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第16話 会談

 やって来たレストランは、シックで落ち着いた雰囲気の店であった。


 中は貸切状態なのか、ポツンと女性が一人、座っているだけで。


 扉を開けた時に鳴ったドアベルの音で、その彼女が顔を上げた。


 眉間に皺を寄せている、薄緑の長髪を携えた女性の顔がそこにはあって。


「……ようやく来たか。どうやらガリティアとイスペリアの辞書では、早急という言葉の意味が違うらしい。以後、記憶しておくとしよう」


 その第一声は、表情に違わず非常に不機嫌であった。

 思わず、お腹が痛くなりそうだ。


「ごめんあそばせ、宰相閣下。ワタクシ達にも準備というものがありますの。一国の宰相を前に、くたびれた格好で現れるわけにはいきませんでしょう?」


「私からの手紙だとは、どこにも書いてなかっただろうに……。それに、今の私の格好を見てそう言える肝の太さは、流石は亡命者達の首魁と言ったところか」


 目の前の人は、町娘の様な格好にグルグル眼鏡を掛けている。正直、宰相だと言われなければ気が付かないほど普通の人に見えた。


 こっち側の言い分が、当てこすりっぽくなってしまったのはその為だ。非公式な話し合いなのだろうから、向こうは気取られない様に変装してきたんだと思うけど。


「おほほ、首魁ではなく主催ですわ。言い間違えておられますわよ」


 一方のクローデットさんは、謝ったら負けとでも思っているのか、ファイティングポーズを取って応戦の構えを見せていた。


 まあ、あまりに急すぎて、幾ら一国の宰相が相手といえど失礼でもあったから問題はないと思う。


 俺たちはこの人の臣下じゃない。だから、多少遅れても堂々として行くべきだというエレーヌさんの主張を受け入れた。


 素直に慌てて駆けつけたら、与し易いとナメられかねないとの判断でもあった。


「第一、どうして脇に外交官と怪しい術師の様な者を控えさせている。私が呼んだのはクローデット・ジラール、貴殿だけであった筈だが?」


 そして、クローデットさんの後ろに黙って立っていた俺たちにも、この人は容赦なく噛み付いてきた。


「ふふ、ワタクシは世間知らず故に、信頼できる者を側に付けさせて頂きましたの。自慢の友人です、一緒にご歓待くださると嬉しいのですわ」


「よく回る口をしておいて、何を今更。……そこの貴殿、フードを降ろしてもらおう。公式の場でないとはいえ、それくらいは礼儀の範疇であろう」


 指摘されて、確かにと頷いた。


 一見した俺の格好は胡散臭すぎるし、話し合いの場で顔を隠しているのは、何か後ろ暗いことでもあると思われかねない。


 その印象だけで、纏まる話が纏まらなくなる可能性だってある。だから、その理を認めて俺はフードを脱いだ。


 すると、目の前の人は息を呑んで……。


「……男、だと?」


 困惑した様に、そんな言葉を漏らしたのであった。


 初めて会った時のクローデットさんを思い出す、久しぶりの感触だ。


「お初にお目に掛かります、カルロス宰相閣下。クローデット団長の下で軍中占い師を務めている、ジルベール・ネイと申します」


「そ、そうか、よろしく頼む……」


 先程までキレていた舌鋒が、今はどこか丸くなっていた。戸惑っているのが、ありありと伝わってくる。


 ……聞いてた人と違う、なんか意外だ。


 これまで聞いてた話を統合すると、権力に溺れて策謀を好み、自宅では男侍らせて殴ってそうな人を想像してたから。


 目の前の、疲れている昼下がりのOLみたいな雰囲気を漂わせている人と同一人物とは、あんまり思えなかったのだ。


「……なぜ、彼を?」


「ワタクシの相談役ですの。この前の会談の様に、男性の立ち入りを禁ずるなんて狭量な真似を、明敏を以て鳴る宰相閣下は為されないものと固く信じておりますわ」


「……うむ、まあ良いが」


 言葉は尊大なのに、微塵も嫌味を感じさせない。

 俺の同席も認めてくれたし、思っていたよりも嫌な人ではないのかもしれなかった。


