34.異世界転移、きたぁぁぁ! あれ? デジャヴ……
えっと。
驚いて、勘違いしないでね。
間違ってないからさ。
***
「ありがとう。今日の試合は、私の人生で最高の時間だった。一生忘れない」
高校三年の、剣道インターハイ全国大会の決勝。
アタシに勝利した日々華は、そう言って掌を差し出した。
「……なに言ってるの。もっとすごい景色、アタシが見させてあげるから」
アタシもそう応えて、震えるほどの歓喜を堪えながら、差し出された掌を握り返した。
その時だった。
〈こんなところに、いたのか〉
男の声が唐突に響いた。
「!? 香苗ッ!」
「日々華、手を離さないで!」
アタシと日々華は突然、真っ暗な空間に落とされた。
剣道の聖地、武道館がすごいスピードで上に遠ざかっていく。
「香苗ぇぇぇっ!」
「離さないで! 絶対に離さないから!!」
遠ざかる日本とともに、意識も遠くなっていく。
抱き合うアタシたち。
そして刹那とも永遠とも思える時間の後、ふたたび世界が広がった。
その場所は――
***
「日々華ッ!?」
抱きしめていた感覚が、消失した。
アタシの両腕は空を切る。
「えっ……、何? ここ、どこ!?」
武道館の地下……のはずはない。
見上げればそこには、鈍色の曇り空。まごうことなく屋外だ。
周囲を見渡すと、見慣れない建物が並ぶ。
日本ではありえない、どこか外国の街中のようだった。
しかも車も通らず、信号機もない。
なんだか暗い雰囲気の、中世ヨーロッパ風の街並み。
街を歩いている人々の古風な服装、スマホ持ってる人なんか一人もいない。
昔の外国にタイムスリップ……?
違う!
あそこに停まってる馬車、よく見たら馬じゃなくて角が生えてる!
ユニコーンだ!
あっちには、なんだか不自然に背の低い髭の筋肉おじさん……あれってドワーフじゃないの!?
(あっ!)
あそこの屋台みたいな店。なんかの肉を焼いてるみたいだけど、あれ燃えてるのは木の薪とかじゃない!
キラキラした宝石みたいなのから火が出てる!
魔法? 魔法なの? ここは魔法の国か何かなの?
ここ、これって、もしかして……!
「異世界転移、キターぁぁぁ!!」
思わず大声を上げてしまう。
驚いてアタシを見る、通行人の方々。
いかんいかん。
アタシはまず、自分の姿形を確認する。
(剣道着じゃない……鎧?)
見た目と肌触りからして、皮の鎧ってやつかな。
RPGで序盤の定番の鎧だけど、今着てるこれは、決して安物じゃないっぽい。
金属にも負けないくらい硬いし、ところどころに金と銀で刺繍されてて、なんだか不思議な力も感じる。
そして腰に差してるのは、西洋風の剣。
装飾された白い鞘に収まってて、柄尻に綺麗な宝玉がついている。
(すごい、カッコいい剣だな。レベル高そう)
周りの人に驚かれないように注意して、こそっと鞘からちょっとだけ抜いてみた。
ピッカピカの鏡みたいに綺麗な刀身。
そこに映ったのは、いつもと変わらないアタシ、黒崎香苗の顔。
どうやら現代日本で死んでからこの世界に転生して、今になって前世の記憶が甦ったとかじゃないみたいだ。
転生じゃなくて転移、で間違いないだろう。
(……って、そうだ!)
こんなことしてる場合じゃない。
一番最初に確認しないといけないことが!
アタシは周囲を見回す。
ここは街中の広場みたいな場所だった。
噴水があって、割と開けた場所で遮蔽物はあまりない。
(やっぱりいない……!)
走り回って彼女を探そうとした、その時だった。
「きゃっ……」
女の子の、小さな悲鳴のような声が聞こえた。
振り返ると、アタシは視界の端にそれを捉える。
さっき見たユニコーンの馬車。その中からドレスを着た幼い少女が、怪しげな兵士たちに追い立てられるように、路地裏へと連れ出されていったのだ。
(今のって、もしかして誘拐!?)
