~19~
帰り道途中、見覚えのある背中を見つけた。ランドセルを背負っていないと思ったが、すぐに小学校は土曜授業がないのを思い出した。きょろきょろとあたりを見渡している。何かを探している風でもあったが、迷子のようにも見える。こんな近場で迷子になるわけはないだろうが。
「何しているの?雄二」
雄二は振り返って俺を見た。手には地図を持っている。やはり迷子だろうか。それともなにか探検をしているのかもしれない。
「あ、直己兄ちゃん。探しているんだ」
「何を探しているの?」
「手がかりだよ。暗号がぜんぜん解けないんだ。だからちょっと気分を変えてみようかなって」
雄二はまだ暗号を解こうとしている。いい加減、不毛なことはやめさないといけないだろう。すぐにあきらめて放り出すと思ったが、まだこうして探している。
俺はとりあえずどこか場所を移動してちゃんと説明しようと思った。
「そうか。頑張っているんだね。じゃあ、息抜きでなんか食べに行く?」
「えー。べつにいいよ」
「パフェとか食いたくない?」
俺がそういうと雄二はビクッと体を震わせた。子供はやっぱりもので釣るのが正解だ。
「イチゴ二回パフェとか食べたいでしょ?奢ってあげるよ」
「二回パフェ?」
「イチゴが盛りだくさんないかつい奴だよ」
雄二は目をきらきらと輝かせた。もしかするとすごい想像をしたのかもしれない。ファミレスのパフェは期待しすぎるとがっかりする傾向にある。それとメニューに載っているのを過信してもいけない。
「行く。太っ腹だね。やっぱ高校生は違う」
雄二が行く気になったので、俺はまた先ほどのファミレスに向かう。ここからだと歩いてすぐそこだ。一周して回ってきている。地図を折りたたんで雄二は足のポケットにしまった。
よく見るとたくさんポケットが付いた服を着ている。俺も小学生ぐらいの時はよくこいうズボンを着ていた。どうせたくさんあるうちの半分は使わないのだが、当時は格好良く見えた。今見ても着る勇気はないが格好いいと思える。いまだにああいうのを臆面もなく着れるのは翔ぐらいだろう。二木だったらおしゃれに着こなしてしまいそうだ。
俺はポケットの中身を空想しつつ、雄二と並んでファミレスに向かった。
ファミレスは相変わらずがら空きだった。店員も少なく二人ぐらいしかいない。俺らは案内に従って奥の席に通される。俺のことを覚えていたのか「今度は違う人を連れているんですね」と言ってくる。
時と場合によっては修羅場になりそうな言葉だ。今回は特に問題もないから俺は普通に
「そうなんですよ。じゃああのイチゴのパフェを一つとコーヒーください」と返した。
「すいませんコーヒーは単体でないんです。ドリンクバーでよろしいですか?」
ここに居る時間はきっと短いだろう。パフェが終わったら帰る予定だ。一杯か二杯ぐらいだ。ドリンクバーは400円ぐらいする。これならすこしリッチなコーヒー屋に行ったほうがましだ。
「じゃあ、コーラで」
「コーラも単体では、ちょっと」
「じゃあサイダー」
「サイダーもすいません」
「直己兄ちゃん。種類の問題じゃないと思う」
「わかっているよ。ちょっとした冗談だ」
机の上にあったメニューをひっくり返してデザートのコーナーを見る。そんなにお腹が空いているわけでも、甘いものが大好きなわけでもないので小さなアイスクリームを注文した。
店員が復唱してから、厨房の方に引き返した。俺は雄二を見た。雄二は暗号を解こうとしている。どうせ解くことはできないだろう。そして解いてもどうしようもない物しかない。もうやめさせるべきだ。俺は切り出そうとして
「ねぇ」と言う。
「おひやです」横からさっきの店員がコップを二つ置いて、おしぼりを二つ置いた。
「ありがとう」と言うと、店員は礼をしてから去った。
出鼻をくじかれると続きを言いにくくなる。雄二は袋に入ったおしぼりをパンっと叩いて取り出した。俺は袋を手で切って取り出す。少し湿った安物のおしぼりで手を拭くが、きれいになる気はしなかった。
水を一口飲んで、のどを潤してから俺は暗号の話を切り出そうとした。
「バニラアイスクリームです」
横に店員が来ていて、俺の前にアイスクリームを置いた。丸いバニラアイスが二つ透明な器に盛りつけられている。
「ありがと」と言うと、店員は礼をしてから去った。
また出鼻をくじかれた。わざとではないだろう。だがやめてほしい。とりあえずアイスは溶けてしまうので食べ始めるしかない。雄二のもすぐに来るだろう。俺はスプーンを探すがどこにもなかった。お箸しか見つからない。
箸で食べるのはさすがにチャレンジ過ぎるので、俺は仕方なく話を先にすることにした。
