08.注意! トラブルメーカー“生富綾”①
「綾のことをどう思ってるかって、いきなり何だよ?」
「だって、やけに気にするじゃない、綾ちゃんのこと。ねぇ、どうなのよ?」
B・Bは、期待をこめて龍司を見る。
「……お前、何か勘違いしてねぇか?」
「勘違いって?」
「俺と綾はそんなんじゃねぇ。どうもこうもあるわけねぇだろ」
「あら、それにしてはあんた、やけに綾ちゃんのこと構うじゃないの?」
B・Bが負けじと言い返すと、龍司はやれやれといった表情を浮かべた。
「お前は全然わかってねぇ」
「何がよ?」
「お前、綾のことどう思う?」
「綾ちゃんのこと……?」
B・Bは考え込む。
綾のことは嫌いではない。
知り合いに似ているせいか、妙な愛着を感じることがある。
しかし、彼女は警戒心が強く、中々気を許してくれないのだ。
そんな綾だが、龍司に対しては明らかに態度が違う。
龍司も綾のこととなるとうるさいし、絶対何かあると思うのだが……。
「どうって……。ちょっとひねくれてるけど、かわいい子じゃない。あんたに相当懐いているみたいだし」
「それだけか?」
それだけとは……? B・Bは首をひねる。
「ミスすることもあるけど、綾ちゃんのあの能力は強力だわ。催眠も糸も、使いこなせば、相当強い武器になるわよ」
実際綾の能力はやっかいだ。相手の記憶や心を操る力は脅威になりうる。
「他は?」
他……? 他に何かあっただろうか?
「他って言われても……。そうねぇ、意外とよく食べるわね。この間、食べ物をあげたら、目を輝かせていたわ」
「やっぱりな」
龍司は“ほらみたことか”とでも言わんばかりの表情をする。
「……やっぱりって?」
「そんな答えしか出ないお前は、幸せな奴ってことだ」
「はぁ、幸せ?」
B・Bは困惑する。
なんだかすごくバカにされている気がするが……。
「綾といえば、トラブルだ。それ以外ねぇだろ」
龍司がきっぱりと言い放った。
「あいつはな、厄介事を運んでくる天才なんだ。無意識のうちにそれを拾ってきては、周りを巻き込んでいく。あいつのことよく知ってる奴は、皆警戒してるんだぜ?」
「要はトラブル体質ってこと?」
「そういうことだな。俺はあいつのトラブルに何度も巻き込まれているんだ。俺だけじゃねぇ。カマキリの野郎も、副官の奴らもだ。ここら辺は常連だな」
カマキリソルジャーも……。
そういえば、会議の後に、カマキリソルジャーは綾を執務室に呼び出していた。あれは、一体何だったのだろう? スターレンジャーの話だろうか、それとも……。
「そのこと、本人はどう思ってるの?」
「どうも思ってねぇな。あいつにはその意識はねぇんだからよ。周りを巻き込むだけ巻き込んで、本人はケロッとしてやがる」
「でもそんなに頻繁にトラブルを起こしてたら、さすがに気付くんじゃないの?」
龍司が小さく息をつく。ジョッキの中のビールはすでに空だ。
「あいつ、ずっと組織にいるせいかちょっとその感覚がズレてるんだよな。トラブルをトラブルと思ってねぇ。普通の人間ならもっとパニックになってもいいことを、サラッと流すんだぜ?」
「トラブル慣れしてるのかしら?」
「だろうな。それに、あいつ、悪運が強いんだ。終わってみると、なぜかあいつの思いどおりになっていることが多い。そのせいもあるな、きっと。逆に、その陰で俺らはとんでもない目に遭っているわけだが……」
そう言って、龍司は遠い目をする。
どうやらこの件に関して、彼はとても苦労しているらしい。
「でも私は綾ちゃんのトラブルに巻き込まれたことないわよ」
「そりゃあ、お前が今まであまり綾に関わってこなかったからだ。だが、それも今日までだ」
龍司が意地の悪い笑みを浮かべる。
「……どういう意味よ?」
「長年、あいつに振り回されてきた俺の勘が言っている。今、あいつはとてつもない厄介事を抱えている、とな」
「……」
「覚悟するんだな。きっと苦労するぜ? お前も」
龍司がビールを追加注文する。
どうやら機嫌が少し回復したようだ。
「不吉なこと言わないでよ。どうせ一番苦労するのはあんたでしょ」
「うっせぇ。お前も同類なんだよ。大変な目に遭いたくなかったら、早めに手を打て」
「そう言われてもねぇ……」
何が起こるのかわからないのに、どうやって手を打てというのだろう?
「綾について、何か気がついたら……」
龍司はそう言いかけて、突然黙り込む。
「なによ? どうかした?」
不思議に思って、B・Bが尋ねる。
「そういやぁ、綾のヤツ、最近雰囲気が変わった気がするんだが、お前何か知っているか?」
ああ、そのことか。
それは、B・Bも思っていたことだ。
綾は基本的に気を許した相手以外とは、必要最低限のことしかしゃべらない。
これまでB・Bが話しかけても、素っ気なく返されるだけだった。
ましてや誘いになど、絶対に乗ることはなかった。
それがどうだろう?