さあどうする。
こちとら異世界転移したばかりで右も左も分からない、ラノベでいったら第一話の状態だ。
ましてアタシには、急いで確かめないといけないことがある。
(だからって……見逃せない!)
アタシは、少女が追い込まれていった路地裏に駆け出した。
***
薄暗い路地裏。
袋小路になった場所で、ザ・お姫様なドレス着た可愛い女の子は、完全武装の兵士たちに囲まれていた。
「おやおやぁ? アルレシア王国の女王様がお一人、魔導帝国レフトの王都で何してはったんですかぁ?」
んん?
「ち、近寄らないで下さい! すぐに護衛の者たちが駆けつけます。ワタクシに何かあれば、レフトとアルレシアの外交問題になりますわよ!」
「ホンマに女王様でっかぁ? 怪しいもんやなぁ」
んんん!?
えっと、ツッコミどころが沢山あったから、箇条書きにしてよい?
・明らかに日本語じゃなかったのに、会話が理解できた。
・こんな幼い、日本でいったら中学生くらいの女の子が、女王?
・なんかセリフが説明臭いような……気のせい?
・兵士の一人は女だ。兜を目深に被ってて顔はよく見えないけど、声で分かる。
・その女兵士の言葉が怪しい関西弁。
まあでも、女の子のピンチは間違いないっぽかった。
「なんでウチがこないな……」
「頭領」
「わかってんで。……とりあえず女王様、本物でも偽物でもいいから、ウチらと一緒に来てもらいまひょか」
女兵士は部下となにかコソコソ喋ったあと、女の子に向かって近づく。
「お断りします」
「なら力づくや」
「くっ……!」
スラリと剣を抜く女兵士と、その部下たち。
なんか色々違和感あるけど、とりあえず!
「待ちなさいっ!」
アタシは袋小路の路地裏に飛び込んで、声をあげた。
兵士たちはいっせいにアタシに振り向く。
真ん中にいた怪しい関西弁の女兵士が前に出てきた。
「なんや、お姉さ……ネエチャン」
「アタシの言ってる言葉も、分かるのね?」
「はあ? 当たり前やろ」
よし、こっちの言語も問題ないみたいだ。
さすが異世界ファンタジー。
「事情はよく分かんないけど。小さい女の子に寄ってたかって力づくは、良くないんじゃないかな?」
「ネエチャンに関係あるんか?」
「アタシの目の前で起きることで、アタシが関係ないことなんて一つもないから」
そう言ってアタシは、腰の剣をすらりと抜いた。
両刃の西洋剣か、うまく扱えるかな?
「やる気か? こっちの人数考えろや。ネエチャン、後悔するで」
「そっちこそ。間違って大怪我させたら、ごめんね」
アタシは剣道の中段に構える。
敵の数は、女兵士を合わせて五人。
立ち居振る舞いから見て、それなりの手練れっぽくはあるけれど。
(……日々華に比べたら、足元にも及ばないね)
少し下がれば路地裏の、建物の壁に挟まれた狭い道だ。
一対一になれるし、そうなればアタシは誰にも負けない。
「……やっぱり、こうなるんは当たり前やな」
「え?」
「わかった。降参や」
「へ?」
女兵士は抜いた剣を鞘に納めて、両手を挙げた。
周りの他の兵士たちも同じように、武器を納めて両手を挙げて、敵意がないことを示す。
(あ、あれっ? ピンチの女の子を助ける、異世界の初バトルは??)
「お前ら、ここは退くで」
「了解」
兵士たちは呆気に取られているアタシの横をすり抜けて、あっさりと立ち去って行った。
「ど、どういうこと……?」
とりあえずアタシも、剣を鞘に納める。
なんだったんだ、いったい……
「ありがとうございました、カナエ様」
「うおわっ!?」
不意に後ろから名前を呼ばれて、飛びあがるほどに驚いた。
振り返れば、声をかけてきたのは、さっきの可愛い女の子だ。
いつの間にかすぐ後ろに立っていて、アタシを見ていたみたい。
「助かりました。……どうしました? カナエ様」
「いや、お礼なんていいよ。アタシ何もしなかったし……あれ?」
アタシは気づいて、少女に尋ねる。
「あのさ。どうしてアタシの名前知ってるのかな?」
「それはワタクシが、カナエ様を良く存じ上げてるからですわ。勇者様」
ニコリと笑う、金髪の少女。
うわ。今さら気づいたけどこの子。かなり可愛いな!
