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第1話 亡命

 気が付けば、中世ヨーロッパみたいな世界に転生していた。


 なんでとか、どうして以前に、"あっ、転生って本当にあったんだ"という気持ちの方が大きかったかもしれない。


 神様の存在は未だに不明だが、仏様の存在は確定されたのだ。



 それはともかくとして、この世界、なんか違和感があった。

 どこか、元の世界よりズレている、みたいな。


 最初の違和感、それは……俺の世話をしに来る召使が、全員男性だったのだ。


 金持ちか貴族の家に転生したのだろう、屋敷の一室で俺を抱き上げるのは執事服を身に纏った男性ばかり。


 こういうの、流れ的にメイドさんがやってくれるものでは?

 心の底から、不思議で仕方なかった。


 それはそれとして、いつもお世話をしてくれる執事さん達には感謝していたが。


 あと、父さんと母さん……今ではお父様とお母様と呼んでいる二人のこと。


 俺の様子を頻繁に見に来る、線の細い茶髪の男性。


「ジル、ジルベール、ミルクの時間だよ」


 乙女ゲーにでも出てきそうな優しい声音の持ち主で、どうやらこの人が俺の父親らしかったのだが……どうしてか、母親ではなく父親が頻繁に面倒を見に来ていた。


 それ自体は、なんか変だけどマメだな、で流していた。

 けど、流石におかしいと気がついたのは母親を見た時。


「ジル~、お母さん頑張って蛮族の首たくさん取ったんだぞ~!」


 急に部屋に現れて、明らかにおかしなことを口走っている。


 金髪で流れるような髪をしている、線の細い女性。

 なのに、その格好に見合わないことを言う。


 頭が混乱して、勝手に泣き出してしまった俺を父は抱き上げて。


「小さな子に、それも男の子にそんな血生臭いことを言うもんじゃない!」


「ま、まさか泣かれるとは。格好つけたかっただけなのに……」


「イキるなら蛮族相手に」


「えー」


 俺をあやしながらチクりと言う父に、不満タラタラな様子を見せる母。


 ……やっぱり、なんかおかしいよな?




 そのおかしさの正体に気がついたのは、俺がよちよち歩きを卒業した後のことだった。


 なんと、家の中でメイドさんを見かけた。

 歳がいってる老年の人だけど、矍鑠としながら。


 しかも、やってることは家事の類ではない。

 家宰として、家のことを取り仕切っていたのだ。



「ばぁや、ばぁやは偉い人なの?」


 ある日、気になってそう尋ねてみたことがある。


「坊ちゃま、なぜそう思われたのですか?」


 俺がばぁやと呼んだらその人は、面倒くさがらずに視線を合わせて会話をしてくれる。


「執事のみんなに、いっぱい指示してたから」


「なるほど、よく物事を見ておられますね」


 ばぁやは、優しく微笑みながら答えてくれた。


「お察しの通り、私はこのネイ家で重く用いてもらっております。かつてはご当主と戦場を駆けていたものですが、寄る年波に勝てませんでな。今ではこうして、剣ではなく筆を持って補佐させていただいております」


「……ばぁやは女子なのに、戦ってたの?」


「坊ちゃま、戦場には女が向かうものでございますよ」


「???」


 どうして、女の人が戦場に?

 そんな疑問が、俺の顔にありありと出ていたのだろう。


「女性には、男性にはない魔力という力が身体に満ちており、力も比べ物にならないのですよ」


 そう言うと、ばぁやは分かりやすく実践して見せてくれた。


 ──近くにあった机を、片手で軽々と持ち上げて見せたのだった。


「おー!?」


「ふふ、ご満足していただけましたか?」


「うん!」


「それはようございました」


 そうして、ここら辺りでようやく思い至った。


 ここは、男女の役割が逆転しているタイプの世界なんだなって。



 それから、何かにつけてばぁやに俺はついて回った。

 色んなことを、忌憚なく教えてくれるから。


 お父様や他の執事が知らない、戦場のことなんかも含めて。


「戦場に、男の人はいないの?」


「昔はおりましたが、戦う役目にはございませんでしたな」


「て言うと?」


「占い師や慰安隊として、活動しておりました。ですが、男性は女性と比べ出生率が3分の2であり、危険に晒すのは良くないということで、そのような役目は次第に無くなりましたが」


