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第4話 してあげたいこと

 どんぐりは秋に実り始め、大量の実りを齎す。


 秋の森を歩けばどんぐりに当たる。

 それくらいに、そこら中に散乱している。


 ただ、その実りのおおよそは、人間ではなく野生動物たちのものであった。


 何故なのか、などは聞くまでもない。

 苦くて、とてもじゃないが食べられる物体ではないからだ。


 更に言えば、この苦さの原因であるタンニンという物質は、消化不良を起こす。


 大量に摂れば、下痢や嘔吐を引き起こした挙句、栄養失調で亡くなることもあるだろう。


 故に、人間からは見向きもされていない物体であった。


 ただ、フグの卵巣の糠漬け同様、手順を踏めばちゃんと食べられる物体なのである。


 その手順を、俺は知っていた。

 だから、目一杯に、これでもかという程のどんぐりを掻き集めて行く。


 みんな、食べ足りないだろうから。

 どんぐりを、おやつ兼栄養価としてみんなに提供するために。




「ジルベールさん、ご機嫌よう。……そのカゴ一杯のどんぐりは、どうしたのです?」


「食べ物を作ります!」


「……どんぐりをですか?」


「正しく調理すれば、ナッツみたいな味になるんです!」


 村に帰ってから、早速井戸のある所に向かう。

 途中、どんぐりをカゴいっぱいに背負っている俺は怪訝な顔をされていたが、今は大して気にならない。


 小走りで井戸まで辿り着いたら、早速水を掬い、桶にどんぐりを浮かべた。こうすることで、沈むどんぐりと浮かぶどんぐりが出てくる。


 浮かんだどんぐりは、虫に中身が食べられたものなので全て取り除く。逆に沈んだどんぐりは、虫が手を付けていないものなので食べられる。


 どんぐりの選別が終わったら、次はハンマーで食べれるどんぐりの殻を叩き割った後、用意した鍋にどんぐりと水を入れて炊事場へと向かう。


 そしてそのまま、迷うことなく火にかけた。


 この時期、薪は溜めておくべきだが、ここは建設途上の村。

 幸いなことに木屑には事欠かない。


 なので、遠慮なくどんどん煮だしていく。

 更に、煮えている鍋に灰を加えた。

 こうする事で、タンニンが更に溶けやすくなる。


 しばらくすると、水が茶色に濁ってくる。

 そうなったら、何度も水を入れ替えて、茶色の水にならなくなるまで煮るを繰り返す。


 煮ても水が透明のままな状態になったら、水気を切り、陽光で乾燥させる。どんぐりが乾燥し切ったら……。


「すみません、お塩もらっても良いですか!」


「えっ、構いませんが……」


 料理番の人に許可を貰い、フライパンでどんぐりを炙りながら、塩を振りかけていく。某バーガー店のポテトの要領で、シャカシャカと。


 そうして、遂に……。


「出来た!」


 目の前には、味が整えられた、食べられるどんぐりが存在していた。

 実物を目の前にすると、謎の感動がある、


 試しに、一つ摘んでみる。

 すると、そのどんぐりは熱いけど、苦くなくて、塩味がして……。


「ちゃんと、美味しいっ!」


 勝ったと思った。

 これなら、みんなに配っても恥ずかしくない出来だと。


 ありがとう、某動画サイトのどんぐり食ってた人。

 ありがとう、面白がって試したことのあった過去の俺。


 折角だから、夕食どきにでも配ってみるか!

 好評だったら、15時のおやつにでも採用してもらおう!!


「ふふ、ふふふふふっ!」


 今から、夕食の時間が楽しみになってきたな!



