第3節 結果として修理場を修理にださせる
「ハハハ! いきなり撃ってきやがった!」
窃盗愛好者は、俺が超高速行使した、『第三等級魔術〈アレイオブサンダー〉』を身を翻して容易く躱す。
一条の雷が、修理場の屋根を穿つ。数秒後、雷が収束。パラパラと屋根の残骸が落下すると共に、天井に遮られていた夕日が差し込む。
殺傷能力を抑えたとはいえ、速度自体は落としていない。なんと言っても雷速の魔術。
それに、窃盗愛好者は天井にへばり付いた状態だ。簡単に躱せるものではない。
しかし事実、容易く躱された。その身のこなしは認めるべきだろう。
余裕の表情を崩さない窃盗愛好者に俺は呼びかける。
「大人しく捕まってくれないか?」
窃盗愛好者は一瞬呆気に取られたが、すぐに薄気味悪い笑みを浮かべる。
くすんだ緑の髪を垂らしながら、浮かべる笑み。それは嘲笑だった。
「は? 何言ってんだお前」
傍らには、ブラウリオ博士が新たに提唱した次世代型魔術理論の論文の一部が、ふわふわと浮遊していて、それもまた、俺の発言を嘲笑うかのようだった。
「いや、ただの決まり文句だ。無理矢理捕まえさせてもらう」
俺は既に抜刀していた白銀の剣状魔導器に魔力を宿す。
それを見た窃盗愛好者は、瞬時に天井を蹴り、凄まじい勢いで落下。
その勢いとは裏腹に、軽い着地音で地面に降り立つ。
砂埃など上がらない。猫の着地にも似た華麗な動作だった。
俺は見破られた広範囲魔術を破棄。剣状魔導器に宿した魔力を周囲に発散させる。
俺が行使しようとしたのは、『第七等級魔術〈トリトンズグラビティ〉』の重力操作を用いた魔術だ。この魔術はその名の通り重力を操る。
もとは遠心に多大な重力を加え、重力崩壊を引き起こす魔術なのだが、使いようによっては捕縛に適する事もある。つまるところ、対象を重力で押さえつけるのだ。
俺が構想した範囲は天井全てと、修理場の上半部。殺傷能力はもちろん抑えていた。しかし展開に巻き込まれたら重力の網に捕まり、過大な重力によって窃盗愛好者は天井に磔にされていただろう。
そして窃盗愛好者は、天井にへばり付いた状態では躱せないと判断した。刹那の判断。そしてそれは十分すぎる程に的確。
やはり窃盗愛好者は魔導器士級。それも超常の魔導器士に準ずるかもしれない。
「俺は人殺しはやらねぇ。クソ詰まんねぇけど黙って帰れよ。見逃してやる」
「勝てなさそうだったら、そうさせてもらうよ」
「ハハハ! なんなんだよお前。ハハハ」
そう言って窃盗愛好者は七色に輝く短剣を構える。恐らくは魔導器。それも一級品の。
「ハハ……だめだ。お前から何か盗りたくなった。ほら何が大切か見せてみろよ」
七色に輝く短剣に魔力が渦巻く。
速い!