「雄」と言いかけたあたりで、
「スプーン忘れました」と横から急いで店員が来た。
「・・・ありがとう」と言うと、店員は礼をして去った。
もう大体わかってきた。俺が切り出そうとすると来る。神様か何かが意地悪をしているのだろう。雄二が俺のバニラアイスをチラチラと見てきている。食べさせてもいいけれど、どうせ、話を切り出したら来るはずだ。俺は話を切り出そうとした。
「雄二。ちょっと話があるんだけど」
横から足跡が聞こえてきた。やはり想像通りだ。横を向いて通路を見ると、店員が横を通り過ぎた。
「来ないのかよ」
店員は自分のことだと思わなかったのだろう。こちらを振り向くことなく違うテーブルに行った。当たり前と言えば当たり前だ。神様などこの世にいるわけがないし、俺の話を邪魔してなんになると言うのか。
「どうしたの?話?」と雄二が俺に言う。
「あっ。うん。ごめん。話があるんだ。暗」
「イチゴチョコレートバナナイチゴパフェです」
「いっぺんに来いやぁぁ」
久しぶりに激しいツッコミがでて、店員にビックリされた。だが俺が悪いだろうか。店員の空気を読むスキルが足らないだけだろう。
「すいませんっ」と店員は謝ってきた。俺は少し冷静になって「いや、こちらこそ大声を出してごめん」と音量だけを謝った。
テーブルにすべてのものがそろうと店員は寄り付かなくなった。俺が大声を出してせいも少しはあるかもしれない。雄二はイチゴをフォークで刺して夏凪みたいに大きな口で頬張っている。幸せな時間を邪魔するのも悪いと思ったが、食べ終わってから話をするのも気まずくなりそうだ。俺は暗号の話を切り出した。
「もう暗号を解こうとするのをやめてくれないか?」
雄二はフォークを持っていた手を止めた。俺の方を見ている。俺は逆にスプーンでアイスクリームをすくって口に運んだ。ひんやりとした感触と甘味が口の中に広がる。スプーンとアイスはすぐに口の温度で温まったが、甘味は残り続けた。液体になったアイスを飲み込んで、続きを言う。
「前も言ったけど、暗号の先にあるのはタイムカプセルだよ。そこにあるのは俺らの昔の思い出だけ。取り出しても意味ないよ」
雄二はフォークを置いた。スプーンを取るためかと思ったが、そのままテーブルの上で手を組んだ。
「そろそろ僕もやめようと思っていたんだ」
「そうなの?」
「うん。最初はこれは僕の役割だと思った。直己兄ちゃんもそうだけど、皆悲しんだりしていたから、これを解くのは僕なんだと思ったんだ。もちろん楽しそうってのもあったけど。ダイニングメッセージがあるって決めつけて、探偵ごっこみたいな気持ちもあった」
確かに俺らはいっぱいいっぱいだったかもしれない。だが雄二がそう思っていたなんて知らなかった。俺らに代わって解こうとしていたのか。
「そしてこれに頭を使っていれば、いろいろと考えずにも済んだから」
「雄二」と俺の口からこぼれる。
俺の手からスプーンもこぼれて、テーブルの上に落ちた。スプーンにくっついていたアイスクリームの水滴が跳ねて、宙を舞ったのが見えた。
雄二も悲しかったのだろう。これが逃げる先だったのか。それならば別に続けてもいい。
「母さんが僕が暗号を解くのに必死になっているのを見て怒ったんだ。なんで悲しまないで遊んでいるんだって」
これが逃げる先だと知らないで、怒ったのだろう。悲しみから逃げるなと言うのは親としてどうなのだろう。どこかおかしい気もする。とくにあの親は健三の方には最初「遠くに行った」と死んだことを内緒にしていた。
「それで僕は暗号を解くのを続けなければと思ったんだ。母さんは葬式の後に健三が熱で倒れて、限界だったから。僕に怒って、なんていうのかな。気分転換になればいいなと思ったんだ」
「ストレス解消のはけ口に自らなったんだね」
「うん。たぶんそういうこと」
雄二は子供なりに皆を心配して行動していたみたいだ。親はきっとこの気づかいに一生気づくことはないだろう。むしろ雄二を責める記憶しか残らない。なんてひどい子供なのだと思う、教育を間違えたと思い続けるだろう。
「今日、健三の熱が少し下がって、母さんも一緒に落ち着いてきたんだ。だからそろそろ心配させるようなことはできないんだ」
あいつの死と健三の熱で一回ピークまで心を使った。これから下り坂で心も修復してくるだろう。雄二のおかげもそこにはある。
「でも、結局。解けなかったのが残念だな」
「そう」
「一つだけ聞いていい?」
「なに?」
「直己兄ちゃんは、ほんとは、忘れないんだよね?全部覚えているんだよね?」
最初に解き方を忘れたと言った。そして場所も忘れたと。
「覚えているよ」
