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Overlap  作者: 二つ葉
14/27

~14~


 家の前で翔と別れて、各々の家に帰った。今はまだ19時くらいだろう。車はないから、親父はまだ帰ってきてない。母親と二人の夕飯になる。玄関を開けようとしたら鍵が掛かっていた。だれもいないのか。

 玄関を開けて、家の中に入る。リビングだけ明るくなっている。人の気配はなく、家自体が寝てしまっているみたいに静かだった。俺はひとまず二階に上がって自室に入る。カバンと上着を放り投げて、リビングに向かった。

 いつも家族で囲んで食事をとるダイニングテーブルの上に、チラシが裏返した状態でおかれていた。太いマジックペンで「夕飯は適当に食べなさい。どうせ失敗するだろうからカップ麺推奨」と書かれていた。

「おお、これはまさに『ダイニングメッセージ』だね」

 独り言もむなしく家の中に溶けた。戸棚を開けて、買い置きしてあるカップ麺を見る。まず目に入ったのは「キムチ風ナムルラーメン」と書かれたカップ麺だった。味が想像できないが、確実においしくないことは想像ができる。変なものは選ばないで、普通の醤油ラーメンを取った。

 やかんに水を入れてコンロの上に置く。つまみをひねるとチッチッチジュボッという音がして火が付く。横から見つつ火の大きさをつまみで調節する。コンロの火らしくない青い火を見ていると、心が少しだけ落ち着いた。テーブルに戻るのも億劫でその場に座り込む。膝を伸ばしてキッチンに座ると、普段ではしない体勢だからか新鮮味があった。

 下からやかんをぼーっと見ていた。すると、だんだん食欲がなくなってきた。これからカップ麺のビニールをはがして、かやくをいれて、粉末スープを入れて、三分待つのが面倒くさい。やかんから湯気が出始めて、もう沸騰していることだろう。足を延ばしてつまみを強引に回して火を消した。

 お尻をスライドしてこんどはお菓子が入っている戸棚のある方に行く。そしてまた足で開けて、適当に袋を取り出す。見てみると飴だった。しかものど飴のミント系だ。好きな味ではないので、投げて戸棚に戻そうとする。どこかが開いていたようで宙を飛ぶビニール袋から飴が噴き出す。無駄に回転を与えたせいで方々に散らばっていた。

 ずるいと思った。散らばるときは簡単なのに拾うのには面倒くさいなんてずるい。回収するときも同じように何かを投げるだけで済むべきだ。どうしてわざわざ拾わないといけないのだろう。もう拾わなくてもいいか。散らかしたままでも母親がきっと俺を叱るだけだ。それだけで済むならそっちの方がいい。俺は散らかしたまま、立ち上がる。そしてリビングを出て、二回に上がる。自分の部屋に入って、落ちるようにベッドに寝転がった。

 もう寝てしまおうか。リビングはあのままでいいだろう。カップ麺も出しっぱなしだ。でもやかんの火は消した。火事になることはない。

 今日は一回も夏凪の声を聞けなかった。どうして学校に来なかったのだろう。それにあの暗号のことも気がかりだ。雄二が必死になっていて二木も保護者みたいになっている。翔が言い淀んだこともある。心配事や考えないといけないことが多い。

「でも、もう寝よう」

 俺は思考を停止するように布団をかぶる。結構疲れているので眠りにつけそうだった。




 携帯が震えている気がする。またも震源地は太ももの上だ。昨日あのまま寝てしまったからポケットに入っているのだろう。目覚ましの音もしていた。俺は布団の中に手を入れる。自分の体温で手が温かく感じた。ポケットに手を突っ込み携帯をいじくって、目覚ましを止めた。

 昨日が金曜日だったので今日は土曜日だ。今週は学校がある日だろうか。土曜は隔週で午前だけ授業がある。ゆとりが終わったせいだ。土曜も学校に行ったところで、ぼけっとして授業を聞くだけだ。詰め込み教育とは程遠い。

夏休みが始まってから土曜に行ったことがないから、今日はある気がする。俺は布団から転がるように出て、ベッドのふちに座るように起き上がる。少し寒い室温が意識をはっきりさせてくる。それと同時に昨日散らかし放題で寝たのを思い出した。

「下に降りたくない」

 もう母親は起きて朝食の準備をしていることだろう。下に降りた瞬間、おはようの前に怒られるに決まっている。昨日の夜は片付けるよりましだと思ったが、いざその瞬間になると片付けたほうがましだと気づいた。

