2DAY・1
2DAY
昨夜村に着くと村中上げての大騒ぎで、布団に入ったのが遅い時間だったというのに、夜明けと共に目が覚めてしまった。
殆ど寝ていないのにも関わらず、頭も体もすっきりとしていて、寝直すような気になれない。
体を起こし、窓から外を見ると、遠くに日が昇りつつあるのが見える。
目線を近くに戻すと、誰一人歩いていない路地が見える。
みんなが起きだしたら、もうゆっくりと村の中を歩くことなんて出来ないだろう。
そう思うと、急いで出かけなくてはいけない気がして、急いで服を引っ張り出す。
そっと足音を立てないように階段を降りて家の外に出ると、路地にはうっすらと靄がかかっている。
その靄の中、どこに行くという目的もなく歩いてみる。
あそこは魚屋さん、あそこは酒屋さん。
そんな風に一軒一軒指差しながら歩いていると、目の前から人が歩いてくるのが見える。
靄の向こうにうっすらと人影が見えるだけなので、誰なのかはわからない。
立ち止まって、徐々に近づいてくる人影を見ていると、その人影もあるところまで来ると立ち止まる。
もしも神官なら怒られそうな気もするし、村の誰かだと大騒ぎになりそうな気がするので、気が付かない振りをして家に戻ろうか、それともこのまま進もうかどうか悩んでいると、その影はゆっくりと近づいてくる。
「この村の人?」
聞いたことの無い声で、見覚えのない人だ。
「はい。あなたは?」
はっきりと顔が見える距離までくると、またその人物は足を止める。近づいて見てみると、同じ年くらいの青年で、ちょっと気まずそうな顔をしているのがわかる。
「ああ、俺? 祭りの手伝いで呼ばれた。こんな朝早くでも歩いてる人いるんだな」
独り言のように呟いて、周りを見回している。
「普段はこのくらいの時間でも歩いている人もいるんですよ。お店の準備や朝ご飯の準備で。さすがに昨日は大騒ぎだったので、起きられないんでしょうけれど」
そう言うと、青年はクスクスと笑う。
「確かにそうだな。昨日はすごかった」
何かを思い出したかのように、プっとふきだす。
「ああ、ごめん。連れが飲みすぎて大変なことになって、思い出したらおかしくって」
その後もクスクスと笑い続ける。
「そうなんですか。それでは私はこれで」
さして興味も無いので、そういって頭を下げて横を通り抜けようとすると「待って」と声をかけられる。
「初めて会った人にお願いするのも悪いかなって思うんだけれど、この村を案内して欲しいんだ。巫女が生まれ育った村というのを、見てみたいから」
「はぁ……」
生返事をし、どうしたものかと考える。
まず最初に馴れ馴れしい人だな、というのが頭に浮かぶ。
祭りの手伝いに呼ばれたって言うくらいだから、きっとこの近くの村から来たんだろう。
小さな村だから案内するといっても大したところもないし、誰かに途中であって昨日みたいな騒ぎになっても面倒くさい。
「やっぱり迷惑?」
迷惑というわけではないけれど。
「普通、早朝に見ず知らずの男に村を案内しろなんていわれたら、警戒するよな」
「いえ、そういうのではなくて」
そういう部分がないわけではないけれど、素直にそう伝えることも出来ず、何て言えばいいのかわからず考え込んでしまう。
「ああ、じゃあ少しの間だけ立ち話なら平気?」
にっこりと人懐っこい笑顔を見せ「それならいいでしょ」と続けるので、しばらく考えてから頷く。
「ほんの少しの間なら」
「それは良かった。ありがとう」
そういうとやんわりと微笑む。
その笑い方をどこかで見たことがあるような気がして気になったけれど、どうしても思い出せそうにない。
話し方がぶっきらぼう、というかストレートに話してくる割に、粗野なところがなく、むしろその笑みは優雅ささえあるような気がする。
「ところで、この村の水竜の祠はどこにあるの」
「この先の路地を右に曲がって、丁度村の東端にありますよ」
「ふーん。この村の人はそこにはよく行く?」
「いいえ。村の端にあるせいもあるのかもしれないですけれど、水竜の大祭がある時以外はあまり。どうしてですか?」
考え込むような仕草をしてから、青年は独り言のように小さな声で呟く。
「巫女を育んだ地だから、水竜との縁も深いのかと思ったけれど。そうか、違うのか」
最後は完全に独り言になっている。何が違うのかよくわからないけれど、なんとなくムカっとして言い返す。
「今までこの村から巫女が出たことはありませんから。ですから、別に水竜との縁が深いとか特別に信仰心が強いというのはないと思いますよ。それに……」
「それに?」
「水竜が何を基準で巫女を選ぶかなんて、ただの人でしかない私たちにわかるはずがありません」
そう、わかるなら教えて欲しいくらい。明確な答えがあるなら教えて欲しい。
誰にでもわかる答えがあれば、もっと素直に水竜の巫女になるということを受け入れられるのかもしれない。
こんなに不安にならないかもしれない。
不安?
