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第20話 酔いどれ


 イスペリア軍、バール市を経由し北西部に侵入。

 その報を受けた時、北西部の諸侯達の動きは非常に緩慢であった。


 バール市が陥落するはずがない、その思い込みが故に。


 誤報である、虚報であるという思いが先行し、まずは情報収集に勤しみ始めたのだ。


 けれども、実際には本当にイスペリア軍は侵入を果たしており、烈火の勢いで進軍を開始した。


 その事実を北西部諸侯が正しく認識したのは、イスペリア軍により幾つもの街が陥落した後。


 想定していなかった奇襲に北西部の諸侯たちは、塗り絵をする様に次々と領土を失陥したのだ。


 幾ら何でもお粗末すぎた。それだけバール市の外壁を信頼していたのだろうが、ロクな抵抗すらない。


 無人の野を進む様に、イスペリア軍は一気にサンカルタン地方を席巻した。


 更には、立て直されないうちに、隣のリアナ地方へと打通を始めた。戦力の集中が、北西部諸侯側は全く出来ていなかったがための快進撃。


 北西部諸侯たちには、中央司令部がない。

 対してイスペリア軍は、弱兵という呼び名を欲しいままにしていたとはいえ、全軍に対して統制が取れている。


 そのため、半ば各個撃破の様相を呈しながら、気がつけば北西部の過半を支配下に置くことに成功した。


 作戦開始から、僅か2週間での出来事。

 敵が弱すぎるという理由で、イスペリア軍は勝ち続けていた。


 だが、その他にも、この快進撃の要因として挙げられるものがあった。


 それは、先鋒を務めた圧倒的破壊力を持った部隊。この最精鋭に引きずられる形で、イスペリア軍は勢いづいたのだ。


 その起爆剤となった部隊の名は、マリーナ騎士団。


 現在進行形で脚光を浴び始めた、ガリティアからの貴族令嬢達を中心として組織されている部隊であった。


 野戦では猛チャージからの一撃離脱戦法で敵軍の隊列を破壊し、攻城戦では丸太を担いで門を物理的に叩き壊す。


 あまりに理不尽すぎる強さに、敵は戦意を低下させ、味方は血と共に高揚を覚える様になった。


 そんなイスペリア軍内で、軍神と崇められ始めた部隊の令嬢達は今、補給線を整理する為にリアナ州アストラ市の酒場に留まっていた。


 ……アホ面を晒しながら、解放地の住民から自発的に献上されたワイン(熊を見る様な目をして、震えながら差し出された)をがぶ飲みして、乱痴気騒ぎに興じていたのだ。




「ふへ、ふへへへへ。ワインが美味しい、ジルベールくんのおっぱいから絞ったのかな?」


「ちょっと、おやめなさいな。殿方からお乳が出るはずないでしょう?」


「じゃあこのジルベールくん一番搾りのワインは、一体ジルベールくんのどこから絞ったっていうの!!」


「決まっていますわ──大切なところからしかあり得ません」


「!? 考えてみれば、絞れるところってそこしかないもんね!」


「今日からは、天才軍師を名乗ろうと思います」


「流石はマリーナ騎士団一の切込隊長、脳までしっかり鍛えがはいってるんだ!」


「脳筋軍師、モニカ・ボーネを宜しくお願いします!」


「わーい、頭を使って撲殺だぁ!」


 このご時世、略奪は当たり前の行為である。

 戦争に勝った者の権利、負けた方が悪いという言い分さえ存在する。


 弱いからという理由で、踏み躙ることが正当化出来てしまう時代なのだ。


 けれども、幸いなことにマリーナ騎士団のみんなは、略奪に勤しむことはなかった。


 ……街の人が怖がって、勝手に貢いで来る分までは止めようとは思わなかったけど。


 けど、その代償として、俺は酔っ払いの出汁に使われまくっていた。


 何だよ、ジルベール一番搾りって。

 何なんだよ、俺の胸や股間から絞ったワインって!


 聖教のメシアだって、血がワインとか言われていても、胸やアソコから噴き出すわけじゃないだろ!!