 腹をくくって部屋を出て、一階に降りた。リビングに恐る恐る入ると母親が「おはよう。今日は普通に起きれたのね」と言った。

「あ、うん。まぁね」

 予想外の言葉に戸惑う。特に機嫌がいいわけではなさそうだ。

「あ、そう。昨日の夜。あんた」

「なに?」

 やっぱり怒られるのだろう。少し身を縮ましていると、さもおかしそうに笑っていた。

「お父さんがね。台所で飴踏んですっごい転んだのよ。漫画みたいな転び方だった。そしてそのあと、床を指さして『なんでこんなところにまきびしがあるんだ』って言ったのよ。まきびしって普通出てこないわよね」

 どうやら昨日の夜、俺がまいた飴のまきびしで楽しんだようだ。それでお咎めはなし。運がよかった。俺は内心でほっと一息を吐いた。

 テーブルに座ってリモコンをとる。テレビをいれるとニュース番組を映し始めた。昨日どこどこで誰々がなになにされました。それを聞いてコメンテーターがこれはこうなのだと語り始める。内容はひとつも頭に入ってこなかった。すべてどうでもいいことのように感じる。テレビを見ていると、「今日のニュース一覧」とテロップが出た。その一つにあいつの事件が混ざっていると思った瞬間、チャンネルが変わった。母親がパンとマーガリンをテーブルに置きながらリモコンを操作していた。

「このドラマ見なくちゃ」と母親はわざとらしく言った。

 テレビの画面はドラマを映しているが、今まで朝にこれを見たことがない。どうせ何を見ても俺は眺めているだけなので変わりはしない。母親はまたキッチンに戻ってしまった。俺は独りでテレビを見ていた。

 朝のドラマなので殺人劇もないし、ドロドロもしていない。パンにマーガリンをつけながら見るにはちょうどいい内容なのかもしれない。おそらくヒロインの人が主人公のことを好きなのだろう。主人公はさっぱりしている正確で新しいことに挑戦している人なんだ。

「こんな人現実にいないよ」と思わずつぶやく。

「それがドラマのいいとこなんでしょ」と母親は遠くで返事をした。

 現実はもっと淡白だ。白身魚だ。マグロのようにトロな部分はない。どこも均一に淡白な味わいをする。血合いの部分が少し生臭い、それぐらいのものだ。

 パンを適当にかじりながら、さわやかなドラマを見つづけた。

 朝食を終えてもまだ時間に余裕がある。俺は昨日風呂に入っていなかったので、学校に行く前にシャワーを少し浴びることにした。


 カバンを持って家を出る。俺からすればいつも通りの時間だ。翔はもう先に行っただろうか。ちらっと翔の家の二階を見るが、翔の姿は見えなかった。

 誰にも知り合いに会うことなく校門まで着いた。校門に四人ぐらいの生徒が並んでいる。生徒に声をかけて、なにかを手に持った用紙に記入していた。初めて見る光景だ。

 普通に歩いていると、眼鏡をかけた男子生徒が声をかけてきた。どうも先輩みたいだ。

「おはよう。ちょっといいかな?」

 まじめそうな顔だ。腕章をつけている。ここからだと「長」と言う文字しか見えない。相手が翔ではないのでまじめに答えることにする。

「はい。おはようございます。アンケートですか?朝食は食べる方です」

「そ、そうか。いいことだな」

「はい。ではお疲れ様です」

 行こうとすると、回り込まれた。

「そうではない。服装チェックだ。君は随分ズボンがよれよれだな。まるでそのまま寝ているかのようだ。そんなわけないだろうが」

 回り込まれた拍子に腕章がすべて見えた。生徒会長と書いてある。確かにこの推理力、一般生徒では手に入れられないだろう。かれこれ二日間制服のズボンのまま寝ている。よれよれになってもおかしくはない。

「それに、白い汚れがついている。チョークか何かか知らんが、服は精神の現れ。すぐに洗濯するべきだ」

 生徒会長ともなると一般生徒の家庭事情まで口を出すのか。だが一理ある気もした。俺は早速ベルトに手をかける。カチャカチャと鳴らしていると、生徒会長は止めに入ろうとしなかった。目を見ると、冷静な目で見返してきた。冗談が通じないタイプの人間みたいだ。