「じゃあ、お母様を助けてあげたりはできないんだね」


「その様なお言葉こそが、ご当主の何よりの励みになるでしょう」


「……他意はないんだけどさ、占いの仕方とかって分かる?」


「そのようなところは、ご当主そっくりですなぁ」


「占い、教えて!」


「戦場は遊び場じゃありませんので、ついて行くなどは罷り通りませぬよ?」


「お家から、出かけるお母さんを占うだけだから!」


「……ふふ、良いでしょう」



 ばぁやは、お母様には厳しかったが、俺にはダダ甘だった。


 戦場を駆け続けて、子供どころか結婚する余裕すらなかったと言っていたし、もしかすると俺のことを子供か孫だと思っていてくれたのかもしれない。


 そんなばぁやに、この世界のこと、それから占い師や軍隊、他にも色々と教えてもらいながら、俺は大きくなって。


 齢にして15歳、この世界だと成人だと認められた頃のこと。


 ──俺とばぁやは、最低限の荷物を背負い、山越えを敢行していた。






 何故、そのようなことをしているのか?

 理由は単純──反乱に巻き込まれたからだ。


 ことの発端は、天候の問題からだった。


 俺の住んでいたガリティア王国では、近年驚異的な不作に見舞われていた。


 厚い雲が空を覆い、日差しがほぼ遮られる異常気象のせいだ。


 これによって、作物は実らず、気温は低下し、飢饉と疫病が頻発する。

 負の循環の中に、王国は置かれていた。


 これに対して王国は、他国へ作物の買い付けに奔走することになるのだが……。


 だが、どの国でも似たような状況の只中に置かれており、どの国も作物を輸出するなんて余裕は存在していなかった。


 結果、各国では多くの平民が飢え死にしていく。

 その状況を、利用した奴らがいたのだ。


 先代の王弟であり、現在は大公の座にあったクロタル公。

 彼が、ある主張を唱えたのである。


 ──天蓋は雲で閉ざされ、神の国への扉は閉ざされた。

 ──それは偏に、神の代理人たる人物が不適格だからである。


 ここで言う、神の代理人たる人物とは、女王のことを指す。王権神授説全盛期の中での、あまりに不敬罪な妄言であった。


 バカなことを言うな!


