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間話3 ボクの友達


 ボク、エレーヌ・リオンはガリティアの法服貴族の家庭に生まれた。


 代々外交官の家柄で、特にイスペリア方面へと人脈を広げている家だ。


 そのため、実はガリティア本国よりもイスペリアに住んでいる期間の方が長い。


 だから、ガリティア本国で唯ならぬ政変が起きたと聞いた時も、薄皮一枚隔てた不安を覚えたに過ぎない。


 王家のことよりも、実家がどのような扱いをされるのか。そんなことばかりを考えていたボクは、紛れもなく薄情者だ。


 そんなボクに転機が訪れたのは、母から一つの提案を受けた時のことであった。




「亡命村?」


「そう、亡命村。本国で起きたクーデター、それから逃れてきた貴族の子達が建てた村よ」


 母が切り出したのは、ガリティア貴族の子女達がイスペリアへと逃れてきたこと。自分たちで村を建て、自活しようとしていること。


「エレーヌ、あなたにはその村へ赴いて欲しいの」


 そして、自身をその村へと派遣し、繋がりを作ろうとしている話であった。


「それは良いけど……大丈夫かな?」


 大丈夫かという問いかけは、現ガリティア国王、元大公を憚ってのもの。


 母が不当に権力を握った大公を認めていない、というのならば気にする必要はない。


 けど、母はそんな一本筋の通った人じゃない。

 王家と心中することを選ぶには、物理的にも精神的にも距離が遠すぎた自覚もあるから。


「問題ない訳じゃないけど、選択肢は多い方が良いわ。誰にとっても、ね」


 その言葉には、やっぱり忠誠の成分は含まれていなかった。


 自分達がどうなるのか、それすらも判断付きかねた母が、もしもの保険のための行動に過ぎなかった。


「……お母さんは誰の味方?」


 選択肢は多い方が良い、誰にとっても。

 その言葉は、見かけ上は亡命村の子女達を慮っているように聞こえる。


 何かあれば、大公にも帰順できるように、と。


 でも、それだけではないと読み取れた。

 だって、母は誰にだって良い顔するから。


 ……それが、例え敵対している者同士の合間であっても。


「全てを明言することが、正しいわけじゃない。そういうことよ」


 もしもの場合は、亡命してきた貴族子女達を、大公に売り払うこともするかもしれない。


 その含みを込めた言葉に、胸にわだかまりを抱かなかったといえば嘘になる。


 ボクは、村との繋がりを作るのと同時に……自家が生き延びるために、最悪同胞を売り払うための役割の一部を担わされたのだと自覚したから。


「……嫌だな」


 ボソリと呟いた言葉に、母は鷹揚に頷いた。

 そして一言だけ、ボクと同じ様にボソリと。


「好きにすれば良いの、最善は自分が選んだ道と信じることだけが重要よ」


 その言葉を呟いた時だけ、外交官の顔じゃなくて、お母さんの顔をしていた……様な気がする。


 だからか、その言葉が心に残った。

 その通りに出来るかどうかは、別の話だけど。






 そうして、ボクは言われるがままに例の亡命村へとやって来た。幾人かの、法服貴族達を連れ立って。


 派閥を作るつもりなんてないけれど、少数でもグループが存在するというのは重要なことだ。意見を述べる権利を所持できる、という点においては。


 もっとも、法服貴族のみんなは不安そうな顔でついて来てるし、多分役に立ちそうにない。何から何まで、面倒を見る必要がありそうであった。


 村は、ボク達の立ち入りを許してくれた。

 多分、母が村の建設許可をイスペリアに取ってくれた、という点で配慮してくれたんだと思う。


 ただ、だからと言って、偉そうな顔をできる訳じゃない。


 自身が、お客さんであることを弁える。

 今のボク達にできる、節度の守り方だった。




「つまりは、連絡役ですのね?」


「要約すれば、そうなります」


 村の代表であるクローデット・ジラール、クローデットさんは非常に明瞭で物分かりの良い人。


 村の亡命者達は武に偏っている人が多めだけど、この人はきちんと政治を理解してくれる人だった。


「分かりましたわ。ワタクシ達も、ツテは欲しいですもの。宿舎くらいしかない場所ですが、ごゆっくりしていってくださいな」


「ありがとうございます、助かります」


 事情を薄紙に包みながら話すと、クローデットさんは直ぐに言いたいことを承知してくれた。……ボク達が、村に寄与する存在でないことも含めて。


「ご事情があるのは承知しております。故に、距離はあって然るべきだと思いますの。ですので、無為を囲わせることになりますが……」


「構いません、お気遣いくださり感謝します」


 形式と実を交じえた、互いに納得しての取り決め。

 それを決めた後に、ふと思い出した様にクローデットさんは付け加えた。