窃盗愛好者の魔術が来る――。
「第八等級魔術〈ナイトメア〉」
「ッ!」
なんだ……何が行使されたのか分からない。
突如出現した黒い波に飲まれた。
そこまでは分かる。
飲まれた後……今は……真っ暗だ。何も見えない。黒いだけの空間。
目が見えないのか。いや、違う。目の神経は繋がっている。光が無くて何も見えないのか。
視覚情報を遮断する魔術なのだろうか。……違う。修理場に満ちていた油の匂いも消えた。音も聞こえない。肌を刺す魔力波長も感じない。
ためしに舌を噛んでみると痛みを感じなかった。となると全感覚を遮断する魔術なのだろうか。
「……さ、ん」
空気の振動が俺の鼓膜を揺らす。……何か聞こえる。聞き覚えのある声だ。
「フラン?」
「レザードさん、こっちです。ミハエルさんもほら」
「あぁ」
閃光が放たれ、視覚情報が一斉に入ってくる。
見覚えのある声、見覚えのある姿、見覚えのある部屋。
一人はフランセット・デシー・ドラクール――象牙色の美しい髪に知性を宿したエメラルドグリーンの瞳の絶世の美女――俺の大切な恋人。
手招きをして、男を部屋へと催促している。
招き入れられた男は誰か分からない。長身痩躯の男。
……男は一人だけではない。他に五人いる。そいつらも様々だ。共通点はない。
小柄で筋肉質の男。ヒゲを蓄えた精悍な男。青い髪の美しい青年。中年の男に幼い少年が一人づつ。
場所は自宅の一室。寝室だ。
無理矢理共通点を挙げるとしたら、彼らが一糸纏わぬ姿であるくらい。
例外は寝台に腰掛けたフランくらいだ。いつものシルクの寝間着姿。
俺が思考を巡らしている間に――。
小柄で筋肉質の男が、寝台に腰掛けるフランに近づき――蹴り飛ばした。
「早くしろよ」
「おいッ!!」
咄嗟の反応。俺は咆哮を上げて、そいつの首を斬り飛ばそうと剣を振う。
しかし、剣はそいつの首をすり抜け、空を斬る。
その間に、ヒゲを蓄えた精悍な男が寝台に上がる。
蹴り飛ばされたフランを跨ぎ――フランの腕を踏みつける。
「早くしろって」
「何やってんだよッ!! おいッ!!」
俺は何重にも斬り付ける。しかし、全てが空を斬る。
そこで視界の端にフランが映った。
踏みつけられてなお、にこにこと笑顔を浮かべているのが、最悪に印象深かった。
なんだこれ。俺はさっきまで窃盗愛好者と対峙していた。
幻覚を見せる魔術でもくらったのか。そうだとしたら、これは全て幻覚なのか。
いや違う。これは現実ではないだろうか。どうしようもない程の現実感がその証拠だ。
「すみません。それでは始めましょうか」
俺は声に振り返る。フランがにこにこと笑っていた。
そして、自身の服に手をかけ――。
胸糞悪い。最悪だ。
俺は手に持つ白銀の剣状魔導器に、膨大な魔力を込める。超一級の魔導器は更に、俺の魔力を極大まで増幅させる。
極大の魔力にあてられ、空間が歪む。
やがて亀裂が入り、砕け散った。
現実の光が目に飛び込んでくる。目の前には窃盗愛好者。
「あ"ぁ"? またかよ。何見てたか分からねぇじゃねぇか」
恐らくは対象が見てたものを術者に転写するのにある程度の時間を要するのだろう。
そして、不機嫌を強める窃盗愛好者の発言から、時間が必要分に達する前に術を崩壊させたのだと推察した。
「くだらない夢だ」
わざわざ伝えてやる必要は無いのだが、簡潔に纏めて伝えてやった。