 尤も、だからといって警戒を解く理由にはならないけども。


「失礼ながら、よろしいでしょうか」


 そんな、皆が計りかねている空気の中で、エレーヌさんが気恥ずかしそうに手を上げた。


「なんだ?」


「お恥ずかしながら、お昼を食べ損ねてしまって……」


 人懐っこい笑みと共にお腹を鳴らしたエレーヌさんに、みんなが毒気を抜かれた。


 ……多分、狙ってやってる。

 エレーヌさん、いつもは上品な女の子だから。


 照れてる様な笑いを浮かべているこの人は、交渉の場においては空気を作ることから始めるタイプの外交官だったかもしれなかった。




 無口な店員さんが運んできた肉料理を食べながら、宰相の方から今日呼び出した理由についての話を始めた。


 その話を要約すると、つまりは……。


「最近妙にワタクシ達の噂が広がっているのは、イスペリア貴族閥の策謀の一環で、春先の攻勢に参加させるための工作活動、ということですの?」


「そういうことになる」


 そういうことらしい。クローデットさんは話を聞いて、怪訝な顔を浮かべた。


 それも当然である、明らかに機密情報だから。


 幾ら政敵の貴族達の策謀だからといって、こんなことを外部のこちらに伝える理由はない。


 マリーナ騎士団側の、イスペリアに対する心情を損ねるだけだ。


「……それを伝えて、閣下はどう致したいのですわ?」


 なら、代わりに何か狙いがある筈。

 情報の対価に、何かを要求しているのだろうとド直球に尋ねたクローデットさん。


 素直すぎる物言いに顔を顰めながらも、異論を挟むことなく宰相は要求を口にした。


「……勝算があるのか、教えて欲しい」


「は?」


 けど、それはとても不思議な要求であった。

 だってそんなの、自分の子飼いである軍人にでも聞けば良いことなのだから。


 いや、もしかしてだけれど、軍人全般から嫌われまくっているとか?


 だから、オブザーバーの代わりとして、俺たちに意見を求めた可能性があったりするのだろうか?


 だとしたら、ヤバいレベルで嫌われまくりすぎだろう。いつクーデターを起こされても、不思議じゃない状況だ。


 そんなだから、お忍びで俺たちに接触してきたというのならば、辻褄は合ってしまうが。


「……素直に話しても良いと思うよ」


「ですの?」


「多分、貸しに出来るから。弱っている時ほど、些細な助言でもありがたく思ってくれる筈だよ」


 エレーヌさんも同様の見解だったみたいで、小さく俺たちに耳打ちしてきてくれた。


 その言を良しとし、頷いたクローデットさんは……。


「ジルベールさんは、どう思われますの?」


 たらい回しにする形で、俺の方へとぶん投げて来たのだ。


「……む、男に軍略を語らせるのか」


「ふふっ、言いましたでしょう? 彼はワタクシの相談役だと」


 何故あなたを連れて来たのか、この異国の宰相に教えて差し上げなさい、とばかりにウインクしているのが小憎い。


 宰相は何かを言おうとしたが、機嫌を損ねるのは得策でないとみたのか、追及されることはなくて。


 結果として、皆が俺の言葉を待っていた。

 ……まあ、頼りにされて嫌な気分じゃないけど。


「春先の攻勢、北西部のバルゴ地方の攻略について、ですよね?」


「ええ、勝てます?」


 だから、大人しく従うことにした。

 自分なりの見解を示して、判断は皆に任せようと。


 まず、条件を頭に思い浮かべる。

 さっき聞いた話を整理して、どう戦ったものかと思案しながら。


 宰相は言っていた。貴族達は春先に、北西部に座している裏切り者達に攻撃を掛けるつもりなのだと。


 裏切り者、イスペリア貴族でありながらクルアン教徒側に降伏し、領主としての地位を安堵された者達のことだ。


 その貴族達は、山を隔てた北西部に座している。

 攻撃を仕掛けるには、その山間にある都市を攻略しなければならない。


 山岳都市バール、峻険な山脈間の合間にある平野部に建設された、西と東の合間の要衝。街の規模はそこまで大きくないが、広くない平野部がこちらの兵員動員数にまで枷をかける。


