27-3.樹海観光(1)
オーテルは、栫井と会話できるようになる日を楽しみに待っていた。
オーテルは栫井に憑いているので、今回も高校卒業の頃から今に至るまで、栫井と共に、時を歩んでいる。
途中、ベスの体を使って洋子と唯を救い、うまく行けば、栫井と洋子は、50の同窓会で再会する予定だった。
そして、予定通り50の同窓会で再会した。
早く、話ができるようになって、褒めて欲しい。
栫井と話ができるようになる条件は、栫井が樹海の神殿に来るか、洋子が死んで栫井が絶望したとき。
または、唯が死んで、洋子が絶望したとき、洋子と話ができるようになるので、洋子を操って、うまく栫井と接触し、石を読ませる。
今回は絶望せずに来たので、栫井の神殿に来てもらう必要がある。
あと1年もすれば、唯が死ぬ。その前に話ができないと失敗する。
そして、もうやり直しのチャンスは無い。
即ち、完全な失敗を意味する。
栫井は役目を果たせず、オーテルの世界は救われない。
少なくとも、オーテルの知るハッピーエンドには到達できなくなる。
『お父さんは、”一番大きな竜”になりました。
これで、私は成仏することができます。
早くお話がしたいです』
まだ条件が満たされていないので、その言葉は栫井には届かない。
まあ、それはオーテルも知っての上での行動で、単に暇なので話しかけただけだった。
そして、ついでに、近くに居る洋子にも、文句を言う。
近くと言っても、歩けば10分かかる距離だが、オーテルにとっては、近距離だった。
栫井に憑りついているので、あまり離れたところには行けないのだが。
※行けない訳では無いです。栫井との距離によってできることが制限されます。
この程度の距離であれば、栫井の至近距離に居る時と大差なく
ほぼ全てのことができます。
『洋子、何をやっておるのじゃ、早う、お父さんを、樹海に連れてくるのじゃ』
ところが、思いがけず、この声は、洋子に届いた。
「え? ベス?」 洋子が反応する。
『おお! 聞こえたか。でかした洋子。”妾の宝箱の石”を持つのじゃ』
「ベス?」 唯も驚く。
ベスは、唯が小学一年生の時にやって来た不思議な喋る犬だ。
※今回と若干差がありますが、前回ベスが来た時の話がコレです
→ ”24-10.ベスが来た(1)”
唯が大学生の時、死んでしまった。
飼い犬ではあるが、唯と洋子の恩人でもある。
数々の予言を残し、唯が大学に行けたのも、ベスが数百万も入った通帳を持って来たからだ。
そして、唯にとっては、大事な友人でもあった。
どうやら、洋子には、その声が聞こえているようだ。
「ベスの宝箱にある石?
これを持って何をするの?」
『石の記憶を読むのじゃ』
「石の記憶?」
”石の記憶”、洋子には、聞き覚えのある言葉に感じられた。
「これを読むの?」
”読むとはどういうことだろう?”と思ったときには読めていた。
洋子が酔っ払って栫井に、お姫様抱っこで運ばれるイメージだ。
このとき、唯が栫井を呼んだ。唯が今よりずっと若い頃だ。
高校生くらいに見える。もしかしたら、中学生かもしれない。
「ベス、今の何?」
『ようやく思い出したか、待ちくたびれたわい。前回の記憶が読めたのじゃ』
ところが、ここで、大きな問題が。
「ベス? 聞こえてる?」
『聞こえておるわ、このたわけが! 前回の記憶が読めたのじゃ!』
だが、洋子には、声は届かなかった。
せっかく条件が揃って、一時的にオーテルの声が届く状態だったのに、石の記憶を読んで力を使い果たしてしまったのだ。
『このたわけが! 早う、お父さんに力を貰って、ついでに石を渡すのじゃ!!』
オーテル(ベスの中の人)の指示した順番が良くなかった。
オーテルは、声は、一度届けば、ずっと会話できるかと思っていた。
石を読んで、会話できなくなったのなら、理由は単純だ。
石を読むのに力を使ってしまったからだ。
『ぬう、しくじったわ』
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「聞こえなくなった……」 洋子がボソッと言う。
唯は何が起きたのか訊く。
「ベスの声が聞こえたの?」
「今、ベスの声が聞こえたの。私、ジン君に、お姫様抱っこされて」
ベスの声が聞こえたかを訊ねたのに、お姫様抱っこの話が出てきた。
「何言ってるの?」
そして、次の一言で、驚く。
「唯が高校生くらいで」
「え?」
「今、思い出したの。ベスは石の記憶って言ってた?」
「石の記憶?」
この石に、記憶が入っているのかもしれない。
やっぱり、ベスと栫井には、何か関係がある。
今の記憶は何だろう?