忘れるわけがない。
「どこにあるの?」
「一つだけって約束だよ」
俺はスプーンを取る。紙ナプキンを一つ抜いてきれいに拭いた。回転させてスプーンを見て、汚れがないか確認する。銀色に光を反射している。曇り一つなく俺の顔を映していた。
「まぁいっか」と雄二は言ってフォークを取り、残ったパフェを食べ始めた。
これも俺に気を使っているのだろう。さすがだと思うが、雄二の将来も少し不安になる。いい子過ぎたら、だめになってしまうこともあるんだ。必要なのは、必要なのはなんだろう。俺も今思えば間違いだらけの人生だ。
アイスはもう半分ぐらい溶けてきている。スプーンで液体をすくって、口に流し込むと甘い汁でしかなかった。雄二はまたイチゴを頬張った。小さな口で大きなイチゴを食べる姿はどこか和んだ。
もう暗号の話はいいだろう。話題を別のものに代えるべきだ。
「なぁ。そういえば。最近変なことはなかったか?」
「変なこと?」
雄二は口にイチゴを残しながら訊く。
「そう。たとえば変な人を見かけたとか」
「直己兄ちゃんも犯人を捜しているの?」
同じ質問を二木とかにされたのだろう。俺は別に犯人捜しのつもりはない。雄二の方にストーカーが来てないか不安になっただけだ。それと渡西が来てないか不安でもある。
俺がちょっと黙っていると雄二は肯定だと思ったようだ。
「変なことはないよ。変な人を見つけたこともない。僕が知っている情報は翔兄ちゃんは犯人じゃないってことだけ」
「どういうこと?」
「だって、月曜はずっと一緒にいたんだ。だから僕がアリバイを証明できるんだ」
「そう。もともと疑ってなかったよ」
翔が殺すわけがない。そもそも前提からして省かれる。渡西ぐらいの人間でないと前提を無視すると言う暴挙にはしれないだろう。
それにしても翔が人を殺す姿を想像できない。できたとしてもコメディ映画みたいになりそうだ。サスペンスには絶対ならない。
「あっ」と雄二が声を上げた。
「どうしたの?」
「変な人を思い出した」
「誰?誰?」
茶色いコートではないだろうな。
「直己兄ちゃんだよ」
「俺かよ!なんで?」
「最近なんか翔兄ちゃんに近づいた気がする。だから犯人じゃないと思うけどね」
俺が翔に近づいた?物理的な意味だろうか。たしかに最近二人で行動することは多いが近づいたなんて表現するほどのものだろうか。
「なんかね。直己兄ちゃんは翔兄ちゃんに似てきたよ。雰囲気が似ている気がする」
似ていると言われて俺はどういう気持ちを持ったら正解なのだろう。翔に似ていると言われても大概の人はうれしくないだろう。ふざけ倒したような人だ。夢の中でさえふざけている。
「そう?」と訊く。一応理由が知りたい。もし本当に似ているのならば人生を見直そう。
「うん。似ている。翔兄ちゃんは僕に仲良くしてくれるのもあるけど、あの人は遠いんだ。ちゃんと考えて、周りを見て面白いことをしてる。なんかピエロみたいに。直己兄ちゃんもちょっと遠くなった」
翔はピエロか。確かにそうかもしれない。俺も最近一緒になってふざけることが多いから道化師っぽく見えているのだろう。中学のころは少しかっこつけて冷静なツッコミをしていたし、変わったと見えても不思議ではない。
「そうか。まぁ。褒め言葉だと受け取ってくね」
「褒めてないです。悪口でもないですけど」
雄二は最後のイチゴをまた一口で食べた。おいしそうに咀嚼をしながらスプーンに持ち替えて、パフェの残ったクリームをかきよせている。俺も溶けたアイスをスプーンを使って口に運んだ。雄二が食べ終わるのと同時に俺も食べ終わった。狙ったわけじゃないが同時に終わったのは、雄二が気を使ったせいか、俺が無意識に合わせたせいか。それとも単に偶然だったのだろうか。俺にはもう何もわからなかった。
お金を払ってファミレスを出る。もちろん約束通りすべて俺の財布から出した。雄二はまっすぐ家に帰ると言ったので、ファミレスを出てすぐの分かれ道で反対方向に行った。
一人で家に帰ると、何かを忘れているような気がする。大事な何かだ。なんだろう。立ち止まって考えてみる。翔の真似をして顎に手を当てて考えてみた。翔に似ているなら何か思いつくかもしれない。行く当てのない左手はとりあえず腰に置いておく。
「そうだ!思い出した!」
夏凪の家にカバンを忘れている。俺今手ぶらじゃないか。どおりで両方自由に動くわけだ。
だが今日の間に取りに戻るのはどこか恥ずかしい。もう夏凪も家に帰っていることだろう。まだ屋上にいるなら取り行けるが、雄二と少し長い時間話をしてしまった。もう間に合わないだろう。
明日行くと決めて、俺は家に帰った。




