28.ケンカをやめて~二人を止めて~って、なんでお前が今ここに?
渡瀬日々華は、目で見て反応しない。
魔力だとか予知視だとか、ファンタジー要素がまったく存在しない現代日本でも。
彼女は剣道で、相手の気を読んでいるとしか思えない速度で反応していた。
「打ってきた」とか、「打とうする僅かな動き」とか、そういうのを見て反応しているわけじゃない。
相手が「打つぞ」と思考して、脳が筋肉に神経を通じて指令を出すその間に、日々華は動き出す。
人知を超えた反応速度。
それは日々華自身がどんなに怒りに我を忘れていても、体に染みついていた。
「穿ち貫け、〈アイロン・ランス〉!」
さすが傭兵として経験豊富なミュエルは、戦闘前に会話で日々華の心を揺さぶった。
そして、完璧なタイミングで不意打ちを放った。
けど、発声による精霊への呼びかけが必要な魔法の回避なんて、日々華にとっては本能だけで容易だった。
「——やるね」
「なっ!?」
目を見開くミュエル。
大地から発生した複数の鋼鉄のランスを、日々華はその場から動くことなく最小限に身体を捻っただけで、全て避けていた。
(さっすが日々華!)
アタシも性懲りもなく魔障防壁を発動しかけたけど、既に回避行動に入っていた日々華を視認して、解除した。
だって、アタシが横槍いれたら。
「香苗。わかってると思うけど、余計な手出ししないでね。もし、手出ししたら」
「し、したら?」
「……今日一日、口きいてあげないんだから」
「……しないしない。絶対にしないよ」
なにその拗ねかた、可愛い。
なんて萌えたのは内緒だ。
「ちっ……余裕ぶっこいてギリで避けたんが、命取りやで! 〈ティーターン〉!」
地面から生えたままの鋼鉄のランスから、枝分かれした鋭い槍が再び日々華を四方から襲う!
超至近距離からの攻撃、日々華は避けることも剣で捌くことも——
ギンギンギンギンッ!
「迂闊だったな、私。反省しないと」
「んなアホな!?」
僅かな手首の返しで、日々華は剣を振るった。
高速の連続斬りで、ランスはすべてバラバラにされ地面に散る。
「魔法相手って難しいんだね。この剣が精霊で強化? されてなかったら、斬れなかったかもしれない」
……斬鉄、だ。
確かにマンガなんかではよく出てくる。
現実でも、明治時代の剣術家・榊原鍵吉氏が天皇陛下の御前で兜割りに成功した。
それでも武器は、史上最強の切れ味を誇る日本刀の中でも名刀の誉れ高い、胴田貫の業物。しかも実戦ではなく、天覧兜割りという腕試しのような場での話だった。
それを日々華は、実戦で、あんな不十分な姿勢から手首の返しだけで、連続斬りをしてみせたんだ。
レーヴァテインでやったんなら、わかる。
けど今は、精霊ティーターンの力で硬化されただけの剣。
斬ったランスだって同じ精霊が生み出したものだから、硬度でいったらせいぜい互角のはずだった。
(強くなってる……レーヴァテインを使わなくても!)
アタシはゾクゾクする。
やっぱり日々華は、最高だ。
「ほなら……もっと多い数ならどうやッ! 〈ティ——」
「させないよ」
ビュンッ!
日々華が地面を蹴って、一気に間合いを詰める!
「メェンッ!」
「くぅ!?」
キィン!
おお、ミュエルもすごい。正面からの飛び込み面打ちを、剣で防いだ。
レーヴァテインの斬撃も受け止めた精霊剣の本体だ、さすがの日々華も斬鉄はできない。
けど。
「ヤァアアッ!」
「こ、この、馬鹿力めッ……」
鍔迫り合いから、気合とともに日々華に圧し込まれるミュエル。
負けじと全力で押し返したその瞬間、日々華はさっと力を抜いて横に体を捌いた!
「あっ!」
ミュエルは体勢を崩し前にたたらを踏み、その隙に日々華は。
「ドォォォッ!」
「っとぉ!」
振り向きもしないまま前方に跳んで、ミュエルは日々華の胴技を躱す!
なかなかの反応だけど、甘いよミュエル。
日々華の技はいつも、二段構え。
初撃で相手の構えを崩して、そして。
「突きィィィッ!!」
トドメの二撃目は、どんな相手も逃がさないっ!
「——!!」
日々華の剣の切っ先は、ミュエルの喉元わずか数ミリで止まった。
勝負あり、だ。
「私の勝ちだね」
「……どこが、や」
尻餅をついた格好のままミュエルは、ニッと笑う。
次の瞬間、日々華の持っていた剣がメタルなスライムのように変化した!
「ええっ!?」
「決闘すんのに、相手の渡した武器を素直に使うアホウがどこにおんねんッ!」
日々華は咄嗟に剣を捨てたけど、メタルなスライムは包み込むように、日々華の身体に纏わりつく。
自分の剣が軟体化して襲ってくるという想像を超えた事態に、さすがの日々華も混乱していた。
「なにこれッ……気持ち悪い!」
「〈スティッキー・メタル・バインド〉や! 一度捕えたら、絶対に逃がさへんで!」
日々華の肢体が、メタルなスライムに蹂躙される!
