20.日々華、ライジング!
「国の大事につけこんで、人々を害そうとする不逞な輩ども!! 私が相手だッ」
日々華は威勢良く叫んで、レーヴァテインを鞘から抜き放った。
ひるがえる寝巻きの裾! 眩しい生足、輝く太もも!
お願い、こんな男どもに晒さないで……
「な、こいつ?」
突然現れた半裸の超美人に動揺する擬装盗賊団ども。
さあさあ、来るぞ。
うひょお、女だ!
ここは夜の酒場じゃねーんだぜ姉ちゃん!
そんなにオレ達と遊びたきゃ、連れ帰ってたっぷり相手してやるよ!
そんな感じのテンプレな、これから一方的にボコられる野郎どもの下卑た揶揄いの声が——
「頭領」
「分かってんで。怪物デュラハーンを従えて宝剣を持つ女、コイツがターゲットや」
んん?
なんか想像と違う。
それに頭領と呼ばれた、鉄兜で顔を隠した戦士。声が高いな、もしかして女?
「散開。パターン3、いくで」
「了解!」
隊長格の一言で、部隊全員が2人一組のユニットに分かれ、日々華を包囲する形で瞬時に展開を開始する。
ヤバいコイツら、ディードリヒに骨抜きにされたアルレシア兵とは練度が違う!
「——ッ!」
軍人相手の対集団戦なんて経験したことないはずの日々華。
包囲されてからの戦闘は不利と咄嗟に判断して、指示を出した隊長格に向かって瞬時に駆け出した!
「〈ストーンバレット〉!」
「〈フレイムボルト〉ッ!」
隊長格の斜め後ろの魔術師、そしてすぐ横の戦士が剣を一振りして、岩礫と炎の弾丸を撃ち出した!
人族にしては早い!
それに戦士の方は、魔法剣か!?
「フッ!」
日々華は短く息を吐いて身体を捻り、魔法の弾を紙一重で躱す。そのまま勢いを落とさず、隊長格に突っ込む!
「面ェンッ!」
日々華それ面じゃないよ!?
普通、面は袈裟斬りに下まで振り切って地面を切り裂き、離れた建物を寸断したりしないから!
「くうっ!?」
隊長格は、横に躱して斬撃を避けた。
日々華らしからぬ速いだけの大振りだったから、避けられたこと自体は不思議じゃない。
「胴ォォッ!!」
だから日々華さん、振り切った下段から即座に切り上げる逆胴なんて聞いたこともないんですけどっ!?
秘剣ツバメ返しですか?
キィン!
嘘!?
「く、さすが宝剣や……ッ!」
隊長格が驚きながら、切り返しの胴を剣で受け止めてる!
いやいや驚いたのこっちだって!
レーヴァテインの斬れ味は、闘神の腕も斬り飛ばす。普通の剣で止められるはずが……
「隊長ッ! スパイク・アロー!」
「〈ストーンバレット〉!」
「スラッシュ・ハーケン!」
魔力強化された弓矢が、再びの土魔法が、そしてガルパのショックブレードみたいな飛ぶ斬撃が、三方向から日々華を襲う!
「シッ!」
エグい日々華!
剣道の体当たりでの競り合い、その要領で切り結んだ剣と剣が交差したポイントを軸にして、隊長格と位置を入れ替えた!
これで敵の攻撃はフレンドリーファイアに——
「甘いねんッ!」
隊長格は日々華の力を利用して、即座に後方に飛んだっ!
逆にバランスを崩したのは日々華、そこに敵部隊の遠距離攻撃が直撃? ってさせるか!
(魔障防壁ッ)
「舐めないでッ! ——裂空断!」
胸が、キュンと締めつけられた気がした。
間違いない。
今のは、勇者サリアの技だ。
(……魔王が惚れ込んだ、魔王の命を奪った技)
閃光裂断覇・双龍回天。
威力も技の構成も違う。
でも間違いなく、今のはあの技に連なる系譜の剣技だ。
その証拠に。
人族の魔法と剣撃を弾き飛ばしたのはともかく、日々華を守ろうとしたアタシの魔障防壁も、一閃で内側から砕いた。
「隙ありやッ!」
隊長格の戦士が、日々華の脚を狙った地を這うような斬撃を繰り出す。泥臭い技だけどあれは避けづらいぞっ!
ギンッ!
上からレーヴァテインで斬撃を抑え込む日々華。
ダメだそれ動きが止まる!
「今や皆!」
「おおッ」
「ハァッ!」
散開していた戦士達が一斉に、四方から斬り、突きかかる!
中には剣に雷撃を纏ったヤツまで!
「デュラ坊ッ」
「まかせて!」
アタシ達だって黙って見てたわけじゃない。
絶妙に位置どりしていたデュラ坊が、アタシの合図で日々華と戦士達の間に割って入る!
よしこれで、アタシは反対側の敵を——
「ゴメンねッ、後で謝る!!」
ごぃん!
