ったので、あっさり寝ても良さそうなものだが、酒は眠くなる効果と共に、覚醒作用もある。
味的にも、目が覚めそうな味だった。
ふと、壁を見ると文字が目に入る。
壁に紙が貼ってある。
いくつか貼ってあるが、極端に大きいので目を引く。
この明るさでも十分文字が読めてしまう。
この世界には暗視の魔法がある。
暗視も、魔法の一種と言われている。魔法を使っている自覚は全く無いのだが。
暗視は、何かが有るのはわかるが、形はあまりはっきり見えない。
歩き回るのには十分なので、寝るときは家の中に明かりは全部消してしまう。
寒い時は暖炉の火があるが、点火魔法が有るので、種火を残す必要性が低い。
この季節は真っ暗だ。それでも十分文字が読める。
暗視は、文字を読むには向かないのだが、むしろ文字が浸み込んでくるようだ……
~~~~
神がいる場所が神殿であり、神が住めば聖域となる。
勇者は神が選ぶ。
神殿には竜が住む。神殿に住む一番大きな竜が人になった。
一番大きな竜が人になるとき、尾は剣に、牙は盾に、爪が鎧と兜になった。
決して壊れることは無い。
~~~~
この文は知っている。”大鎧の書”だ。森の神様の伝承。生きた書物。
その”大鎧の書”の写しだ。
でも、短いような気がする。
”大鎧の書”には”大鎧”の文字は無い。
だが、普通の人間サイズでは無いような巨大な鎧が発見された。
そのため、”大鎧”と呼ばれるようになった。
その”大鎧”と呼ばれる鎧の存在は、俺も知っている。
見たこともあるかもしれない。
”大鎧”を着用していた人物は、鎧を残して消えてしまった。
こんなもの、わざわざ貼ってるのだ。
待ってたのだろう”大鎧”を……大鎧をまとっていた人物を。
単に”大鎧”だと、鎧のことだか、それを着ていた存在かはわからないが、”大鎧様”と言えば、その鎧の持ち主を指すようだ。そんな記憶がある。
まあ、俺が、その”大鎧様”かもしれないのだが。
凄い勢いで心当たりはないものの、状況を考えると、俺っぽい。
俺は、俺が”竜のガスパール”、或いは、”竜のガスパール”の遺志を継ぐ者で、そいつが”大鎧様”なのではないかと思ったのだが、”大鎧”の鎧は、人間の”ガスパール(テリオス)”と”竜のガスパール”が話しをする以前から有ったという。
だから、”竜のガスパール”と、神殿に住む”一番大きな竜”というのは別の竜である可能性が高い。
少なくとも、人間のガスパール(テリオス)は、別の竜だと思っているようだ。
大鎧の書、あらためて内容を理解しようと頑張ってみるが、やっぱりピンとこない。
神様が竜だと言ってるのか、竜が神様になったのか。
それに、なにか中途半端な文なのだ。
そもそも、いきなり勇者って、なんだよ!!
勇者と聞くと俺は何故か、凄くダメなもの、残念なものをイメージしてしまう。
そもそも、この”大鎧の書”の写しには何かが足りない気がする。
何が足りないのだろう?
考えるほどに、何かがわかりそうでわからない。
記憶を追うほどに、何かフサフサしたものが見えるような気がする。
フサフサの尻尾が見えるような気が?
何かが頭に浮かんだ。
フサフサ……と言っても、キツネや、タヌキの冬毛ほどでは無く……竜だ。
犬が竜?
そうか!!
竜だ。犬が竜だ!!
”大鎧”は、”竜が人になった神様”、それは覚えていたが、竜だ、竜の姿。
この世界の”竜”は、やたらでかい犬だった。
俺の知ってる犬、洋犬の子犬みたいなやつだ。
ベロベロ舐めてくるアレだ!
いや、違うな、竜は2本足で歩く?
いや、4本足でかわいいやつだ。でもでかい。
そいつは、確か、森に居たと思う。呼べば来るような気もする?
何て名前だったか、何か名前が付いていた、洞窟の竜だ。
そいつは、洞窟に住んでいた。
でも、それは”大鎧の竜”とは別のやつだ。
”大きな竜・ガスパール”とも別のやつ……??
あれ? ”(竜の)ガスパール”は”(竜の)ガスパール”だ。俺じゃない。
俺と”(竜の)ガスパール”は別の竜だ。
何か思い出してきた。
何かが頭に浮かぶ。4本足の可愛い子犬。
ただ、でかい。アフリカゾウなんか目じゃ無いほどでかい。
あれ? なんだ?
俺の視点が高くなる?