「あと、丁寧に喋らずとも宜しいのですわ。あなたが一線を引いていると、他の法服貴族の子達も萎縮するでしょう?」


「……これから宜しく、クローデットさん」


「ふふ、宜しくてよ?」


 気遣い上手で、人の心にまで想像力が及ぶ人であった。この人と友達になりたいって思ってしまう、そんな魅力的な人。


 だからこそ、今の立場に余計に心苦しくなった。


 いつか、ボクはこの人の優しさを利用するかもしれない。自分が、ひどく卑しい生き物になった気持ちを抱かずにはいられなかった。




 ダンゴムシみたいに丸まって、ボク達は村の端に存在していた。何もしたくない、いや、せずに居れたらと思いながら。


 村の人たちと、感情の共有ができない。

 祖国を、王家を失った深い悲しみを分かち合えない。


 申し訳なさで、余計に居心地を悪くしながら。



 そんなボクに二度目の転機が訪れたのは、ある一通の手紙が届いた時からだった。



「えと、初めまして。ジルベール・ネイです」


 彼、ジルベールくんとの出会いから。

 優しい茶の髪色をした男の子が、止まっていたボクの時間を動かし始めたんだ。



 顔通し前から知っていた、村で唯一の男の子。

 誰かのために一生懸命になれる、まるで物語から出て来たみたいな可愛い人。


 その彼が、クローデットさん相手に、ボクを推挙したというのが事の流れであった。


 私的な手紙であるのに、重要な意味を持つ外交文書。イスペリア宰相オクタヴィア・カルロスからの書簡。


 その対処に苦慮して、ボクのところまでやって来たのだ。


 理由は分かった、その意義も。

 けど、最初はボクが出しゃばるべきじゃないと思っていた。


 ボクが意思決定に関わることで、責任を取れないのに最適に物事を動かしてしまうのでは、という気持ちから。


 けど、目の前の二人は、そんなことは気にもしてないみたいで。


 互いが互いを支え合う翼みたいに、信頼しあっている様子を見て……羨ましさに駆られてしまった。


 それに、二人で飛んでいる姿がまだぎこちなくて、放っておけないと思ってしまったのだ。


 こういうのを、多分魔が差したというんだと思う。



『好きにすれば良いの、最善は自分が選んだ道と信じることだけが重要よ』



 ……上手く飛べるまでの間だけ、手助けをするだけだから。


 誰に向けたものでもない、自分に言い訳しつつ、差し出された手を取った。


 これが、初めての自分の好きにしたこと。

 迷いはあったけど、後悔はない事柄だった。


 頼られたことが、胸から湧き立つものを抑えられないくらいに嬉しかった。






 あれから、途端に忙しくなった。

 ジルベール君からの提案で、バローラに外交部を通じて工作を仕掛けたから。


 ジルベールくんは、可愛いだけじゃなくて不思議な男の子。クローデットさんの相談役を務めている、軍中占い師さん。


 その彼が提唱した、亡命村の英雄譚は瞬く間にバローラの街へと広がっていった。ボクもびっくりする程の勢いで、何だか疑わしいくらいに……。



「疑わしい、ね」


「うん、ボク達は情報戦を仕掛けるつもりが、仕掛けられているんじゃないかな」


 だからそれを、母に代わってバローラに滞在している自身の父へと相談……報告した。誰かが意図を持って、噂を過大に風聴しているのでは、と。


 それに父は、ボクと同じ濃く見える赤の髪を少しいじってから、社交界の時と同じ様な微笑みを見せて。


「構わないさ、どうせ煙で燻すつもりだったんだ。目的は分からないが、便乗させて貰おう」


 火のないところに煙は立たない、お父さんは噂を上手に扱う。長年、外交官の伴侶としてお母さんを支えてきただけの嗅覚と手腕を有している人。


「大丈夫なのかな……」


「大丈夫さ、多分ね」


「……何でそう思うの?」


 ただ、だからと言ってボクは思考放棄なんてできなくて。不安を過らせると、父は実に愉快そうにしながら言い放ったのだ。


「エレーヌ、今のお前が楽しそうだから、だよ」


「楽し、そう?」


「そう、自分を見つけた顔をしている。ならば、きっと何とかできるさ。お前と、お前をその気にさせた亡命村の子達ならね」


 言われて、父から顔を逸らした。

 揺らいでいる内心を、覗き見られた気がして。


 実家を裏切っている気持ちになったから。


「……ちょっとだけ、だから」


 その言葉に、父は小さく頷いた。


「小さくても、歩幅は一歩進んだ。なら後は、どこに行きたいかを自分で決められる様になる、それだけさ」


 それは、外交とか情勢とかを全く無視した、父親としての言葉だった。


 母が言っていたことと同じ、自分で決めたら良いという意味合い。心が騒めく、魔的な言葉。


「……わざわざ、村やみんなのこと、報告させてるのに?」


「そう、僕は大人だからね。本音と建前を使いこなせるんだ」


