21.はむって。
日々華をお姫様抱っこしたアタシは、路地裏に駆け込んでから空間転移した。
あそこまでやっておいてなんだけど、あの正体不明の部隊にこれ以上、力を見られるのは避けたかったんだ。
精霊ティーターンを暴走させたのはアタシだと、バレてないと思いたい。
『怪物デュラハーンを従えて宝剣を持つ女、コイツがターゲットや』
あのエルフの隊長の言葉。
武装盗賊団を装った異国の特殊部隊の目的は、明らかにアタシ達だった。
霊体ラセツや闘神アシュラとの戦いを目撃した何者かが、他の国に情報を渡したんだ。
アルレシア王国で勇者が復活。
その事実が好ましくない国があって、暗殺を目論んだということか。
特殊部隊は隊長のエルフ以外、すべて人族で構成されていた。
おそらく敵意があるのは人族の国だろう。
『テスラ・クラクトの平和の為っ、これで消し飛んでくれやッ!』
あのエルフ、人族に何を吹き込まれたんだ?
勇者の正体が魔王だとでも、言われたか?
だとしたら、半分当たってる。
けど……
(アタシの正体に確信があるなら、あんな半端な戦力で仕掛けてくるはずがない)
威力偵察、つまり様子見だったのか。
ということは、あの部隊は失っても困らない程度の存在だったか。
(まったく、死者蘇生の魔術ももたない脆弱な存在のくせに。人族は昔から他者の命を軽んじる)
あいつらは、いつもそうだ。
そしてそれは、現代地球でも変わらなかった。
だから我は、あの平和な日本で他国には目を向けず、ただひたすらに愛する者との日々と、創作の美しい物語に没頭したんだ……
「……か、なえ……?」
「日々華ッ!」
(こんな時に、何考えこんでんだアタシは!)
二人の家に転移で戻ってきたアタシは、ベッドに寝かせた日々華が意識を取り戻したことで、我に返った。
とにもかくにも、今は日々華だ。
「大丈夫なの、日々華。苦しいでしょう?」
「うん……つらい、かな。ちょっと熱があるみたい」
ちょっとどころじゃない。
魔王の解析眼によれば、日々華の体温は四十度近い。
ただの風邪や炎症だったら、治癒魔法を使ってそれで終わりだけど。
日々華のこれは、免疫の過剰反応だ。
人間の身体が、レーヴァテインの過剰な光のマナを害のある物として拒絶している。
(イチかバチか、魔王の魔力をぶつけて対消滅させるか……?)
いや、相手はレーヴァテインの破魔の力だ。
逆に活性化でもされたら、日々華の容態はもっと酷くなる。
「なにを……考えて、るの……香苗……?」
「ううん、なんでもない。お水飲む?」
「うん……」
つらそうだ。
アタシは台所に行って、汲み置きの水を器に掬う。
(沸騰と冷却、っと)
この国の上下水道はそれなりに整えられている。
けど、この街はずれの一軒家にまで上水道は引かれてなかった。
だからロウナーの手配で、井戸水を朝に届けてもらっていたんだ。
信用してないわけじゃないけど、アタシは汲んだ水を魔法で沸騰させて煮沸消毒をした後、日々華が少しでも気持ちよく飲めるよう、冷蔵庫で冷やされた程度に温度を下げる。
このくらいの魔法、呪文の詠唱なんて必要ない。
そして念のため〈解析〉。うん、美味しい水のできあがりだ。
「お待たせ、日々華」
「……ありがとう」
ベッドから少し体を起こす日々華を支えて、水を飲ませた。
口から零れた水が、胸元に落ちて柔らかな曲線を描く双丘の隙間を流れていく。
うん。めっちゃエロいけど今はそんなこと考えるなアタシ……!