 女王や廷臣はそう思い、大公に逮捕令を出した。

 このご時世で、そのような繰り言を吹聴するのは国家に対する反逆であるのだから。


 だが、女王達は別段危険視をしていなかった。

 その様な言動、もっと言えば男の妄言になど惑わされ、蹶起する貴族などいないと考えたからだ。


 その考え自体、間違っていなかった。

 貴族は、その様な安っぽい扇動を鼻で笑い飛ばしていたから。


 だが、大公の狙いは違った。

 彼が火をつけたのは、貴族へではない。


 ──王都の教会と民衆に対して、彼は放火したのだ。


 特に教会へは、念入りに渡りを付けていたのだろう。


 教会は大公へと尻尾を振り、民衆へと事細かに有る事無い事を語り聞かせた。


 そして、大公が投獄された瞬間、教会は民衆を煽った。


 ──神の正統なる代理人にして、正義の糾弾者である大公が処刑されようとしている、と。


 結果、民衆は暴発した。


 天候が悪いのも、私たちが飢えているのも、夫が居ないのも、男性と行為を交わせないのも、全部全部女王とその取り巻きのせい! となったのだ。


 民衆は牢獄を襲撃し大公を救出した後、大公の部下達により組織化され、一路王宮の制圧に乗り出した。


 また、王に与する貴族達も、この機会に処断しに掛かったのだ。


 俺の家、ネイ家は帯剣貴族であり(領地を持たない、戦功に対して貴族の位で報いられた貴族のこと)、王都に居を構えていた。


 結果、お母様は女王を助けに王宮へと向かい、俺たちは王都からの脱出を図ることとなった。


「お父様、一緒に逃げましょう!」


「……ジル、ジルベール。この家を失ったら、あの人(母)が帰る場所がなくなるんだよ」


「そんなこと、言ってる場合じゃないだろ!!」


「それでも、離れられないよ。……死ぬ時は一緒って、婚約した時に誓ったからね」


 ……お父様は、この状況でも家から離れようとしなかった。

 お母様が、生きて戻らないと悟っていたから。


「ジルベールを頼むよ」


「委細、お任せくださりませ」


「ちょっ、ばぁや!?」


「坊ちゃま、契りに殉じる男性の邪魔をなされてはなりません!!」


 グズる俺を抱えて、ばぁやは最低限の荷物と共に王都を脱出した。お母様から指示があった、女王にのみ知られている脱出通路を使って。


 ……それを女王から知らされるくらい、お母様は信任を得ていた。


 多分、王に何かあった時は、隣に母さんの骸があるくらいの信頼である。




 そうして、二人だけで王都を脱出した俺とばぁやは、そのまま国境を目指した。


 ガリティアに留まっていては、女王のシンパとして処されることは火を見るよりも明らかであったから。


「……なぁ、ばぁや。どうしようもなかったのかな?」


「どのことに対してでございましょうか?」


「……色々に対して」


「坊ちゃまには、どうしようもないことでございました」


「……そっかね」


 逃避行の最中、詮無いことを聞いた。

 ばぁやは色々と教えてくれたから、このことに対しても何か教えてくれるかもと思って。


 ばぁやは、やっぱり教えてくれた。

 ……俺は無力で、何もできることはなかったと、そういう残酷な真実を。



 そうして、どうにか辿り着いた。

 馬車もなく徒歩で、歩いている人々に怯えながらも。

 ……国境付近の、最後の難関に。


「坊ちゃま、これより山向こうのイスペリアへ亡命いたします」


「……大きいな」


「はい、それ故に大公が犯すことのできぬ地へと、辿り着くことができまする」


 マラデタ山脈、ガリティアとイスペリアの国境430kmに渡り連なる、標高3400mの山。


 季節は冬に近づいており、山頂へと近付かずとも山は冷気に覆われている。


 生半可な覚悟で登れば、そのまま朽ちて土に還ることになるだろう。


「……ばぁや、生きてイスペリアに辿り着いたらさ、どうしようかな」


「坊ちゃまならば、何者にだってなれます」


「……商売でも始めるかもしれないからさ、その時はばぁやも手伝ってよ」


「無論、この老耄は坊ちゃまの杖でござりますれば」


「頼りにしてるよ、ばぁや」


 けど、避けては通らない。

 だから、俺は外套を深く被り、ばぁやと共に山へと踏み出した。


 絶対、生きて山向こうへと渡り、そこで何かしようと、心を強く持って。



 山は冷たく、息は凍り、手足は感覚が無く、喉が焼けつくほどに痛かった。


「ばぁや、大丈夫か?」


「無論に、ございます」


 でも、俺よりもばぁやの顔色が白かったのが、何よりも気がかりだった。


 この世界では、女性の身体には魔力が満ちており、男性よりもよほど屈強である。


 けど、ばぁやは言っていた。

 寄る年波に負けて、戦場を引退したと。


