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22.いいところだったのにぃっ!

 どうやら日々華、サリアの力は思い出しても、記憶は取り戻してないみたいだった。


(だったら……!)


 アタシは理性を総動員して、冷静に考える。

 あのまま日々華の情熱に流され全部話してしまったら、楽だったかもしれない。

 けれど、それは許されない。

 後で絶対に後悔する。なぜなら。


(アタシが知ってる日々華は、『サリア(自分)』が『バルマリア(アタシ)』を殺したって事実に耐えられない)


 いや、耐えられないは言い過ぎかもしれないけど。

 日々華なら、絶対にショックを乗り越えて前向きな生き方をしてくれるだろう。

 でもそこに至るまで、ある程度の鬱ターンは避けられない。

 そしてアタシは、たとえ一時でも日々華の暗い顔なんて見たくないんだ。


(そもそも。バルマリアがサリアに敗れたのは、勘違いクソ真面目ラセツの横槍のせいだ)


 そのラセツに、サリアも殺されてる。現代地球に転生をご一緒したのも、完全にアタシのワガママだ。

 つまりサリアも日々華も、これっぽっちも悪くない。

 だから、日々華は前世のことなんか思い出す必要はないんだ。

 都合よく勇者の力だけ思い出して、ただアタシとイチャイチャ異世界冒険譚をすればいいんだ。


「香苗?」


 ベッドに座って、乱れた寝間着を直しもせずに、真摯にアタシを見つめてくる日々華。

 まったく、アタシに身も心も蕩けさせる、はむっとちゅーまでしておいて。

 そんな不安そうな顔をしないでおくれよ。


「……わかった、話すよ。日々華」


 覚悟を決めた、嘘をつく覚悟を。

 またアタシの女優魂に火が点くぜ。


 ***


「……じゃあ香苗は、魔王バルマリアの力を持ってはいるけど、記憶がないから、どうしてこうなったか分からないってこと?」

「うん。魔王の知識はあるし、デュラ坊やボン吉たちが味方ってのも分かるから、バルマリアの転生ってのは間違いないみたいだけど」


 アタシの描いたシナリオはこうだ。

 魔王の力を使えることはもう否定しようがないから、そこは認める。

 アタシ=バルマリアも同様だ。

 けど、その経緯は知らないということにする。

作り話をしても絶対に矛盾が出てきちゃうだろうから、「記憶にございません」で全部押し通すということだ。


「この世界……テスラ・クラクトっていうんだけど。ここに召喚されてすぐ、ディードリヒに操られたボン吉たちと戦ったでしょう? その時にアタシは、魔王の力に目覚めたんだ。そしたら、気づいたボン吉が教えてくれた。アタシはバルマリアの生まれ変わりだって」


 後で突っ込まれた時には、うまいこと誤魔化してよボン吉!


「香苗が魔王の生まれ変わり、かあ……」


 考え込むように、目を伏せる日々華。

 あっ。

 も、もしかして、ドン引いてる?

 そんな悪の親玉なんかとは付き合えないって、アタシ嫌われる??


「ひ、日々華。あのね、その、魔王って言っても、いろいろあってさ。その、あのさ、昔のラノベなんだけど『ま〇ゆう』って知ってる? あんな感じの……」


 ダメだアタシ何言ってんだ、日々華がそんなの読んだことあるわけないじゃないか。

 ああ、作戦ミスったか?

 でも嘘つく必要のない部分は、できるだけ本当の事を言いたいから——


「ふふっ、なんて顔してるのよ。香苗」


 日々華は小さく笑って、アタシの手を取った。


「私の親友はやっぱりすごいなって、思っただけだよ。もちろん香苗は香苗で、前世が誰だって関係ないけどね」


 そして剣道でお互いマメだらけの、でも日々華は温かくて優しい手で、ぎゅっと握ってくれる。


「でも。きっと前世の香苗も、いい王様だったんじゃないかな。だからボン吉さんやデュラ坊くん、ケルちーにも慕われてさ」


 日々華の心地よい声が、アタシの耳をくすぐる。


「……話してくれてありがとう、香苗。大丈夫、私たちは何も変わらないよ」


 押し倒していいよねもう押し倒すよだってちゅうしてくれたし唇はむってしてくれた合意は成立してるよねうんよし行くぞ後ろはベッド抱くよというか抱きしめさせてくれ愛してるんだマイスイート


「それで私は勇者サリア、かあ……」


 ビクッと手が止まるアタシ。

 いかん、いま色欲にすべてを支配されていた。


「あのね。私も黙ってたことがあるんだ」


 日々華は握ったアタシの手を離さないまま、続ける。


「私もサリアって人の生まれ変わりだって話、どうやら本当だったみたいなんだ」


 知ってる。


「この世界に来ていろんな人にそう言われて、まさかって思ってたんだけど」


 日々華はベッドの横に立てかけてあるレーヴァテインを見た。


「私、今朝まで長く眠っちゃってたでしょう? 目を覚ましたら、自分の中に今までと違う力があることに気がついて……あの剣、レーヴァテインの本当の使い方も分かったの」


 それで、閃光裂断覇も思い出したのか。


「それに……なんだか一緒に、その」


 そこまで言ってから、日々華は急に顔を赤らめた。


「なんだか急に、香苗が愛おしい気持ちが、抑えられなくなって、その、あんなことを」


 ちょっと待って今度はアタシ聞き逃さないよ?