「あ、あの物静かで清楚なジルベール様が、クローデット様みたいな笑い方してる……悪影響?」



 ひっそりと、炊事係りのメイドに慄かれていたことには、気付きようがなかった。




 そうして、時は来た。


 夕暮れ時の時間帯。

 "ですわ〜"とクローデットさんの声が響き渡る中で、俺は麻袋いっぱいに詰めたどんぐりを持参していた。


 そして、真っ先にクローデットさんの元へと馳せ参じた。真っ先に、お世話になっているこの人に食べてもらおうと思って。


「……ジルベールさん」


 すると、大鍋の近くに立っていたクローデットさんは、何故かしょげた顔をしていて。


「聞きましたわ」


「え、何をです?」


 涙目になりながら、レードルで鍋を撹拌している。

 何かから、逃避するみたいに。


 そうして、ポツリと漏らした言葉は……。


「──ひもじさのあまり、家畜の餌に手を出してしまったと」


「違うよ!?」


 まさかの、斜め上な風評被害であった。


「……では、お持ちの麻袋の中身、それは一体なんですの?」


「食べられるどんぐりだよ!」


 冤罪だと主張するために、麻袋を突き出しながら、ちゃんと食べ物であると伝えた。


 なのに、クローデットさんは、およよと泣き崩れてしまう。

 いや、なんでだよ!!


「ジルベールさん、どんぐりは家畜の餌ですわっ」


「いやいやいや、古代人は食べてたよねどんぐり!」


「裸でウホウホ言っていた時代ならともかく、今は文明がある時代ですのよっ。それなのに、それなのにっ……」


 超高速で鍋をかき混ぜまくるクローデットさん。

 しかも、目からポロポロと涙が溢れてきている。


「ワタクシのっ、ワタクシの甲斐性が無いばかりにっ!!」


 そう叫んだ直後、周囲から"そうだ、そうだー!"と囃し立てる声が聞こえて。


 呼応するように、クローデットさんは"うおーん!"と謎に雄々しく泣く始末。


 え、この状況って俺のせい?

 そうだとしたら、どう収拾すれば良いの?


 そんなことを考え始めたあたりで、クローデットさんの手が止まる。かき混ぜるのをやめた、中身がいっぱいの鍋を持ち上げて。


 そうして、クローデットさんは俺の目を真っ直ぐ見たのだ。


「──ジルベールさん、あなたに満足いただけるよう、鍋の中身を直接胃に流し込もうと思いますの」


「新手の拷問か何かだろ、それ!!」


 別世界を見つめてそうなクローデットさんの目に、いつもの敬語をかなぐり捨ててでも叫ばずにはいられなかった。


 俺、実はフォアグラにされるガチョウか何かで、出荷される前に胃袋をぎゅうぎゅう詰めにされる、その一歩手前に立たされているのか?