洋子は、同窓会の日まで栫井に会っていないのだ。
それなのに、高校生くらいの唯が、栫井を呼んで、洋子はお姫様抱っこされた。
「ベスの声、聞こえなくなっちゃった」
死んだはずのベスと会話できることに関しては、唯には思い当たることがあった。
「そう言えば、ベスは死んでも、妾は死なないって言ってた」
洋子にも思い当たることがあった。あくまでも、一時的に使っている体という扱いだった。
”この体では見届けられない”と言っていた。
「でもなんで、今頃?」
これには、洋子も唯も見当が付く。
なんで今頃突然かと言えば、今日の出来事と関係がある。
「ジン君と関係があると思う」
そんなのは聞くまでもなく、唯にも見当がつく。
ただし、疑問もある。
栫井と会った……が条件であれば、同窓会に行ったときに、聞こえても良かったはずだ。
なぜ今頃、しかも、僅かな時間だけ通じたのか。
「今日、何か進展あったの?」
「フラグが立って、足長おじさんはジン君だって。あと、尻尾の神様……」
要するに、恋愛的な意味での進展は無かったようだ。
「フラグのせいかな?」 唯は、テキトーに返事をする。
唯は少し考えてみる。
もともと、ベスは唯と話すことが多く、洋子の前で喋ることは珍しかった。
それが、今日は、唯ではなく、洋子と話をした。
恐らく栫井に会ったのが洋子だから。
ベスはいくつか遺言を残していたが、中途半端なものも多かった。
その中に、物騒なものがあった。
”失敗したら樹海に行け”
それだけ聞くと、樹海で死ねと言っているように聞こえるが、ベスはそういう意味で言ったのではないように思えた。
誰かと一緒に行けと言いたかったようなのだが、相手の名を口にしてはいけないようで、変な伝え方になったように思えた。
相手と言うのは、恐らく、栫井なのだ。
何しろベスの話に人名はほとんど出てこない。
唯の家族を除くと、正体不明の誰かと、栫井しか登場しない。
そして、正体不明の誰かと栫井は同一人物で、恐らく、ベスは、栫井の話しかしていない。
と言うのも、ベスは人間に対して、さほど興味がない。
積極的に、多くの人と仲良くなりたいとか思って無さそうなのだ。
唯のところに来たのも、謎の人物に指示されて来ただけ。
足長おじさんが、栫井なら、もう確定したも同然だ。
唯は、洋子に樹海の話をしてみる。
「樹海の話知ってる?」
「え? さっき、ベスも樹海って言ってたみたい」
オーテルは、栫井を、樹海に連れて来いと言ったのだが、この言葉は、洋子には中途半端にしか伝わっていなかった。
ただし、洋子も、過去に樹海の話は聞いていた。ベスは”いつか樹海に行け”と言っていた。
「栫井さんと、一緒に行けってことだよね?」
『唯、良いぞ、その調子じゃ、お父さんを樹海に連れてくるのじゃ』
※唯と洋子には、聞こえていません。オーテルが勝手に騒いでいるだけです。
洋子の中で、何かが繋がった。
「そうよ、ジン君と行けってことよ」
「栫井さんと会えば、(唯にも)ベスの声が聞こえるかもしれないし」
栫井に会えば、唯もベスと話ができるかもしれない、そう期待する。
このとき、2人とも、ベスと話がしたかった。
「栫井さん、まだ駅に居るよね」
「そうね、電話してみようか」
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電話だ。小泉さんからだ。
「まだ駅居る?」
「え? どうしたの?」
「今から行くから待ってて」
”せっかく送って行ったのに、意味無ぇ”
時間は、そろそろ3時。
治安悪そうな場所ではないけれど、さすがに、この時間に、女性が歩き回るのはどうかと思うのだ。
そのうえ酔っぱらいだ。
こっちからも、向かった方が良いのだろうか?
10分やそこらの距離。遠くは無いが近いとも言い難い。
そのとき、脳天に、ビビビと来た。
娘さん連れてくる気か!!
なんか、2人で来る気がするのだ。
さっき頭ぶつけてから、俺に新機能が追加されたのだろうか?
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などと、栫井が考えているとき、まさに、洋子と唯が、駅に向かっていた。
少し時間を遡る。
洋子が家に着いたとき、まだ唯は起きて待っていた。
洋子が帰らない可能性もあったが、唯は、おそらく帰ってくると思っていた。
が、終電過ぎても帰って来ないので、泊りかと思った頃に、洋子は帰って来た。
「唯、まだ起きてたの? もしかして、待ってた?」
「ううん、ずいぶん遅かったね。泊りかと思った」
「ジン君が、頑張って送ってくれて」
「じゃあ、また朝帰り? まだ駅に居るの?」
「たぶん」
「毎回それじゃ、迷惑じゃない?」
「いろいろあるの」
”いろいろある” まあ、察しは付く。
栫井さんは紳士なのだ。唯はそう思った。
うっかり、洋子が帰れなくなっても、頑張って送ってくれる人なのだ。
でも、頑張ってと考えると、よほど泊りが嫌なのかと、そんなイメージが浮かぶ。
最寄り駅はもちろん、乗換駅までも無理だろうと諦めていたのに、栫井は、洋子を抱きかかえて軽々走ったと言う。
酔っぱらいの言うことなので、そこはスルーする。
唯も、防災訓練でやったことがあったが、酔っぱらいが大人を抱えて走れるわけがない。
ホームのベンチに座っている洋子を、電車に担ぎこむ姿が浮かぶ。
たぶん、そんなレベルだと思った。
それよりも、ようやく、足長おじさんを認めた……のは良いのだけれど、やっぱり尻尾がありそうで、ベスのことも知っていた。
…………
「突然お尻押さえて、尻尾があるのよきっと」
尾骨痛?
このところ、唯にも頻繁に尾骨痛が出ていた。
はじめて尾骨痛が出たのは、ベスが生きてた最後の頃で、尾骨痛が強く出たら死ぬという意味のことを言っていた。
そして、尻尾の神様を、樹海の神殿に連れてこいと言われたことを思い出す。
「ベス、尻尾の神様を、樹海の神殿に連れて来いって。
それと……尾骨痛が強く出ると死ぬって」
「え? ジン君、何度もお尻押さえて……元気そうだけど」