 けど、残念すぎることに、そんな頭の悪さ全開な会話が、あちこちで為されていた。


「ねえねえ、ジルベールくんにさ、えっちできるかって聞きたいけど、嫌われたくなくて聞けないんだ。どうすれば良いと思う?」


「んー、あたしがジルベールくんの代わりするから、交尾ごっこで我慢するとか?」


「それだぁ! じゃ、ジルベールくん役お願いね?」


 それだぁ、じゃないが?


「任せて、"クッ、マズイ。みんなが魅力的すぎて、勃起が止まらない。一人当たり30秒で射精して回るから、その間に確実に妊娠して欲しい"」


「それ本当に動物的な交尾じゃん! えっちくないよ、そんなの!!」


「義務的に射精するジルベールくんも、えっちじゃない?」


「それは……一理、あるかも?」


「早漏のジルベールくん、萌える……」


「うん、可愛いよね……」


 略奪もしないし街の男性に狼藉を働くこともないみんなだが、何故だか揃いも揃って、俺とえっちな妄想を口走りながら繰り広げていた。


 マリーナ騎士団のことを尊敬しているイスペリア兵が今の有様を見てしまったら、これまで築き上げてきた無敵で清廉(であってほしいという願望からの風評)という評判は一挙に消し飛ぶであろう。


 お酒で頭がおかしくなってる以外の何者でもない状況だが、よりによって性欲の向かう先が全部俺なのが解せなさすぎた。


 というか、早漏じゃないし!

 俺のこと、何だと思ってるんだよ!!

 妊娠する気満々なのも、本気でやめろ!!!



