33.この、ド変態がッ!
二百年前。
テスラ・クラクトの辺境、魔界と呼ばれる瘴気に満ちた土地で魔族たちを支配し、一部の力の弱い魔物を虐げていた魔王・ジュダスゴア。
アタシは幼馴染の魔族ラセツと一緒に、その最悪魔王をぶっ潰した。
(若かったなぁ……)
そしてラセツの口車に乗ってしまったアタシは、新たな魔王として魔族・魔物たちを統べる存在になった。
とはいっても、難しいことは全部ラセツに丸投げ。
アタシのしていたことと言ったら、反抗的な一部の魔族や前魔王派の残党どもに喧嘩を売って、滅ぼしまくったことくらいだ。
ほぼほぼ魔界の全土を掌握して、じゃあいっちょ、土地の豊かな人族の支配するエリアにでも手を伸ばしてみよっかとなったのは、五十年ほど前。
候補に挙がったのが、精霊国ラフィンだった。
エルフの女王がわざわざ、アタシらに助けを求めてきたんだ。
「バルマリア陛下、どうかお助けを……ラフィンの高度な精霊術を利用しようと、人族たちの国に狙われているのです」
いや、うん。
その、ね。
長寿なエルフ族の中でも、当時のリミエルは若い方だった。
認めるよ。
めっちゃ美人だった。
魔王の好みだった。
……はっ! もしかして今のアタシがその娘のミュエルを見て、やっべえ綺麗って思ったのは、やっぱ前世の影響だったのか。
「陛下、勘違いせぬよう」
「な、なんだよラセツ」
当時のアタシに、ラセツが釘を刺したのを覚えている。
「あのエルフの女王は老獪です。人族と俺たちを潰し合わせ、自分たちの国の安寧を図ろうとしているだけだ」
「でも、困ってんだろ? あの女王。クズ人族どもを相手にして」
「それは事実でしょう」
「なら手を貸してやっても、いいんじゃん? 精霊国を手に入れれば、地理的に人族どもの王国にも帝国にも睨みが効く」
「……まさかと思うが、陛下」
「え? な、なんだ」
「あのエルフの見た目に、誑かされていないでしょうね」
「いやいや、我がまさか、そんなこと、あるわけがない」
あー……今にして思えば、ラセツの言うことをもっと真面目に、聞いておけばよかった。
ゴォォオオオ——
アタシは、精霊国ラフィンにちょっかいを出していた、とある人族の国を一晩で壊滅させた。
いやあ、今思い出しても胸糞の悪い国だったなあ。
エルフたちを誘拐して、古い魔術で隷属させて、奴隷のように使役していた。
ゴブリン達が攫った人族の扱われ方のが、まだマシだったんじゃないのってくらい。その国で奴隷にされていたエルフたちの待遇は酷かった。
……ん?
エルフを魔術で隷属させて、使役する?
つい最近、聞いた話だな。
「バルマリア陛下……」
「もう大丈夫だ、リミエル。お前の国を脅かしていたクズどもは皆、我が塵に帰してやった」
リミエルはすぐ近くで、アタシの戦いっぷりを見ていた。
気づくべきだったんだよなぁ……
その時点でこの女の、本性に。
「陛下はなんの躊躇いもなく、敵を殺害されるのですね。それも徹底的に」
「当然だ。敵だからな」
「中には命乞いをした者もおりましたが」
「お前の国のエルフたちを、あんな目に合わせていた者どもだ。同情の余地などない」
「上から命令されただけの兵隊で、その者自身に罪が無かったとしてもですか?」
「なにが言いたい? リミエル・ウル・ラフィン。お前だって我を利用し、自分たちの敵となりえる者同士を潰し合わせたかったのだろう? そうやって、生き延びたければ策を練るなり強くなるなり、努力するしかない。愚かな国の兵となってしまった、その事が今回、奴らが塵芥のように滅せられた理由だ」
「素敵……!」
え?
謀略を巡らせていたと思われたエルフの女王、その瞳が熱をもって潤んでいた。
静かに歩み寄り、腰に回される細い腕。
見上げてくる、火照った顔。吐息。
「……〈誘惑の精霊〉の術を使っているな。我には通じぬぞ」
「あら。望むことの為なら、どんな手も惜しまない。そんな者が陛下はお好きなのでは?」
やめろ、過去のアタシ。
頼むから。
「まあな。エルフの女王リミエル、精霊国の敵国は滅びた。この上お前は、何を望む」
「魔王バルマリア陛下。どうか陛下のその御手で、妾もメチャクチャにして下さいませ」
「後悔するなよ」
後悔するのはお前だーーッ!
***
「陛下ぁぁぁぁぁ! 陛下の! 目の前で! 妾の! 妾の腕が足が乳房が股が首が、弾け飛びますわぁぁぁぁ!! 幸せですぅぅぅッ!!」
「やめろって!」
「どうかどうかどうかどうかどうか! 妾の末期の血飛沫を! その御身に浴びて下さいませぇぇぇぇぇッ!」
「〈ナイトメア・バインド〉解除ぉっ!」
悲鳴のように叫んで、アタシはリミエルの拘束を解いた。
冗談じゃない、花の女子高生がそんなスプラッタを浴びせられてたまるか!