”でっかい子犬”が”小さい子犬”に。視点がおかしい。
ただただ高い。地面から遠い。
これじゃ高圧電線の鉄塔って感じだ。
鉄塔、鉄塔というのは骨組みだけで高さを稼ぐ塔のことで、怪獣映画で、倒される役の建造物だ。
※本来の役目は、送電線の懸架です。怪獣に倒されるために存在する建造物ではありません
だが、人間が小さくて、俺を見てバタバタ倒れる。
この視点。竜? 俺が竜だったのか?
俺は竜だった?
”一番大きな竜”……神殿に住む神様か!!!
”ガスパール”より、もっと大きな竜だ。
何故かわからないが、俺には”ガスパール”の視点が記憶にある。
”一番大きな竜”の視点は、そんなんじゃない。もっともっと高い。
大きいというよりは、高いと言った方が正確ではないかと思う。
目線の高さがガスパールの2倍くらい高い。
似たような体形で、背丈が2倍違ったら、体重は10倍になりそうなものだが、”ガスパール”と、”一番大きな竜”の体重差は、そこまでは大きくない。2倍とかそのくらいに感じる。
違うのは目線、視点だ。
”一番大きな竜”は二本足で高さのある姿をしている。
”ガスパール”は4本足だ。視線は低い。
”一番大きな竜”! それだ。
俺は、竜が人になった神様、大鎧だ。
くそう、あの石を受け取ったら何かを思い出すと思ってた。
”大鎧の書”で思い出すなんて……
俺には本当に竜だった時の記憶がある。俺は竜が人になった神様か?
鎧が昔から有って、ルルに会ったときだけ俺が出現するなら、俺は、ルルに会うまでずっと時間が止まっていたのかもしれない。
だが、俺は自由に歩き回った記憶もある。
俺はこの世界を知っている。さっきの川もよく知っている。
あの川で獲物の解体をした記憶があるし。
人間として、この世界を歩いたことがあると思う。
店にも入った。人間サイズだ。
あの頃、神殿跡地を見に行ったが、俺は時間が止まったりはしなかった。
俺はあの頃誰かに捕まって、帰れなかった。
たぶん俺は人間を愛でていて、帰れなくなった。
あのときも俺は人間の姿をしていたと思う。少なくとも、鉄塔のような大きさでは無かった。
ルル以外にも、俺が活動を開始する引き金になる人物が居るのかもしれない。
その人物が亡くなったか何かで、俺は動けなくなった?
もしかして、俺は、ちゃんと若い時にこの世界にきて、既に誰かと一緒に過ごし、相手が死んでしまった。
そして、ルルが来て再度活動を?
俺は、横浜からやってきて、転移酔いで苦しんで、やっと歩き出したらルルが死にそうになってたように感じた。
この世界を人間として歩き回った記憶は、いつのものなのだろう?
竜のことは思い出したが、以前人間だった時の俺の記憶がわからない。
”一番大きな竜”のことを思い出したのは”大鎧の書”のせいだろう。
記憶の隠ぺいが一部解除されたのか?
人間の時の記憶は別のもので、別に取り戻すのか?
それが石か?
忘れていたことを少し思い出した。
だが、困ったことになった。
俺は、今、猛烈な勢いで帰りたいと思っていないのだ。
俺はここに来たとき、石を探して帰らないといけないと思っていた。
でも帰れない。
俺は、元から横浜に帰りたい気持ちが強くないのに、今はルルが愛しくなってしまった。
妻にしたいなどとは思っていない。でも可愛いのだ。
くそ、これじゃ、俺はラノベに出てくる敵キャラの1人じゃないか!!
俺の世界には、様々な想像のお話が溢れていた。
よく、竜に若い娘を差し出して、竜が人間の女を愛でてたりするような話が有って、俺は、そういうのを見て、おかしいだろ!!と突っ込みを入れていた。
全然違う種族の若い娘とか、ぜんぜん意味無い、ぜんぜん違う種族の娘を愛でてたら、そいつは変態だと思うのだ。
でも、あれは冗談じゃない。真実だ。
変態は実在するのだ!!!!
可愛い女の子を妻に差し出されると、竜は、その女の子を愛でてしまって、自分の世界に帰れなくなってしまうのだ。
…………
石を探さないと俺のミッションは終わらない。だが、ルルに会わないと俺は動きださない。
俺ははじめから帰ることができないのか、ルルに会っても帰れるかのどちらかと言うことになる。
ガスパールはああ言っていたし、俺も釣られてしまったが、ルルが拒絶してくれれば俺は諦めて帰ることができると思う。
そのとき、記憶は残るのだろうか? 消えるのだろうか?