 戦慄を覚えた、このままでは珍味にされると。


 ドナドナを歌いながら、村どころか地上からバイバイすることになりかねないと(胃袋の破裂的な意味合いで)。


 今のクローデットさんは、明らかに正気じゃなかったから。


 周囲から、"イジメはんたーい!""男性には優しくでしてよ!"などの言葉が飛び交ってはいるが、明らかにクローデットさんには聞こえていない。


「貧困から……ジルベールさんを、救う……。甲斐性なしのワタクシは……出稼ぎに……傭兵稼業を……」


 まだ、別の世界から帰ってきていなさそうな独り言を呟いていたから。


 そんな彼女に、俺は……。


「クローデットさん、ごめん!!」


「もごぉ!?」


 咄嗟に、麻袋から取り出した一掴みのどんぐりを、彼女の口の中に放り込んだ。結構な量だったので、リスみたいに頬が膨らむ。


 どんぐり塗れになった口が、モグモグと動く。

 ちゃんと噛んで、ゆっくりと飲み込んでいく。


 咀嚼が済んだ時、クローデットさんの目に光が戻った。

 そして、即座に叫んだのだ。


「お、美味しいのですわ!?」


「本当に!?」


「本当ですわ!!」


 ありのまま、思ったことを叫んだのだろう言葉。

 思わず、顔がニヤけるのを自覚する。


「ナッツそのものの味ですの!」


「どんぐりも木の実だからね」


「それもそうでしたわ!!」


 名残惜しそうに、唇に付着していた塩を指でなぞり、見つめるクローデットさん。


 それが嬉しくて、もう一つどんぐりを取り出した。


「……食べます?」


「食べますの!」


 そのまま受け取って、むしゃむしゃと食べる姿は、森の動物を想起させられた。



 辺りから、ヒソヒソと声が聞こえてくる。


「……本当に食べられるんだ、あれ」


「……豚の餌なのに?」


「クローデット、もしかして豚と味覚が一緒……?」


「いやいや、流石にそれは……」


「でも、子供の時に口にしたら、吐くほど苦かった覚えがあるんだけど……」



 けど、聞こえてくる内容は、どれも引いているものばかり。どんぐりという物体は、豚の餌であると言う常識が定着しているから。


 それは、仕方ない。

 俺も、蛇が鶏と一緒の味だと言われても、食べたいとは思わないから。


 ただ、そのヒソヒソ話を聞いていると、頑張ってみたんだけどなって気持ちが少しだけ過ぎって……。


「あら、皆さん宜しいのですわね?」


 そんな中で、ヒソヒソ話をしているみんなに向かい、クローデットさんはニッコリ笑って。


「ジルベールさんの──男性の手作りお菓子を、ワタクシが独占してしまっても」


 たった一言を口にした途端、辺りは静まり返って。


「ジルベールさん、もう少しいただけますわね?」


「……はい、勿論です!」


 どうぞと麻袋から、また一握り分のどんぐりを渡すと、クローデットさんは嬉しそうに受け取って。


「──どうせなら、全部いただけませんこと?」


「それは……」


 ちょっと、と口にしかけたが、誰も食べてくれないのなら、喜んでくれるクローデットさんに渡してしまった方が良いのでは無いか?


 そんな考えが、ふと頭によぎって。



「ジルベールくんの好感度を独り占めとか、クロエお前ふざけんなー!」


「独占私有法反対、機会は平等均等にー!」


「一人だけ良い格好をしててずるいよー!」



 けど、即座に頭に浮かんでいた考えは、唐突に巻き起こった謎のヤジ群によって掻き消される。


 おおよそが、俺ではなくてクローデットさんに向かったもの。

 その中で、彼女は一際輝く笑顔を浮かべて。


「それで皆さん、食べますの? 食べませんの?」


 問い掛けに対して、女子達は互いに頷き合って俺の周りを取り囲んだ。


 そして、それぞれがどんぐりを求め始めたのだ。


「ふふっ、大人気ですわね」


「クローデットさん……」


 ウインクして、エールを送ってくれるクローデットさん。


 ……ここに来てから、この人には助けられてばっかりだ。

 いつか、どこかでお返しをしなくては。



「えっ……意外、本当に美味しい」


「むしろ、バリバリ行きたくなる中毒性もありますわね?」


「塩だけの味付けなのに、良い塩梅だねー」



 辺りに、実際にどんぐりを口にした感想が飛び交う。おおよそ全てが、褒めてくれている内容。


 それが照れ臭くて、でも嬉しくて。


「沢山ありますし、無くなってもまた作りますからね」


 俺の言葉に、"はーい"と揃った返事が返ってくる。


 その言葉に従うように、みんなは競うようにしてどんぐりを食べてくれたのだった。


 何とか、今回作ったどんぐりの塩炒めは好評に終わったのだった。

 本当に良かった、ありがとうみんな!




 翌日以後、俺はこのどんぐりを仕事をしている最中の人に、配って回った。


 受け取った人は嬉しそうにどんぐりを食べてくれて、笑顔を溢してくれて。ちょっとだけ、村に渦巻いていた重さが軽くなった……ような気がする。


 それを、自分のお陰なんて言うつもりはないけど、少しは役に立てたって実感自体は湧いてきて。


 やっと、この村の一員になれた。

 そんな意識が、ようやく芽生えてきたのだった。






「……何だ、あの村は」


 そんな開拓村を、遠くから馬に跨り見つめていた人物がいた。


 浅黒い肌をして、弓と鎧を纏っている。

 兵士である、斥候であった。


「女しかいない……前線を押し上げるための屯田兵村か?」


 冬に入る前の最後の偵察。

 イスペリア領内に浸透し、出ている釘があれば打ち付けるための部隊。


 そんな遊撃部隊の偵騎が彼女であった。

 ハッキリと、彼女は開拓村を視認していて。


「……報告、しなければな」


 そのまま、誰に気づかれるでもなく踵を返した。

 隊長に、獲物を見つけたことを報告するために。



 そう、ジルベールが亡命したイスペリアは、平和にあらず。


 ──南部より侵略してきた異教徒と交戦中の、戦時中の国であったのだ。

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