神器
「てめぇ!───ッグ!!クソッ…魔力切れか…ッ」
───ずきり。
男の瞳孔が開く。激しい痛みを耐えるように頭を押さえた。
魔力切れ───
「遊びは終わりだ!烈火斬!!」
背負っていた薙刀を手にし刃へ───炎が纏わる。
空を走るその烈火が、男の身体へ袈裟懸けに赤く、熱い軌跡を描いた。
血飛沫と共に、傷口から激しい炎が吹き出した。
「ぐがァアアアアアアアアアッッ!ほ…のお…だと!?…G様と…お…なじ…!?……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!」
袈裟懸けに刻まれた赤い軌跡から、身体全体へ激しく燃え盛る炎。
男はそう絶叫しながらも、そう意味深に言い残しては地へと崩れ落ちた。息を引き取る頃には炭のようになりながら。
薙刀に付いた血糊を振り払うと、スライは再び背中に戻す。
その男の言葉を気にしながら。
(…G? 聞いた事があるな。……まぁ後で調べればいいか。それよりも……届けに行くか。こう荒れた場所にその神器とやらを置いておく訳にもいかねぇ)
…
「凄い音がしたけど彼は大丈夫なの?助けに行かなくていいんですか?」
「あいつなら心配ねぇよ。…お、来たみたいだな」
凄まじい音に不安になる彼女を他所にバルロはそう返していた。
何故ならその事は一番自分が知っているから。
そして……何食わぬ顔でその男は神器を持って戻って来た。
「ほらよ、取り換えして来たぜ」
「おお!ありがとうございます…!」
スライは管理人であるスーツ姿の小洒落た初老の男性に箱を手渡した。
直接話すのは初めてだが、迷わずその管理人に渡したのは顔は知っていたからだ。
「今度は隠し通路じゃなくちゃんと金庫にでも入れときな。
つーかそれは何なんだ?」
「───ッ?…ふっふっふ、どうぞ貴方が開いて見て下さい」
そう聞いたスライに管理人は渡された箱を返した。
何かを───知ったよいな含み笑いをして。
「開けっつったって鍵掛かってん…あ、開いた!?」
「やはりそうでしたか」
それは容易く開いた。あの男にはびくともしなかったあの箱が。
「やはりって……何がだ?」
スライの言葉に初老の管理人はにこやかに答えた。
その……神器の事を。
「貴方は炎を扱うことができますね?この神器〔火月〕は古代に造られた薙刀でして、炎を扱う者でなければ開かない仕組みになっているのです。これも何かの運命…貴方様に使ってもらえば神器も喜ぶでしょう」
その箱から薙刀を手に取り、初老の管理人はスライへ差し出した。
手に取った時に分かったのだ。認めるように、封印が解けているのを。
「……分かった。存分に使わせてもらうよ。ちょうど俺の獲物は使い物にならなくなった所だからな」
先ほどの技の影響で背負っていた薙刀は既に形を保つのがやっとであった。既に役目は終えていたのだ。
「柄の部分に血を入れて見て下さい」
「ここか?───うおっ!」
管理人の言われるままに、スライが突っ込んで来た時に出来た掠り傷の血を柄の部分の穴に入れると〔火月〕は炎になり、スライの【身体の中】に入ってしまった。
「…お、おい、どうすんだ。身体の中に入っちまったぞ」
「〔火月〕は不死鳥の尾を束ねて拵えた物でして、血を入れることで持ち主の思い通りに形を変え、いつでも出すことができる武器なのです。貴方様なら使いこなせることでしょう」
突然の出来事に冷や汗をかくスライだがその説明に安堵の息を漏らした。
なるほど…魔道具の一種なのかと。
「……変わった武器だな。おっと、彼女は大丈夫か?」
…
「大丈夫か?」
「足に少し切り傷を負ってる。大方飛んできたガラスの破片だろう。誰かが無茶したせいだな」
簡易的な手当てをしながらバルロが皮肉めいた口調でそう言った。
幸い出血自体は大した事は無い。彼女がスカートでは無くジーンズであったお陰であろう。
「俺のせいか…スマン。とりあえず俺の家に運ぼう。ここじゃ応急処置ぐらいしか出来ない」
手当ての終わった彼女を、スライはヒョイと持ち上げた。
背中に手を回し、膝裏に腕を添えた持ち上げ方──所謂、お姫様抱っこである。
「───ッ!?」
突然の出来事に彼女は頬を赤く染め、慌てたように口を開く。
「ちょ、ちょっと!?一人で歩けるわよ!」
「この病院からも離れたこの倉庫からか?」
「う……」
「どうすんだ?この真夜中に一人で行くのか?」
続け様に聞かれた質問。その言葉に彼女は口を閉ざさるを得ない。
お世辞にもここから医者に見せに行こうにも距離は近いとは言えない程、ましてやこの真夜中に怪我を負った彼女一人で出歩くのは安全とは言えなかった。
少しの間を置き、彼女は折れた。
「…お願いします……」
「…ツマらない意地張らないで最初からそう言えって。誰もとって喰いはしねぇからよ…じゃあ行くか。嶐羅ー!」
近くの次元が──歪む。
『兄貴、もう終わったのかい?』
歪んだ次元から、燃え盛る炎の音と光りを放ちながら──燃え盛る大きな鳥が現れた。
スライが叫びに応えたのは──不死鳥、リュラ。彼もこの数年で大きく成長し、スライを見下ろすまでになっていたのだ。
「ああ、これから帰るところだ。──一人多いが大丈夫だよな?」
『任せとけ!』
「よし、じゃあ頼むぞ。ほら、捕まれ」
スライはそう言うとお姫様抱っこのまま嶐羅に飛び乗り、彼女を前へ乗せて向かい飛び立つ。
「おっと俺もこうしちゃいられねぇ。覇雷! 終わったぜ!俺等も行こう!」
リュラの時と同じく次元を歪ませ、バルロがそう叫に答えたのは電撃の迸る音をさせて現れた──大きな黄色い虎だった。
『終わりましたか?』
黄色と白の縦縞をした、神々しい虎は丁寧な口調でそうバルロに問う。
彼もリュラと同じく運命じみた出会いをバルロとした聖霊であり、相棒であった。
「ああ、これから帰る。頼むぜ」
『仰せのままに…』
バルロはハライに飛び乗り、スライの家に向かって駆け出した。
建物の屋根を縦横無尽に飛び移りながら。
…