ダメだこんなん、我慢できない。日々華には悪いけどっ……!?
「——ッ!!」
日々華の鋭い視線が、アタシを捉えた。
ああ、あの目。
彼女はまだ、諦めてない。
「どうや! ジブン、ええとこのお嬢ちゃんやったんなぁ。勝負の勝ち条件も決めない、敵の渡した武器で疑いもせずに戦う、甘ちゃんもええところや!」
残念だけど、ミュエルの言う通りだ。
これは、決闘。
正々堂々、剣道の試合とはわけが違うんだ。
「く……」
「もう動けんやろ。さあ、負けを認めるんや」
ああ、日々華が再び硬化したメタルなスライムに、拘束されてる……
でも怪我とかは、していない。
ミュエルは卑怯な手を使いながらもちゃんと、最低限のラインは越えずにいた。
つまり、アタシをブチ切れはさせないようにしている。
日々華を本当に傷つけたりしたら、どんなに負い目があってもアタシがただじゃ済まさないと、分かってるんだ。
「……ははっ……」
「ん?」
「ははっ……あはははっ……」
日々華は拘束されたまま、笑い始める。
「なんや、何が可笑しいんや」
「いや、あなたの言う通りだなって思って」
両腕を頭上に持ち上げられた形で拘束された日々華は、綺麗な彫像みたいだった。
「自分から言い出しておいて、私は甘かったんだね。これは決闘なんだ」
「そうや。そしてウチが勝った。これでお姉様のそばにウチがいることを認め——」
「勝利条件を決めてなかった、そう言ったのはあなただよ」
日々華の言葉に、ミュエルは目を丸くする。
「なに言うとんのや。ジブンはもう身動きとれん、ウチの勝ちや」
「認めない」
「おかしいやろ!」
「なら、私に認めさせてみなよ」
「……そのざまで、ええ度胸や」
挑発されたミュエルは、精霊剣の切っ先を日々華の眼前に突きつけた。
「要は殺さなきゃええんや。その綺麗なお顔に傷がついてもええんか」
待って、そんなことやらせない!
「香苗!」
ええっ? だ、だって、日々華……
割って入ろうとしたアタシは、日々華の厳しい声に打たれて身動きが取れない。
本気じゃないよね? 二人とも意地張らないで……
「ウチがお姉様を恐れて、本気じゃないと思うとるんか?」
「私がどれだけの覚悟で、香苗と一緒にいることを選んでるかなんて。あなたには分からないでしょうね」
日々華は身体を固定されたまま、それでもグイと首を伸ばしてミュエルの剣先に顔を近づける。
驚いたミュエルは思わず剣を引く。
「なにをっ……」
「顔に傷つける? やればいい。安心して、それで香苗に仕返しなんてさせないから」
鋭い視線で、ミュエルを睨みつける日々華。
「目玉を抉ればいい。腕を切り落とせばいい。ハラワタを引きずり出せばいい。それでも私は、香苗と一緒にいることをやめない。香苗の横に立つのは私だ。いままでずっと、初めて出会った時から。その覚悟で生きてきたんだ。戦ってきたんだ」
日々華……
目の前の景色が滲む。
なんだろう、何かがアタシの頬を伝って落ちた。
「……〈ティーターン〉!」
ミュエルは叫んだ。
グググッと、日々華を拘束した〈スティッキー・メタル・バインド〉が絞まり始める。
その身体に、肌に、喰い込んでいく!
「ぐぅっ……!?」
「口だけなら、何とでも言えるやろうけどなッ!」
「やめて、ミュエル!」
アタシは我慢できなくなって叫んだ。
そして〈デモンズワード〉で精霊術の解除を——
「レーヴァテインッ!」
日々華の叫びに応えて、地面に突き刺さっていた宝剣が鞘から勝手に抜けて、アタシの方に飛んできたぁっ!?
ザシュッ!
「ひ、日々華……?」
回転しながら飛んできたレーヴァテインは、アタシの目の前の地面に突き刺さった。
そして柄の宝玉が光を放ち、アタシの魔力を遮断する。
いや、それどころか光の結界はアタシを囲い込んで……!
(レーヴァテインの遠隔操作で、魔王を封印した!? 宝剣をここまで使いこなせるなんて!)
「手出ししないでって……うう、言ったでしょ……あうぅッ」
精霊術で締め上げられ喘ぎながら、日々華はアタシの助けを拒絶した。
「な、そ、そないなこと、できるんなら!」
レーヴァテインが日々華の意志で飛んでいくのを見たミュエルが、驚愕する。
「なんで宝剣で、ウチを攻撃せえへんのや! いや、ティーターンの術を斬ることだって」
「言った……でしょ……ぐううッ……レーヴァテインは、使わないって」
「こ、この」
日々華、この頑固者ッ!
