27.遭遇! ジョーカー最速の男 “鈴鹿セナ”
エレベーターの扉が開くと、見慣れた景色が目の前に広がっていた。
高さ50メートル近くある洞窟の天井には無数の電球がぶらさがり、洞窟内をオレンジ色に照らしている。天井からつり下がっている巨大な輪は、怪人エアレース“空飛野郎”で使われる、コースの輪だ。
洞窟の中層から上層にかけての壁にはキューブ型の建物がくっついていたり、穴があいている。あれは、空を飛ぶ怪人たちの家。
ジョーカーの怪人は人間らしい家を好む者もいれば、穴を掘っただけの巣のような家を好む者もいる。末端怪人は巣のような家を好み、小幹部以上は人間の家を好む傾向にある。石造りの家が多いのも特徴だ。
エレベーターから向かって右にあるドーム型の建物は、怪人格闘場“Zero”。ビッグ5の一人、ロッキーが作ったもの。
逆に左にある円形の建物は “バグズスタジアム”。怪人エアレースの“空飛野郎”の観覧場や、怪人バンド“INSECTS”のライブ会場として使われている。
エレベーターから真っ直ぐ突き進んだ町の中心にある立派な建物が、怪人たちが住む寮。ジョーカーが建てたのは、この寮だけ。他の建築物は、全て怪人たちの自作だ。
町全体が統一感がなく雑多な感じになっているのは、ちゃんと計画をせずに適当に作ったから。皆が好き勝手に家を建てた結果ね。
エレベーターのすぐ側でチェックを受け、中に入る。
秋舘のオフィスはスタジアムの近くにあるヘンテコな建物。目立つからすぐにわかる。
オフィスに向かいつつ、龍司と二人で作戦を練る。
「交渉は俺がする」
……龍司が?
「大丈夫? アイツには脅しなんて通用しないわよ」
相手が大幹部だろうが何だろうがお構いなし。ホントふてぶてしいヤツなの、秋舘は。
「わかってる。脅すつもりはねーよ」
「アイツに売る情報なんてあるの?」
「それについては思いついたことがある。あいつ、絶対に食いついてくるぜ」
思いついたこと? 一体なんだろう?
秋舘が食いつきそうな情報なんてパッと思い浮かばないけど……。
「本当に大丈夫?」
「心配すんなって。うまくやるからよ」
自信ありげに言う。
ここまで言い切るなら、大丈夫かな。
龍司は単純そうに見えて、意外とかけひきもうまい。
ポーカーフェイスっていうの? 何考えてるか読めないことがあるし。
「私は何をすればいいの?」
「お前は黙って後ろで見ていてくれ。俺が何を言っても、口出しするな。ジョーカーの情報はあくまで俺が調べていることにするんだ」
「……何で?」
「念のためだ。深い意味はねぇ」
「でも……」
「いいから。その方が色々と都合がいいんだ」
「……」
納得いかない。
ジョーカーを調べると言い出したのは私。龍司は巻き込まれただけなのに……。これじゃ、何かあった時、龍司のせいになっちゃうじゃない。
「わかったな?」
「……」
「綾、いいな?」
龍司が強い口調で念を押してくる。
「……わかった」
渋々頷く。
……いいわ。いざという時は思いっきり口出しするから。龍司に責任を負わせるつもりはないもの。
二人で打ち合わせをしながら、バグズシティのでこぼこした道を歩いて行く。
スタジアムの前を通りかかったとき、突然上から声をかけられた。
「おーい、龍司!」
声がした方へと振り向く。
軽やかな動きで怪人がこちらに飛んでくる。若草色の外殻にターコイズブルーの縞模様。そして背中には四枚の羽。色合いは違うが、龍司の怪人の姿によく似ている。
飛行部隊の中幹部にしてビッグ5の一人――鈴鹿セナだ。
「おう、セナか」
龍司が手を上げて応じる。
セナは龍司と同じトンボの怪人。ギンヤンマの遺伝子を持つ彼の飛行速度は圧倒的。いつも恐ろしいスピードで突っ込んでいく。
その恐れ知らずな飛び方は、頭のネジがとんでいるんじゃないかと言われるほど。誰も彼にはついていけない。まさに“ジョーカー最速の男”。
彼は私たちの目の前に降り立つと、龍司と私を見てニヤニヤと笑った。
「デートか。相変わらず仲がいいねぇ」
「ばーか、そんなんじゃねぇよ」
龍司が軽口で応対する。
「セナは何やってんだ? 空飛野郎の整備か?」
「ああ。今、新しいコースを設計してるんだ。そろそろ変えたくてな」
「新しいコース……」
ピクッ。龍司の表情が変わる。
「それは、いつ頃できるんだ?」
「春には完成させるつもりだ。おそらく、鈴鹿杯がこいつのお披露目だな」
「コースの長さは?」
「それは……」
龍司がセナを質問攻めにする。セナはセナで、それに楽しそうに答える。
これは長くなりそうな予感……。
説明すると、“空飛野郎”というのは、怪人のエアレースのこと。飛行能力を持つ怪人が、決められたコースを進み、早くゴールしたものが勝ちというルール。セナが運営しているの。龍司もよく選手として出ている。
レースはただスピードを競うだけじゃなくて、ぶつかり合ったり、障害物を避けたり、色々な要素がある。だから、ただ速いだけでは勝てない。ケガ人も続出する、激しいレースなのだ。
二人は熱心に新しいコースについて話し合っている。
……そろそろ切り上げてくれないかしら。
“早く終われ、終われ……”
龍司に念を送る。
――全く気づく気配がない。
「おっ、そうだ!」
あれっ? セナが反応した。
「スパイダーレディ、またトラップ作るの手伝ってくれよ」
なんだレースの話か……。
トラップというのは、コースに設置する罠のことね。私もたまに作るのを手伝っているの。
多くの選手に敗退を余儀なくさせた “スパイダーレディのクモの巣地獄”は空飛野郎でも有名だ。第1回鈴鹿杯ではこのトラップが大活躍。皆見事に引っかかった。
その時からね。私が空飛野郎の選手達から “鈴鹿杯の悪夢”と呼ばれるようになったのは。
……まったく、人のこと“悪夢”だなんて失礼しちゃう。
イメージ回復のために、さりげなく巣の形をハート型にしたり、クマの形にしたりと、かわいく見えるよう工夫している。でも全然効果がないの。どうしてかしら?