そう、ずっと抱えていたのは不安だ。
自分が選ばれた特別な理由がわからないゆえの不安。
「全ては水竜の御心のままに、だな。凡人の俺らにはわかるはずもない。それでも知りたいと思う。どうして水竜がこの村から巫女を選んだのかを」
水竜の御心のままに。
なんて都合のいい言葉だろう。その一言で全てが片付いてしまうのだから。
視線をぐるりと巡らせ、そしてもう一度青年は真剣な目で訴えかけてくる。
「色々自分なりに考えてみたんだ。興味があってさ。水竜がどうやって巫女を選ぶのか。この村のどこかにその答えのヒントがあるのかと思っていたんだけれど。でも特別な何かがこの村にあるわけではないんだね」
もう一度確認するように言うので、確信をこめて頷く。
「ないと思います。逆に特別な何かがなければ水竜には選ばれないんでしょうか」
きょとんとした顔で、青年は首を傾げる。何でそんなことを聞くのだろうという風に。
「だって、この国でただ一人水竜の声を聴く者だよ。特別な何かがなければ選ばれないでしょ。そうは思わない?」
そう聞かれても、何て答えたらいいのかわからない。
「わかりません」
それが素直な感想。それ以外にはなんとも答えようがない。
「なら水竜に直接聴いてみる?」
にっこりと笑い、青年はそう切り出す。
その言葉の真意は掴みようがない。
水竜の言葉を聴けるのはこの世でただ一人、水竜の巫女だけなのだから。
「何言っているんだって顔してる。確かに今の話と矛盾してるよね」
そういって、青年は水竜の祠のある方角を指差す。
「水竜の祠。あそこに沸き出でる水は、水竜の神殿に通じていると言われているんだって。だから祠でお祈りしたら、答えてくれるかもしれないよ。水竜が」
「そうなんですか?」
勢いよく問い返すと、青年はくすりと笑う。
「確かに只人の俺たちには明確な言葉はわからないけれどね。何か伝わってくるものはあると思うよ。まして、水竜の大祭を控え、次の巫女の生誕地となれば、その可能性は高いだろうな」
もう一度青年がにっこりと笑って、行ってみる? と聞いてくる。
水竜なら答えをくれるかもしれない。いや、水竜しか知らない。
どうして私を水竜の巫女に選んだのか。
「そうですね。私も水竜に聴いてみたい事がありますから」
そう答えると、青年はさっき教えた道順通り、水竜の祠へと歩き出す。
水竜の祠につくまでの間、これといって話すこともないので、沈黙が続いてしまって、どうも居心地が悪い。
よくよく考えてみると、なんで初対面の人といきなり水竜の祠に行かなければならないんだろう。
あとから一人でこっそり行ってみてもいいような。
でも、それは無理。
きっと村人が起きだしたら、祭りの準備で水竜の祠に一人で行くことは無理だろうし、水竜にお祈りをするなんて余裕はないに違いない。
それに、午前中から村長のところで、王都からきているという祭事を司る宮さまにお会いして、最初の儀式のである水竜のご神託をお受けしなくてはいけない。
なんでも、今の国王陛下の甥にあたるそうで、国王の代理として水竜の神殿までご一緒することになるらしい。
きっと、村長の家にいったら、その後はゆっくり外に出ることもできないだろう。
悔しいけれど、水竜の祠に行きたければ今しかない。
「名前、聞いてもいい?」
突然沈黙を破るようにそう言われて、また返答に困る。
