27-6.樹海観光(4) 健康ランド
オーテルは、数十年待ち続け、やっとのことで、栫井が樹海に来た。
栫井が、樹海の神殿に来ないと、オーテルの声が届かない。
そして、遂にその時が。
オーテルの期待は最高潮に達した……というのに、なぜか栫井は神殿をスルーした。
やっと来たと思ったら、なんと、樹海観光して、そのまま帰ってしまったのだ。
まあ、人間側の行動原理としては簡単なことだった。
栫井の神殿がある場所の近くには、明確な駐車スペースが無い。
※栫井が好むような場所は、人が来ない場所であり、観光スポットの近くだったりはしないため
そのため、普通に観光に来ても、そこでは止まらない。
むしろ、神殿の場所を知っていても、駐車スペースを探すのに苦労するレベルだ。
ところが、オーテルには駐車、駐車違反の概念が無いため、それがわからない。
なので、車の駐車都合は分からず、栫井の行動だけに注目する。
その行動の意味は理解できなかった。
つまり、神殿には、そこに行きたいという、明確な意思が無いと、辿り着くことができないということを理解できていなかった。
そして、帰りにまた通るがスルーされると、また怒る。
洋子も、神殿の場所を知っていると言えば知っているのだが、その記憶は石の中から探さなければならない。
神殿の存在自体を忘れている現状では、それは極めて困難だった。
『洋子、お主も場所を知ってるであろう。さっさと石の記憶を読むのじゃ!!!』
それでも、その声が、潜在意識に届いたのか、洋子はちょっと心配になった。
ベスは”樹海に来い”と言っていた。
そして、栫井を樹海に連れてきた。だから、洋子は、何かが起きるだろうと思っていた。
ところが、何も起きなかった。
栫井は、うどんや、信玄餅ソフトクリームを食べて、謎の解説をするだけで、何も起こらなかった。
唯も、もちろん、ベスが樹海に来いと言っていたことを知っているのだが、運転で手いっぱいで、いろいろ考えている暇はなかった。
そのため、樹海の神殿はスルーされてしまった。
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日帰りを諦め、もう、早く帰る意味が無くなったため、夕食も食べていく。
高速乗らずに下道走ると、都留のあたりは店が多い。
また、吉田うどんがたくさんある。
さすがに、昼食べたばかりなので、迷いつつも、結局、普通のファミレスに入る。
「唯ちゃん、おつかれさま」
「慣れてないので、疲れますね」
「運転かわろうか」
「いえ、どうせ食べて少し休憩が入るので、大丈夫だと思います」
そんなやりとりをしつつ、ファミレスへ。
各々好きな物を頼む。それがファミレスの醍醐味。皆バラバラなものを頼む。
味の方は、まあ、普通だった。もちろん、しょうゆも普通。
吉田うどんで思い出したが、こっちでは、ラーメンも真っ黒スープのやつが出てくることがある。
ブラックラーメンは、一般的には富山が有名だと思うが、山梨でも地元の店みたいなとこに行くと、そんなのが出てくる。
メニューが文字だけで、単にラーメンと書かれているのに、いきなり真っ黒が出てくるので驚く。
ちなみに濃いのは色だけで、特別塩味が強いわけでは無い。
もともと色の薄い醤油の方が塩が強いというのもあると思うが、黒醤油は、わざと色を付けてある。
地元の店みたいなところで、黒いラーメンが出てくるあたり、このあたりも、元から黒醤油を使う文化があるのだろう。
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温泉は、都留から見ると、長野方面になる。
家に帰ることを考えると、どちらかというと、遠くなる方向だ。
とはいえ、甲府より手前なので、それほど渋滞せずに着く。
もちろん、予めスマホで調べてから来たとはいえ、温泉は健在だった。
ずいぶん前だが、何度か来たことがあるので、見覚えがある。
この温泉施設は、夜中滞在すると追加料金が少々発生するが、それを考慮しても安い。
昔こんな追加料金払った記憶はないが。
タオルケットが置いてあって、邪魔にならないところで、てきとうに寝転がっていても良い。
そんなこともあって、簡易宿泊施設としても使われている。
従業員に声をかけられる「お父さん、休憩室はあちらから……」
うん。まあ、この3人だと、親子に見えるよな……
「お父さんか」
「似たようなもんでしょ」
そうか、俺はついに、”親子と似たようなもの”の一員になることができたのか……
おお、なんと俺にも妻と娘のようなものが……いや、いかん、親子と似たようなものとか、俺、調子に乗り過ぎかもしれない。
調子に乗ると罰が当たる。
「嫌なの?」
「いや、そうじゃなくて……」
「じゃ、先、お風呂入ってくるから、上がったら、そこの椅子のあたりで……」
おお!! そうだ、風呂に行くと、風呂上がりの待ち合わせイベントが発生するのだ!!