「クローデットさん、助けてください……」


 結果として、俺は一番頼りにしている人に、救援を求めずにはいられなかった。


 ……普段は、こんな状況でも知らんぷりをしている。この世界の女子は、元の世界の男子並みに性欲が強いのを理解しているから。


 見て見ぬ振りをできる分別が、みんなと暮らしているうちに身についたのだ。


 でも、今日に限ってはみんな揃って至る所でこんな話をしているから、身の置きどころがない。


 なので、クローデットさんに泣きつこうとしたのだが……。


「ひっく、ひっく……あらぁ、おかしいですわね? ジルベールさんが、3人に増えていますわ。お徳用ジルベールさんかしらぁ?」


 肝心の頼りの綱が、ベロベロになってしまっていた。彼女の側には、一杯分だけ注がれたワインボトルが置かれている。


 クローデットさん、お酒に弱かったんだ。


 ……よし、なら一緒にここから逃れよう。

 こんなところに居られるか、俺は部屋に戻るぞ! とかいうやつである。


 二人揃って、ちょっと落ち着かない場になっちゃってるし。


「部屋に戻りましょう、クローデットさん」


「わァ……。3人のジルベールさんが、ワタクシを抱き上げてくださっていますの……。これが、噂に聞くハレムというやつ、ですの?」


「違います」


「うぅ、嬉しすぎて鼻からワインが溢れそうですの!」


「多分、それ鼻血です」


 鼻血は垂らしてないけど、顔は真っ赤。

 何にでも強い印象があっただけに、お酒に弱いのはちょっと意外。


 顔が赤いクローデットさんを肩で支えながら、みんなに気づかれない様にそっと、その場を後にした。


 クローデットさんが肩に回していた力は、いつもよりちょっとだけ強い気がした。




「クローデットさん、ベッドですよ」


「ベッドですわ〜」


「寝っ転がれます?」


「……もうちょっと、このままがいいですの」


 彼女の部屋まで辿り着き、酔っているクローデットさんを、横にしようとする。


 けど、クローデットさんは名残惜しそうに、俺の肩に寄りかかって来た。猫が甘えるみたいに、頭をスリスリ擦り付けながら。


「クローデットさん?」


「……ずっと、こうして甘えたかったですの」


 そうして、普段力が抜けないままに肩肘を張っている彼女が、珍しいことを口走っていた。

 甘えたいと、そのままの素直な気持ちを。


 ……なんか、胸に来てしまう。弱みを見せてくれてるのが信頼の証みたいで、無性に嬉しくて。


「甘えてください、俺はあなたの軍中占い師である以前に、大切な人だと思ってますから」


 酔っ払いなんてロクなものじゃない。さっきまでそう思っていたけど、クローデットさんの酔い方は可愛くて、それなら全然良いやって気持ちになる。


「それに、いつもは俺が甘えてるんです。偶には、逆だって良いでしょう……ごめんなさい、失礼しますね」


 そのまま、俺はクローデットさんをベッドに下ろしてから──膝枕をした。


 男の太ももなんて硬いだけだと思うけど、令嬢達がよく口走っていたから。男の子の膝枕は、人生で一度くらいは味合わないと死にきれないって。


 多分、少しは喜んでもらえる。そう思って及んだ行為であったが、クローデットさんはそのまま、俺の太ももへと顔を埋もれさせて。


「……きっと夢ですわね、だって幸せすぎますもの」


「夢だって思ってくれても良いです。クローデットさんの夢なら、きっと飽きることなくて楽しい筈です」


「はぅ……」


「……クローデットさん?」


 急に反応がなくなったクローデットさんの顔を覗き込むと、既に意識が無かった。ここまで酔いに耐えていたけど、限界が来たみたいだ。


「お休みなさい、クローデットさん」


 クローデットさんを太ももに乗せたまま、必死に毛布を手繰り寄せて彼女に掛けた。良い夢が見られます様に、と。




 そのまま、調子に乗ってずっとクローデットさんが寝ている間膝枕をし続けていたら、俺の太ももが壊死しかけているのではないかってくらいの鈍痛に悶え苦しむことになったのは、彼女と俺だけの秘密だ。


 まあ、クローデットさんは起きた瞬間から、"ゆゆゆ、夢では無かったんですのーーっ!!!"と絶叫してて、それどころではなかったんだけれど。


 夢じゃないよ、俺の太もも痛いし。

 だから、夢じゃないって自覚してくれたのなら、酔ってない時でも甘えてくれて良いですからね。


 俺は、あなたの相方なんですから。

 いつだって、支えになる準備は出来ていますから!






 かつてのイスペリア王国の王都、マルドル。

 今はクルアン教徒の手に堕ちた、イスペリアの栄光の殆どが詰まっていた都市。


 大ロマーナ帝国時代には聖教の大聖堂が建てられ、王族が起居するマルドル王宮と比較してさえなお壮麗な建造物。


 クルアン教徒に接収されたが取り壊されることなく、今ではイスペリア方面軍の総司令部として機能している。


 その場所で、二人の人物が会話をしていた。


 片方は老境に差し掛かっているが矍鑠とし、歴戦と言っても良いほどの風格を持っている女性。


 対してもう一人は、しなやかさな鍛え方をしている、無表情を常としている15歳の少女。


 揃って、太陽の加護の存在を感じさせる、褐色肌の持ち主であった。


 二人の軍歴は天と地ほどの差が分たれていたが、隔たりなく親しげな雰囲気を持って会話がなされていた。


 それは、祖母と孫という関係性であるが故に。

 ただ、その会話内容は楽しげではなかったが。


「婆、不味い。山岳人共、想像を絶する弱さ。このままだと、一ヶ月で北、全部取られる」


「バルゴの小娘が向こうについた途端にこれかい。旗色が悪くなった途端に裏切る風見鶏共は、先っぽすら戦士の素養がなかったみたいだね」


 北西部のイスペリア諸侯の自治領、そこからひっきりなしに届く増援を乞う書簡の山と敗報。


 自治権の妨害であると、今までクルアン教徒の兵を自領に入れさせなかった北西部諸侯に思わず毒付く彼女こそは、現在のイスペリア方面軍司令官であるファイカ・ビント・ハミダである。