窃盗愛好者があの魔術を行使した時と、今現在周囲に漂う魔力を比較。あの魔術行使から二秒経ったあたりだと推察した。
「まぁいい。気分はどうだ?」
「何も変わらないよ」
ニヤニヤと笑う窃盗愛好者に俺はそう告げた。
そして事実、今となっては窃盗愛好者の魔術を受ける前と何も変わらない。
冷静は既に取り戻した。
「さぁ始めようか」
「チッ! なんなんだよホントにッ!」
言い終わると同時に窃盗愛好者が俺に攻撃を仕掛けてきた。
不可視の腕が伸びて来る。超高度に隠蔽された腕。何メートルも伸ばして、俺を捉えようとする。
蛇のように伸びてくる腕は、『第六等級魔術〈バイオシフト〉』で生体を無理矢理に変化させたのだ。
そして、『第六等級魔術〈インビジブル〉』で変化させた生体を不可視化している。
面白いのは通常、物体の不可視化に用いる、『第六等級魔術〈インビジブル〉』を自身の魔力、魔術にも行使している点だ。
それにより、魔術の行使自体も隠蔽している。このような使い道もあるのかと、素直に感心した。
二種類の魔術を三重に並列行使。なかなか技量が高い。
しかしタネが分かれば何でもない。探知魔術で捕捉して終わり。
何と言うか、窃盗愛好者は、自身と同格以上の魔導器士とまともにやり合った事はないのだろう。
今こうして迫りくる腕も、致命傷とは程遠い所を狙っている。
魔術の三重並列行使……それでは窃盗はこなせても、戦闘はこなせない。
ちょうど俺の右腰に到達した不可視の腕を、右手で掴んでやる。
「はぁ?!」
掴まれた事により窃盗愛好者は驚愕の声を上げる。
けれど、そんな事はどうでもいい。俺は掴んだ腕を強引に引っ張る。
そして、強制的に引き寄せられた窃盗愛好者が、俺の腰に来た所で、右足で豪快に蹴り飛ばしてやった。
「ほら」
「う"ッ!!」
苦痛を漏らしつつ、何回も地面を跳ね、壁に叩きつけられる窃盗愛好者。
ドンと汚い音を立て壁に叩きつけられた所を見ると、どうやら上手く受け身が取れなかったのだろう。
「遊びが過ぎる子供にお灸を据えてやるよ」
「あ"ぁ"クッソ! 痛ぇ! クソが!」
「逃げるな。第三等級魔術〈アレイオブサンダー〉」
一条の雷が逃げようとする窃盗愛好者の進路を遮る。
「クソがッ! やってやる! 殺してやる!」
どうやら窃盗愛好者はその気になったらしい。
言葉を残して、修理場を高速移動。自身に、『第六等級魔術〈インビジブル〉』を行使して不可視となった。
あちらこちらで、破裂音が鳴る。
直線的な高速移動だ。とはいえ壁や、船、その他の障害物を使い進路を無理矢理に変更している。
そして着地と同時に踏み込まれた場所に破裂音が鳴っているのだ。
目にも止まらぬ速さとはこの事だろう。
ただし、『常人の目では』という話だ。
高速戦闘を前提とした魔導器士同士の戦闘では意味をなさない。
窃盗愛好者が最後の跳躍。
俺の後方、右上。
俺の首元に凶刃を突き立てようとする。
くだらない。無駄が多すぎて、全てが無駄に見える。
到来と共に、胴に蹴りを入れてやった。
「ぐッ!!」
ドゴンと地響きが鳴る。
今度は地面に強く叩きつけられて、壁まで飛んで行かなかった。
「痛ぇ! クソ! 化け物が!!」
鼻と口から血を流しながら、窃盗愛好者が俺を睨み付ける。
それと同時に、後方へ跳躍していった。
逃げない所を見ると、逃げ切れないという事を悟っているのだろう。
「来い! 第八等級召喚魔術〈キャロル〉!!」
――召喚魔術!
