32.エピローグ
全ては人類のために。
――ああ、なんて素敵な言葉だろう。
Dr.メレンゲは感慨にふける。
ここに連れてこられてから数ヶ月間。新鮮な驚きと感動の連続だ。
今ならわかる。自分がやってきた研究はなんと独りよがりで稚拙なものだったことか。
自分が知っていたのは世界のごく一部だったのだ。
Dr.メレンゲは目の前に立つ人物を尊敬の眼差しで見つめる。
年齢は60代後半。身長は160㎝程で男性にしては小柄な体格だ。ボサボサの白髪に着古した白衣からはみすぼらしい印象を受けるが、顔立ちは品良く整っている。
印象的なのはその目だ。見るものを不安にさせるその目。隠しきれない野望と狂気をはらんで異様な熱を帯び、煌々と輝いている。
彼の名は極楽博士。ジョーカー科学部門を総括する科学者にして、怪人たちの生みの親である。
今日は博士とともに、新たに運びこまれた実験対象に、人類の希望ための手術を施す日だ。
手術台に寝かされた実験対象の体に、メスが入っていく。
――ああ!
Dr.メレンゲは感動を抑えきれない。
極楽博士は本当に素晴らしい人だ。深い学識と理論に裏打ちされた技術、一歩先を見通す力、そして科学に対する熱い思い。彼の研究に触れるたびに、“死神医師”など呼ばれていた過去の自分が恥ずかしくなる。
実験対象の体の中から奇妙な物体が取り出され、ドロリと青い液体が垂れる。
――私は今、人類を救うための偉業に携わっている。
Dr.メレンゲの心がいいようのない喜びに満たされていく。
人類を救う、これ以上に崇高な使命はあるだろうか?
しかし、実のところ彼の使命は他にあった。
怪人化を抑える薬、その製法を探ること。それこそが彼の主から命じられた使命。
本来なら、極楽博士の研究ではなく、薬の製造部門への配属を希望するべきだっただろう。
だが、博士の研究があまりにも尊く素晴らしかったので、ついそちらを選択してしまったのだ。
このままだと、また主に“役立たず”と罵られてしまう。
あまりにも成果があがらないので、最近主はイライラしている。怒りが頂点に達するのも時間の問題だ。きっと酷いことをされる。
その時のことを考えると、Dr.メレンゲはどうしようもなく――そう、どうしようもなく、うっとりとした表情になる。
主の美しい声、美しい顔。軽蔑した表情。想像するだけで心が震える。罵られるだけではもの足りない。もっともっと役立たずを演じなければ。
Dr.メレンゲは悩ましげに吐息を吐く。
――ああ、ここは天国だ。
◆◇◆◇◆
――地獄だ。俺はずっと地獄にいる。彼女を失ったあの日からずっと。
いいようのない虚しさと彼女を理不尽に奪われた憎しみだけが胸の中でくすぶり続けている。
――ジョーカーを倒さねば。そうしなければ、俺はきっと生きていけない。
生きる意味を失った自分には、目的が必要だ。
彼女がジョーカーに攫われ殺されてから、もう何年も経つ。
復讐を成し遂げるため、彼は着々と準備を進めてきた。
仲間を増やし、資金を集め、自分の体を犠牲にし、やっとここまできたのだ。
しかし、最近になって徐々に計画が狂い始めている。
スターレンジャーという奇妙な奴らの出現。そして、株式会社MRFの一件。
仕方がないとはいえ、山田を殺さなければならなかったのは、手痛いミスだった。
あれ以来、組織からずっと疑いをかけられている。
スターレンジャー、そしてカマキリソルジャー。
自分の計画を阻害する二つの要因。なんとしても取り除かなければ。
それにしても――ある二人の人間の顔が思い浮かぶ。
あの二人。あの仲の良い二人は、片方が失われたとき、どのような反応を見せるだろうか? 自分のように復讐の道を突き進むか、それとも……。
いや、やはり二人同時に殺してやろう。それが慈悲というものだ。一人とり残されることほど、つらいことはないのだから……。
◆◇◆◇◆
――二人は大丈夫だろうか?
彼は先日のことを思い出す。
まさか怪人が交渉しにくるなんて夢にも思わなかった。彼の前に現れた怪人は、聞いていた話とは違って、理性があり、感情があるようだった。にもかかわらず、自分たちの組織が何のためにあるのかわかっていないという。
どうやらジョーカーという組織は、彼が思っていた以上に歪な構造をしているらしい。理由もわからず、怪人が命をかけて戦っているのは驚きだった。
また交渉しに来る。確かに怪人はそう言っていた。
交渉にのるフリをして、ジョーカーの基地の場所を突き止める。本当はそれが一番楽なのだが、あの二人はそれを嫌がるだろう。
彼はそっとため息をつく。
二人とは子供の頃からずっと一緒にいる。何を考えているのか、聞かなくてもだいたいわかる。
この間、怪人と会話をしてから少なからず二人は動揺している。恐らくこのまま無理に使命を遂行すれば、ひどく傷つくことになるだろう。それはできれば避けたかった。
――どうしたものかな。
このまま黙って上の決定に従うか……。いや、それでは面白くない。
そもそも、目的達成のためとはいえ、今まで自分は大人しくしすぎたのではないだろうか。せっかくあいつらの目の届かないところにいるのだ。もっと自由に振る舞うべきではないか。
――そうだな。やはりここはもっと俺らしくいくべきだ。
口元に笑みを浮かべる。彼は二人のために、計画を練り直すことにした。
これにて二章完結です。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
三章についても、書きたまってから定期更新する予定です。(詳細は活動報告にUPします)
また読んでいただけたら嬉しいです。
では、次は三章でお会いしましょう。