プロローグ
この世界は綺麗だ。そう抱いた第一印象はずっと変わっていない。いつどこに赴任してもこの世界は青くて、桃色だったり、黄色だったり、赤色だったり、白色だったりするのだ。どれも私の世界にはない色、なかった色だ。
それが理由だった。私たちが、私が、戦う理由はそれだけだった。その理由だって、ずっと変わらない――はずだった。
「――、十時方向。敵数三」
――来たか。
生体反応は私もとっくに感知している。でも、もしそんな機能が私の体に付いていなかったとしても、こんな満月の夜にのこのこやってくるなんて相当頭が悪いとしか言いようがない。この世界の夜空で、まるで何も考えていないような面をして浮かんでいるだけの白い月が、どす黒い闇を撥ね返すほどの強い光を放っていることを奴らは知らないのだろうか。
もし知らないのだとしたら、それは致命的な勉強不足だ。
「――、座標、P‐506。境界侵犯確認」
先ほどから報告をしてくる相方の声はいつも通り冷静だった。機械によって滑稽な変異を遂げた彼の声を聞くのもだいぶ慣れた。この世界に存在する技術品だけを使っていたら、この音質が限界だ。
仕方ないのだ。この世界は明らかに、遅れているから。
「――、三十四秒で接触。交戦します」
「待て」
「――、えっ?」
「駄目だ。交戦は、しない」
「――、しかし――」
リスクは避ける。以前の私なら考えられない判断だ。ただこの世界を守るため――そのために戦っていたあの頃なら、私は迷わず交戦する道を選んでいるだろう。誰かに交戦を目撃されることも、うっかり何かを落として地面に穴を開けてしまうことも、ほんの些細なことのはずだった。この世界を誰かに穢されることに比べたら――。
でも、今は、違う。
「交戦は最終手段だ。暫時待機し、静観せよ」
私はそう、指示を出してしまう。
了解、と返ってきた声は相変わらず冷静だったけれど、そのずっと奥深いところには不満が渦巻いているように聞こえた。私は背の高い木の上で、『敵数三』がこれ以上近づいてこないことを祈っていた。こんな満月の美しい夜に、醜く戦いたくなどないのだ。
君らにだって、わかるだろう?
わかってはくれないか?
「――、あと十五秒で接触します」
不自然な星が流れるのを目視で確認し、私は溜息と共に立ち上がった。右手が腰に据えた重々しい武器に触れる。我が相棒は主の意思に反して好戦的なようだ。
あぁ、わかったよ。
それなら、仕方がないね。
「一撃で決める。援護しろ」
せめて美しく散らせてやる。
これ以上、私の好きな夜空を穢してくれるな。