「あらあらあら。うふふふふ、今生の陛下はとっても可愛らしい女の子ですわねぇ。前世の凛々しき魔王サマも素敵でしたが、今の少女も悪くありませんわぁ」
「ダメだお前、話なんかできないっ!」
アタシは早々に、このド変態からラセツとの繋がりを聞き出すことを諦める。
「睡眠!」
魔王の眠り、だ。
全力のアタシの精神魔法をレジストできるヤツなんて——
「うふふふふあははははは! 脳が! 歓喜しておりますわぁぁ! 陛下もっとぉぉぉぉ!」
嘘でしょ!?
このド変態エルフ、強制的に精神活動を停止させるこの魔法に対して、スピリット系の精霊を総動員して自分を攻撃させて抵抗してる!?
「あばばばばばば、あば、うふふふふうあはははははは幸せですわぁぁぁぁあああああ!!」
ガクガク痙攣して白目を剥いて泡を吹いて、このクソ女、すぐ脳神経が全滅して死ぬぞ!
『散れぇッ!』
アタシは〈デモンズワード〉で精霊たちを支配して、リミエルの自爆を無理やり防いだ。
その隙に。
「陛下ぁッ! 妾を助けて下さったのですねぇぇ!」
うわぁ!
リミエルお前いつのまに服を全部脱いだ!?
「まったく妾を眠らせて、何をなさるおつもりだったのですかぁぁぁ!」
「やめてぇぇっ」
全裸で飛びついてくるリミエル。
アタシは悲鳴をあげてしまう。
「た、助けてっ……」
ダメだ、「バルマリア」より「黒崎香苗」の生理的拒否反応で、身が竦んで動けない!
このままじゃ変態に抱き着かれ——
「……あれ?」
思わず目を瞑ってしまったアタシ。
けど、リミエルが接触してくる気配はない。
おそるおそる目を開けると。
「それ以上、一歩も動くな。今度は殺す」
美しい黒髪が目の前にたなびいて。
日々華がレーヴァテインの切っ先をリミエルに突きつけ、アタシの前に立っていた。
「……なんだ、下賤な勇者よ。そなたに用はない、すぐに陛下の御前から消えろ」
「こっちの台詞だよ変態。香苗の」
日々華の背中がこんなに安心するなんて。
ああ、本当にアタシは彼女が大好きだ。
「香苗の嫌がることをする奴は、アタシがみんな斬り捨てる」
「陛下は妾を嫌がってなどおられぬ。そなたらを下がらせ、二人きりで会われたのがその証である」
「違う違う! そんなわけないでしょお!」
慌ててアタシは否定する。
日々華は分かってるよ、という風に片手を挙げた。
「香苗は、ラセツを知るあなたと率直に話をしたかっただけだよ」
「ラセツ……?」
「答えて、リミエル・ウル・ラフィン。ラセツは何を考えてるの? ミュエルに仕掛けた闇の矢の効果は何? 魔導帝国レフトとどんな繋がりがあるの?」
矢継ぎ早に問い質す日々華。
あれ? なんでエルフの女王の真名を知って……
「勇者などに話すことは何もない。下がれと言われたのに聞き耳を立てているとは。やはり人族など下種の集まりだな」
「変態に下種呼ばわりされたくないっ!」
もっともなことを日々華は叫ぶ。
「私は、ちゃんとこの部屋から離れてたっ! けど、どこにいたって私には聞こえるんだ! 香苗が助けを呼ぶ声は! 必ず!」
日々華ぁ……
「話す気がないなら、もういい。斬る」
「ここは妾の居城、先程のようにはいかぬぞ」
日々華のレーヴァテインが閃くより早く、リミエルは精霊術を一斉に発動する。
さっきの、アタシの睡眠魔法〈魔王の眠り〉に抵抗する為に自分にかけたスピリット系精霊総攻撃を、日々華に向かって!?
「させるか! 『散——」
アタシの〈デモンズワード〉よりも早く。
「邪魔だ控えろぉおおおおお!!」
日々華が吠え、レーヴァテインが輝いた。
いや違う、この輝きは、このマナは……!