「うわぁっ!?」
日々華!? デュラ坊っ!
日々華が、盾になろうとしたデュラ坊を後ろから蹴り飛ばした!!
吹っ飛んだデュラ坊は鎧の質量弾となって戦士たちに激突!
デュラ坊は咄嗟に自分の手足を分解させたから、バラバラの散弾みたいになって三人くらいの戦士にダメージを与えた。
機転をきかせて健気なやつ……
「香苗しゃがむッ!」
「はいッ」
うわ、日々華はいつのまにか、隊長格の背中に膝を落として抑えこんでる!
そして背後から斬りかかってきた戦士たちに向かって、自由になったレーヴァテインを……
「裂空断ッ!」
アタシの頭上で、疾風の如く走らせる!
「ぐあッ!」
「がぁッ!?」
鎧を粉々に砕かれ、吹っ飛ぶ戦士達。
あれ? アタシ邪魔しかしてない……
「調子に乗んなやッ!」
隊長格が下から蹴り上げる!
日々華はレーヴァテインの柄でガード、そのまま力の流れに逆らわず、隊長格から離れて距離を取った。
アタシも離れて、バラバラになったデュラ坊の鎧を組み立てる。や、なんか可哀想で……
「ごめん香苗。デュラ坊くん大丈夫?」
「それは全然、心配ないけど」
デュラ坊は、あのまま盾になって魔法剣を食らってた方がダメージ受けたかもしれないからね。けど。
(日々華の戦い方が、変わった)
少なくとも、これまでの剣道ベースとは明らかに違う。
なんで? アタシは何もしてないのに……
「ハッ! やるやないか、勇者さん!」
隊長格が日々華に向かって構え直し、叫んだ。
「ウチらとここまで戦える相手は、そうおらんで!」
「それはどうも。私も……女性に本気の一撃を防がれたのは、香苗以外で初めてだよ」
日々華もレーヴァテインを構え直して、薄く笑う。
「まあ、正確には本気の少し手前だけど」
「なんやて?」
隊長格の鉄兜に、ピシッと直線が走る。
そして。
パァン……!
兜は真っ二つになって、隊長格は素顔を現した。
グリーンの鮮やかな髪がぱあっと広がる。
うわぁ! やっぱり綺麗な女の人だぁッ!
「香苗?」
殺気!?
日々華さんアタシの心読めるんですかゴメンなさい戦闘中にふざけた事考えてほんとスミマセン!
(……ん?)
ああ! 隊長さん、長い耳がピョコンしてる!
エルフだ、異世界ファンタジーのヒロイン筆頭格、エルフさんだぁぁッ!
現代日本で鍛えた黒崎香苗のオタク魂が萌え上がる!
バルマリアの時は気にもかけなかったけど、エルフって種族可愛ぇぇぇっ!
「香苗」
マジごめんなさい、日々華さんそんな低い声を出せたんだね本当にごめんなさい殺さないでもうこれ本能なんですだから見逃してほ
「クソがッ、舐めた真似しくさりおって!」
片腕で顔を隠して、エルフ隊長さんが罵声を放つ。
美人と怪しい関西弁のギャップ、悪くないなぁ。
「なんで顔を隠すの?」
日々華が落ち着いた声で問いかける。
「私はこの世界に詳しくないけど、あなた達の動きは訓練されてる気がする。ただの盗賊団とは思えない。それが関係あるのかな?」
「黙りい。……余裕ぶってるのも、今のうちや」
エルフの隊長さんはニィと笑った。
「ウチの時間稼ぎに付き合うてくれて、ありがとな。これは礼や!」
おっ?
周囲を囲んで距離をとっていた敵部隊の魔術師たちから、面白い魔力反応が一斉に起こった。
これは魔術共鳴、収束増幅の術式だ。
なんか離れたとこでこそこそしてるなあ、と思ったら魔術陣形を組んでたのか。
さすが人族。貧弱な魔力を補おうと、いろいろと工夫をする。
もちろん日々華は理解できてなくて、突然の異様な気配に眉をひそめた。
「……何?」
「わからんやろなぁ? ウチが仲間と編み出した、古竜も仕留めた術式や! アンタに恨みはないけどッ……」
隊長さんは、さっきレーヴァテインの一撃も受け止めた剣を掲げる。
そうか、アレは精霊を宿した霊剣だったのか。
魔王の解析眼が見抜いたその精霊は、大地と鉱石を司る〈ティーターン〉。
可哀そうに、レーヴァテインが相手じゃ、めっちゃ痛かっただろう。
でも今はまた、エルフの隊長さんの精霊術に従って力を振り絞ってる。
「……テスラ・クラクトの平和の為っ、これで消し飛んでくれやッ!」
陣の中央にいる日々華に向けて、エルフは霊剣から魔術陣形で増幅された術を放つ!