今はなんとなく自分が次代の水竜の巫女だということを、目の前の青年に伝えたくはないから。
水竜の巫女になる理由がわからないのに、自信がないのに、自分が水竜の巫女になるということがわかるような事は言いたくない。
昨晩のお祭り騒ぎで「巫女様、巫女様」と囃し立てられたのが苦痛で、出来ることなら自分を知らない人の前では、自分から「次代の巫女です」と言うような真似はしたくない。
直接的に言わなくても、名前でバレてしまう気がする。
そう思うと、なんて返答したらいいのかわからなくなってしまって、言葉に詰まる。
「名前を名乗るときは、まず自分からだよね」
何を思ったのか青年はそう話し出す。
別に先に名前を名乗れとか思ったというわけではないのに。
「本当はちょっと長い名前だけれど、人にはウィズと呼ばれているから、ウィズって呼んで。俺はあなたを何って呼べばいい?」
拒否は出来ないような言い方に、思わず恨めしそうに青年、ウィズを睨みつける。
ウィズはそんなことを気にせず、相変わらず前を向いたまま歩いている。
これで答えなければ、逆に名前を言いたくない何かがあると思われてしまうかもしれない。
「ササ、です。友達や親にはササって呼ばれています。だからササって呼んで下さい」
それだけしか答えなければ、私が水竜の巫女だということに辿り着くとは思えなかったから。
「名前がわからないと、なんとなく話しにくいよね。ササも、今日はやっぱり祭りのお手伝いをするの」
とりあえずは自分が次代の巫女だとはわからなかったようで、安心した。
でもまた話が祭りのことに及びそうなので、少し話を逸らすことにする。
「あの、ウィズさんって呼べばいいですか?」
なかなか初対面の人をさん付けなしで呼ぶのは抵抗がある。
ウィズはまるで昔からの知り合いのように話しかけてくるけれど。
「ウィズでいいよ。俺もササって呼ぶから」
「でも初めて会った人と、いきなりそういう風に話すのって苦手なんです」
「ササ真面目なんだね。でも本当に気にしないで普通に話して。歳もそんなに変わらないでしょ」
何を言っても聞き入れてくれそうな気配もないので、とりあえず頷いて、また口を閉じる。
それからしばらくまた沈黙が続くと、既にお祭り用に飾り立てられた水竜の祠が見えてくる。
「ウィズさん、あれが水竜の祠です」
そういうと、ウィズは目を細めて水竜の祠を見つめ、足を止める。
「ホントに畏まらないでくれるかな。俺、そういうの苦手だし」
「はあ……」
生返事を返すと、そんなことはどうでもいいとばかりに水竜の神殿を指差す。
「飾りつけしてあるけれど、入っても大丈夫かな」
「大丈夫」
「じゃあ、ササ。行ってみようよ」
そういうと、ウィズは真っ直ぐに祠に向かって歩き出す。
さっきまで歩いた速度よりも早足で歩き出すので、少し後ろを遅れて歩く形になる。
先に水竜の祠に入ると、ひょこっと顔を出し、手招きをする。
「ササ、ほら早く」
急かすように手招きをして、それからウィズはまた祠の中に姿を消す。
その手招きに誘われるように、水竜の祠の中に入ると、ひんやりと冷たい空気に満ちている。
まるで水竜の神殿の前殿にいるかのような錯覚に襲われる。
その独特な空気の中にいると、たった半年とはいえ水竜の神殿で学んだ祈りの言葉が心の中に溢れてくる。
水竜に祈りたい気持ちに駆られ、膝を付き心の中で祈りの言葉を唱える。