「冷たくて、おいしい」
「よかった」
「……どうして?」
「えっ?」
「この世界に、冷蔵庫なんて無いでしょう?」
え、あ、えっと……
「し、城の人が持ってきてくれた水だよ。まだ冷たい? ならよかった」
「……そう」
また、ぐったりとして目を瞑る日々華。
アタシはゆっくりと、彼女の身体をまたベッドに横たえた。
呼吸が荒い、本当につらそうだ。
(……しかたない)
まずは体温を下げよう。
そして〈体力譲渡〉で疲労を回復させる。
原因であるレーヴァテインの光のマナが、サリアの転生体である日々華に悪さをするはずがないんだ。
だから、まずは対症療法で日々華を苦しめてる発熱の症状を抑えて、残留マナ自体には魔属性のアタシは手を出さない。
いずれ日々華の身体が適応して、免疫の過剰反応は落ち着くはずだ。
「日々華」
呼びかけたけど、応えない。
昏睡状態になりかけてる、でも今は都合がよかった。
アタシは日々華の額に、自分の額を静かにくっつける。
「……〈治癒〉」
魔属性のマナは極力使わない、人族にも使える魔法。
これで、初日に日々華が攻性防壁に突っ込んで負った火傷の跡も、治したんだ。
けど今は日々華の身体は、光のマナに侵されている。
魔王の魔力が強くなり過ぎて、破魔の性質が反応してしまったらアウトだ。かといって、治癒の力が弱かったら熱が下がらない。
繊細な魔力コントロールが要求されるから、対象との身体的接触はどうしても必要だった。
「……大丈夫だからね、日々華」
くっつけた、おでこと、おでこ。
大好きな彼女との接触に興奮しないっていったら嘘になるけど。
今は、少しずつ日々華の呼吸が落ち着いて、楽になってきているみたいで、嬉しかった。
「よーし、いい子だよ~。……ねーむれー、ねーむれー、はーはーのーむねーに」
なんとなく、子守歌が口についた。
日々華は気持ちよさそうだ。良かった、早くこうしてあげればよかった。
アタシも目を閉じて、小さな声で歌い続ける。
「ねーむれー、ねーむれー、はーはーのーてーに」
本当に日々華は、綺麗で、可愛い。
曲がったことが嫌いで、いつでも一生懸命で、真剣で、情熱的で前向きで。
(貴女の戦っている姿が、本当に好きだ。ずっと見ていたい。一緒に戦いたい)
「こころーよーきー、歌声―にー」
ずっと、ずっと一緒に。
「むすばずや~、楽しい……えっ?」
首に腕を回された。
誰に? もちろん日々華に。
びっくりして目を開けたら、漆黒の瞳がすぐ近くでアタシを見ていた。
そして。
(~~~ッ!!!!!!)
唇に、柔らかい感触が。
それで、それで。
それだけじゃ、なかったの。
ちゅっ。
だけじゃなくて。
「ひ、日々——ッ!!??」
思わず声を上げかけたアタシの唇に。
ちゅっ、のその後に。
——はむって。
アタシの上唇を、日々華が優しく、はむって……
はむっ、ってぇぇ~~~されたぁ~~!
「ひ、ひ、ひび、日々、日々」
「ありがとう香苗、もう大丈夫だよ」
こ、こここ、腰に力が入らないよ??
アタシはペタンと、ベッドサイドに座り込んでしまう。
ああ、「腰から砕け落ちる」って比喩じゃなかったんだ……
「な、にゃ、にゃんで……」
顔が上気して、ふわ~って熱くなって、ダメだ、呂律が回らない。
アタシ、今、日々華に何をされたの?
「ものすごく楽になった。香苗、何をしてくれたの?」
「か、か、回復……」
「ん?」
「回復魔法ぅ……」
心臓がどっきんばっくんいってて、ダメだ頭が回らない。
「すごい、魔法が使えるんだ。それにデュラ坊君にケルちー、ボン吉君たちとも仲良くなれてさ。香苗って昔から、本当にすごい」
「あ、ありがとぉ……」
「あのさ、聞きたいことがあるんだ。いいかな、バルマリア」
「はぁい」
「…………うん。そっか。やっぱり香苗は、バルマリアだったんだね」
「うん、そうだよぉ……え?」
……え?
***
アタシと日々華の出会いは、幼稚園の入園式だった。
高校生になった今でも、はっきりと覚えている。
教会が運営していた幼稚園で、牧師先生のお話がつまらなくて、つまらなくて。
アタシは講堂を抜け出して園庭に飛び出したんだ。
そしたら先客がいた。
アタシと同じく、当時まだ三才の渡瀬日々華が、鉄棒でグルグルと逆上がりを決めていたのだ。
「すごぉ~いっ!」
感嘆の声を上げたアタシに、日々華はチラリと視線を向けただけで、すぐにまたグルグルと回り続ける。
「アタチもやる~」
すぐ横の鉄棒を、アタシはぐっと掴んだ。
ご存知だろうか? こういう場所の鉄棒は、成長に差がある子ども達の為に高さの違うものが並んでいる。
日々華が回っていたのは、一番背の低い鉄棒。その隣は当然一段高く、その日年少になったばかりのアタシには当然、高過ぎたのだ。
「えいっ! ……え、えいっ……!」
回れない。
地面を蹴っても、虚しく足はバタバタと、宙で暴れるばかりだ。
「……ふふっ」
そんなアタシを。日々華は小さく笑った。
バカにされたと感じたアタシは、泣き出してしまう。
「ふえええ~」
「……ごめん、ごめんってば」
日々華は逆上がりを止めて、しゃがみ込んで泣いているアタシの頭をヨシヨシと撫でる。
「手、ちがうよ。こうだよ」
そして、鉄棒の握り方を教えてくれた。
上から順手で握るのではなく、下から逆手で持つのだと。
「こうちて、ほら」
これが手本だと、自分でビュンっと回ってみせる日々華。
かっこいい!