「我が招くは刃の煉獄ッ! 行きやァ!〈ティーターン・スピアード〉!!」
周囲の大地、そして上下左右の空間から、ダイヤに次ぐ硬度の合金すら生み出すチタンの刃が大量に湧き出して、一斉に日々華に襲い掛かった!!
(これはさすがに日々華、どうしようもないよね。〈魔障防壁〉発動ッ)
ティーターンの嬢ちゃん相手でも問題なし、魔王の防壁がちゃーんと日々華を守——
「ヤァアアアアアアッ!!」
日々華の裂帛の気合に応えて、レーヴァテインが光を放った!
これ……破魔の力だ!
魔の属性に特効がある力だけど、このレベルならマナを使用する魔術全般に作用する!
バリバリギャリギャリィィィィィィィン!!
「な、なんやとっ!?」
(うそぉぉぉっ!)
驚愕するエルフの隊長さん、アタシもびっくり!!
日々華を襲った無数のチタンの刃は次々と砕け散り、そして、アタシの魔障防壁も同様に消し飛んでいく……って、ま、まさか、
(最初の、人族の魔術を防ごうとした手抜き防壁とは違うんだよ!? 上位精霊を相手に本気で展開したアタシの技がっ……!!)
魔王の力に、対抗しうる力。
それは。
(勇者の力——!!)
「ヤアアアッ! 閃光ッ……!」
日々華を刃の精霊術から守った輝きが、レーヴァテインの刀身に収束する。
そして、放たれるその技は。
「裂断覇ぁぁッ!!」
一閃。
エルフの隊長さんが手にしていた霊剣は、粉々に砕け散った。
***
「日々華っ!?」
なんで?
日々華が、ばたりとその場に崩れ落ちた。
レーヴァテインの輝きが収まり、エルフの隊長が率いる敵部隊に完勝した日々華。
結局、邪魔しかしなかったアタシの技も吹き飛ばした、勇者の力に目覚めての勝利だった。
なのに。
うわ、これで記憶まで戻ってたらどうしよう……と恐る恐る近づこうとしたら、糸が切れた人形みたいに日々華は倒れたんだ。
「どうしたの日々華っ、大丈夫……ッ!?」
抱きかかえたら、すごい熱! なにこれ?
解析眼発動!
(……光のマナに対する拒絶反応!?)
前に、霊体ラセツの瘴気にやられてロウナー達は動けなくなった。
それは魔属性に対する拒絶反応だったんだけど、今の日々華はそれと同じことが、レーヴァテインの光属性に対して起こってる!
(日々華の肉体は人間のままで、勇者としては覚醒しきってないってこと……?)
その人間としての肉体が、レーヴァテインの強烈すぎる光のマナに耐え切れないってことか。
でも、その力を宝剣から引き出したのは、日々華自身なのに!
(ロウナーにしたみたいに、マナをあげて拒絶反応を緩和する……なんて、できない)
なぜならアタシは魔王だからだ。
光のマナなんて扱えない。
「……なんや?」
背後で、エルフの隊長が起き上がった。
そして、倒されただけで死んではいない部下たちに指示を出す。
「チャンスや皆、今のうちにターゲットを——」
「ティーターン!!」
アタシは精霊に向かって、特殊な呪詛を含んだ声で叫んだ。
〈デモンズ・ワード〉。
それは精神を縛り操る魔の言葉。
その呪いの対象は。
「なっ……!?」
砕けた霊剣から、大地の鉱石の精霊が真の姿を現した。
それは鈍色の少女。
今は、アタシの呪いに支配されている。
「あ、アホなっ……、ウチの契約した精霊がどうしてっ!?」
契約の力を、魔王の呪いが上回ったからに決まってるだろ。
そんなこと、どうでもいい。
「た、隊長ぉっ!」
「お、俺の剣がッ……?」
「鎧が、鎖に!? うわああッ」
ティーターンは鉱物を支配する。
銅も鉄も然り。
盗賊団に擬装していた異国の特殊部隊たちは、自分の装備が変化した鎖によって、次々と拘束されていく。
それはもちろん、エルフの女隊長も同様だ。
「ティーターン、やめえ! ウチとの契約を果たせぇ!」
無駄だ。
精霊術に長けたエルフ族とはいえ、魔法生命体の支配で魔族の王たるアタシに勝てる筈がないだろ。
「デュラ坊!」
「はいっ!」
「そいつらには、後で聞きたいことがある。全員ふん縛っておくから、みんなロウナーのとこに運んでおいて!」
復活していたデュラ坊に指示を出して、アタシは倒れた日々華を抱き上げる。
「わ、わかったよッ! でも陛……カナエはどうするの?」
アタシが少し昔の雰囲気に戻ってたせいか、デュラ坊は一瞬、陛下と呼びそうになる。
いかんいかん、落ち着けアタシ。
「ちょっと2人きりで、イチャついてくる!」
そう叫んでから、日々華をお姫様抱っこして駆け出した。