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星に、願いを。  作者: 桜花陽介
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部室に俺と月波が一緒になって戻ると、二階堂と結城が部室の中にいた。そういえば、チェスの盤があったことに今気がついた。ステイルメイト。引き分け。駒がなくて、動けなくて。どうしようもなくなったときに負けから逃れられる。そんな世界が来ることは、現実ではないけれど。


窓から、春のさわやかな風が入ってきた。部屋のカーテンが木の葉みたいに揺れている。


白と金がさざ波のように揺れている。


「お帰り。足結構早いんだね。話はもう二階堂から聞いたけど」、結城が俺に言った。


俺はカナンにスカイプで言われたことを説明した。皆はため息をついて、口を閉じていた。


「ね、ねえ。トランプしようよ」、月波が場の雰囲気を切り替えるために、引きつった笑顔で言った。そして、俺たちは適当にばば抜きをしていた。


「そういえば、楠先生泣いてたよ?レオちゃんが宿題やってこなかったから」、月波が笑っていった。


「あれは、持ってくるの忘れただけだって。先生が過剰反応しすぎ」


「先生、すぐ泣くよな」


「そうそう。あたしは特に関係ないって」


「先生を困らせるのもほどほどにしなさいよ?」


「だからあたしのせいじゃないって。そういえば、先生、時々居酒屋から大荒れで出てくるみたいだね」


「先生って酔うと酷いのか?」


「みたいだよ。前、車の上に登って寝てたらしいよ」


楠先生の意外な一面を聞いた。なかなかのギャップというか、そのレベルでいつか懲戒とかされてしまわないんだろうか。そういえば、ここの顧問なのに、ほとんど顔を出さないな。


「さゆりはあの男に酷いことを言われて、泣いてたの?」、二階堂は静かに怒っている。冷徹な目だ。


「酷いことじゃないけど、聞いたこともないこと。でも、矢神君に慰めてもらったから、もう平気だよ」


「本当に。罵られたわけではないの?」


「そうだよ。わたしがすぐ泣いちゃうの、知ってるでしょ。だから、もう怒らないで」


ふっと、二階堂は力を抜いた。


「そういえば、うちのクラスの林と花田、揉めたらしいじゃん。なんでか知らないけどさ」、結城が言った。そして、アガったみたいだ。


花田と林が揉めると、クラスの雰囲気が険悪になりそうだ。ま、ぼっちに近い俺には関係の無いことか。友達が少ないです。


「そういえば、レオちゃんってバイクで来てたんだよね?どんな奴なの?」


「ま、中古の奴だよ。悪くはない、相棒だね」


 そうしていると、帰りの時間になったから、坂を皆で下っていった。おしゃれだけど、男子高校生には特に縁の無いショップが建ち並んでいる。芝生が生えている方を歩いていると、沢山のテーブルが並んでいるところがある。


 そこの白い丸テーブルの所に川中が座って、男子と談笑していた。机に脚をのせて、ゴムナイフをジャグリングしている。二階堂と結城が川中をにらみつけた。さっき、月波を泣かされたから、二人は怒っている。俺も少し腹が立っていた。人の夢を否定する権利なんて、あんな奴にはない。


 川中が視線を感じ取って、こちらを見た。川中は肩をすくめた。結城が立ち止まって、川中を睨んだ。


「あんたって、人のことDisるか能がないわけ?」、結城が眉をしかめながら川中に言った。


「そうか?否定したわけじゃなくて、新しい意見を提示しただけだ。柊について情報を教えてやるよ」


 スカイプの時は言わないなんて言ってたのに、今日はこれかよ。わけがわからない。


「先に月波に謝ったら!?」、結城が言った。


 川中は無視して、椅子から立ち上がって、こちらを向くように机に座り込んで話し始めた。だが目は空を見ている。いつも誰とも目を合わせないみたいだ。


「あいつが運動出来るのは知ってるだろ」


「あぁ」


「あいつはな、小学校の時野球をやってたんだよ。野球王国の愛知でも、五本の指に入るクラブチームだったんだ。先発ピッチャーだったんだよ。時速130kmを出した奴が抑えだったが。130kmの奴は肩をすぐ痛めるから抑えなんだ。だがあいつも100近く出したし、コントロールは完璧だった。変化球は禁止されてるんだが、ばれないように掛ける天才だったな。だが、女が野球なんかうまくたって、そのうち女は男に負ける」


 カナンはずっと野球が嫌いだと言っていた。だけど、球技は上手かった。そういうことだったのか。昔やっていたけど、もうやらなくなったから、それでもう見たくないということだったんだな。だけど、暗闇とは関係なくないか?


「それとカナンのことがどう関係あるわけ?で、なんでそのことを知ってるの」、結城が言った。


「おれは同じチームにいたんだよ。なにが関係してるかなんてわからないね。なんで知り合いなのかが疑問そうだったから教えただけだ」


「小学校の時はあんな風じゃなかったのかしら」、二階堂が聞いた。


「そうだ。あんな目じゃないし、暗闇も怖がってないし、暴力的だった。あいつによく蹴られたよ。なにかあったんなら、中学の時だろうな」


「でも、野球の番組が大嫌いって言ってたよ」、月波が言った。


「俺もだ。やってることをやめたらそんなもんだ。今までやってたことが馬鹿らしく見える。なにを必死にやっても最後は自分がバカだったって笑えてくるだけだ。なぁ、無責任にちょっかいかけて迷惑だとは思わないのか。放っておいてやれよ」、川中が鼻で笑った。


「守秘義務は、どうしたんだ?」


「今日で契約の期限切れだ」


 またどうでもよさそうな顔をして、仲間と話し始めた。


「もう行きましょう」、二階堂は言った。皆で歩き出した。


 そして、俺達は歩道橋の上で黄昏れていた。


 自衛隊の大きな飛行機が、空をまっすぐに、落ちてきそうな高さで飛んでいった。いつもこの坂の上をまっすぐに飛んでいく。


 結城が癖で煙草を取り出そうとしたが、二階堂にはじき飛ばされた。


「確かに、わたしたちちょっと迷惑だったかも・・・・・・」


「私も、熱くなりすぎたかもしれない。カナンの迷惑なんてなんにも考えてなかった」


「あたし、いったいどうしたらいんだろう。地元じゃこんな風に言われることなかった。このままなかったことにすればいいのかな」


「はぁ・・・・・・」


 皆でため息をついた。全てのやる気を奪ってくようなことばかり言ってきやがる。どうすればいいんだよ。カナンとの連絡もつかないし。川中は協力する気がない。カナンと同じクラスなのに、カナンはいつも忍者みたいにどこかに消えている。




 歩道橋の上で、夕日をずっと見ていた。


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