素直に驚いた。窃盗愛好者は召喚術士だったのか。
どうも窃盗の先入観で、斥候などの軽装型前衛を想像していた。
いつの間にか窃盗愛好者は特大の魔石を手にしている、
名を呼ばれ、瞬時に特大の魔石は七色の輝きを放つ。
召喚魔術は、何かの媒体に魔物、魔獣を閉じ込め、使役する魔術。
術者と召喚獣の同意のもと契約が行われ、召喚獣はその力を術者に貸し与える。そして何より、転移魔術に最も近い魔術。
第八等級の召喚魔術となると、一体どのような召喚獣が出てくるのか――。
そう思考を巡らしていると、異空間に閉じ込められた召喚獣が姿を現した。
銀色の翼、銀色の爪、銀色の口ばし。全身が銀の小鳥。
長い尾もやはり銀。唯一、瞳だけが紅蓮のような赤。
それは――不死鳥フェニックスの変異種だった。
それもまだ幼い。拳大の大きさの不死鳥だ。
生まれたばかりなのか、それとも生まれ変わったばかりなのか。
幼鳥とはいえ、凄まじい神秘性。なんという神々しさ。言葉の限りを尽くしても言い表せない美しさ。
ただでさえ希少な不死鳥の変異種だ。そうそうお目にかかれるものではない。
「キャロル! あいつを殺す。手を貸せ」
「殺す? ヴァイスあなたが?」
銀の不死鳥が鈴のような声で、窃盗愛好者に疑問を投げかける。
「逃げられねぇ。殺すしかねぇんだよ」
「あぁ。この檻の事ね」
「そうだ」
やはり窃盗愛好者は逃げられない事を悟っていた。
というのも先ほど俺は、窃盗愛好者の趣味の悪い魔術を崩壊させたと同時に、『第七等級魔術〈アストロジストスフィア〉」』を展開。修理場をまるごと覆った。
また属性として、一方性を選択――内から外への通行を禁じた。この檻から出るには、術者の俺を殺すか、結界を物理的に崩壊するしかない。
そして窃盗愛好者に単独で結界を破壊出来る程の攻撃手段は無いだろう。
俺を殺そうとしているのが、何よりの証拠だ。
それにしても――。
「『第六等級魔術〈インビジブル〉』で魔術の行使を隠蔽したのによく分かったな」
「丸見えなんだよ」
「本元には敵わないという事か」
さすが、と言った所である。『第六等級魔術〈インビジブル〉』で魔術の行使を隠蔽したのは初めてだが、それなりに隠蔽の質は高いと思う。
事実、展開に巻き込んで悪いが後ろの魔導器士二人は気付いていなかった。
突如――死の予感が全身を掠める。
咄嗟に首を振る。
振り抜いた所に銀の直線が描かれた。
銀の不死鳥が俺に攻撃をしかけてきたのだ。
直感で、首を振らなければ頭を吹き飛ばされていた。
全く見えなかった。ただの直線なのに、速すぎて見えなかったのだ。
「外した」
後方から鈴を鳴らしたような声。
「続けろ!」
前方の窃盗愛好者が再び跳躍。
先ほどと同じように、修理場を高速で飛び回る。
あちらこちらで破裂音。
窃盗愛好者が跳躍に用いた船が歪み、ドラム缶が破裂する。
それに加え、四方八方から銀の光線が降る。
至る所から照射される銀の光線が、空間に直線を描く。
残像が消える前に再び描かれる銀の直線が、空間を埋め尽くす。
ご丁寧に瞬間的な、『第六等級魔術〈インビジブル〉』で次に来るだろう照射予想を狂わし、凄まじい緩急で回避のタイミングを狂わしてくる。
攻撃が始まって二十秒ほど、全て直感と予測で避けてきたが、そろそろ被弾する――避けられない。
そこで俺は恒常展開していた探知魔術を最大まで鋭利化する。
瞬間的に空間に満ちる全てのものを把握。物も、窃盗愛好者も、銀の不死鳥も、マナの動きも。
「気が引けるがッ――」
目の前で銀の不死鳥が、俺の胴を吹き飛ばそうと飛来してくる。
それを身を翻して回避。
と同時に不死鳥の進路に沿うように――衝撃で手が吹き飛ばされないように手を伸ばす。
不死鳥に触れると同時に手を握り、捕まえる。
そして全身を回転。不死鳥の勢いを完全に殺す。
「え?」
「は?」
前者が、捕まえられた不死鳥。後者が、性懲りもなく後方右上から、俺の首に凶刃をつけたてようとする窃盗愛好者。
俺は回転したまま、迫りくる窃盗愛好者に狙いを定める。それは顎。
回転の勢いを利用。顔面を吹き飛ばさないように、威力を抑え窃盗愛好者の顎を、狂い一つなく蹴り抜く。そして意識を完全に刈り取った。
ドンドンドンと何回も地面に叩きつけられる窃盗愛好者。
意識があるときに比べて、随分と鈍い音だった。
窃盗愛好者は地面に伏して完全に沈黙。
俺は握ったままの不死鳥に視線を送る。
「こ、殺さないでください」
そう言ってプルプルと震えていた。