 詭弁を並べ立てる父は、母の夫なだけあった。

 けど、だからこそ迷いは余計に大きくなっていく。


 自分の建前と本音、その境目が曖昧模糊としてフワフワしていたから。


「……どうしたいんだろ、ボク」


 初めて、心から頼りにされた。

 その信頼がくすぐったくて、嬉しくて。


 けど、その為に自分勝手に動いて良いのか、正しいことは何なのか。


 余計、分からなくなりそうだった。






 そんな中途半端が祟ったのか、もしくは油断と迂闊がすぎたのか。


 父と堂々二人で歩いているところを、ジルベールくんに目撃されてしまった。


 気恥ずかしさと申し訳なさで、頭が埋め尽くされる。


 同時に、自身が家に巣食うシロアリであることが暴かれるかもしれない恐怖が胸によぎった。


 ……けど、それも良いかもしれない。


 もう、みんなに酷いことはできそうにないから。ボクの知識が求められる度に、胸が跳ねるのを自覚出来てしまっていたから。


 そんなボクの捨て鉢、というよりは許されたい気持ちを、多分ジルベールくんは見透かして。



「あなたが何をどう思っていようと、俺はエレーヌさんに居て欲しいです」



 ボクの迷いを振り払う、あなたが必要だという言葉を投げかけてくれた。雁字搦めになっていた心から、解放してくれるみたいに。


「──頑張ってくれてたエレーヌさんが、素敵だって思ったから」


 言われた瞬間、視界が開けた。

 ドクンと、胸が高鳴った。


 意気地なしの自分の手を引いてくれる人がいて、それが導べにも感じた。


「俺には、あなたが必要なんです!」


 心に、何かが灯された。

 この人のためになりたいなって、そういう何かが。


 繋いだ彼の手は、冬風に晒されて冷たくなっていたのに、何よりも暖かく感じた。






 そうして、ジルベールくんに心の何かを灯してもらった後の日のこと。



「──エレーヌさん、あなたはジルベールさんの二番目の女ですわ。つまり、今更出て行こうとしても無駄だと言うことですの!」



 突如として、クローデットさんの頭がおかしくなっていた。


 ……ボクが、二番目の女?

 彼女は一体、どうしちゃったのだろうか。


 目を白黒させながら話していくと、ようやくクローデットさんの言いたいことが分かってきた。


 要するに、ジルベールくんがボクのことを大切に思い始めているから、出て行かないでって意味合いだった。


 正直、意味を理解してびっくりした。

 だって、一目で分かるくらいにクローデットさんはジルベールくんのことが好きだから。


 それなのに、ボクを慰留してくれている。

 今じゃなくても、いつかいなくなるかもしれないボクを。


 ……それで、敵わないなって思ってしまった。


 彼のために尽くしている彼女が抱いている気持ちは、恋と愛が混ざり合っている。


 ジルベールくんがクローデットさんに尽くしたいと思っているのと同じくらい、彼女もまた彼に尽くしたいと思っている。


 それが、痛いほどに伝わってきて。


「……悔しいのですが、ワタクシだけでは貴方がいなくても大丈夫、とは言い切れません。ワタクシにとっても、貴方は必要な人なのだとここ最近は痛感させられてばかりでした」


 本音で屈託なく話せる彼女が素敵で、その姿を見てハッキリ分かったことがあった。


 クローデットさんのこと、尊敬してる。

 やっぱりこの人と、友達になりたいなって。


 感じていた後ろめたさが、溶けて消える。

 対等に語り合えたらと夢想し、それは手を伸ばせば簡単に手に入る場所にあることも理解して。


「──ボクは二番目というなら、君が一番さんなんだね」


 また一歩、踏み出せた。

 友達になりたいと、冗談を持って伝えられた。


 この人達の仲間になりたいなって、ようやく素直に思え始めた瞬間だった。



 ……二番目でも良いやって気持ちで、心動かされたわけではないよ?





 結局、何が正しいのかは未だにわからない。

 正しい道なんて、世界に示されてはいないから。


 でも、二人と関わって分かってきたこともある。

 それは、自分で選ぶという行為は、苦難の道でも納得できるということ。


 単なる思い込みかもしれないけど、一生懸命に直向きになれるんだって、そう思う。


 だから、それを教えてくれた二人には感謝しかない。


 いつか、本当の仲間として認められます様に。

 自分で、この人たちの一員だと認められます様に。


 そう認められる様に頑張ろう。

 一歩ずつでも、進めているから。



 その時に、あの時に胸に灯った何かを確かめられたらって思う。ジルベールくんに、灯してもらった何かを。



 あの日から、ずっと胸が温かかった。


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