「頑固モンがッ!」
アタシの内心と同じことを叫んだミュエルが、締め上げられてる日々華に歩み寄って、その髪を乱暴に掴んだ。
「認めぇっ! ウチをお姉様の横にいていいって、認めるんやっ!」
「認めない……そこは、私の……場所だ……」
「く……くそぉぉぉおッ!」
ミュエルは手を離して、ペタンと地面に座り込む。
そして、天を仰いだ。
彼女は理解したんだろう。
本当に、たとえ五体をバラバラにしたとしても。
日々華は自分の場所を譲ることはないと。
「……ティーターン、放したりや。ウチの負けや」
エルフの精霊剣士は、敗北を認めた。
決闘はこうして、日々華の勝利で決着がついた。
***
「ぐぅっ……あああ!」
「ティーターン!?」
精霊の契約者であるミュエルが指示を出したにも関わらず。
日々華を締め上げるティーターンの動きが止まらない!?
なんで!?
「何やってんのミュエル! 早く日々華を解放してッ!!」
「やってるんや、お姉様! なのにっ……〈ティーターン〉やめえッ!」
ミュエルは必死に精霊剣を通して精霊に命じてるけど、ティーターンは応えない。
何が起こってるの!?
「だ、ダメや! お姉様、〈デモンズワード〉で強制停止してっ!」
「わかっ——な!?」
アタシを封印しているレーヴァテインの結界が解けない!?
仕方ない、力づくでブチ破——
「あああああッ!」
「日々華ッ!?」
光のマナを吹き飛ばそうとした瞬間、日々華は苦痛の叫びをあげた。
解析眼発動! ……レーヴァテインと日々華の魂が連動してる!?
(そうか、宝剣と勇者サリアの魂がシンクロすることで、遠隔操作を!)
アタシが魔王の力で結界を吹き飛ばせば、レーヴァテインにダメージを与えてしまう。
それは日々華にも伝わるから、今の状態でそんなことをしたら、日々華の身体がティーターンに捻じ切られてしまう!!
「日々華、結界を解いてぇッ! 助けられない!!」
「あああ、アアッ……!」
ダメだ、声なんて届いてない!
「やめえ! ティーターン! やめえ! お前ら手伝え!」
「はっ!」
ミュエルの部下たちも駆け寄って、日々華から〈スティッキー・メタル・バインド〉を腕力で引き剥がそうとする。
だが上位精霊の術に、そんなことで対抗できるわけがない。
「皆さん、離れて下さいッ」
ターニャが叫んだ。
いつの間にか手にしていたのは、たしかアルレシア王家伝来の魔法具〈賢者の杖〉。
「巌よ、礫となりて撃ち貫け! ストーン・バレット!」
王家の魔法具によって通常の何倍もの威力に増幅された土魔法が、メタルバインドに直撃する!
「……無傷!?」
だめだターニャ! 大地と鉱物の精霊相手に、その属性魔法は相性が悪すぎる!
〈——仕方ないわねッ!〉
誰ッ!?
今、アタシの中で誰が叫んだ?
その誰かがアタシの右腕を動かして、光の結界に突っ込ませる!
(バカッ!! そんなことしたら宝剣にダメージを与えて日々華がッ!!)
「——どうして!?」
アタシの右手は何の抵抗も無く結界をすり抜けて、目の前に突き刺さっていたレーヴァテインの柄を握りしめた!
(考えてる暇はないっ!)
アタシはレーヴァテインを引き抜いて振りかぶる。
勇者の宝剣は、前にアルレシア王城でディザスター・アーマーと戦った時のように、アタシの意志に応えて光を放つ!
「いっけぇぇぇぇ!」
一閃。
日々華、そしてミュエルとその部下たちには一切傷つけずに。
アタシの愛する日々華を苦しめていた大地の精霊の縛めは、粉々に砕け散った。
「日々華ッ!」
解放され、ふらりと倒れそうになる日々華に駆け寄り、アタシはその身体を抱きとめた。
「ご……ごめ……香苗、結局……また助けられ、ちゃった……」
「このバカ日々華ッ! 余計な意地張るからっ!」
よか、よか、よかったぁぁぁ。
無事でよかったぁぁぁぁ。
「お姉様……あの、ウチこんなこと、するつもりじゃ……」
後ろでオロオロしているミュエル。
「わかってる」
ティーターンは明らかに、ミュエルのコントロールを離れてた。
もちろん、アタシの〈デモンズワード〉が発動したわけでもない。
「……誰? 誰がミュエルの精霊をハッキングしたの?」
思わず呟いてしまった、そのとき。
「その問には、俺が答えよう」
地の底から、沸き上がるように。
魔王のよく知る声が、響き渡った。
「なんで」
どうして旅が始まったばかりの、このタイミングで。
いきなりお前が現れるんだ。
「……ラセツ」
「今、この目で確かめた。……サリアの本体はお前だな?」
瘴気が集まり形を成した、肉体を持たない存在。
霊体ラセツが再び現れて、アタシを指さした。
「精霊ティーターンは、我が呪紋で操った。次は俺が質問する番だ」
揺らぐ、テスラ・クラクトの幼馴染の顔。
「我が主にして盟友、魔王バルマリア陛下をどこに隠した?」
その幻のような瞳は、憎しみに燃えていた。