この間の、マルカトラズ連邦刑務所の任務。その後の観光。B・Bは、あの時、ダメ元で誘ったのだ。まさか綾が誘いを受けるとは思ってもみなかった。
それに観光中の態度も非常に柔らかいものだった。まともに会話などしてくれないと思っていたのに。
そういえば、この話前にもした気がする。確か、その時のB・Bの結論は……。
「もちろん知ってるわよ。綾ちゃんと話したもの」
そう言って、ニッコリと笑ってみせる。
「なんだよ? 綾と何を話したっていうんだ?」
「単純な話よ。つまり、綾ちゃんに好きな人ができたのよ」
B・Bはわざと大げさに言ってみせた。
「……それ、綾が言ったのか?」
「さぁ、どうだったかしら?」
しれっと流すB・B。
ちなみに、綾はそんなこと一言も言っていない。
むしろきっぱりと否定していた。
しかし、そう言っては面白くない。
「嘘だな。綾がお前にそんなこと言うはずがねぇ。どうせ、お前の勝手な想像だろ?」
「あら、ひどいわね。何の根拠があってそんなこと言うのよ?」
「根拠も何も、あいつ全然恋愛している感じじゃねぇだろうが」
「そうかしら? 表情が柔らかくなったし、よく笑うようになったわよ」
「……前からだろ」
「そう? まぁ、私も好きな人までは教えてもらえなかったけど、綾ちゃんの好みのタイプはちゃんと教えてもらったのよ?」
「なんだよ? あいつの好みのタイプって?」
「あら、気になる?」
「……さっさと答えろ」
龍司が苛立った様子で催促してくる。
B・Bはニヤニヤしながら、切り出した。
「綾ちゃんはね、落ち着いた大人の男が好きらしいわよ。紳士的な人がいいんだって」
それを聞いた龍司が驚いた顔をする。
「なんだ、それ。まんま俺のことじゃねぇか」
な……!
B・Bは思わずジョッキを取り落としそうになる。
「……綾ちゃんは紳士的な人がいいって言ったのよ?」
「それはさっき聞いた」
龍司が平然と言う。
な、なんだ? こいつの自己評価は一体どうなっているんだ?
呆然とするB・B。
しばらく何も言えずにいると、龍司がニヤリと笑った。
「冗談だ、冗談。そこまで驚くこたねぇだろ。ったく」
「……一瞬、本気だと思ったわよ」
B・Bがあきれたようにつぶやく。
この男はたまにどこまで本気かわからない時がある。
単純そうに見えて、意外と食えない奴なのだ。
その時、店員が新しいビールと唐揚げを持ってきた。
揚げたての唐揚げの臭いが鼻腔をくすぐり、食欲をかき立てる。
早速、龍司が唐揚げを一つ取る。
B・Bも負けじと唐揚げを口に放り込んだ。
うまい! パリッとした香ばしいころもにジュワーッと口の中いっぱいに広がる肉汁。
ものすごい勢いで次々と唐揚げを口の中に運んでいく。
あっという間に唐揚げの皿は空になった。
「それにしても、紳士って、あいつ男に夢見すぎじゃねぇの?」
龍司が空になった皿を残念そうに見ながら言う。
その声にはどこか不満気な響きがあった。
「別にいいじゃない。夢ぐらい見たって」
「よかねーだろ、あいつ絶対変な男に騙されるぞ。紳士だぁ? んなもんいるわけねぇだろ。アホか」
「……あんた、そんなこと言ったら綾ちゃんと喧嘩になるわよ」
「んなこと言うかよ。俺は空気が読める男だぜ?」
嘘をつけ、嘘を。空気なんか読んだことないくせに。
そうツッコミたいのを我慢する。
「けど、実際あいつ優しくされるのに慣れてねぇから、ちょっと甘いこと言われたらコロッと騙されそうだろ?」
なるほど! B・Bはピンとくる。
「わかった! あんた、そうやって綾ちゃんを手なずけたんでしょ。悪い男ね」
「んなことするか! てめぇ、俺に喧嘩売ってんのか?」
龍司が怒鳴る。B・Bは声を立てて笑った。
「冗談よ、冗談。でも、あんたと綾ちゃん仲良いでしょ? なんでか不思議に思ってたのよね」
「なんでって……。そりゃあ、昔から俺があいつの面倒を見てきたからだろ?」
龍司が当然のように言うが、やはり腑に落ちない。
「あんたって、そんなに面倒見が良いタイプなわけ? 子供好きとか?」
「いや、別に」
「じゃあ、なんでよ?」
龍司がビールをグビッと飲み干す。
そして何でもないことのように言った。
「俺はな、歳が近いって理由で綾の世話係を押しつけられたんだよ。あのカマキリの野郎にな」
次回、木曜日に更新。
「注意! トラブルメーカー“生富綾”②」