「いいけど、今は忙しいから暇なときにね」
誰かさんに言い聞かせるようにして言う。
――反応なし。
……蹴っ飛ばしてやろうかしら?
「おう、頼むな」
私の気持ちも知らず、ニコニコと笑顔で答えるセナ。
相変わらず、レースの時とは別人ね。
「龍司も意見を聞かせてくれよ。なんなら今からでも少し見ていくか?」
「今から……」
龍司がチラリと私を見る。
「なぁ、綾……」
「ダメよ!」
ピシャリ。最後まで言わせない。
「……少しだけ。少しだけならいいだろ?」
「ダメよ、絶対にダメ!」
少しで終わるわけないでしょ。さっきもずっとしゃべってたくせに。
「でもよ……」
あきらめきれない龍司。頑なに拒否する私。
何度かそういったやりとりを繰り返した後、最終的に龍司が折れた。
「……悪ィ、セナ。今日はこいつとこれから用事があるんだ。コースの話はまた今度な」
未練がましそうな顔で言う。
当然でしょ! 秋舘との交渉はスターレンジャーに関わる重大なことなのよ。どうしてコースなんか見に行けるのよ?
私がプリプリしていると、セナが突然吹き出した。
「ぶはっ。相変わらずだな、お前たちは」
「何がおかしいのよ?」
ジロリとセナを睨み付ける。
「そう怒るなって、スパイダーレディ。俺が悪かった。もうデートの邪魔はしねぇからよ」
笑いを噛み殺しながら言う。
「……デートじゃないってば」
ボソリと否定する。
「セナさーん、ここどうします?」
頭上から声が降ってくる。どうやら空飛野郎のコースを整備しているらしい。
「ちょっと待て。今行く!」
セナはそう叫ぶと、飛翔し始めた。
「すまねぇ、呼ばれたから俺もう行くわ」
「ああ、頑張れよ」
龍司が声をかける。
「おう、お前らもな」
セナは笑いながらそう言うと、その場から飛び立ち、あっという間に私たちの目の前からいなくなった。
◆◇◆◇◆
「新しいコースか。どんなんだろうな……」
まだ言ってる。
龍司ったら、“空飛野郎”のことになると、周りが見えなくなるんだから。
龍司は“空飛野郎”のトップランナーなの。セナといつも熾烈なトップ争いをしていて、二人のレースはバグズシティの名物になっている。ファンも多い。
セナはギンヤンマをベースにしたトンボの怪人で、龍司はオニヤンマをベースにしたトンボの怪人。スピードはセナの方が早いんだけど、パワーとスタミナは龍司の方が勝っているのよね。
レース毎では龍司が勝つこともあるけど、通算では今のところセナが圧勝している。セナの飛行技術はそれほど飛び抜けているの。
それに、セナは龍司の師匠でもある。ジョーカーに来たばかりの頃、龍司はセナから怪人化のコントロールや飛行技術を教わったの。その時、龍司は15歳、セナは22歳……だったはず。
右も左も分からない龍司を、副官としてサポートしたのもセナ。
龍司にとってセナは、尊敬する師であり、信頼できる副官なの。
もしかしたら、二人の勝負は、単なる勝ち負け以上の意味があるのかもしれない。
チラリと龍司を見る。
心ここにあらず、といった様子だ。
あっ、ちょっと!
「龍司、どこ行くつもり?」
そっちは秋舘のオフィスとは別方向でしょ。
「おう……」
「もう! しっかりしてよ」
龍司の腕をガシッと掴む。そのまま、秋舘のオフィスへと引っ張っていくことにした。
次回、日曜日に更新。
「交渉! 情報屋“秋舘文春”」