タイプかも。ゲフンゲフン。
ん? 待って。今……
「アタシのことを勇者って言った?」
「はい。貴女は魔王を倒しこの世界テスラ・クラクトを救った勇者、サリアの転生ですわ」
「はい転生要素もキタぁぁ! ってちょっと待って!」
落ち着け、冷静になれ。
夢のラノベワールドに来た興奮は置いといて、何よりも先に確認しなきゃいけないことがある!
「ねえあなた、名前は?」
「ターニャと申します。この国ではないですが、少し離れた場所にあるアルレシア王国という国の、女王を務めさせて頂いております」
「本当に女王様なの!? その歳で?」
「はい」
「そ、そう。まあ詳しくは後で聞くね。それで、あのさ」
アタシは周囲をキョロキョロ見回す。
「アタシのこと知ってるんだよね。あのさ、日々華も一緒にいるんだよね? あの、長い黒髪の、すっごい美人な、アタシと同じ歳の女の子なんだけど」
「ヒビカ様……ンン、ヒビカさん、ですか?」
なんか不自然な咳払いしてから、コクンと首を傾げるターニャちゃん。
少し考えたような仕草をした後で。
「いいえ、そのような方はいらっしゃいませんわ。カナエ様はニホンからお一人で、このテスラ・クラクトに来られました」
「うそ、そんなはず、ないんだけど……」
だって確かに、アタシは日々華と抱き合って武道館から落ちた。
あれが異世界召喚だったとしたら、日々華も一緒に転移したのは間違いないんだ。
「ねえ、嘘でしょ……」
泣きそうになってしまう。
大好きな異世界転移、ラノベの世界。
でも隣に日々華、貴女がいないんじゃ。
「日々華ぁ……」
こんな世界に来ても、意味ないのに……
「カナエ様ッ」
ターニャちゃんが、思わずといった感じでアタシの手を握った。
「大丈夫ですっ」
「え? ……なにが?」
一瞬、すごい真剣な表情になったターニャ女王に驚いて、アタシは問い返した。
彼女は慌てて手を放す。
「い、いえ、なんでもありません。……カナエ様はこの世界に来る前、そのヒビカさんという方と、ご一緒だったんですか?」
「そうだよ。アタシは日々華と、今までずっと一緒だった。これからもずっとそうなんだ。そうじゃなきゃ、いけないんだ」
自分に言い聞かせるように、アタシは答える。
ターニャは頷いた。
「分かりました。ではワタクシと一緒に探しましょう」
「いいの!?」
「もちろんです。ここはワタクシの国ではありませんが、他にも一緒にきた仲間たちもおります。手分けをして探しましょう」
「うれしいっ! 助かる、ありがとう!」
飛び上がって喜んで、アタシは思わずターニャをギュッと抱きしめてしまった。
「あぅ……」
なんか可愛い声を出して、ターニャは耳まで真っ赤になった。
? なんで?
って、ヤバい。
「ごめん! 慣れ慣れしかったよね!?」
慌てて離れて、アタシは謝る。
ターニャは俯いてモジモジしながら。
「い、いいえ、とととんでもナイです……」
恥ずかしそうにしながら、上目遣いにアタシを見つめた。
「やっべ、ターニャちゃん可愛いね……」
思わず口から漏れ出る本能。
違うから。
アタシはもちろん日々華一筋だよ?