 つまりは、魔力だって衰えるってことだ。

 老人に近づくほど、女性も男性と変わらなくなっていく。


 魔力のない、この世界でいうところのか弱い身体になっていく。

 そんなことに、この雪山の中で思い当たった。


「……ばぁや、少し疲れた。休まない?」


「なり、ませぬ。ここは死地、留まるば、死は必定……」


 けど、ばぁやは息を切らせながらも、歩みを止めない。


 意地と責任感で、俺の手を無理矢理引いてでも、山向こうを目指し続けた。


 そうして、俺たちは……。



「いき、てる?」


「えぇ、坊ちゃま、生きておりまするよ……」


 身も心も凍りそうな山脈を踏破して、ボロボロになりながらも山の反対側へと辿り着くことができた。


 あちこちに雪が付着した外套を払いながら、ヨタヨタとした足付きで俺たちは発見した街道を歩いて。


「──あなた方は、ガリティアからの亡命者ですか?」


 辿り着いた関所でされた質問に、辛うじて頷くと共に、ようやく実感できた。


 やっと、休めそうだって。


「よう、ござい、ました……」


「ばぁや!?」


 それと同時に、ばぁやが倒れ伏した。

 深い疲労が、老体を甚振りつくしていたが故に。


 ……その晩、ばぁやは亡くなった。



「坊ちゃまには、教える、だけで……何も、させて、やれ、ませんでした……」


「そんなことないから、元気を出してくれよっ!!」


「です、が……もう、あなたを、縛るものは、無いのです……。男性、だからと、才を、持て余しているのを、感じておりました……」


「無理して喋らなくていいって言ってるだろ!!」


「……どうか、お好きに、生きなされ。男であるから、と……弁え、なくても、良い、のです。あなた、には……きっと、それが、できると、ばぁやは、思うのですよ………………」


「ばぁ、や?」


 それが、最後の会話。

 俺が、天涯孤独になった瞬間であった。




「ガリティアからは、何人も貴族が亡命してきております」


「……はい」


「貴族150名、従者が500名。規模が規模ですので、街に受け入れることができず、現在は難民区として村を建設している最中です」


「……はい」


「あなたには、そこで暮らしてもらうことになると思いますが、宜しいですか?」


「……はい」


 気力が湧かず、ただ口惜しい気持ちで溢れながら案内に従う。


 お父様も、お母様も、ばぁやだって居なくなった。


 俺は無力で、何も出来なかった。

 その事実が、北風以上に身に染みたから。



 そうして案内されたのは、まだ建設途中の開拓村といった風情の場所。


 亡命貴族達はある程度の財産を持ち出せていたようで、ある程度の資産をイスペリア側へと渡して村作りを始めたようだ。


 ……ただ、村に辿り着いたから感じた。


 空気が重い、溺れているみたいだと。


「あなたは……」


 そうして、この村の代表をしている貴族の元へと案内された。


 ここで、この人の指示に従うように、とイスペリアの案内人に言い含められてのことだった。


「新たな仲間、ですわね。ようこそ、と歓迎できる程の物もありませんが……」


 金の頭が軽くウェーブしている巻き髪に、瑠璃色に瞬く瞳。それでいて、若々しく、恐らくは俺と同い年くらいか。


 けど、ラフに白のブリオーを着こなしている姿は、それだけで気品を感じさせられる。


 ただ、その瞳は、深い蒼の切なさを湛えていた。

 この人も、ここに来るまでに色々と投げ捨てて逃げてきたのだと、それだけで察することができた。


 一目見て、同族だと思った。

 失った、傷を舐め合える仲間だと。


「クローデット・ジラールですわ。どうぞ、よしなに」


 草臥れた様で手を差し伸べられて、俺も外套のフードを外して手を握った。


「ジルベール・ネイです。受け入れてくださり、ありがとうございます」


 多分、仲良くなれる、そう思っての握手。

 ただ、彼女、クローデットは、握った手と俺の顔を交互に見ながら、困惑を露わにして。


「…………だ、だだだ、男性、ですの!?」


 そう一言、たまげたように漏らしたのだった。



 後で知ったことだが、この村の住人は従者も含めて全員女性だったらしい。


 何でも、魔力のない男性は山を越えられそうにないし、大公は男だから、同性への情けで殺されることはないだろうと向こうに残してきたとか。


 なるほど、言われると納得である。

 それと同時に、ある意味でとんでも無い所に迷い込んでしまった気分になった。



 ばぁや、世の中ってどうにもならないことで満ちてるんだな。


 孤独を感じずにはいられない瞬間だった。

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