ルルとガスパールに関する直接的な記憶は消えて、俺は酒を飲んだり、川を流されたりする記憶だけが残るかもしれない。
今残ってる記憶は、重要人物が消えたものだ。ルルとガスパールも、記憶から消えてしまう気がする。
俺が帰ったとき、ルルの記憶が残っていたら、俺はまたここに来てしまうかもしれない。
だから、たぶん、帰れば消える。
ルルが拒絶してくれれば。
拒絶されたらショックだけど、俺のような年寄りのために、あの子の人生を無駄にするのは、いくらなんでも罪深い。
…………
名無しの老人は、帰りたくないし、拒絶されるのも嫌だけど、拒絶されるのが一番マシだろうという結論に辿り着いた。
=============
翌朝、ガスパール(テリオス)が目を覚ますと、目が合うなりルルシアが言う。
「私、お兄さんか、お姉さんが居るの?」
「……なぜ? ああ、昨日話したのか?」
「え? 覚えてないの?」
ガスパール(テリオス)は、施設に居て本当に若かったころ酒を飲むことはあったが、あそこは管理された世界で、あまり多くは飲めなかった。
この世界の酒は醸造酒の中でも特に、自然発酵で作られたものが多く、アルコール度数が低い。
ワインは、その中では特にアルコール度数の高いものだった。
ワインを1日で、あんなにたくさん飲んだことも無かったので、予定外のことまで話してしまったことを思い出す。
失敗した。そう思う。
いろいろ話してしまった。
ルルシアに、上の子の存在を話してしまったようだ。
「水をくれるかい」
「うん」
ルルシアは井戸の水を汲みにいく。
ガスパールは、居間に行くと、今まで手を付けられず残っていた、”とても不味い酒”まで空になっているのを見て思い出す。
「これを空けるほど飲んだのか」
よほどのことが無いと飲めないと思っていた酒が空になっていた。
長く寝かすと味が丸くなるという話なので、マシになっていたのかもしれない。
そこにルルシアが水を持ってくる。
「ありがとう」
そう言って、受け取ると一気に水を飲むが、コップに酒の匂いが付いていて、凄い匂いだった。
「酒の匂いが残ってる。この酒飲んだのか」
「凄く不味かった。バチャの汁みたいだった」
※バチャは、そこらに生えている雑草の一種。
渋味、苦味はそれほどでも無いが、癖の強い不味いものの例えに使う。
”凄く不味かった”ルルシアも少なくとも味見程度には飲んだようだ。
「あの方は?」
「まだ起きてこない」
「そうか」
気配は確実に有るので、そこに居ることはわかる。
また、ルルシアが訊く。
「私、お兄さんかお姉さんが居るの?」
このことは、ルルシアに話す気は無かったのだが、ガスパールは、諦めて、話をする。
「ああ。男か女かはわからない。でも、居るはずだ」
この世界では、父方何人、母方何人と兄弟が居るのは珍しいことでは無いので、さほど驚くことでも無いが、父が歳の割に寿命を気にしていた理由は分かった。
「1人だけ?」
「もちろん。2人居たら、今生きていないだろう」
今既にこれだけ弱っていることを考えると、そうなのだろう。
「でも、目的は果たせた」 ガスパールがそう答える。
目的。竜に再び会うという目的だ。
人間の姿をしているが、あの老人は竜が人になった神様、大鎧である可能性が高い。
「私のことは?」
ルルは、ルルを妻にする話をしたか確認した。
父の目的に、それが含まれているかを確認するために。
「話した……と思う」
「思う?」
----
ガスパールは、思い出そうとするが、話した気がするのだが、はっきりしない。
「話したような気がするが、あの方も覚えているかわからない。
ルルシアはあの方のこと、どう思う?」
「あのひと、私のことが好きだと思う」
ガスパールは、ルルシアに、あの老人のことが好きか確認したつもりだったのに、予想外の返事が返ってきた。
何か理由があるのだろうか?
「そうかもしれないね。でも、何故だい?」
「昨日川で流されたの、私のせいだと思う」
「ルルシアの?」
「私に見とれて、川に流された。
あれは、写真に残そうとしたんだと思う」
確かに、ガスパールの目にも、あの神様が、川に流された時、ルルの姿に見とれたように見えた。
あれは写真を残すためだったのかと納得する。
昨日あの老人が写真の話をしていた。目で見たままのものが写真と呼ばれる絵になると言っていた。
ガスパールはイマイチぴんときていなかったが、ルルシアの話を聞いて納得した。
----
ルルは、あれは(あまりにルルのことが好きで)ルルの姿を写真に残そうとしていたのではないかと考えたのだ。
ルルは、洗濯ができる子アピールしようと思って服を脱いで洗濯をしていた。
洗濯できるアピールをしたら、固まった。ルルに見とれたように見えた。
きっとルルが可愛すぎて、見とれてしまって、誤って川に流されたのだと思った。
だから、流されないところで、たくさん見せてあげようと思っていた。
※ルルは、カメラを”目で見たものを後から写真という絵にするアイテム”だと思っています
あと、老人の世界では、盗撮になってしまいますし、いろいろNGです。