風呂は男女別だから。
すげー。俺には、なんと、”風呂上がりの、待ち合わせイベント”まで発生してしまった。
もうなんか、人生に一片の悔いなしとか、なんかマンガのキャラの気持ちがよくわかる気がする。
風呂上がりの小泉さんと、風呂上がりの待ち合わせなんて、修学旅行の時以来か……
でっかい健康ランドみたいな温泉施設に来ただけで感動できるなんて、俺の人生って、壮絶につまらなかったんだな……自分で自分が可哀そうになってしまった。
ぐふ(エア吐血)
風呂はそんなに混んでなかった。客は多いが、風呂に入る時間がばらけていて、今はあまり多くない。
少し時間が遅めなのかもしれない。
たぶん、温泉なのだ。なのに、この構造だと、ぜんぜん温泉感を感じない。
なんだか損した気分だ。
相変わらず、メガネが無いと、シャンプーとボディーソープの見分けが付かない。
ジェット風呂とか一通り遊んでから出る。……が、小泉さんたちは、まだみたいだ。
そして自販機は、現金だった。
小銭を取りに行って戻ってくると、小泉さんと唯ちゃんが居た。
変な服着て……なんか、こんなのも良いかなと思った。
みんな同じ服なので、けっこうわかりにくい。
「小銭とってきた」
「私も持ってたのに」
「食堂行く?」
「いいわ。どうせ、1杯だけだし、ジン君、人居るとこ嫌いでしょ」
「唯ちゃんは? そんなんでいいの?」
「かまいません」
まあ、俺もその方が好きなんだけど。
缶ビール飲む。唯ちゃんも。成人してるので、問題無いが。
「ねぇ。キャンプ場でバーベキューしたんでしょ」
「え? なんの話だ?」
「私が行けなかったとき」 洋子は答える。
これだけで、何の話だか分かった。
あれは、俺が唯ちゃんくらいの歳の頃だ。もうちょっと後か。
いや、唯ちゃんが生まれた頃ではないかと思う。
「あのときは、びっくりしたな。綺麗で」
「何が?」(1オクターブ低い声)
何かが刺さった気がした。まだ、ほとんど飲んでないのに、既にアクージョ様モードに入ったのか?
ちょっと焦った。
あのときは、小泉さんは来なかった。今井さんはきれいだったけど。それは、いつも通りで驚くことじゃない。
俺が言ったのは、人の話ではない。景色だ、会場の話だ。
「え? ああ、川と景色。ほら、その前にやったバーベキュー、公園のバーベキュー場で、あれが普通だと思ってたから」
俺が子供のころは、ああいう自然の中のきれいなキャンプ場なんて、なかったと思う。
地方に行けばあったかもしれないが、都市住まいの人が気軽に行けるところに、そんなきれいなキャンプ場なんて、無かったと思うのだ。
アウトドアブームが来る前は、そんなんだったと思う。
「前の時、そんなに酷かったっけ?」
俺も、その時は、そんなに酷いと思ってなかった。あれが普通だと思っていたから。
でも、桁違いだった。
目の前に、泳いで少々水飲んでも問題無いような、きれいな川が流れているのだ。
※問題ない≒直ちに影響はない
「昔は、公園の片隅のキャンプ場で、薪による調理実習みたいな感じで、風情なんてなんにも無かった」
「そうだっけ?」
「まあ、森に囲まれてはいたかもしれないけれど」
森に囲まれていたというよりは、家に囲まれた一部の場所に、木が残っていて、木に囲われた気分が味わえる場所という感じだった。
「そこ行ってみたい」
「え? バーベキューしに?」
「ちがうの。ちょっと見てみたいの」
昔バーベキューしたキャンプ場の話をすると、そっちから帰ると言う。
横浜に帰る場合、安くて、まあまあ悪く無いけど、埼玉からだと、遠ざかる方向だ。
「遠回りだよ」
「いいの」
いいのって、運転するの、唯ちゃんだし。
「唯ちゃんは?」
「まあ、母が行きたいというなら」
じゃあ、仕方ないか。
埼玉帰るのに、あの道通ると、凄く遠回りだと思うのだが。
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「遠回りだよ」
それはわかる。でも、洋子には、気になることがあった。
今日何も起きなかったのは、樹海に行くルートに問題があったのではないかと考えたのだ。
栫井は、来るとき、”樹海に行ったことは無いが、河口湖あたりまでは、何度か来たことがある”と言っていた。
…………
栫井にとっては、ドライブの定番ルートだった。基本的には、山中湖に行く。
少し足を延ばして河口湖という感じだった。その先、本栖湖、樹海に行かなかった理由は覚えていない。
横浜から、河口湖に行く場合、河口湖に行くことが目的であれば、中央道を使うが、ドライブで行く場合は、中央道は使わない。
横浜から山中湖に行く場合、ドライブにちょうど良い、別ルートがある。
国道413号、道志道を使う。道志川沿いに、道志村を走る道。
道志川は、非常に水のきれいな川で、川沿いにキャンプ場がいくつも存在する。
高速道路のように真っすぐではなく、グネグネ道が続くので、同乗者にとっては、あまり乗り心地の良い道ではないが、ドライブにはちょうど良い。
それに、中央道が混んだ時の裏道にもなる。
同じ時間かかるとしても、金払って、渋滞した道を走るよりは、渋滞せずに走って時間がかかる道の方が、精神衛生上良い。
…………
そして、その途中には、高校の卒業生とやったバーベキューに行ったことがあるという。
話の落ちとしては、”山梨だと思っていたところが、相模原市だった”というものなのだが、引っかかるものがある。
洋子は、当時、高校時代の友達とは疎遠だった。
後からバーベキューの時の話を聞き、栫井が、洋子のことが好きだと言っていたことを知った。
そのとき、凄く後悔した。だから、バーベキューのことは、後から知って良かったと思った。
バーベキューの話を聞いたころは、既に、離婚を考えていた。
その上、元々、洋子は栫井のことが好きだったのに、片思いだと思っていた。
それに浪人生なので、連絡も取りづらく、よくわからないうちに、元夫と付き合うことになってしまった。
元夫と結婚したから、唯が生まれたので、洋子にとっては、そこは否定できない歴史だった。
だが、そこが、どんなところだったのかは、興味があり、見てみたいと思う気持ちもあった。
どうせ、通り道なら見ておきたいと思った。
過去の清算。そこに行けば、何かが起きるのではないか、そんな予感がしたのだ。
※ただし、横浜に帰るなら、ついでに見るのも悪くはないが、埼玉に帰る場合、遠回り。
洋子は、せっかくだからついでに、くらいに思っているが、ついでに見るような場所ではない。