 結果、物理的に攻略が困難とされている都市である。イスペリア王国側も何度か軍を催したが、落としきれずに補給切れで撤退を幾度も重ねている。


 俺たちを動員したいのは、少数による突破力に期待を掛けているからだろう。理屈は分かる、大人数で戦えないのならば少数先鋭を以て戦おうという腹だ。


「落とせる可能性は、大いにあります」


「……本当か?」


 俺の言葉に疑念を抱いている宰相を制止しながら、物事を一つずつ話し始めた。


「まず最初に、敵は大軍でないということ。バールは地形の特性上、大軍が展開できません。それはこちら側も同様ですが、マリーナ騎士団にとっては関係のないことです」


 だって、そもそもの兵員数が少ないのだから。

 敵が少なくなる分、質が圧倒している俺たちが有利になるという理屈だ。


「だが、敵は堅牢なバール市に立て篭もり、出撃しようとしないだろう。こちらが近付けば、敵は一方的に上部から攻撃してくる。今までだってそうだった、それはどうするつもりだ?」


 尤もな指摘だ、それが攻略できなかった最大の要因でもある。でも、それも俺たちに限っては問題のないことだった。


「──敵の射程外から攻撃すれば良いんです」


「……射程外、から?」


 何を言っているのだという顔をしている宰相に、俺は単純な理屈を説明し始めた。説明も何も、起こりうることをそのまま。


「結論を先に伝えると、要は投石攻撃です。幸いなことに周りは山間、岩の補充には困りませんから、その岩を──マリーナ騎士団のみんなで、スリングショットの要領で投げ飛ばします」


 そう、それは先の戦いでの戦訓。

 手投げ斧での一斉攻撃、あの破壊力を間近で見て思ったのだ。


 これ、野戦じゃなきゃアウトレンジ攻撃できるんじゃないかって。投石器を利用すれば、射程を延長して一方的な攻撃を加えられそうだ、と。


「行けますよね?」


「当然ですわ」


 可か否かを問い掛けると、クローデットさんは当然の様に出来ると頷いた。相変わらず、頼りになりすぎる。


「……何を言っている?」


 一方で理屈を説明したけれど、言っている意味が分からないと言わんばかりの態度を取る人もいた。


 うん、その反応も理解できる。

 俺も前の戦いをこの目で見てなかったら、バカバカしいと一蹴していたと思うし。


 ただ、信じ難いけど現実として可能であるのだ。

 頭がおかしくなりそうな現実ではあるが。


「……だとしても、バール市の壁は強固だ。打撃は与えられても、破壊可能とは思えんが」


 懐疑的に投げかけられた疑問に、一つ頷いて肯定した。壁は破壊できない、それはこの人の言う通りだから。


「俺も、それで城壁が破壊できるとは思いません。幾らクローデットさん達とはいえ、その規模の岩を投げつけられるとは思いませんし」


「ならば、どういう意味合いがある?」


「──目的は、城壁の破壊では無く市内に攻撃を加えることです」


「市内に、だと?」


 疑念に満ちた目が、何かを理解しそうな目の色へと移ろう。なので、その理屈を詳しく語った。


「大きな街でないので、壁さえ越えれば何処に攻撃が降り注いでもおかしくありません。そうすれば、空から石が降り注ぐことに民衆の方が耐えられず、バールを故郷とする兵隊達も家族の安否が気に掛かり、次第に出撃を願い出る筈です」


