29.どうして。よりによって、なんでお前が。
副王ラセツ。
テスラ・クラクトにおいて幼い頃より、ともに育った我の幼馴染だ。
性格はクソがつくほどの真面目。
ノリと勢いだけで生きてきた我のような魔族と、なぜあんな長い付き合いになったのか。不思議なくらいだ。
二百年前。魔の者たちをただ恐怖でのみ支配していたムカつく前魔王、ジュダスゴアを二人でぶっ倒したときは、楽しかったなぁ。
「バルマリア。……いや、魔王バルマリア陛下」
「ふぇっ?」
懐かしい。
思い出してしまう、あの頃のこと。
「へへ、陛下? やめようよラセツ。我とお前の仲だろ」
「いや、これからはハッキリと公私を分ける必要がある。お前は我が主、俺はその配下だ」
「それだけどさぁ、やっぱり魔王はラセツがやんない? 我は王なんて柄じゃないよ。そういうのは頭が良くて真面目な、お前の方が向いてるって」
「安心しろ、俺は副王としてサポートする。それに」
「それに?」
「お前には王の素質がある。誰よりも強く、そして魔族や魔物たちと強い弱いに関係なく、愛をもって接することができる」
「愛ぃ? 馬鹿なのかラセツ。我は自由に生きているだけだ。嫌いなヤツはぶっ殺すし、気に入ったヤツとは遊びたい。力は弱くても面白いヤツはいっぱいいるから、自分が楽しむ為に守ってやるだけだ」
「……それに」
「まだあんのか。それに?」
「バルマリア。お前は美しい」
「はあああ?」
「魔族であれ、なんであれ。美しい者にはみな惹かれる。それも大切な王の素質の一つだ」
「な、何言ってんの? 長いこと戦い過ぎて頭壊れたかラセツ。我が、う、美しいなんて、ジュダスゴアのクソ馬鹿の魔法がまだ残ってるに違いない。ちょっとそこに座れ」
「なぜシュバルツェンレイカーを抜く? バルマリア」
「頭掻っ捌いて、中身を確認してやるぅ!」
「やめろバカ! バカマリア!」
「あははははっ!」
我とラセツは、よい相棒同士だったと思う。
だから。
その相棒にすべてをぶん投げて、恋を選んで現代日本に駆け落ちした我……アタシは、ラセツに謝らないといけない。
ラセツ。だから……
お願いだから、アタシとアタシの愛する者を、許してほしい。
***
「我が主にして盟友、魔王バルマリア陛下をどこに隠した?」
霊体のラセツ、その揺らぐ瞳には、強い憎しみの炎が宿っていた。
バルマリアだった頃からそんな目で睨まれたこと、一度も無い。
「待って。誤解だよ、ラセツ」
どうする?
アタシは視線を外さないまま、周囲の仲間たちの様子を探る。
なにしろ霊体とはいえラセツは、人族や亜人族に悪影響をもたらす濃度の瘴気をまた振りまいている。
日々華は……暴走ティーターンのせいで、全身の骨にヒビが入ってて動けない!
ラセツ! よくもぉおおおお!!
治癒魔法ですぐ治るレベルだけど、アタシの魔法は簡単には使えない。
なにしろレーヴァテインの遠隔操作、魔王を封じる光の結界発動なんて離れ技をやったもんから、また残留光のマナアレルギー状態だ。
魔属性を与えて光が活性化するのはまずい。
ターニャ達は……あっ。
「聖なる守護者、賢人よ! 汝が叡智を以て我らを守り給え! 〈神聖防護〉!」
すごい、ターニャ。
〈賢者の杖〉で瘴気から仲間たちをガードしてる!
霊体ラセツが自然体で発散してる瘴気を、ターニャの方は全力でもってガードしているわけだから、実力差は凄まじいものがあるんだけど。
それでも、たいしたものだ。
「くっそ、ウチのせいで……ヒビカさん、逃げるで!」
偉いぞミュエル!
倒れてる日々華に治癒魔法をかけながら、抱きかかえて避難しようとしてくれてる。
部下たちがその周りを、霊体ラセツを警戒しながら囲んで。
よしこれなら……
「チョコマカと動くな、有象無象ども」
ラセツが瘴気の圧力を高める!
「きゃああっ!?」
高密度の瘴気がターニャの防壁を侵食して消失させ、また皆に襲いかかる!
ラセツてめえ!
「魔障防壁ッ!」
たかが瘴気の圧力に使う技じゃないけど、アタシは敢えてこの技で、日々華を含めみんなを守る。
これで、ラセツには分かるはずだ。
「ラセツ……他の皆には手出ししないで」
「馴れ馴れしいな、サリア。貴様にそんな湿った声で話しかけられるいわれはない」
湿った声?