 仕方なく俺は「学校に洗濯機あったっけ?」と言いながらズボンを膝まで降ろした。そしてそのまま片足を上げてズボンを完全に脱ごうとする。

「おまえ!何やってんだ!早く着ろ」

 生徒会長は冷静な仮面がはがれた。馬鹿みたいに俺を止めようとする。

「いや、でもあなたがすぐに洗濯するべきだって」

「家に帰ってやれ!」

「じゃあ、家で言ってくださいよ」

「お前は馬鹿か!」

「あなたには負けますよ」

 俺はズボンを履きなおしながら言った。

「何?」

「俺は別にルールは破ってないでしょ。越権行為はほどほどにしてください」

 ベルトをまた付け直して、腰を閉める。ズボンを履くと足が温かった。さすがに太ももを外気にさらすのは男には無謀だったようだ。かなりの寒さを感じた。俺が身なりを整え終わってもまだ生徒会長は前にいた。他の人に相手にすればいいのに、時間の無駄だ。

「お前、名前は?」

「一年。B組。翔だ」

「そうか。翔。覚えたぞ」

 心の中で一応翔に「勝手に名前を借りてごめん」と謝っておく。翔なら許してくれるだろう。変態疑惑が掛かっても翔なら笑い飛ばしてしまうだろう。変態疑惑なら翔の日常茶飯事だからだ。

「ん?またB組の一年か。B組は悪いやつの集まりなんだな。報告するか」

「また?」

「ちっ。ああ。さっきも直己とかいうやつが馬鹿にしてきたからな。お前といい直己といい馬鹿ばっかだ」

 俺は思わず笑みがこぼれた。翔も同じ手を使ったのだろう。考えることはだいたい同じだ。唇を軽くかんで笑いをこらえる。そしてまじめな表情を作って生徒会長に訊いてみる。

「直己は何したんですか?」

「ああ、あいつのワイシャツが汚れていると注意したら、お前みたいに脱いだ。そしてそのまま校舎に行った」

「何してんだよ!」

「それは俺に言っているのか?」

「両方だよ。どんだけ人の汚れが目に付くんだよ。潔癖症なの?そして翔、っていうか直己はどんだけ馬鹿なんだよ」

 上半身裸で校舎に向かうとか考えられない。普通できる範囲と言ったら、ズボンを膝まで脱ぐくらいまでだ。翔はたまに想像を超えるから驚く。

「じゃあ、報告するぞ。今度からは節度ある行為するように」と言い残して生徒会長は別の生徒に声をかけに行った。俺は校舎に向かう。急ぐように速足で歩く。力を込めて勢いよく玄関を引いて開ける。靴を乱暴に履き替えて階段を駆け上った。

 教室に入ると翔は普通に「よう」とあいさつしてきた。俺は翔の頭をバシッと叩く。

「いきなり何するんだ?」

「翔。さすがに上裸で歩くのはいかれているよ」

「おお、ばれたか。でも大丈夫。ちゃんと直己だったってことにしてあるから」

「それで大丈夫なのはお前の名誉だけだよ」

 翔は笑っていた。その笑顔を見ていると、どうでもいいかという気分になるから不思議だ。俺は翔のせいにしたことを言わないでおく。それよりも夏凪がまだ来ていないことが気になった。カバンを机の上に置いて、自分の席に座りながら翔に訊く。

「夏凪は?」

「まだ来てない」

 そろそろ予鈴がなる時間だ。今日も休みなのだろう。

「翔。何か知らない?」

 翔は首を軽く二回振って否定した。翔は目で俺について訊いてきたので、俺も同じような動作をして知らないと伝える。俺らが二人で夏凪のことを案じていると、二木が翔に話しかけた。

「夏凪、今日も来てないのか?」

 今、ちょうどその話題をしているところだ。二木も聞こえる位置にいたはずだ。これは意図的に無視しているのだろう。翔が苦笑いしながら「ああ、みたいだな」と言った。

「メールしてみたけれど、返ってこなかった」と不安そうに言う。二木は俺らと違ってメールをしたみたいだ。返信がないということは健三みたいに病気になっていて、床に伏している可能性もある。それか何かに巻き込まれているか、ずっとあいつの死を悲しんでいるかの三択だ。まず最後はないだろう。もう結構な時間がたった。学校に来れなくなるぐらい悲しんでいるはずはない。

 翔たちは二人でいろいろと話し合っている。二木が無視してくるので俺が入る余地はなさそうだ。俺は机の中から一時間目の教科書とノートを取り出して、机の上に置いた。筆箱も取り出して、俺はその三つを枕にして机の上にかぶさった。一番上にある筆箱のペンの感触が頬にあたって少し痛い。けれど起きているよりはましだと思い、そのまま痛みを感じていた。

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