「な、そんなバカな、妾の精霊術がッ……!?」
〈怒狂の精霊〉が、〈悲叫の精霊〉が、〈誘惑の精霊〉が〈惑恐の精霊〉が。
日々華の命令に応じて、一斉に平伏した。
「さっきと同じ……貴様ッ! 本当に勇者サリアなのか!?」
「当たり前でしょう? 私は勇者。その力で……」
レーヴァテインを振りかぶる日々華。
「大切な人を守ってみせる! 裂空断・心破閃じ——ッ!?」
振り下ろされたレーヴァテインは、エルフの女王の心を打ち破る前に急停止した。
リミエルが膝をつき、頭を垂れたからだ。
「……今さら命乞い? なんの真似なの」
「わからない、けど」
リミエルは顔を伏せたまま、日々華の詰問に応える。
「妾にはそなたにも、従う必要があると感じた。……ヒビカ、エルフの国ラフィンの女王として、一人の女として。非礼を詫びる。そしてすべての問いに答えよう」
それまでのド変態っぷりから一転して、急にリミエルはしおらしく言った。
まだ警戒を解かないが、日々華は少なからず動揺してアタシに振り返った。
「……どうする? 香苗」
「……助けてくれて、ありがとう日々華。今はリミエルの話を聞こう」
物語の主人公のようにアタシを助けてくれた日々華に、抱き着きたくなる衝動を抑えながら、アタシは応えた。
本当は、日々華には聞かせたくない話も出てくるだろう。
けどこうなったら、一緒に聞くより仕方がない。
というか、もうリミエルと二人きりになる勇気なんかアタシにはなかった。
***
「ターニャ女王陛下。この度の無礼はすべて、妾の責任です。詫びて済む話ではございませぬが、何卒お慈悲を賜りますよう。伏してお詫び申し上げます」
「顔をお上げ下さい、ラフィン女王陛下。事情は勇者様よりお聞きしました」
アルレシア王国からの賓客として、アタシたちは正式に精霊国ラフィンに迎え入れられた。
そしてクリスタルキャッスルでターニャとリミエル、二人の女王は会談し、ターニャはラフィンの女王から謝罪も受け、精霊国から新しいアルレシアの女王として認められることになった。
あの戦闘から、二日が経ってのことだった。
「日々華」
「なに? 香苗」
あの後。
気持ち悪いくらいに大人しくなったリミエルと、アタシは日々華を交えて三人で話をした。ラセツとリミエル、そして魔導帝国レフトとの関係。その内容はおいおい明らかにするとして。
「体調は大丈夫? ほら、リミエルとの戦いでもレーヴァテインをたくさん使ったから」
クリスタルキャッスル内に与えられた客室で、日々華と二人だけで寛いでいた時にアタシは、例の光のマナアレルギーを心配したように尋ねた。
「大丈夫だよ。ようやくこの身体が、サリアの力に慣れたみたいだね」
日々華は笑って応える。
確かに、疑似的勇者形態にまでなった日々華の身体は、確実にかつてのサリアの力を取り戻しつつあった。
けれど。
(自覚がないの?)
〈真闇の精霊〉はもちろんのこと、スピリット系の精霊たちは、大別すれば闇属性だ。
それらの精霊を、日々華は苦も無く平伏させた。
撃破ではなく、平伏だ。
(……自覚がないのは、アタシも一緒か)
そしてアタシも霊体ラセツとの二度目の戦闘では、閃光裂断覇を放った。
これらの事象が示すことはもう、ひとつしかない。
「日々華、あのさ」
「うん」
「サリアの記憶も、思い出した?」
「それがね、全然なんだよ。でも思い出さなくてもいいかな。力さえ戻れば、香苗と一緒に戦えるからね」
裏表のなさそうな表情で、日々華はニコリとする。
ああ、純粋に戦うことが好きな様子は、本当にかつてのサリアに似ている。
日々華は、勇者サリアの転生。
(アタシだって、魔王バルマリアの転生だ。その記憶もあるし、力もある。間違いないんだ)
だけど。
「香苗ぇー」
「ふえっ?」
むにっ。
考え込んでいたアタシの両頬を、軽くつままれた。
「にゃ、にゃに? ふぃふぃか」
「難しく考えすぎなくていいんじゃない?」
「ふぇ?」
「私は渡瀬日々華。香苗は黒崎香苗。異世界に来て、ターニャ女王を守って強敵と戦いながら、冒険する。それでいいじゃん。楽しもう?」
「……ふぁ」
夢に見た異世界召喚。前世の力で俺TUEE、大好きな彼女と冒険活劇。二人の友情は旅の果てに、やがて愛情へと変わって……!
そうだ。
それがアタシの目的だったんじゃないか。
「……ぅん」
アタシはほっぺたを摘ままれたまま、コクンと頷いた。
うまく「うん」って言えなくて、変な声がでちゃった。
そうしたら、結構近い距離からじっとアタシを見つめていた日々華が、ボッと頬を赤くした。
日々華?
「——香苗ッ!」
むちゅううううう!
ふわ!
ふわわわわわわわわわわ!!
柔らかな唇を押しつけられて、柔らかく、だけど熱をもったそれが割り入れられて。
アタシの頭は真っ白になっ——
バァン!
「抜け駆けさせへんでぇえええ! 〈ティーターン〉!」
「ミュエル! あんた性懲りもなくッ!」
ドアを蹴破られ飛び込んできたミュエル、その鉱物を操る精霊の槍と、日々華が抜き放ったレーヴァテインが狭い室内で激突した。
「ヒビカさん、約束が違うでぇぇ?」
「なんの約束!? 旅について来ていいって許可だけでしょ!?」
「それはつまり、ウチもお姉様の伴侶やと認めたいうことや!」
「どうしてそうなるの!? やっぱりあの母親の娘だあんたはぁ!」
「光栄や! ヒビカさん、今度こそお姉様の隣にいるのが誰か、決着つけよかぁ!」
「望むところよッ!」
もー、好きにしてー……




