10
また次の日がやってきた。
同じような色をした坂を上り、同じ席に着いた。カナンはずっと窓の外を眺めていた。俺や結城が近づこうとすると、すぐに席を立ってどこかに行った。
また放課後になって、部室に向かった。扉に近づいたとき、中から口論の声が聞こえた。
一人は男で、もう一人は女だ。扉を開けると、川中が座っていて、月波が手を握りしめて震えている。
「死んじゃえ!」、月波が走り出して、どこかへ駆けていった。
「おい、なにをしたんだよ!」、俺は叫んだ。
「ちょっと話してただけだ。女はすぐ泣くから面倒だな」
「普通の話でそんなに人が怒るわけないだろ」
飄々とした顔でスマホをいじっている。腹が立ってきた。
「おれは戦争と殺人に賛成していて、出産や結婚に反対してるんだ。あいつの夢が結婚とか家庭を持つことだったみたいで、それに触ったみたいだな」
「お前、なんて奴だ」
「性器で出来た脳を持つ独りよがりのせいで、おれは大迷惑している」
俺がその倫理観とか人生観の違いに絶句していると、川中は立ち上がって鞄を持った。
「じゃあな。おれはもう関わらないようにしろと言われてる」
「月波に謝れよ。どんな理由だったとしても、泣かせたことは事実だろ」
「そんなの、泣く方がおかしいね。それに傷ついたから謝れってのか?だったらおれだって地球人全員に謝罪してほしいね」
川中は教室を出て、どこかへ歩いて行った。俺が立ち尽くしていると、二階堂が後ろから息を切らしてやってきた。
「ちょっと、なにがあったの!?」
「月波が川中と揉めて怒って飛び出していったみたいだ。川中は協力する気なしだってさ」
「はぁ、もうなんでこんなに面倒なのかしら。普通に話はすまないの?」
「俺、月波の所行ってくるよ」
「ちょっと!どこへ行くの!?場所、わかってるの!?」
俺は部室を出て、駆けだした。いったいどこにいるのかもわからないまま。やらなきゃいけないこととか、やるべきこととか、なにもかもから逃げ出したかった。
受験や進路や将来のことも考えたくないし、なにもしたくない。考えるのをやめて、月か星になりたかった。
確かに俺は能力がない。今までずっと、ずっとただぬるま湯の中で生きてきた。成績も普通だし、運動も普通だし、特にこれと言った特技もない。
二階堂みたいな完璧超人でもない。結城みたいに友達のためになにかしたこともない。俺に出来ることは、きっと優しくしてやることぐらいだろう。
校内をがむしゃらに走り回った。いらだちを全てぶつけるように。
当たり前だけど、見つからなかった。立ち止まって、壁にもたれかかった。心臓が爆発しそうだ。結城の後ろ姿が見えた。俺は結城まで走り寄っていった。
「結城!月波見なかったか!?」
「知らないけど」
「くそっ」
「ちょっと!なにがあったの?」
俺は走り出した。まだ見てないところがあるはずだ。屋上なら、誰かいるかもしれない。
俺なら、なにかに怒って、泣き出したくなって、どこかへ行きたくなった時は、きっとあの空が見える場所へ行くだろう。
空はどこまでも青くて、どこまでも広がっている。それを見れば、ほとんどのことがどうでもよくなる。
職員室に着いた。鍵の所を見た。やっぱり鍵がない。月波は鍵を借りてる。屋上だ。走って屋上の扉に着いた。扉を開けようとした。鍵がかかっている。
「月波、いるんだろ!開けてくれ!」
長い時間がたった後に、扉のすぐ裏から小さい声がした。
「いるよ。でも開けない」
「なんで逃げたんだ」
「教えないよ。矢神君には関係ない」
月波の影がガラスに映っている。
「俺はこの前カナンにもそうやって言われた。今度は月波にもそうやって言われてる。だけど、そんなことじゃ俺はあきらめない。泣いてる女の子は見捨てない。理由は関係ないよ」
「ずっと扉の前から動かない気なの?」
「そうだよ」
またしばらく時間がたって、ため息が聞こえた。
「うん。話すよ。笑わないでね」
「笑わないよ」
「わたしには夢があるんだ。かっこよくて、すてきな人と、すてきなウェディングドレスを着て、ヴァージンロードを歩くことなんだ。でも、さっきものすごく否定されちゃった。なんか、わたしの夢が、それだけで人を苦しめちゃうんじゃないかって。生きることは苦しいことで、生まれたことが間違いだなんて始めて聞いた」
「人の言うことなんて気にするなよ。だから、月波は月波のしたいようにすればいい」
「じゃあ。矢神君はどう思ってるの?」
「女の子がそういう夢を持つって、かわいいと思うよ、俺は。夢は穢されていいものじゃないと思う。ああいう奴は、誰に対しても否定的なんだ。しかも、そういう奴に限って口がうまい。そんな奴の言うことなんて気にすることない」
「そうだよね。うん。わかった。飛び出したわたしもどうかしてたかもしれない。もう戻るよ」
扉が開いて、月波はまぶたとほおを赤くして登場した。
「泣いてなんかないからね」
「わかったよ」
「怒っただけなんだからね」
「はいはい」
生きてることが苦しみで、産まれたことが間違いか。確かに、そういう考え方をしているように見える奴だ。勝手に考えるのは自由だ。だけど、それで人を傷つけていいわけなんてない。
考えることと、傷つけることは別だ。