何を言ってるんだこいつは。
「そんな技まで使って。バルマリアのふりをするのは止めろ」
「ふり? お前、どうしちゃったんだ。アタシは……」
言いかけて、チラリとターニャ達を見る。
一瞬とはいえ霊体ラセツの瘴気をもろに浴びて、虚脱状態になっている。
今なら話も聞こえてないだろう。
「……アタシはバルマリアだ。分からないのか!?」
「宝剣レーヴァテインを握りしめておいて、何を言う」
言われて、アタシは即座に宝剣を投げ捨てた。
「違う、これは、なんでか知らないけど、たまたま使えて——」
「たまたま、だと? 魔鎧と融合させたデュラハーンに引き続き、精霊ティーターンの呪紋まで強制解除しておいて。そんなレベルで宝剣を使いこなす者が、勇者でなくてなんだというのだ」
この勘違い石頭ッ!
ボン吉にデュラ坊、他の魔物の仲間たちはすぐにアタシだって気づいたのに。
どうしてお前が。
どうして! よりによって、なんでお前が! アタシに気づかないっ!
「なら、これならどう?」
アタシは魔剣ディザスターを鞘から引き抜く。
「……その程度の魔剣。魔族でなくとも、勇者なら使えるだろう」
「違う。ラセツ、アタシの剣筋を見たら……嫌でも思い出すだろぉッ!!」
霊体ラセツに向かって、アタシは特攻する!
剣道なんて使わない、これが魔界の剣技だ!!
「六惨ッ! 十二界二十四陣獄!!」
特攻と同時に、霊体ラセツの周りに魔障防壁を展開ッ!
人族には不可能なレベルで跳ね回って全方向からのほぼ同時攻撃だっ!!
「アシュラの猿真似か」
ギンギンギンギンギンギン!
瘴気を圧縮させた剣を形成して、ラセツはアタシの斬撃をすべて受け止め、捌き、弾き返す! ウソでしょ!?
「遊びで使うことはあっても……バルマリアなら、こんな時に他人の技は使わん」
「こ、このっ、だったら!」
また擬似的魔王形態になってやろうか!?
(でも、前のボン吉の身体の時とは違う……!)
今の身体は黒崎香苗、つまり魔王の転生本体だ。
それはつまり、擬似的でもなんでもなく、魔王そのものに戻るということ。
精神に与える影響は大きい。
はたして数百年生きたバルマリアの自我に、たかが十七年の黒崎香苗の自我が喰われずに残れるか?
今のうまく融合したバランスが、ベストだったんだけど……
「戦闘の最中に考え事か? 余裕だなサリアよ」
ギィン!
あっぶね!
反撃してきた霊体ラセツの剣を捌く。
くそコイツ、前は手加減してたのか?
実体アシュラよりも今のラセツの方が強いぞ。
(考えてても仕方ない、今はこの身体のままで……)
魔王の剣技、見せてやる!
勇者サリアと七日七晩戦った、これがアタシの究極剣だっ!
「……超級!」
えっ?
な、な、なんで
「閃光裂断覇ぁぁッ!」
体が勝手に動いて!?
これじゃ本当に……!
「やはりな。羅刹剣絶衝!」
ラセツは圧縮瘴気の剣を振るって、面で衝撃波を展開。アタシの剣撃を受け止める!
(なんでぇっ!?)
魔剣ディザスターから撃ち出されたのは、アタシの魔属性の攻撃だ。それは間違いない。
けど光のマナが闇のマナに変わっただけで、技それ自体は勇者サリアの……!
「宝剣でなければ、威力もこの程度か……何ッ!?」
「双龍ッ——」
あああ、まだ、体が勝手に動き続ける。
自身の放った剣閃の反動を利用した、斬り返しの二段攻撃。一撃目のエネルギーの奔流が収まらない内に
「回天ーッ!」
二撃目が闇の龍となって、別の角度から襲いかかる!
「ぬううッ! ま、またしても、この技に……!!」
ラセツの衝撃波による防御は破られ、その霊体に直撃する。
「おのれサリア、二度ならず三度までも! ……だが、ただでは消えぬッ」
霊体ラセツがまたバラバラに吹き飛ばされる、その直前に。
「貴様の半身、貰い受ける!」
圧縮瘴気の矢が放たれる!
その先は——
(日々華ぁぁッ!)
ダメだ、大技の直後で魔障防壁を展開でかないっ!
動きがスローモーションになって、視界から色が消える。
ダメだダメだダメだダメだ!!
ぐったりした日々華の心臓を目掛けて、真っ直ぐに飛んでいく闇の矢。
認識できるのに、止める方法がない!
(動けぇッ! アタシの身体! ラセツが日々華を殺すなんて、そんなの絶対に許さないんだからッ!!)
けど、閃光裂断覇を双龍回天まで撃ったアタシの身体は、指一本、マナの粒子一つも動かすことができない!
「やらせへんッ!」
——!
日々華を庇って飛び出した、ミュエルの胸に。
狂気の矢は、突き刺さった。