「でも、見捨てるの、ダメ。取り返せなく、なる」


「そりゃそうだ。あの山岳地帯を攻略できるのなら、私らはとっくにイスペリアを征服出来ている」


 自らの孫の言葉を肯定しつつ、けれども自軍の様相を思い出し、ファイカは溜息を吐いた。


 控えめに言っても、今のクルアン教徒の軍勢は、イスペリアに初めての侵入を果たした時よりも大幅に質が低下していたから。それも、士気が著しく低い有様で。


「ガルガン人達、やっぱりやる気、ない?」


「北部は豚が蔓延る不浄の地であるから、近付きたくないと声高にほざいているね」


 それは、今イスペリアに駐屯しているのが、本国アランから遠征して来た兵ではなく、南方大陸で徴兵した遊牧民族ガルガン人を中心とした兵団に殆どが置き換わっているから。


 本国は東ロマーナ帝国との対峙のために、最精鋭を前線から引き抜いていってしまったのだ。


 そして、ガルガン人はクルアン教徒ではあるが、本国兵との待遇には差別が蔓延っており、その差を補うために略奪を許される戦いでなければやる気を出してくれない。


 要するに、今回の防衛戦に対しても、略奪する余地がないから出兵をしたくないと駄々を捏ねているのだ。


 ファイカは定期的に粛軍を行い風紀を保ってきたが、今回はタガが緩み始めたタイミングと敵の侵攻が重なり、著しく厄介の只中に置かれることとなった。


「動かすのに、どれくらい掛かる?」


「何人かの首を物理的に落として、2週間ってところかね」


「……遅い」


「だろうねぇ」


 統制の取れない軍隊ほど、危険なものはない。

 だが、悠長にことを構えていれば北部は全て奪われる。


 北部諸侯の不甲斐なさに、ファイカは舌打ちをして侮蔑を隠そうともしなかったが、それはこの事態を予期していなかった、油断があった自分への苛立ちも含まれたものであった。


「……アマル、お使いを頼まれてくれるかい?」


「なにすればいい、婆」


「本国兵の騎兵を500ばかり率いて、北部へね」


 その指示を聞いて彼女、ファイカの孫であるアマル・ビント・ディーマは無表情のまま首を傾げた。


「無理、勝てない」


 そうして、端的すぎる正論を吐いた。


 幾ら弱兵と名高いイスペリア兵相手とはいえ、500の兵力で戦局を覆す事などできないと、正確に洞察して。


 それにファイカは楽しげに笑いながら、そりゃそうだね、と肯定した。


「真正面から突撃して、可愛い孫に死んでこいと言ってるわけじゃない。お前には、風見鶏共を糾合して決戦を挑んでもらいたいのさ」


「……このままだと、各個撃破されて終わるから?」


「その通り、ヘタレ共でも群れりゃそれなりになる──お前さんがいればね」


 楽しげに、ファイカは孫へと期待を掛けた。


 負けたとしても、相手に打撃を与えれば北西部を奪回する余地がある。それに、と可愛い孫の頭を無骨な手で撫でながら、ファイカは思った。


 どうせ役に立たないのなら──うちの孫の教育のために、文字通り血肉になってもらおうか。北部諸侯には、血と肉と鉄のにおいで、アマルの教材と化してもらう。


 あまりに役に立ちそうにない奴らへ、ファイカは半ば見切りをつけていたのだ。


「婆、クソババアの顔になってる。ブサイク」


「このガキゃ、祖母に向かってなんて口を利くんだい!」


「いつもの婆が好き、クソババアの婆は嫌い」


 ただ、孫には死体を積み上げて経験を積んでこい、とは直接言えそうにはなかった。


 アマルはいつも無表情で何を考えているか分からないが、これでも敬虔なクルアン教徒である。無意味な血を流すことを禁じている聖典を読み、そうあるべきと心掛けている。


 その信仰を穢すような行為を、ファイカもわざわざしようとは思わない。


 ……結果として、最善を尽くした上でそうなるのは、仕方のないことだろう、と盤面を弄りながらでのことではあるが。


「帰ってきた時には、いつものババアに戻っているさ。だから、お行き」


「……ん」




 命を受けたアマルが即刻支度をして、精兵500を率いて北部へと急行したのは翌日のこと。


 イスペリア軍が急速な進撃に伴い、伸び切った補給線の整理をしている只中でのことであった。

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