 抑えられなくなったって言ったよね?

 アタシへの気持ち、サリアの力が目覚めて急に湧いたわけじゃないってことだよね?

 日々華は真っ赤になって俯きながら、まだ続ける。


「あはは……もしかしたら勇者サリアも、前世でバルマリアの事が好きだったのかもしれないね」


 も、って言ったね?

 サリアも、って!

 っていうことは! つまり!

 きゃああああああ!


「ごめんごめん、気持ち悪いよね。忘れて香苗! これ全部、私の妄想——」


 アタシは日々華を抱きしめた。


「……香苗?」

「もう、何も言わないで」


 ふっ。いくらアタシがラノベ大好き人間でも、あんな鈍感系主人公じゃあない。

 ヒロインにここまで言わせて、スルーするほどガキじゃないよ。


「日々華」


 アタシは彼女の両肩を掴んで、至近距離から顔を見つめた。

 ああ。

 綺麗な日々華。

 ゆっくり頷いて、目を瞑ってくれた。

 今度はアタシから。


「……」


 アタシも目を瞑って、ちゃんと……


「……」


 ちゃ、ちゃんと……!

 勇気出せアタシぃぃぃぃ!

 小五で大学選手権の優勝剣士を相手に二本勝ちした時だって、二百年前に前魔王ジュダスゴアをぶっ殺した時だって、こんなに緊張しなかっただろぉぉぉ!?

 キス!

 キスを! するんだ……!


「だ、だめっ……!」


 え? だめ!?


「我慢できなっ……あはっ、あはははははっ」


 目を開けたら、日々華がお腹を抱えて笑ってた。

 な、なに……?


「あははは……、口尖らせて、香苗、タコさんみたいで可愛いっ……!」


 なんですと!?

 く、バカなアタシとしたことが、千載一遇のチャンスを逃して無様な姿を晒したっていうのか……!

 穴が無くても掘って入りたい!


「あははっ……私と唯一互角に戦える天才剣道少女も、魔王バルマリアの生まれ変わりも、普段は可愛い可愛い女の子だったってことだね」


 そう冷やかして、嬉しそうに笑う日々華。

 まあ……この眩しい笑顔が見られたから、いいや。


「ちぇっ、なんだよ。そんなの日々華だって一緒じゃないか。そっちの方がよっぽど可愛い——」

「私がなんだって?」


 急に立ち上がった日々華が、アタシの腰に手を回して引き寄せた!


「きゃっ」


 ちょっと今の乙女みたいな悲鳴はアタシ!?


「ふふ、いい声だなぁ」


 そうして体を密着させたまま日々華は、もう一方の手でアタシの顎を掴んで、くいっと上を向かせる。


「香苗。キスのお手本、見せてあげるよ」

「……ふぁい、見せてくだふぁい……」


 近づく日々華の顔。

 ダメ蕩ける勝てないもうメチャクチャにして……!


 バァン


「カナエッ、王城からお呼びだよっ!」


 はいお約束いいところで邪魔が入るよねーッ!!

 くっそドアを蹴破る勢いで入ってきたのはまたお前か、デュラ坊!