アタシは興奮した。
「アタチもやる~」
そして教わった通りの逆手で、アタシは鉄棒に飛びつき握った。
最初と同じく、日々華が見本を見せた隣の、一段だけ高い鉄棒に。
「ふふ、そっちじゃむりだよ……えっ?」
「それぇ~!」
思い切り勢いをつけて、地面を蹴る。
逆手に握った手に重さがグンってかかるけど、離さない!
そのままビュウンって、世界が回った!
「やったぁっ!!」
すごい、すごい!
この子の教えてくれた通りにしたら、できた!
なんてすごい子だろう、この子!!
アタシはすごくすごく嬉しくて、大興奮したことを覚えている。
「ありがとぉ!」
「うそ……ひびか、こっちでしか、まわったこと、ない……」
この子、「ひびか」っていうのか。
すてきな名前!
アタシが「ねえ、おともだちになろう!」って駆け寄ろうとした時だった。
「わたちだって!」
「きゃっ!?」
ドンとアタシとぶつかりながら、日々華は鉄棒に飛びついた。
今まで回っていた鉄棒とは反対のはじっこ、一番高い鉄棒に。
「えいッ……!? あ、あれっ……?」
ジャンプして、ぶら下がることはできていた。
けれど身長が足りず、足が地面についていない。
当然、逆上がりなんかできるはずもない。
「えいっ! ……なんで、えいっ! えいっ!」
それでも懸命に足を前後に揺らして、その勢いで回ろうとする日々華
今にして思えば、あれはアタシへの対抗心だったのかな。
それで一番高い鉄棒に迷わず行ったのが、本当に日々華らしい。
「え~いっ! えいっ、えーいっ……あっ!」
幼児の握力には限界がある。
めげずに続けていた日々華だったが、ついに手が鉄棒から離れてしまった。
そしてそのまま、地面に後頭部から落下していく日々華。
その様子が、幼いアタシにはスローモーションで見えていた。
ドシン!
「ふえええ~ん!」
「え~ん! え~ん!」
二人の幼女の泣き声が響く。
驚いた幼稚園の先生が一人、講堂から飛び出して駆け寄ってきた。
「どうしたの、二人とも!」
「この子が、この子がぁ~」
アタシの上で、泣く日々華。
よかった、ひびかちゃん。けがしてないみたい。
でも、アタシが痛いよ~、え~ん!
「ええと、香苗ちゃん? もしかして……鉄棒から落ちた日々華ちゃんを庇ったの?」
アタシの名札を見ながら、先生は驚いていた。
そう。確かに、アタシは頭から落ちそうだった日々華の下に滑り込んだ。
今にして思えば、当時三歳の判断力と反射神経じゃないな。
深層意識でバルマリアの本能でも働いたのかしら。
「あり、あり、ありがとう~」
しゃくりあげながら、日々華はアタシにしがみついてきた。
本当に可愛かったなあ。
「ね、ねえ、なんで、わたちなんか、たちゅけてくれたの?」
私なんか。
日々華のその言葉の意味を、当時三才のアタシには考えることなどできるはずがなかった。
幼稚園の入園式。
そんな晴れの日に親の同伴もなく参加していた幼児二人は、こうして出会ったのだった。
***
「昔っから、本当にすごい女の子だったからね。香苗は」
「……」
「だからこの世界に来て、私の知らないことを知ってたり、一人で魔物を倒したり、その魔物を仲間にしたり、見えない壁みたいな魔法を使っても、香苗ならありえるかもって思ってた」
「……」
ああ、全部気づいていらっしゃった……。
「王に憑いてた幽霊が、香苗をバルマリアって呼んだ時。私はドキッとしたんだ。香苗は本当は、この世界の人だったんじゃないかって」
「あの、あのね、日々華。これはね、その」
「そう思ったら、すごく怖くなった。不安になって、それで、その、さっき、あんなこと」
「不安になんてならないで日々華! アタシはいつだって、日々華と一緒に——」
「だったら、全部話してほしい」
日々華はまっすぐに、アタシを見つめる。
もう、ごまかせない……
「バルマリアって誰なの? 香苗は本当は誰が好きなの? 私のことは!?」
うん。もう正直に……え?
「日々華、今、なんて言った?」
「! ……ごめん、後半は忘れて」
なんか聞き逃しちゃいけない質問が、あった気がした。