「……成程、そうして野戦を強いるということか」


 そこで、ようやく完全な理解を示してくれた宰相に、俺はゆっくりと頷いた。


 野戦になれば、イスペリア王国軍も活躍できる。

 というか、俺たちは数が少ないし消耗したくないので、役割としては敵を誘き出すまでにしてもらいたい。


 それで負けたら、もうイスペリア王国軍が弱すぎるというだけの事だと思う。そこまで責任は取れないし、どうしようもない。


 どう落城させるか、という方法まで話すと、クローデットさんは意を得たと言わんばかりに頷いて、話を引き継いでくれた。


「そういう訳ですわ。これで、無謀な戦いではないと安心してくださりましたかしら?」


 心配性の宰相が、敗戦に怯えて相談に来た。

 惨敗して兵をすり潰せば、今度こそ国が滅ぶかもしれないから。


 その様な認識での問いと受け取り、クローデットさんは如何か、と諮問に対する解とした。


 が、結論を聞いた宰相は殊更に顔を顰めて黙りこくってしまった。苦虫を噛み潰すかの様な、そんな表情であった。


 何かに苦しんでいる様な、そんな様子。

 何か、他に気掛かりな事があるのだろうか?


 そう思ったところで、沈黙を選んだ宰相に問いを投げかけたのはエレーヌさんであった。


「……貴族が勝ち過ぎると困る、そういうことですね?」


「っ、言い難いことを簡単に口にしてくれる!」


「申し訳ございません。ですが、苦しんでおいででしたので……」


 エレーヌさんの言葉に、宰相は歯噛みしながらも否定しなかった。


 貴族が勝ち過ぎると困る、というのは宮廷政治のバランスのことなのだろう。あまり功績を立てられ過ぎると、パワーバランスが大幅に狂うということか。


「……私は所詮、小物の宰相だ。一度流れが出来れば、抗えぬままに流されることであろう」


 だが、俺の想像以上に、この人は追い詰められているみたいだった。外国人の、それも小勢力の俺たちに、そんな弱音を吐いてしまうレベルで。


 でも、考えてみれば仕方ないのかもしれない。

 文官は守成を以てなるが、武官は戦果と共に凱旋することになる。


 この人の功績は見え辛く、評価され難い。

 より派手な方を贔屓したくなるのは、いつだって世の常だってばぁやも言ってた。


「境遇には同情いたしますわ。ですが、出征する以上、わざと負ける様な真似はできませんことよ」


 けど、負ければ評判が落ちるマリーナ騎士団としては、勝てる見込みのある戦を落とすわけにはいかない。


 当然のことだし、俺たちが生存するためには仕方のないことだ。


「……そうであろうな」


 暗い顔で呟いて。

 宰相は、それ以上何かを言おうとはしなかった。


 この人も、分かっているのだ。

 そんなことを言っても、もうどうしようもないことは。


 弱音が、口からこぼれ落ちたにすぎなかった。


「……二人とも、少し良いかな?」


 ──けど、何も声を出さずに我慢するよりかは、ここでは良かったのかもしれない。


 少なくとも、その弱音を聞いて反応する人がいたのだから。


「……エレーヌさん、まさか負けろとは仰りませんわよね?」


「うん、言わないよ」


 そう、エレーヌさん。

 彼女はひどく真面目な顔で、俺たちへと説き始めたのだ。


 ここで、宰相オクタヴィアが凋落するとどうなるのかを。


「でもね、ボク達が有利な条件で同盟を結べた理由を思い出してみて? ──イスペリア側が一枚岩じゃなかったから、だよね?」


「それは、そうですが……」


「だから、ここでどちらかに天秤を傾けると後が怖い。均衡が崩れた後、ボク達がどういう扱いをされるのか、イスペリアの軍部がやってる策動をみれば一目瞭然だと思うんだ」


 確かにと納得できる指摘に、クローデットさんは口をもにゃつかせた後、直ぐには言を弄さなかった。


「なら、エレーヌさんはどうするべきだと思うんですか?」


 なので、クローデットさんに代わり、代替案があるのかと尋ねると、エレーヌさんは困った様に頬を掻きながら。


「──交渉を以て開門させる、とかどうかな。宰相閣下が主催したって形で」


 軍部が立てようとしている功績、全てを盗みに行こうと発案したのだ。


 あまりにも大胆不敵で、挑戦的な教唆。

 ……すごく面白い、そう思える内容だった。


 そして、そう思ったのは俺だけではないらしい。

 聞いた瞬間、宰相オクタヴィアの目に勁烈な光が宿る。


 まだ足掻ける手段がある、それを自覚した目をしていた。

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