 もう許さん喰らえ地獄の業火〈インフェルノ——


「閃光裂断覇ーッ!!」


 あ、照れ隠しでそんな大技使っちゃうんだね、日々華さん。


 ***


「し、し、死ぬかと思ったっ……!」

「ご、ごめんねデュラ坊くん、私びっくりしちゃって」

「ひいっ! 触らないで、サリア! 僕が悪かったですゴメンナサイッ!」

「そこまで怯えなくても……」


 魂ごと消滅しかけたデュラ坊だったけど、途中でなんとか日々華が剣閃を外して、九死に一生を得た。

 まあ魔物がレーヴァテインであの技喰らったら、アシュラみたいな変態生命力でもない限り、復活不可能なレベルで死ぬからね……

 ちなみに家の屋根は全部吹っ飛んだ。

 ロウナーになんて言い訳しよう。


 さてさて。

 そんな怯え切ったデュラ坊に案内されて着いたのが、王城の地下にある牢屋だった。

 違う牢にはあのディードリヒ・ガルパ親子も繋がれてるだろう。

 興味ゼロだからどうでもいいけど。


「今度は街を守ってくれてありがとう。そして早々に、また呼び出して申し訳ない。カナエ嬢」


 待っていたのはロウナーだった。


「ヒビカ嬢、戦闘の後でまた倒れたと聞いたが、大丈夫か?」


 まず礼と詫びをして、そして日々華を気遣ってくれるロウナー。

 礼儀正しいなあ。


「うん。もう心配ないよ、ありがとう」


 素直に礼を返す日々華。

 ちなみに今は、さすがに寝間着姿じゃなく兵服に着替えていた。


「それで急用って、あれのこと?」


 アタシは牢の中を見て尋ねる。


「ムムッ……!」

「ぐ、ぐっ……」


 そこに閉じ込められていたのは、さっきの武装盗賊団のふりをして襲撃してきた、異国の兵士たち。

 エルフの美人隊長さんと、その仲間たちだった。

 アタシがエルフの契約していた精霊ティーターンを〈デモンズ・ワード〉で操って、彼女と彼らの武装を鎖に変化させ、拘束していたんだ。

 ちなみに誰が魔術を使えるか分からないので、みんな口に鎖でさるぐつわして、呪文の発声を封じている。


「こいつらの尋問をしようとしたのだが、鎖がどうしても解けなくてね」


 ロウナーが困った顔でアタシを見た。

 なぜアタシがやったと確信してるんだろう。


「ここは封魔結界牢といって、魔術の使用を制限する術式が組まれている。鎖のさるぐつわを外しても問題ないのだが、何をどうやっても壊せないし、外せないんだ」


 あー……たしかにこの程度の封魔結界じゃ、人族の並の魔法は抑えられても、上位精霊相手じゃ荷が重いだろうね。


「どうもこいつら、ただの盗賊団ではないらしい。このタイミングで警備が手薄な場所をピンポイントで狙ってきたこともあるから、早急に尋問したいんだ」

「ええと……」


 アタシはちょいちょいとロウナーを手で呼んで、牢から少し離れる。


「ロウナー。確かにあの鎖はアタシの仕業だけど、できればコイツらにはアタシの正体、隠したいんだ」

「正体? 勇者であることをか」

「いや、そっちじゃなくて……」


 勘のいいロウナーは、それでアタシの言いたいことを察してくれる。


「なるほど。ではヒビカ嬢ならできるかな?」

「うん、今の日々華なら余裕だよ。ね?」

「あ、はい」


 日々華は頷くと、レーヴァテインを鞘から引き抜いた。


「えっと、牢の中に入ってもいい?」

「いや、連中がどこか外国の特殊部隊だとしたら、どんな奥の手をもってるか分からない。鉄格子の外からできないか?」

「わかりました」


 日々華は牢の鉄格子近くまで歩み寄った。

 鉄格子といいながら、鉄の柵が縦に細かく立てられているだけだ。

 隙間から垂直に剣を振ることはできるし、それで鎖を斬るなんて、日々華なら楽勝だろう。


「グムムッ!」


 剣を抜いた日々華が歩み寄ってきて、危機を感じたんだろう。

 殺されると思ったのかもしれない。

 エルフの隊長さんが、部下たちの前に出てきた。

 おっ、盾になって部下を守ろうとしてる。

 といっても、手足も拘束されているから、無様に地を這っての移動だ。


「グゥゥッ!」


 鎖のさるぐつわだから、隙間から涎がボタボタと落ちてる。

 囚われの美人エルフが、拘束され涎まみれになりながら、必死に仲間の助命を懇願する。

 ぐぅエロい……

 ぐへへ、仲間の命が惜しければ、その体を使って詫びるんだなぁ!


「香苗、斬るよ」


 アタシをじゃないよね??


「う、うん。お願いします」

「はい。これでいい?」

「……えっ?」


 エルフの隊長と、その仲間たちの口を塞いでいた鎖が、キンキンキンッと鋭い音を立てて次々と床に落ちた。

 えっ? ちょ、ま、い、いつ斬った?

 確かに気ぃ緩みまくってたけど、アタシにもよく見えなかったんだけど??


「えっ……?」


 一番驚いていたのは、兵士たちだった。

 何が起こったのかを理解できていない。


「あ、ありがとう。ヒビカ嬢」


 想像を超えた絶技にロウナーも驚いていたけど、礼を行ってから敵兵たちの前に出た。


「さて、これでようやく喋れるな。そこのエルフ、お前が隊長だな? 聞きたい事が——」

「伏せぇッ!!」


 エルフが叫んだ。

 それはアタシ達にというよりは、他の仲間たちに向けた叫びだ。

 応えて、部下たちが狭い牢屋の中で一斉に床に伏せる。

 いや、一人立ったままの男がいた。

 その男は、口元にニィと禍々しい笑みを浮かべる。

 そして。


(この魔力は!?)


 突然に高まる魔力、結界で抑え込まれているはずなのに、この速さと強大さは並の人族じゃあり得ないッ!


「魔障防壁ッ!」


 ガォォンッ……!


 地下の閉鎖空間で、尋常ではない爆発が起こった。

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