でもまあ日々華と再会するまでの間、一緒にいるのが可愛い女の子なのは、それはそれで最高じゃん。
「そそそそ、そんな、カナエ様、やめて下さい……」
「あ、いけない。そうだよね。ターニャちゃん女王様だもんね。これ不敬罪とかなっちゃう? ちゃんづけもマズいか。陛下って呼んだらいい?」
アタシがわざと軽い口調で畳みかけると、ターニャはまだ頬を赤くしながらも、くすりと笑った。
「陛下はやめて、どうぞ名前で呼んで下さい。カナエ様は、ワタクシを……」
なんだか熱っぽい目で見つめてくれるターニャ。
「ワタクシの国、アルレシアを救ってくださった勇者なのですから」
「えっと……それって、アタシがこの世界に来てからの話かな? 悪いけど、全然記憶がないんだ。最初から説明してくれないかな」
「もちろんです」
素直ないい子だ。
こんな幼くて素直な子が女王とか、どういうことなんだろう。
「あっちにあるユニコーンの馬車は、ワタクシのものです。詳しくはあの馬車の中で、街中をヒビカさんを探しながらお話しましょう」
「了解ッ!」
アタシはビシッと敬礼してから、ターニャの手を握った。
「えっ?」
「あ、ごめん。なんかターニャちゃん、妹みたいで可愛いからさ。いやアタシ妹いないケド」
ちっちゃくて、ふわっとした女王様の手。
可愛いなあ。
「なんか守ってあげたくなっちゃう。その歳で女王様なんて大変でしょ? 手、繋いでていい?」
また真っ赤になったターニャちゃんは、コクンと小さく頷いた。
うーわ。もう、いいねロリッ子。
腰が熱い。
ん? 腰が熱い?
「あ、熱ッ! ななな何? 剣が熱いんだけどッ!!」
アタシの腰に差していた、白い鞘の宝玉がついた剣が、発熱してる!?
熱い! なんかパチパチして痛い!
ガシャン!
アタシは慌てて鞘の留め具を外して、剣を地面に放り投げた。
「光のマナが……」
ターニャちゃんがボソッと呟く。
ひかりのまな?
何それどういうこと?
「あの、カナエ様」
「なに?」
ターニャが地面に落ちた剣を拾って、またアタシに差し出した。
アタシは恐る恐る、つんつんと、指で剣を触る。
あれ? もう熱くない……
「カナエ様、ワタクシは嬉しいです。けど今は、怒られるようなことしないで下さいね」
怒られる?
誰に?
訳が分からないまま、こうしてアタシの異世界転移ストーリーは、幕を上げた。
***
「ヒビカさん、落ち着きぃや」
「納得いかない」
「これも作戦ですやん」
「納得いかない」
「お姉様を遠くから見守るんがヒビカさん、ジブンの仕事やろ?」
「分かってるわよ。でもこんな小芝居で本当に、帝国もラセツも騙せる!?」
「小芝居言わんといて。だからちょっぴり演技ができへんお姉様には、マジで記憶を封印してもらったやんか」
「『楽しもう』って言ったの私だけどさ。絶対に香苗、楽しんでるだけだよっ!」
「大きな声出さんといてや、お母様にかけてもらった精霊術にも限度があるんやから」
「……なんなのよ、香苗。ターニャにデレデレしちゃってさ」
「そっちが本音やん」
「ミュエルはいいよね。香苗の前に出れてさ」
「あないなチンピラ役のどこがええねん!? 本気で言うてるん!?」
「また出番があるんでしょ」
「あるけども!」
「言っておくけど、ミュエル。私が香苗の前に出れないのをいいことに、変なマネしないでよね」
「せえへんせえん! せえへんから、ディザスターの柄に手ぇかけるのやめえや!」
「……」
「ジブン、宝剣レーヴァテインを自在に使えるくせに、妙に魔剣が似合うなあ。本当に勇者なん?」
「黙って」
「はいはい。あ、お姉様とターニャ女王が行ってまうで。追いかけようや」
「言われなくても。香苗からは絶対に、目を離さない」
「……怖ぁ」
***
なんか、背筋がゾクッとしたけど。
きっとこの魔導帝国レフトとかいう国の、異様な雰囲気のせいだろう。