両手を湧き出す水に浸すと、清涼な水が心の中まで入ってくるような気がする。
今は声を聴くことは出来ないですけれど、私は水竜の声を聴くことが出来ますか。私はあなたのお役に立てますか。
心の中で水竜に問い掛けてみたけれど、答える声が聴こえることはない。それでも心のどこかが満たされた気がしてくる。
今まで心にあった不安という氷が静かに溶け出していく気がする。
水が暗い気持ち全てを流してくれるような気がして、長い長い祈りの言葉を心で唱えつづける。
「ササの疑問に、水竜は答えてくれた?」
しばらくすると、静かにウィズが問い掛けてくる。
明確な答えは何も聴こえてはこないけれど、この心が満たされる感覚に、今は満足している自分がいる。
「声は聴こえないけれど、心のどこかが軽くなった気がする」
今は素直にそう言える。
あの時神官が言ってくれた「水竜があなたを必要としています」という言葉を、今なら素直に信じられるような気がするから。
「そう、良かったね」
人懐っこい笑顔を浮かべ、ウィズはしゃがみこみ、祠の水に手を沈める。
決して大きくはない祠の中に、ウィズの手が水をかき回す音が響く。
そして、静かにウィズが目を閉じ、口の中で何かを唱えている。
その横顔が、今巫女様に似ているような気がしてくる。
最初に見た整った綺麗な笑顔も、今巫女様が微笑んだ時の表情に似ている気がする。
でも、どことなく雰囲気が似ているという感じがするだけで、気のせいなのかもしれない。
こんなところに、あの今巫女様に似ている人なんかがいるわけがない。
しばらくするとウィズは顔を上げ、おもむろに立ち上がる。
「ウィズの疑問に、水竜は答えてくれた?」
そう問い掛けると「さあ」と微妙な答えをして笑う。
「信仰心が足りないか、明確な答えを欲しがりすぎているのかもしれないな」
その言葉に、望んだ結果が得られなかったということがわかる。
水竜がなぜこの村から次代の巫女を選んだのかを知りたかったのか、それとも別のことを知りたかったのかはわからないけれど、でも答えが見つけ出せなかったのは確かのよう。
「戻る?」
不満そうな顔をしているウィズに、どんな風に言葉を掛けたらいいのかわからなくて、ここを出ることを提案する。
このままここにいても、ウィズの顔が曇る一方のような気がするから。
「そうだね。あまり長居しても、ササの家の方も心配するだろうし」
言われてから気が付いたけれど、起きてベッドがもぬけの殻では、一騒動起きる可能性は否めない。
それにみんなが起き出して歩いているのを見つけられたら、大騒ぎになる。
出来れば誰かに会う前に家に帰りたい。
水竜の祠から顔を出すと、日がさっきよりも高く上がっている。
近くには人の気配はしないけれど、きっとそろそろ起きだしている人もいるかもしれない。
そう思うと、いてもたってもいられない気持ちになって、一秒でも早く家に帰りたくなってくる。
「ごめんなさい。私、急ぐのでさよなら」
頭を下げ、家に向かって走り出す。
背中からウィズの声がした気がしたけれど聞き取ることはできない。
それよりも何よりもいち早く家に帰りたいから。
ウィズが気付いてくれたおかげで、家に帰る途中も誰にも会わずにすんだし、家の中もまだ寝静まっているようでほっとする。
それが嵐の前の静けさにも似ている感じがするのは気のせいではないと思う。




